第82話 ナギサ・レイナ

「どうして出撃させてくれないんですか!?」

 IDEALの格納庫で月影瑠璃が整備士長に詰め寄ったが「上の命令で駄目だ」の一点張りで、全く聞き入れようとはしなかった。

 自身の機体、《戦崇》もボディに拘束具を装着されてハンガーに固定、身動きが取れない状態である。


「これ、外してくださるかしら?!」

「無理だ、アンタを出すなって上から言われてんだよ。こっちだって出してやりてぇさ」

 整備士長の言う上の人間であるIDEALトップの天涯無頼。その補佐をする時任久音の二人に抗議をしよう司令室に向かうが、通路がシャッターで閉じられ入れないでいた。


「何なの……どういうことなのよ、一体?!」

 緊急用の通信機にも応答はない。瑠璃は己の無力さに、その場で崩れ落ちてシャッターを何度も叩く。しかし、その向こうから返事は返ってこない。


「そこには誰もいない」

 声がして、振り返るとシュウ・D・リューグがハンカチを差し出してきた。それを受け取らず袖で涙を拭く瑠璃。


「君が空を羽ばたきたいと望むなら、力を貸そう……ただし、それには君の中の彼女の協力が必要だ。どうする?」

 シュウからの甘い誘いに、瑠璃は決断を迫られた。





 その現象は中京地区を中心に日本各地で起こっていた。

 発端を作った《ゴーアルター》雲一つ無い快晴の空へと飛翔する。

 

「ダイナムアビリティ、レベル4“メモリーリンクス”はこうも使えるか。呼び起こすは太古の記憶か、それとも……」

 真下には〈イミテイター〉が変化した異形の怪物達が町中を闊歩(かっぽ)していた。

 SVと融合した者、ビルや建物と一体になった者、人と人とが繋がり合い巨大に合体した者。

 皆、有名芸能人や政治家、観客が変化したモノである。大小さまざま、それぞれ形もバラバラで一つとして同じ物はない。


「当たり前だ。夢や理想は一人一人違う。だから、イミテイターとなったヒト達を解放したんだ」

 アルクは《ゴーアルター》の掌(てのひら)から、地獄画図へと変わり行く町並みを見渡した。

 国家予算で莫大な建設費を賭けたスタジアムは、怪物達に蹂躙されて脆くも崩れ去る。今は周辺の警備に当たっていた自衛隊の《尾張イレブン》部隊と怪物達の戦うコロシアムと化していた。


『やっと、お待ちしてましたわ』

 急に何処からか通信が入る。レーダーに高速で接近する機影、それは派手名装飾を施した巨大な紅い卵型のマシンだ。


『貴方が人装神器……』

「よう、アンタのニセゴーアルターに撃ったのがヒントになったよ」

『《アルミューレ》のインプラントガンより、その機体の放つ波動のがよっぽど効果的ですわ』

 パイロット、ユリーシア・ステラは謙遜した。


『トップが居ない以上、ガードナーはイミテイター本来の目的に準じます』

「もうイミテイターと言う名は必要ない。俺達が真実者(オリジネイター)なんだからね」

 二機がゆったりと地上に降りる。それを見ていた怪物達が《ゴーアルター》の周りに集まりだした。


「讃えてんのか、俺を?」

『えぇ……皆、貴方を祝福してますわ』

 数百もの怪物達は《ゴーアルター》を神でも崇める信者の様に跪く。生命の頂点に立つ気分をアルクは味わった。


「最高だ、最高だよゴーアルター! さぁ俺達もシン化しよう。共に世界を変わり往くんだ!」

 喜びの声を上げ、アルクはコクピットに勢いよく乗り込んだ。左右の操作レバーの手に力を込めて念じる。


『…………』

「……………………どうした、ゴーアルター?」

 コンソール画面には“ERROR”の文字。なんと〈ダイナムドライブ〉のレベルが“0”になっていた。原因は背部ユニットだ、と表示されている。


「チッ、礼奈ぁ……何時も何時も、俺の邪魔をしやがってぇ!!」





 トヨトミインダストリーのベテランメカニック達が慌ただしく動く。

 今すぐ出られるように届いた〈ダイナムドライブ〉を新型機の接続に準備をしていた。

 何せ“女の子型”の動力を取り付けるなんて初めてである。逆に、彼女に教えられながら作業はスムーズに進む。

 次の問題はパイロットにあった。


「持てる技術の粋を尽くして完成した歩駆様専用のexSVですわ。鎧甲冑が昔のロボット物に多いと文献にありましたので、見た目を武者チックにしてみました。スペックは尾張イレブンの三倍以上! ダイナムドライブが付いた事で理論上では海王星まで……って歩駆様?」

