第75話 巨像と巨神

 中近東の某所。灼熱の太陽に晒されて湖も干上がる広大な砂漠を、巨大な物体が町を目指して進軍する。

 全長は約五十メートルの体躯、四本のキャタピラが付いた太い脚に頭頂部に付けられた二つのドーム型アンテナ、そして折り畳み式の長い砲身、例えるとするならば“鋼鉄の象”の様に見える出で立ちの兵器はgSV(グランド・サーヴァント)、名を《タドミール》と言う。

 薄暗く四畳半程の広さのコクピットには指揮官と操縦士にオペレーターの四人が乗っている。


「敵機出現。将軍、如何致しましょう?」

 オペレーターが告げる。《タドミール》の四方を半人半戦車のSV、ベージュの迷彩カラーをした《バンツァーチャリオッツ》が合計八機、一直線に突撃してくる。キャノン砲の頭部とライフル、またはバスーカを《タドミール》に向かって一斉に撃つ。


「フンッ、レジスタンスめ。旧式の玩具を持ち出すとは……迎撃しろ」

 攻撃を諸ともせず《タドミール》は速度を緩めることなく進行する。装甲の前後左右、上下に備え付けられた無数のマシンガンが周囲に集る敵を狙って火を吐いた。火力に物を言わせた全力射撃である。


「身の程知らず共が。そのまま前進して踏み潰してしまえ!」

 特殊合金で出来た装甲は弾丸を撥ね飛ばし、砲弾の爆発にも耐え焼け跡すら無い。接近戦なら、と近付く《パンツァーチャリオッツ》はキャタピラの足に磨り潰された。

 圧倒的な力を持つ巨象を前に、鉄の鼠は成す統べなく全滅した。


「掃討完了、周囲一キロ以内にに“反乱軍”の反応ありません」

「ンフフフフッ……当然だ。タドミールは技術の粋を集めて作った無敵の移動要塞なのだ。易々と撃ち抜けるはずがなかろうて」

 不敵に笑い、将軍は椅子にふんぞり返って髭を撫でる。


「さあ進め! 反乱分子共の巣を焼き払ってしまうのだ!」

 目的地まで目と鼻の先だ。レジスタンスが根城とする基地であるからして、先程の攻撃で終わりの訳がないのである。オペレーターは注意を払い警戒を怠らなかった。


「将軍! レーダーに反応。前方に敵影が一……これは」

「出たな、ジャップの白いサムライ人形!」

 望遠鏡を取り出した将軍がニヤリと笑う。そのSVは《パンツァーチャリオッツ》よりも大型で東洋の鎧甲冑の様なフォルムをしていた。


「あれが噂の……強いんです?」

「英雄と呼ばれているらしいが、実際見ると玩具にしか見えんではないか」

「真っ直ぐこちらに向かってきます将軍。動きはかなり鈍重です」

 白いSVは砂漠の砂に慣れないのか、ぎこちない動きで歩行する。


「愚か者め、余程死にたいらしいぞ……超荷電粒子砲スタンバイ!」

「了解、超荷電粒子砲チャージ開始」

 将軍は号令を掛けた。《タドミール》の各脚部の付け根から鋼鉄の杭が地面深くに打ち込まれ、機体をしっかり固定させる。象の鼻に似た長い砲身が白いSVへと向けられる。


「消し炭にしてくれるわ」

 モニターのゲージが見る見る内に溜まっていくと同時に、鼻先がバチバチとスパークしながら輝く。ターゲットは未だ砂に足を取られている。


「97……98……99……100……いつでも行けます」

「……撃て」

 大地を揺らす巨象の咆哮が今、放たれた。自らも地面に沈まんとするその衝撃は、砂を蒸発させながら突き進む雷の威力の絶大さを物語る。目標へ着弾すると黒い煙と砂の入り交じった爆炎が一面を覆った。


