第十四章 正義とARK

第79話 ロンリー・ストレイ・ムーン

 数週間の海外遠征から解放されて、やっと日本に帰って来たアルクはIDEALの──前よりも待遇が良くなり格段にグレードアップした──自室へ向かい、とぼとぼと廊下を歩いていた。

 すると新たな自室の前に一人の少女がドアの前に座っている。

 地味な白いワンピースに緑のスリッパ、それと何故か首輪の様な機械を嵌めていた。


「……アルク?」

 その少女、タテノ・マモルはこちらに気付くと、パッと明るく表情を変えて飛び上がり駆け出した。 


「アルクー! ボクもう臭い飯は嫌だよー! 会いたかっ…………?!」

 手を大きく広げて愛しの彼に飛び込もうと思ったが、歩駆の顔を見るなり顔が凍りついた様に固くなる。見た目ではない何かがおかしいのだ、とアルクから感じる説明出来ない異様なものにマモルは警戒した。


「ねぇアルク、なんだよね……わっ!?」

 突然、アルクは黙ってマモルを抱き締めた。一体何が起こったのか訳が分からずマモルは突っぱねた。


「ちょっ……いきなり何すんの?さ」

「マモル、ただいま!」

 満面の笑みでアルクは言った。少なくともマモルの知っている彼は、いきなり抱きついてきたり、こんな屈託のない笑顔をする様な人間ではない。


「どうだ、久しぶりの外は? 俺のお陰だぜ、お前が外に出れたのは」

「……アルクの? どうして?」

「そりゃお前、俺の活躍が認められたからさ。日本の英雄様だぞゴーアルター……俺の顔名前は非公表だけどな」

 そう言ってアルクはマモルの手を握った。


「可哀想に、手が冷えきっている。お茶を淹れよう……クロガネ、用意を」

「はい、シンドウ少尉」

 アルクの背後に居た少女、クロガネ・カイナはポケットからカードキーを取り出して新しいアルクの部屋に入っていった。


「誰?」

 自分の知らない少女にマモルは眉間にシワを寄せる。彼女の姿からは人間の生を感じとれない不気味さがあった。


「さぁ入ろうか」

 アルクに背中を押されマモルは入室する。

 その部屋は前に生活していたアルクの部屋とはまるで違い、テレビで見た高級ホテルのスイートルームの様な綺麗な部屋だった。

 残念なのはロボットのフィギュアやアニメの映像ディスクが飾ってあり、雰囲気がぶち壊しになっている所だ。


「何あれ、等身大フィギュア?」

 白いカーテンが風に揺らぐ窓際で、椅子に座り外の気色をぼんやりと眺めている少女が居た。


「あ……アイツッ!?」

 マモルが目を見開いた。怒りで少女に飛び掛かろうと一歩踏み出した次の瞬間、急須と四つの湯飲みが乗ったお盆を片手に持つカイナに前を遮られてしまう。


「いけませんよ。ナギサ様に触れては」

「退け! 礼奈め、こっちを向けぇー!」

 窓際の少女、渚礼奈はマモルの声にピクリとも反応しない。虚ろな瞳で遠く見ているだけだ。


「かっかっすんなよマモル。あの日か?」

「どう言う事?!」

「主語がありませんわ、タテノ様」

「お前には聞いてない! ボクはアルクに聞いてんの!」

 顔を真っ赤にするマモル。ちなみに“あの日”は今年になって来たような感じがした。


「どうもこうもねーよ。俺が流行りのチートハーレムなだけさ」

「意味わかんないから!

「まぁまぁ、取り合えず茶でも飲め」

 フローリングの床に御座を敷き、カイナは人数分のお茶を湯飲みに注いで各自に配った。中身が緑茶ではなく、ほうじ茶だったのがマモルを更に苛立たせたが、文句は言わずに飲み干した。


「俺の“シンカ”が近い……そう言えばわかるか、マモル?」

 ちびちびと飲みながらアルクが神妙な顔で言う。


「アルクは死んだの…………て言うか、今のアルクは……」

 訝しい表情でマモルは目の前に居る少年、真道歩駆の形をした者に問いかけた。


「死んじゃいない、言わば俺がシンの真道歩駆であると言えよう。つまりは真実者(オリジネイター)だ」

「オリジネイター……」

「カイナ、礼奈を連れて席を外してくれ」

「わかりました」

 奥の部屋から持ってきた車椅子に礼奈を乗せるカイナ。そのまま部屋を後にした。

 出ていった事を確認してアルクは立ち上がり、マモルへと近付き急に抱き締め始めた。


「マモル……俺はお前の知っている真道歩駆だ。それだけは間違いない」

「えっ、あ……アルク!?」

「自分の正義を通せる力がやっと手に入ったんだ。だから、もうマモルに寂しい思いはさせない。俺と理想の世界を作ろう……」

 そう言ってアルクはマモルを床に押し倒し唇を重ねる。

 汚されてしまう。ある意味では望んでいた事なのだったが、心の中で何か違和感を感じながらも、マモルは黙ってされるがままに委ねるのだった。





 最近、整備士の人達が妙によそよそしいと瑠璃は感じていた。

 瑠璃の機体、《戦崇》の整備に問題はないが、問題は装備の方にある。

 乗り換えてから半年が経った。初陣で派手にやられて以来、主武装である〈ディス・フェアリー〉及び〈セミ・ダイナムドライブ〉を外されてしまった。

 生きてるのが奇跡と呼べるぐらいに大破された機体だったが、乗りやすさ使いやすさと相性はよかったのに一向に元に戻る気配がない。

 それならば別の武装を取り付けるなりすれば解決するのだが、何かしらにつけて拒否されてしまう。

 一方で一緒に戦うユングフラウの戦車型SV、《パンツァーチャリオッツ》はゴテゴテと派手な装備の数々。最近はIDEALの二軍チームの方が良い武器を使っているが、そこは意地になって数少ない武装──ナイフと専用ライフル──で瑠璃は今でも撃墜数ナンバーワンのトップエースを維持した。