 竜華の説明を聞き流しながら、歩駆は整備士用の道具箱をイス代わりに腰かける礼奈の手を握った。さっきまでと比べて落ち着いてきたが、まだ呼吸が荒くフラフラとしている。


「……あぁ、ごめん。良いと思うよ」

 素っ気ない返事に竜華の表情が曇った。

 そうなるのは礼奈が心配なのもある。それ以上に歩駆の中でSVに対しての思いが冷めていくのを感じた。

 はっきり言って乗り気じゃないのだ。

 本当は小躍りするぐらいに喜びたい筈なのに、現実でアニメや漫画の様な話の上手い都合の良すぎる展開に、何故か引いてしまっていた。

 髭の様な四つ角が付いた特注の新型SVが歩駆を見ている。これが今から自分の物になり戦いに行かなければならない、そう思うと足がすくむ。


「…………俺じゃなきゃ駄目、なのか?」

 誰にも聞こえない程に小さい声で歩駆は呟いた。


「竜華ぁ! もうすぐこっちは終わるから、そっちも準備しておけ!」

 龍馬が叫びが工場内に反響する。竜華は黒いアタッシェケースから衣裳を取り出し、歩駆の目の前で広げて見せる。


「特注のパイロットスーツですのよ! 夏は涼しく冬は暖か、防弾防刃はもちろん宇宙でも」

「やめてくれよッ……!!」

 怒鳴る歩駆はスーツを振り払った。


「あっ……」

「……自衛隊とか軍に任せときゃいいじゃねーか。誰かがやってくれる」

 やった後で軽く後悔するが、歩駆は俯いたまま竜華に顔を合わせようとはしない。


「そんな、歩駆様!?」

「俺の手が届くのは礼奈までだ。礼奈さえ守れればそれでいい。こんなもん貰ったってゴーアルターに勝てるわけが無い」

「あ、歩駆様ならできますわ! それに、この機体なら必ず」

「ダイナムドライブは操縦者の意思が左右する。俺は……無理だ」

 乗っていたからこそ《ゴーアルター》の事はわかっている。なにより今のパイロットである自分自身が、歩駆の知らない所で活躍して成果を上げている。

 憧れ以上に嫉妬する。

 だからこそ、こんな玩具を貰ったぐらいで《ゴーアルター》に勝つなど到底、無理な話であった。むざむざ死にに行くほどバカじゃない。

 ネガティブな言葉を吐き続ける歩駆に向けた視線が痛たかったが無視する。

 早く時が過ぎてくれ、と礼奈の手を握る力が強くなる。


「…………は?」

 違和感、それは礼奈の手だった。

 暖かみがない所か異様に冷い。皮膚も柔らかな肌が固く硬直してる。


「礼奈? おい、礼奈……大丈夫か?」

 肩を揺さぶり語りかけていると突然、工場が激しく揺れた。


「何なんですの一体?!」

「SVです! 軍のシュラウダが敷地内に入ってきました!? 社長、どうしましょう?!」

「ウチの尾張達を出すんだよ! ここを通すなよ!」

 建物近くで爆撃を受けて起こる揺れで一同体勢を崩す。工具や部品も床に沢山散乱してしまった。


「何にしろ出せる準備をしろよ! 最悪……私が乗る」

「兄様の操縦じゃ、すぐ落ちてしまいますわっ!」

「何にしろ急ぐぞ! 竜華も手伝え!」

 兄妹喧嘩を尻目に、歩駆は軽く打った頭を押さえながら起き上がる。


「……礼、奈?」

 こんな状況にも関わらず極めて冷静な表情で、ある一点を見つめ立っていた。

 その手に握られていた物は工業用のカッターナイフ。太く大きい柄にはオレンジ色のラバーグリップが貼られ、先端には約一センチ感覚で折れ目の付いた鋭利な刃がカチリ、カチリと伸びて喉元に向けられている。


