第九章 オペレーション・ムーンテイカー
第49話 宇宙に潜む者
いつからこんな事になってしまったのか、シュウ・D・リュークは物思いに考える。
自分は地球統合連合軍の特務遊撃守護部隊、《ガードナー》に所属する大尉でSV小隊のリーダーだ。
世界中を股に掛け、ありとあらゆる敵から味方を守る鉄壁の使者。
対象を守るためなら相手の先手を打つ、それは何時しか《ガードナー》の教示に反するものになっていった。
しかし、シュウは何も間違った事をしていたという認識は無い。
誰かを守る、と言うことは誰にでも出来るわけじゃない。とても崇高な事なのだ。
時にその護衛者が昨日の敵であっても、である。
「そう、だから……誰を守るかは俺達自身で決める。俺達が地球を守る真の守護者だ」
シュウは小型拳銃をジャケットの内ポケットから取り出し、目の前で縛られている中年軍人の額に銃口を押し当て、引き金を引いた。
「我々が守るのはお前達ではない、地球だ! やがて来(きた)る戦いに備え、お前達には礎となって貰う!」
会議場に轟く銃声。頭から前のめりに倒れた中年軍人の周りに血溜まりが出来る。下手に叫んだりしたら次は自分がこうなる、と他の者達はグッと押さえ息を飲んだ。だが、その中で果敢にも立ち上がる若い軍人がいた。
「光栄に思え。貴様らは永遠の命を手に入れたと同じなんだからな」
「くっ、何を訳のわからないことをッ!」
手を縛られていたはずの縄が解け、若い軍人はシュウへ突進する。バランスの崩れた所で若い軍人は即座に銃をシュウの額に突き付け引き金を引いた。しかし、
「…………わかる必要は無い。わかったところで今の人類に太刀打ち出来る力などは無い。だから」
確かに頭部に命中したはずだった。それなのに、シュウは蚊にでも刺されたかの様にポリポリと掻くだけ。腰を抜かしか驚きのあまり開いた口が塞がらない若い軍人。背中には先程にシュウが殺した老軍人の死体があった。
「これは罰では無い、祝福だ」
シュウ、二度目の発砲。死体の上に死体が重なっていく。これで計十人目になり、黒い軍服の男達がその二つの亡骸を何処かに運んでいった。
「出来れば普通の人間も残しておきたいのだかな。女は子孫繁栄の為に残し、老人は知識が必要だからある程度は死んで頂く……生きたければ不用意な言動を慎むことだ! 地球を守りたければ己の身の安全を守れ!」
シュウは壇上へと昇って人質達に向けて言い放った。
不安げな表情で怯える者、隙あらば逃げようと画策する者、諦めて事の成行を天に任せる者など場は混沌と化していた。
「シュウ、IDEALの天涯が居ない! いつの間にか逃げられた……」
人質の唯一、統合連合軍人であるのに縛られていない男が駆け寄ってきた。
彼の名前はジャスティン・テイラー少佐。
今から三ヶ月前、IDEAL基地襲撃の実行者である男だ。
「探せ……奴には聞きたい事が山程ある。殺すのは後だ」
「テイラー! 貴方、私が最初に聞いていた話と全く違うじゃない!」
耳障りでヒステリックな叫びに二人が振り向く。スーツの年配女性がこちらを鬼の形相で睨んでいた。
「如月八重子」
「これは国家反逆罪よ……」
「どの口が言う……それを貴方に言われたくは無いぞ。私欲で部隊を動かして、日本の軍事は相当迷惑していると聞く」
「私の迅速な対応が無ければ模造獣の侵攻による被害が拡大していた。それに貴方だって協力をしていたじゃない」
「目的があった。IDEALの存在をよく思っていないのは如月准将だけじゃない」
「しかし、天涯無頼とは旧知の仲だと言う貴女から得られる情報はプライベートな事ばかりでIDEALに関する重要な事は持っていなかった。もう用済みなんだよ貴女は」
テイラーは吐き捨てるように言う。そこへシュウがやって来て、座り込む如月の高さまでしゃがみ顎を指でそっと掴む。
「如月八重子……貴女は非常に優秀な女性だ……殺すには惜しい人間。そこでだ」
一呼吸置いてシュウは驚きの発言をした。
「私の妻になってほしい」
緊迫した状況下であり得ないこと言うシュウを見て、その場にいた全員の目が点になる。耳を疑う台詞に如月の思考は、しばらく停止する。
「お、おいシュウ」
「…………は? テロリストが何を言って」
と、如月が言いかけた瞬間にシュウが眼前にあった。久しく味わったことの無い唇に柔らかな感触に耳が真っ赤になり口をパクパクと動かす。周りも同様だった。
「イミテイトにはやらん。……直に、オリジネイターにしてやる。その為に」
眉ひとつ変えない無表情のシュウは立ち上がると人質全員に向かって宣言する。
「ゴーアルターと呼ばれるSVを必ずや破壊する! それが我々、地球の守護者ガードナー。神の魔の手から地球を守る正義の盾であると!」
白く巨大な船体に真っ赤に染まった船首。その名を《日照丸(にっしょうまる)》と呼ばれる戦艦は月へ向かって航海を続けていた。