「やったか」

 モニターやレーダーが一時的に機能障害に陥り確認が出来ない。しかし、この一撃で撃破出来ない物はこの世に存在しない、と将軍は確信しているのだ。


「視界、回復しました……何だと?」

「どうした!?」

「敵機……け、健在です?!」

 爆煙が一瞬にして渦を巻き消し飛ぶ。鋼鉄の拳を高く上げ、白いSVの顔が微かに笑っている様に見えた。


「そんな、無傷じゃないのか?!」

 目を疑う光景に将軍含め兵士達にどよめきが走る。寧ろ、先程までより装甲に艶があって新品であるが如く輝いていた。


「も、もう一度だ! ミサイルの発射と同時にチャージ開始、さっさと急がせろ!」

 イライラして怒鳴り散らす。冷房は効いているはずなのに将軍は冷や汗が止まらなかった。


「わざわざ分かりやすいように出てきやってるって言うのに、主人公補正って言うのが如実に露てて辛い! カァーッ辛(つら)い、お辛いわぁ!」

 シンドウ・アルクは膝を叩いて、己の強さに自賛した。このところ連戦連勝で負け無しが続き有頂天になっている。調子に乗れば乗るほどに《ゴーアルター》は強くなるので誰も止められない。

 現在のIDEALは紛争地域に出向いては世界的に脅威となる組織の壊滅作戦を行っていた。


『真道君、大丈夫なの?』

 上空を飛ぶ月影瑠璃の《戦崇》から通信が入る。メインの武装である自動遠隔兵器〈ディス・フェアリー〉が全て取り外され、代わりに飛行用ブースターが各箇所に装備していた。


「あぁ瑠璃さん、こんなもの懐中電灯を当てられた様なモンですよ」

 やれやれ、と鼻で笑う歩駆。《ゴーアルター》の足元では、まだ地面がぶすぶすと黒煙を出しながら燃えている。


『そう……でも油断しちゃ駄目よ? 相手は戦争のプロ、他にどんな事を仕掛けてくるか分からない』

「瑠璃さんこそ、セミ・ダイナムドライブの無い戦崇じゃ不安でしょ?」

『それは、まぁ……でも心配ご無用です。あんなの無くったって君よりはパイロットとして上よ?』

「ハハッ、でも機体の性能さが絶対ですよ。この無敵のスーパーロボット、ゴーアルターは何者にも負けないって世界に証明して見せますから」

 自信満々のアルクの物言いに瑠璃は少し苛つく。

 昨年末の戦い以降の真道歩駆に違和感を覚えていた。迷いが無くなった、と言えば聞こえは良いが、行動に遠慮が無さすぎるのだ。言動も何処か演技的で芝居がかっている。


『……変わったわね真道君』

 そう言う瑠璃も半年の間、サレナ・ルージェに心を乗っ取られていない事を思い出す。それも昨年末からである。もしかしたら今の真道歩駆も自分と同じなのではないか、と考えてみると辻褄が会うかもしれない。


「何も変わっちゃいませんよ。これが本来の自分、本当のシンドウ・アルクですから……おっと、お喋りはここまでです。行きますよ瑠璃さん!」

 通信を切る歩駆。前方の《タドミール》から発射されたミサイル群が迫ってきていた。


「さぁてと……正義のヒーローが過激派の悪のテロリストども成敗してやろうかなっと」

 シートの背面にあるホルダーからスポーツドリンクをぐいっと飲み干し、正面の敵を見据える。


「シンドウ・アルク、正義を開始する」

 白い尾を引いて放たれた四つの弾頭を、同じく四本の真っ赤なレーザーが貫いた。黄色い砂を天高く巻き上げる爆発の中を突っ切る白いSV、《ゴーアルター》が砂上を滑空する。


「ば、化け物めぇ……チャージまだか、早くしろ!!」

 巨象型gSV、《タドミール》の指揮官である将軍が床をドンドンと踏み鳴らして部下を急かせる。


「78……79……8じゅっうわっ!?」

 オペレーターがカウントをしていると急に機体が傾きだした。


「前右脚部に異常発生! 下に……下にSVが居ます?!」

「なにぃ?! おい、お前ぇ! 何故、敵の接近を許したぁ!?」

「いっいえ、確かにさっきまではレーダーに何も反応が……」

 モニターの下部カメラが映したのは、先程と色が違い頭部の砲身が短い《パンツァーチャリオッツ》であった。


「くたばり損ないめぇ、さっさと撃ち落とさんか!」

「それが……対地砲は敵に破壊されて使えませ……あぁっ?!」

 突然の衝撃に将軍らは前のめりに倒れ込み、コンソールやモニターに顔面を打ち付けた。《パンツァーチャリオッツ》が振りかぶるビームの刃が前左脚の健である駆動部を焼き斬る。《タドミール》は土下座の様なポーズで突っ伏した。


