第50話 多勢に優勢

 少し遡る事、五分前。

 《日照丸》のブリッジオペレーター達に緊張が走っていた。


「こちらは地球統合連合軍、模造獣対策機関IDEALの戦艦日照丸。応答されたし」

 オペレーターはゆっくりとこちらに近づいてくる二隻の艦へと何度も通信しているが返事は無く、とても不気味だった。


「……データを照合。あれは確かに月面会談に向かった巡洋艦アキサメ級だ。脱出したのか?」

「だったら何で応答しない? 助けを求めてくるはずだろ」

「いや、ちょっと待ってくれ! この二隻……どうしてどっちも同じ認証ナンバーなんだ?」

 量産されているSVや戦艦にはそれぞれに製造年月日やシリアルナンバーが存在し、外見が一緒でも番号まで全く同じと言うのはあり得ない。

 機体から送られる識別信号でも確認する事が可能で、それを改竄する事は製造者以外には不可能に近い。


「つ、つまり……それって」

「回避ィーッ!!」

 光の線が《日照丸》の真横を通過すると遅れて艦に衝撃が来る。

 操舵士がもう少し気づくのが数秒遅かったらブリッジに直撃を受けていたところだったかもしれない。

 だが、それでも幾つかの被弾は免れなかった。


「巡洋艦型模造獣って……そんなのまで出てきたか」

「そりゃ宇宙から来たんだから宇宙船に化けてる奴もいるだろって!」

「左舷、副砲に直撃! 自動消火機能は正常に作動している」

「どうする? 逃げるのか、戦うのか?!」

 指揮する艦長の天草がいないブリッジが慌ただしくなる。本来なら代わりに副長が座っているのだが月に置いてきてしまっている。

 無茶苦茶な爺さんでも居ないと話にならない。今は自分達で考える他無いのだが、右往左往している内にも二隻の《巡洋艦模造獣》から砲撃は続いていた。ギリギリで攻撃を回避しつつ《日照丸》は全速力で逃げ惑うが月への進路からどんどん離されていった。


「慌てるな馬鹿者共がっ!」

 そこへ連絡を取っていた天草が怒鳴り声を上げてやって来た。ずかずかと艦長席に座って状況を確認する。


「戦うぞ、今からSVを出す! 一体、何処の阿呆がこんな事を?」

「それが……相手の戦艦は模造獣の様なんです」

「憶測で言うなよ? それに、もはや“獣”でも無いだろうにふざけたモンじゃわい」

「艦長、あれだけ大きな模造獣……いや戦艦二隻をどうにかできるんですか? こっちは宇宙戦の経験がほとんど無い素人達ばかりなんですよ?」

「ここで倒せんかったら今後の戦いも無理じゃて。やってもらわな」

 髭を撫でながら天草はニヤリと笑った。


「ワシの船に喧嘩を売ったことを後悔させてやる……第一種戦闘配置、敵艦を叩く!」




 格納庫では大急ぎで出撃の準備をしていた。

 しかし、今回の作戦の急さで一部機体の改修がまだ不十分であり一部機体は宇宙用に改装作業を出発時から行っている。


「ゴーアルターとハレルヤは初めから宇宙でも使えるようになっている。戦人の二機も直に調整が終わるぞ。後はユングフラウ君のチャリオッツぐらいかな、時間かかるのは」

 オレンジ色の宇宙服を着た整備士は言う。

 パイロットスーツに着替えを終えた歩駆とセイルとユングフラウの三人は急ピッチで整備が進められている自分達の機体を眺めていた。


「むぅ……やはり旧式では限界か。自分で機体を弄ってはいたが、宇宙に関しては専門外だ」

「坊主、スピード作業とは言え安心しろよ! しっかり宇宙で戦えるようにしてやっからなぁ?」

 白い歯を見せ笑う整備士長の男がユングフラウの背中を叩く。また坊主と言われ少しだけ顔を膨らませる。


「大丈夫だよフラウ。セイルがフォローするよっ……て言ってもセイルも初めての宇宙なんだけどね」

「いやいや、作戦が始まったらアイドルは俺と一緒のチームだぜ」

 そう言って歩駆で機体に乗り込む前の準備運動を始めたが、整備士が告げる一言で出鼻を挫かれる。


「あぁそれと、今はゴーアルターの出撃は許可できない」

「はぁ!? 何でなんスか?! すぐ出れるって今言ったじゃないか?!」

 せっかくのワクワクを返してくれ、と言わんばかりに詰め寄るが整備士長の答えはノーだった。


『歩駆君は作戦の要だからなのよ』

 青紫のSVから瑠璃の声が発せられる。

 その真新しくなった《戦人》は以前と比べて更に細身になっていた。

 しかし、肩に付けられたレーザー砲や腕部から伸びる槍状の武器など武装がいくつも増えて戦闘能力は格段に高くなったと伺われる。


「月影殿ー! 乗り心地は如何でしょう?!」

 何処からか黄色い声。その主は油まみれの格納庫には似つかわしくないブランド物のスーツを見に纏っていた。

 

「この織田龍馬、月影殿の為なら努力は惜しみません!」

『問題ないわ。快適よ』

「そりゃあもう最新式の物を取り揃えましたから! 私が社長復帰出来たのも月影殿のお陰ですからね!」

 実際は《ダイザンゴウ》の件を揉み消す代わりに、トヨトミインダストリーがIDEALに全面協力する事を条件として復帰させたのだが、彼の中では全部瑠璃のお陰だという事になっていた。


「先週より会社でお預かりした戦人のオーバーホールも兼ねての大改造! そのスペックは以前と比べて120パーセントアップでございますよ!」

 聞かれてもいないこだわりポイントを語りまくる織田だったが、彼の前に山のように謎の機械や部品が積まれたカートが運ばれる。それを引いてきた整備士の顔が怒りに満ちていた。