パイロットである歩駆、瑠璃、ハイジ、セイル、ユングフラウ、冴刃の六人はブリーフィングルームに集まり月奪還作戦(オペレーション・ムーンテイカー)の打ち合わせを行っていた、のだが。
「セイル宇宙初めてです! 浮く、浮いちゃうっ! はぁ……いつかやりたいなぁ銀河ライブ!」
「オイオイオイ、お前ら遊びに行くわけじゃないんだぞ? 人質の命が掛かってるんだから気合いを入れてけよ!」
「むぅ……無重力下での戦闘は殆ど経験をしたことがない。付け焼き刃で何とかなるものなのだろうか?」
「外マジで空気が無いんだろ? 鼻と目を閉じてれば数秒間だけはセーフってダンガムの映画で」
「歩駆君、あれはアニメだけの話で実際は全身が凍って死ぬだけだ。もちろんシャボン玉でも無理だぞ?」
「…………あー駄目ね、もう息苦しく感じる。何だか頭もクラクラしてくるわ」
宇宙と言うものはこれほど人のテンションを高揚させてしまうのか、それぞれが勝手に喋り、動きだしまるで幼稚園児の集会状態。これでは真面目な作戦会議どころでは無かった。
指揮役をする天草宗四郎も困惑し頭を抱えた。
「まさか、こんなに統率が執れてないとは……。天涯の奴め一体どういう教育をしておるのだ?」
「提督閣下」
ピンと真っ直ぐ高く、ユングフラウが手を上げた。
「この作戦は具体的に何を行うのでしょうか?」
真面目な表情で見つめてくる唯一の優等生に天草は思わず涙が出てしまう。
「では分かりやすく簡単に答えよう。お前達、ちゃあんと聞いとけよ」
ホワイトボードの端にあるスイッチを押すと、地球と月の遠景映像がボードに映し出される。天草は細長い棒を取り出して点滅する船の形をしたマーカーを指した。
「これが日照丸が今居る位置だ。あと数時間後には月に到着するだろう。しかし、敵の出方が分からないので迂闊に近寄れない。そこで君達を二手に分ける事にした」
天草が船マーカーをタッチすると周囲に六色のマーカーが出現した。これは、それぞれの色が歩駆達を示している。
「敵(ガードナー)の狙いはexSV(ゴーアルター)だ。きっとSVも出てくる、正面に奴等の戦力は集中するだろう。なので逆に囮に使って陽動を試みる」
そう言って《ゴーアルター》を示す白いマーカーを敵マーカーの群に出す。
「初の宇宙戦なのに、そんな大量に敵来られたら対処できないって!?」
「そこを坊主は頑張って貰わんといかんなぁ…日照丸とexSVの真道歩駆で敵を一掃する。さらに月影瑠璃ちゃんと虹浦セイルちゃんは後方支援。それにプラスで日照丸のSV隊も加わってもらう」
ピンクとブルーのマーカーを《ゴーアルター》の白マーカーに付ける。さらに三つ固まったグレーマーカーで三機小隊が二つ出来た。
「大所帯だねっ?! セイル頑張ってサポートするよ!」
「サポートどころか私がメインで先陣切ってもいいのよ歩駆君?」
「やっ、それはちょっと男が廃りますよ。大群でも何でも来るからにはやってやるさ!」
からかわれる歩駆だったが顔叩いて覚悟を決めた。
「そしてだ、敵がゴーアルター率いる部隊に気を取られている間に、別動隊が小型艇で月の裏から回って月面基地内部に侵入して人質の救出を行う。そのメンバーはハイジ、フラウ、冴刃の三人だ」
三つのマーカーを敵群の反対、月の手薄な場所に動かす。
「……なぁ仮面のアンタ、そんなの着けて出来るのか? 止めておくなら今の内だ」
「それには及びません、ご心配なく。そちらこそ手が震えてしまわないように添え木をしなくていいんですか?」
「あぁ?!」
作戦の前に一触即発のハイジと冴刃。心配であるが生身で戦闘能力が高い人選だ。変える事は出来ないが大丈夫だろうか、と天草は思う。そんな中、ユングフラウだけが頼みの綱だった。
「提督閣下、必ずや成功して見せます……それと約束、お忘れなく」
「うむ、期待しているよ」
頭をポンと撫でるとユングフラウは嬉しそうに笑う。彼女がこんな表情をするのを見たことがないので驚く一同。
その時、部屋が突然と大きく振動した。
「ど、どうした何事だ!?」
何かに壁が叩き付けられているような音が二回、三回と響き渡る。セイルはユングフラウに抱きつき、瑠璃は飛んでいった眼鏡を追いかけ、ハイジと冴刃は、未だに言い争い、地震と勘違いした歩駆は机の下に隠れる。
バランスを崩しながらも天草は壁に掛けてある内線でブリッジに連絡した。
「おい、奴等が向かって来たのか?!」
『違います艦砲射撃です……それが、あの』
言いにくい事なのかオペレーターの何故か歯切れが悪い。
『とても奇妙なんですよ……』
「何なんだ、包み隠さず言ってみろ!」
『その、撃ってきてたのは統合連合軍の……味方の艦です!』
天草の苦い表情を見て歩駆達に緊張が走った。
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