「おい、何でそんなもん持ってるんだ……危ないだろ」

「来ないで」

 近付こうとすると刃を突き出し、礼奈は無感情な声を出して歩駆を睨んだ。


「あーくんはどうしたいの?」

 問いかける礼奈。


「あーくんは私の事、どう思ってるの?」

「どうって……そりゃ決まってるだろ。大事に思ってる、守りたいと思って」

 歩駆の言葉を最後まで聞く前に、礼奈は喉に宛がった刃を下へと引く。

 激痛で顔を歪ませる礼奈だったが、赤い鮮血が服の襟へと滴るも、喉元に出来た切り傷は一瞬にして修復される。それを歩駆は唖然として見てるしか出来なかった。


「ぐぅっ…………っっ…………ほ、ほらね。もう治ってる。私は人間じゃない」

「そ、それがどうした!? お前が礼奈な事に変わりはないだろ?!」

「うん、ありがとう。でもね、私は私であって私じゃない。本当の私は別の場所にいる。そこには、あーくんであってあーくんじゃない人が居る」

 言葉では説明出来ない何かを礼奈は感じ取っていた。そこから放たれる良くない悪い気に押し潰されそうになる。


「変わってしまいそうで、私が私じゃなくなりそうで恐いの。だから、もう長くない」

 そう言う礼奈の中にある〈イミテイター〉の部分が、何かの影響で変化しようとしてるのを歩駆も“見えて”いた。それを押さえようと礼奈の気が頑張って耐えている。


「俺が何とかする! 俺が礼奈を巻き込んだんだから俺が何でも」

「じゃあ私を殺せる?」

 カッターの柄を歩駆へと向ける礼奈。暫しそれを黙って見つめるが、受け取ることはしなかった。


「出来るわけないよね? あーくんにそんな度胸が無いの知ってるし」

 落胆する礼奈。そんなのは当たり前である。誰が好き好んで人様に刃物を突き付けると言うのか。しかし、また刃を自分へ刺す前に奪い取ってしまおうと手を伸ばすと、二人の間に胸の〈ダイナムドライブ〉を露出したクロガネカイナが落ちてきた。

 

「く、黒鐘?」

 クロガネカイナは礼奈へ歩み寄ると、彼女の胸の真ん中に指を指す。


「貴女のコアはここです。この一点を突けば楽に逝けますよ」

「黒鐘ッ!!」

 怒りを露にして歩駆はクロガネカイナの肩を強く引っ張る。振り向いたクロガネカイナの顔は、まるで機械の様に無表情だった。


「真道先輩、彼女は渚礼奈さんではありません」

「うるさい……! お前に何がわかる!」

「彼女はイミテイター、人類の敵ですよ」

「そんなの知ってる! だけど」

「本当の渚礼奈さんは」

「本当も糞もないだろッ?! アレが、アレが俺にとっての……」

「あーくん」

 言い争いをしている間にも礼奈は、両手でカッターを握り締めて指示された箇所に宛がう。


「礼奈……」

 これからしようとする行為を前に、彼女の表情はとても穏やかだった。


「あーくんは私にとってヒーローだよ。だから本当の私を救ってください」

 諭すように微笑む礼奈。

 そして、動き出す。


「止めろ…………止めろよ……おい、おい!」

 ゆっくりと冷たい刃が礼奈の体へ沈んでいく。顔面蒼白で飛び出す歩駆をクロガネカイナが押さ付ける。必死に振り解こうと力を入れるが、クロガネカイナはびくとも動かない。


「止めろ……止めてくれ! 止めろ!! 止めろォ!!

 止めろって言ってるだろッ!!

 おい、おいッ! 止めてくれよ!

 止めろよッ!! 止めろって!! 止めろッ!

 止めろォォーッ!!

 礼奈ッ!!」


 歩駆の叫びだけが響き渡る。



 やがて、



「……れなちゃん?」

 頭を垂れて床にぺたんと座り込む少女。

 ピクリとも動かなくたった彼女を中心に、赤い液体が一面に広がっていく。

 その顔はとても幸せそうな表情をしていた。


「………………なぁ、黒鐘」

「はい、何でしょう」

「イミテイターって死ぬと水みたいに溶けるんじゃないのか?」

「実験データによると、人へと変貌を遂げてから約半年程で骨や臓器は人間の物とそっくりに変化します。しかし、それはあくまでも見た目の問題で肉体を構成する血液や細胞の成分、DNAは人のそれと全く違います」

「なら……これは何なんだ?」

「これとは?」

「…………」

「行きましょう真道先輩。渚礼奈さんが待ってますよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る