「……必要のない怪文書、怪音声が流れるデータ他諸々は取り外させて貰ったぞ」

「何コレ……カメラ。あっ音が流れる」

「セイル聞くな、洗脳させるぞ」

 複数の整備士達に取り囲まれ織田龍馬は強制退場させられる。営倉へとぶちこまれた。


「何しに来たんだ、あの社長?」

『……そういや話を戻すけど、基地を発進する前の搬入作業で博士が新装備とか何とか言って持ち込ませたけど』

「向こうにあるアレだよ。組み立ててる最中だ」

 瑠璃の《戦人》が指差す方向、壁際の方を見ると三つに分かれた長いパーツを機械のアームを使って繋ぎ合わせていた。


「でっかいな……剣か何かか?」

「えぇーとちょっと待ってな……こいつ名前は〈ヘルツハルバード〉とかって言うらしい。ゴーアルター専用武器だとさ」

 整備士長は作業台の引き出しから分厚い冊子を取り出し読んだ。


「博士め、肝心な時に姿見さない癖に用意は良いんだよな」

「ホラ、隅でこのマニュアルでも読んどけ! ほら、君らも作業の邪魔だよ!」

 乱雑に説明書を投げ渡された歩駆たちは奥の安全な部屋に移動していった。

 そんな様子を横目で確認しつつ、ハイジは出撃可能になった自分の機体を起動させる。


『そいじゃまぁ、ちみっこ共は留守番で大人二人、戦人二体で蹴散らしてやるとしますかぁ?』

 元の分厚い装甲が更に増えて武装てんこ盛りの赤い重量級SV、ハイジの《戦人1号機》がゆったりとカタパルトへ移動する。


『冴刃さんがもう出撃していったわよ』

『んだとっ?! 彼奴め黙って抜け駆けしやがって……先、行くからな!? ハイジ・アーデルハイド出るぞっ!!』

 こんな調子で今回の作戦は大丈夫なのか、瑠璃は不安で仕方なかった。




 冴刃の《ゼアロット》が出撃したと同時に《巡洋艦アキサメ》から艦載機のSVが次々と発進してきた。

 その機体は〈トヨトミインダストリー〉が宇宙開発用に製造した《尾張六式》がベースの機体で、大昔の宇宙船から名前を拝借して《アポロン》と呼ばれている。

 半人型で腕はあるが脚は無く、代わりに大型のブースターが付けられており、完全宇宙仕様の《アポロン》には並のSVでは太刀打ちできない。

 そんな今回、冴刃は《ゼアロット》の支援機を投入する事にした。


「台座型高機動支援戦闘機、その名をゼアロライザー。重力下よりも宇宙戦闘に適した我が愛馬よ!」

 などと独り言。羽が大きくSVを乗せる為に幅の広い《ゼアロライザー》の上に仁王立ちする《ゼアロット》が敵に向かって指を指す。


「一体だけで挑むとは勇敢だ、しかしね!」

 仮面の中のディスプレイが敵機の行動を予測する。勝利における最短のルートを弾き出した。

 突出する一体の《アポロン》が腹部の発射口からミサイルを撃ちながら突撃する。


「単調だな、容易いぞ!」

 真っ直ぐ向かってきたミサイルを《ゼアロライザー》のバルカンで打ち落とし、高速ですれ違い様に〈フォトンセイバー〉で斬り付ける。

 爆散。意図も容易く《アポロン》は宇宙の塵と化した。


「所詮は真似るだけで考える脳無しの模造獣。連携など取れるわけがないよな!」

 仲間が撃墜されたにも関わらずバラバラに浮遊する《アポロン》を前に、冴刃は舌舐めずりする。


「参る」

 まるでサーフィンをするかのように星の海を飛び回る《ゼアロットinゼアロライザー》だったが、攻撃はせずにただ《アポロン》の様子を見ていた。

 先程の手応えの無さに少しだけ気になる事があったのだが、それは自分のマスクを通して見た結果、直ぐに分かった。


「そうか……だからか」

 フォトン粒子の軌跡を描きながら周囲をグルグル見渡すだけの冴刃の元に増援が現れる。瑠璃とハイジの《戦人》だった。 


「おい、何を遊んでるんだよお前ッ!?」

 ハイジのイライラした大声が《ゼアロット》のコクピットに鳴り響く。


「ん、まぁ別に」

「何だソレ、ふざけているのかっ!」

「……それよりも悪いけど君達、私は一足先に月に行ってるよ」

「あぁ?! テメェ何言ってんだ!」

「ルートを確保する。撃墜数は君にあげるよハイジ先輩! それでは」

 そう言い残し、敵を前にしながら冴刃の《ゼアロット》は間を縫うようにすり抜け、月の方角へ一瞬にして飛び去っていくのだった。

 あまりのスピードにハイジは呆気に取られてしまう。


「んなっ……あんのヤローがぁ、勝手な事をしやがってからに!」

「はいはい、そんな事よりも今は戦闘に集中でしょう? 気を引き締めなきゃ」

「ソッコーで行くぞ! 後方は任せろ!」

 瑠璃はコクピットの中で思わずシートからずり落ちそうになった。


「……はい? 前には出ないの?」

「今日から砲撃戦仕様。そもそも俺の得意なのは射撃なの!」

 ハイジの《戦人》は楯型武器を装備した太い両腕を開き、新しくなった重武装形態をアピールする。


「はいはいはい、どうぞ後方へお下がりくださいな」

 こう言う所が無ければ少しは男として良い人だと思うのに、瑠璃は酷く落胆しながらも目の前に広がる敵の群れに挑むのだった。

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