 今日も瑠璃は聞き入れて貰えない文句を整備士長に言い続けていると、シャワー室に向かう人影を目撃した。


「ユングフラウ!」

 そそくさと入っていくユングフラウを瑠璃は急いで追いかけた。


「最近……去年の“月”ぐらいからずっとだけど、様子が変よ……どうしたの?」

「……」

 戦闘時は氷の様に冷徹な雰囲気を醸し出すユングフラウだが、機体を降りると目が虚ろになっている。

 演習はいつ通りの日課。だが、余裕を見せて喋りかけてみるも無視状態。それ所か、本気で殺しにでも来るかと言うレベルで、訓練なのに必要以上に殺気立っている。


「年頃の女の子だからさ、色々とあるんだろうけど、お姉さんに話して欲しいな?」

「……」

 天井から降り注ぐ熱い熱湯を全身に浴びながら髪を掻き上げる瑠璃。

 ユングフラウは尚も黙っていた。着替え中まで続き、さすがに沈黙が耐えられなくて瑠璃は積極的に話しかけてみる。


「ドライヤー使う?」

「……」

「髪、解いてあげようか?」

「……」

「牛乳飲む? コーヒーのが良い?」

「……」

 瑠璃のお節介な気遣いを悉(ことごと)く無視するユングフラウは、そのままフラフラと何処かへ去っていった。


 ──なぁ、なんでアイツそんな付き纏ってんだよ月影ェ?

 瑠璃の心の中で久しぶりにサレナ・ルージェの幽体が語りかける。まだ生きていたのか、と言っても体は無く死んでいるのだが、心底うんざりする。


「子供の内から戦争に関わってると大人になった時に後悔する。もっと青春送っておけば……って言うか関係ないでしょアンタ、さっさと消えて」

 ──21歳、ハッピバースデー、月影ェ……。

 そう言うとサレナは霞の様に消えていく。胸の重たい気分がスーッと楽になる。


「……追いかけてみよう」

「止めておいた方がいい」

 不意に後ろから声を掛けられる。瑠璃が振り向くと見慣れない黒い制服の男が、腕を組み壁に寄り添って立っていた。


「どうも月明かりの妖精さん。お目にかかれて光栄の極み」

「あなた……ガードナーの!?」

「シュウ・D・リューグですよ、よろしく月影瑠……おっと」

 瑠璃は拳銃を取り出しシュウに突き付ける。


「おいおい、そんな挨拶は無いだろう」

「黙りなさい。テロの首謀者がどうして外に脱走しているのよ?!」

「脱走? 違うね、釈放されたんだ。そして今日から君達の仲間になる」

 そんな嘘に騙されるものか、と瑠璃は足払いをしてシュウを床に組伏せ、後頭部に銃口を当てた。


「くっ……あのセイルとか言う子に比べれば優しいね」

「セイル? 何を言っているの?」

「君達に預けたウチのトップエースだ、あの博士の娘だよ。似てないだろ?」

「出鱈目を」

 瑠璃が締め上げる手をキツくすると、シュウは苦悶の表情を浮かべる。


「……う、嘘じゃないさ。で……でも、彼女の後を追うのは、君の為によくはない」

「意味が分からない」

「IDEAL(ココ)は君が思ってるほど、良い組織じゃあないってことさ」

 そんな事は言われなくてもわかっている、と瑠璃は思ったが口には出さない。

 シュウは自由になっている方の手で、首筋の髪を掻き上げる。そこには赤色のプラスチックの様な素材の首輪が付けられていた。


「首輪、これは特定の場所に行くと起爆するらしい。もちろん、基地の外に出てもドカン。あるワードを言ってもアウト」

「貴方の問題でしょ、それ」

「こう言う事をやる連中ってことさ……離してくれる?」

 何の抵抗の意思はない事を見せてシュウの拘束は解かれた。


「……ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど。サレナ・ルージェって人を知ってる?」

「サレナかぁ、自分には手に負えない女性だった。いつもイライラしてて見えない相手と戦ってる、って感じの印象だ」

「そう……」

「それじゃあ、お嬢さん。俺の歓迎会ってのはやらないのかい?」

「送別会なら直ぐにでも」

 再び拳銃がシュウに向けられる。


「気が済むなら一発撃てばいい。イミテイターの肉体だ、治りは早い」

「……弾の無駄だわ」

「暇なのさ。格納庫には行けないからね……食堂は許可されている。さぁエスコート頼むよ」

 調子の良いシュウに背中を押される瑠璃。前に映像で見たテロリストのリーダーと言う悪者の雰囲気は感じられなかった。

 だが、油断は出来ない。

 今は頼れる人間はIDEALにはいないのだから、自分一人で頑張るしかない。

 最悪の誕生日(バースデー)だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る