第78話 絶対に離さない

 第一印象。歩駆と礼奈が《シュラウダ》に乗って思ったのは異様な気分の悪さだった。

 この機体の内部には〈イミテイト〉のコアがあり、それを包む人型の特殊繊維で出来たスーツで閉じ込め、コクピットとなるバックパックがコアの力を引き出している。

 〈イミテイト〉も生命体で意思がある。

 礼奈を連れて行った軍の男は感じていないが、歩駆と礼奈には機械に縛られた〈イミテイト〉が出す意識の様なものを感じ取っていた。


「真道先輩、コアの言葉に耳を傾けてはいけません。なるべく遮断しますので上手く機体を操ってください」

 座席の後ろで髪の毛をコードの様に伸ばして、機体と繋がっているユングフラウが言った。《シュラウダ》の操縦方は《ゴーアルター》とは違ってレバーとフットペダルによるものだった。


「そう簡単に言うなっつーの……」

 シートに血の滑りを感じながら歩駆は何時もの違う操縦に四苦八苦する。寧ろ、これが歩駆のよく読むSVカタログに掲載しているコクピットと酷似しているのだが、《シュラウダ》はレバーとペダルが〈イミテイト〉のコアとリンクしている。

 感覚的に機体を人間の手足の様に動かす事が可能なので難しくはないが、内部は《ゴーアルター》と比べ狭苦しくて掛かる重力に体が持っていかれそうになる。


「でもこれカットしたらダメなんじゃねーの?」

「安心してください、私の中にはダイナムドライブを積んでいます。機体と繋げれば動力にもなりますから」

 いそいそと接続口にコードに髪の毛を突っ込むクロガネカイナ。


「じゃあ機体ん中に入った方が……ってかダイナムって?!」

「ダイナムドライブは人の意思が加わって初めて力を発揮します……ってこっち見ないでください」

 最初に会った時には気付かなかったが、今彼女の心臓には〈ダイナムドライブ〉が放つ虹色の灯火がそこにあった。


「日常レベルなら反応も見えません。ですが感情が昂るとドライブは稼働します。でも、限界はあるですけど。SVを倒すほどの力はありません」

「て言うか、機械なのに心があるのか」

「いけませんか? ほら、前見て運転してください。敵が見えてきましたよ!」

 眼下には町、正面目と鼻の先に礼奈を乗せた《シュラウダ》を捉える。相手は何処へ向かっているのだろうか、など疑問は今は置いておく。


「止まれよ! 礼奈を返せ!」

 フットペダルを押し込んで歩駆の《シュラウダ》は追撃する。軍の男は撃墜されたはずの味方機の反応がして一瞬喜んだが、発せられる声が同僚で無いの気付き、機体の腰に携帯するライフルを構えさせる。