「えぇい、なんだっていい! ミサイルだ、ミサイルを撃て!」

「こんなに近くじゃ我々も巻き込まれますよ!」

 パニックに陥る《タドミール》の内部。そんな中、将軍は隊員達に隠れて座席の隠れた脱出スイッチに手を掛けようとしていた時だった。

 天井を叩き付ける煩い音がコクピットに響き渡る。無骨なマシンには似合わない先鋭的な青い羽根を広げた《パンツァーチャリオッツ》が胸部の機関銃を乱射している。


「と、頭部に被弾! 脱出装置……働きません!」

 その絶望的な報告で、全員の顔が青ざめた。



「ひゅー! ユングフラウの奴、アシストやってくれるじゃない? 流石は特殊工作員」

 シンドウ・アルクは逆光の眩しさに目を細目ながら称賛する。


「でも、フィニッシュを決めるのは俺だからなぁ!」

 アルクの気合いと呼応して《ゴーアルター》は激しく発光。真紅の鉄翼〈ジェットフリューゲル〉のスラスターを全開に吹かして上昇した。


「退いてろ。大技を見せてやるぜ!」

 ユングフラウの《パンツァーチャリオッツ》が離脱するのを確認すると、敵を眼下に見据えた《ゴーアルター》は両手を胸の前にかざす。粒子の粒が集まり球体を形成していく。



「決死である。全弾撃ち尽くせぇ!」

 破れかぶれの《タドミール》は技を撃たせまいと力を振り絞る。無理矢理機体を上に向け、全ての武装を《ゴーアルター》へと解き放つ。

 弾丸、弾頭、荷電粒子の嵐が空に上っていく。



「イレイザァァァァノヴァァァァァァーッ!!」

 しかし、咆哮するアルクと《ゴーアルター》が撃ち出される渾身の極大閃光弾〈イレイザーノヴァ〉は、その嵐すらも飲み込んだ。

 渦巻く光の奔流(ほんりゅう)は《タドミール》を意図も容易く包み込み、原子レベルまで分解して跡形も残さず消滅させた。


「……状況終了。目標は破壊した、これより帰還します」

 アルクは深く息を吐き、腕をぶらぶらと降って体の緊張を解く。


『相変わらず、お見事ですシンドウ少尉』

 後背後から可憐な少女の声。それは《ジェットフリューゲル》からの通信だった。


「まっ、当然でしょ」

『今日のシャウトは伸びが違いましたね。スーパーロボット乗りらしくてカッコいいです!』

「後輩よ、おだてたって何も出ないぞぉ!? お世辞かな?」

『そんな事ありません。新人である私にとってシンドウ少尉は憧れなんです。この間の弾道ミサイルの迎撃もお見事でした』

 その作戦は一週間前の事だ。某国の人工衛星に偽装した核ミサイルが日本に発射された。アルクの《ゴーアルター》は発射から数十秒でミサイルを破壊、続いて現れた某国のSV部隊も迅速に迎撃する。

 某国は完全に統合連合政府の管理下に置かれ、核開発の一切を完全に禁止された。


「旧型のオンボロロケットにカモフラージュしたところでお見通しだっての! SVも雑魚ばっかでさぁ」

『この機体(ジェットフリューゲル)でゴーアルターのサポートと言う大役を任され、間近で活躍を拝見出来ると言う光栄の極み。戦う後ろ姿は正に正義のヒーロー、尊敬しちゃいます!』

「後でアイスぜんざい奢ったるわな」

 と、怒濤の褒めちぎりに照れながらも、すっかり乗せられ調子づくアルクだった。


「それにしてもだ……俺達の敵は模造獣(イミテイト)以前に人間の悪が多すぎると思わないか?」

『2017年に地球統合連合が設立されて二十年近くなりますのにね。人類全体に協調性を持て、と言うのは無理なんでしょう』

「だが、それも叶う時が来る。平和を乱す奴、全員と戦う……俺とゴーアルターがやってみせるさ!」

 恥ずかしげもなく立ち上がり、アルクは高らかに宣言する。


「その時、俺の後ろに居るのは君か、それとも別の誰かか」

『お力になれるよう精一杯がんばります!』

「そうだね、期待してるよ……クロガネ・カイナ」

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