「あの機体は……おいっ、さっきの君が乗っているのか?!」

「……あーくん?」

 歩駆は初めて乗る《シュラウダ》の操縦に慣れないのか中々近付けず、明後日の方向へ通り過ぎるのを繰り返していた。


「降りなさい! 素人が乗っていいもんじゃないんだぞ」

「もう馴れた! さぁ素人かどうか確かめてみろ!」

 やっと操作が定まってきた所だが、相手の《シュラウダ》は容赦なくライフルを撃ってきた。クロガネカイナのサポートあってか、すんでの所で回避する。


「素人に向けて発砲するのかよ!?」

「素人扱いされたいのか、されたくないのかどっちなんです?!」

 敵の攻撃を何度か見ていて思ったのは《シュラウダ》のライフルは完全な実弾で、《イミテーションデウス》が使うフォトン弾は撃てないらしい、と歩駆は判断する。


「止めてください! あれに乗ってるのは……」

「民間人だからと言って、我が同胞のシュラウダに乗りやって来るとは。恥を知れ」

 次々と射撃を繰り返す《シュラウダ》だが、全体を覆う特殊な皮膚装甲が実弾に対して防弾性能が良い事に、機体に搭乗し始めて日が浅いこの男は気付いていなかった。

 それにいち早く気付いた歩駆は、それならばと敵の攻撃を身に受けながらも歩駆の《シュラウダ》は相手よりも上へ行き、そのまま急降下する様にぶち当たった。


「捕まえた!」

 即座に腕を掴み、捻り上げる。そのまま背部へと回りバックパックのハッチを無理矢理こじ開けた。


「黒鐘、機体を離すなよ!」

 シートベルトを外しクロガネカイナに操縦を任せた歩駆は外に出る。地上数千メートル、猛烈な風に煽られながら歩駆は勇気を出して機体から機体へ飛び移った。


「礼奈!」

「ちっ……!」

 礼奈と軍の男、二人の背中が見える。歩駆は手を伸ばした瞬間、男が振り返り警告も無しに拳銃を向けられる。

 狭いコクピット、避けようにも左右は壁、後ろは空の絶体絶命だった。だが、歩駆へと牙を向き放たれた弾丸は、突然立ち上がった礼奈の背に打ち込まれてしまった。


「れなちゃん! ……ぅうらァァァ!!」

 倒れる礼奈を受け止めて歩駆は男へ襲いかかる。飛び蹴りでヘルメットを思いきり踏みつけ、男はコンソールに体を打ち付けた。そのせいで機体のバランスは崩れて上下逆転し、歩駆達はコクピットから落下した。


「黒鐘ェェェェェェェーッ!!」

 叫ぶ歩駆。まっ逆さまの紐なしバンジー状態になりながら、絶対に離すまいと礼奈を確り胸に抱く。


「真道先輩っ!!」

 落ちる速度を合わせながら、クロガネカイナの《シュラウダ》が両手で二人を優しくキャッチする。その後ろで軍の男の《シュラウダ》が制御不能に陥り、そのまま人気の少ない林へと墜落、四散した。



 歩駆達は人目に付かない山奥の方へと飛んだ。誰も居ないことを確認して川岸へ着陸する。

 

「あー……くん、大丈夫?」

「お前がな」

 ブヨブヨした《シュラウダ》の手の上で、礼奈が震えながら言う。こっちが助けに来たと言うのに台詞が逆だった。


「こんな事、前にもあったよね……?」

「そう……だな」

「ねぇ、あーくん。私ね……今撃たれ傷、もう痛くないの」

 薄い桜色のシャツの背中に空いた穴から肌色が見える。赤く血が少し滲んでいる程度で傷はなく綺麗だ。


「……」

「おかしいよね? おかしいよ、これ」

「礼奈……」

「これって何なのかな? ……私は、人間なのかな?」

 涙ぐむ礼奈を歩駆は黙って抱き締めた。


「あ、あーくん?」

「お前は俺の知ってる渚礼奈だ。それだけは、間違いないよ……れなちゃんだ」

 いつの間にか歩駆も涙を流していた。二人は自分達の顔を見て、おかしくなってつい笑ってしまった。そんな彼等をコクピットから眺め、クロガネカイナは大きく息を吐いて安堵する。





 癒しが欲しい。


 無性に癒されたくて仕方がない。

 癒し無き毎日など、いつか心が壊れてしまう。

 ムキムキの強靭な肉体があったとしても、精神は磨り減るばかりなのだ。

 人間は根源的に癒しを求める動物である。

 癒しとは永遠の必須アイテムなのだ。


 そう言う意味では“イドル計画”は失敗とも言えるかもしれない。

 維持費が馬鹿に掛かるし成長などを待っていたら、その内、自分の介護用になってしまう。

 と言うか途中で飽きてしまった。

 出来上がるまでが非常に長い事に気づいてしまった。

 成長促進剤を投与すればテロメアが短くなり、個体はすぐに死んでしまうからして、使い捨ての様に使うのも資金が勿体無い。

 結局、大量破棄をしてしまうのだが誰かさんに横流しされたせいで、ガードナーの兵士として使われてしまった。


 誤算があるとするなら、その中に我が娘が居た事である。

 病弱だった娘がレジスタンスにドハマりして女コマンドーに調教されてしまったではないか。

 何時、何処で、誰が、セイルを入れ換えたのか?

 犯人を探しだして鮫の餌にしてやる。



 話を戻そう。


 そもそも、自分は生物学が専門ではない。

 得意なのは機械いじりだ。

 なので別のアプローチで造ってみる事にした。

 SVの技術を応用した人型サイズのロボット……アンドロイドの製作。

 結論から言えば大成功だ。

 クローン体は学習装置で必要や知識や人格を脳に叩き込ませてもそこは人間だ、同じ環境でも体型や性格に微妙な個体差が生まれてしまう。

 だが、比べて機械ならば見た目に違いや変化は生まれないし、こちらが設定したプログラムによる統制で機能し、ネットワークを使って知識を共有しデータの差異も生まれない。その姿は彼女が一番良かった頃にした。


 完璧……のはずだった。



 彼女との出会いは模造獣襲来よりも前、お互いにまだ結婚できる年齢にも満たない年頃である。

 自分から一目惚れをして、告白すると快くOKを貰った。

 既に彼女はアイドル人気に火が着き始めた頃だと言うのに何故受け入れてくれたのか、聞きそびれてしまった永遠の謎である。

 世間から変人のレッテルを貼られていると言うのに、彼女は菩薩の様な少女だった。

 嫌な顔を一つも見せず、自分の全てを肯定してくれる理想の人。

 彼女の存在は自分には余りにも眩しすぎて、付き合い始めてから五年以上経って情事を致した。


 今思えば、手を出すべきではなかった、と酷く後悔する。


 彼女の体は子を宿すのに適していなかったのだ。

 日に日にお腹の子が大きくなるに連れて、母体はどんどん弱くなっていく。

 彼女の命を吸い尽くそうとする我が子が憎い、そう思っていた。

 しかし、彼女は決して子を堕ろそうとはしない。

 例え自分が死に瀕していても。


 ──この子の事……頼みましたよ。


 冬の日、新たな命が誕生し、一つの命が幕を閉じる。


 そして僕は、約束を破ってしまったのだ。


 失った彼女を生き返らすべく、あらゆる手段を使った。

 今はその最終段階でもある。


 その間に心にポッカリ開いた隙間を埋める為に、製作したイドル計画のクローンや“クロガネカイナ”だったが、空しさが増すばかりで意味はなかった。

 所詮は姿形や声だけ似せた紛い物である。プログラムが作り出したパターンで喋り、心などは無い。

 


「アークン、次は左耳やろうか」

 ソファに座るクロガネカイナに膝枕されながら、ヤマダ・アラシは黙って体位を変え、白衣のポケットからリモコンを取り出しスイッチを入れる。

 目の前の床が円形状に開いて、そこから巨大なガラスの柱が迫り上がってきた。

 緑色の不気味なライトアップがされた柱の中には、液体と全裸の女性が浮かんでいる。


「ちゃんと耳か禁してたんだねぇ、えらいえらい」

「……」

 このクロガネカイナは耳掃除や肩叩きなどマッサージ専用だ。性的なサービス機能は付いていない。

 と言うか、その用途でクロガネカイナを使用した事は一度もないので安心して欲しい。


「いっぱい耳垢溜まってるよアークン」

「……」

「じゃあ真剣モードね、しばらく黙りますよー」

「……」

「……」

「…………魂が……拒んでいるのか……?」

 水槽の中に居る彼女は〈イミテイター〉だ。

 危篤状態の彼女を連れ出し、死亡したのを確認してから人為的に作り出した新たな肉体。


「何が……何かが、足りないのだろうか」

 十回の実験中、八回は成功しているのだ。二回の失敗は肉体すら作り出せない。

 だから、目の前に彼女が居るという事は成功しているはずなのだ。

 それなのに、眠り姫は王子のキスでも目覚める事はない。


「アイル。僕は無性に、君に会いたい……」

 ゆらゆらと水槽に浮かぶ彼女を眺めながら、ヤマダは暖かみの無い冷たく固い太ももの上で静かに眠りについた。


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