第47話 午後3時“ジジイ来る”

「えぇ!? せっかく来たのに居ないのぉ?!」

 老人と言うにはあまりに大柄な体躯の白髭男が、素っ頓狂な声を司令室に響き渡らせる。

 せっかく遠路遙々やって来たと言うのに、お目当ての物とはすれ違いになってしまったらしい。がっかりである、とオーバーに溜め息を吐いて肩を落とす。


「せーっかくお土産に月饅頭や月煎餅、月の石クッキーを大量に買ってきたと言うのにぃ?」

「すいません天草提督。現在彼らを捜索中でして……」

「天涯も?」

「司令は月なんじゃないんですか?」

「こんな何週間も掛かるわけ……掛かるかもじゃなぁ。何せ人類の存亡を賭けた一大計画じゃからな。もしくは帰る道中で道草でも食ってんじゃろうて!」

 アゴ髭を撫でながら男が笑う。そんなわけあるか、と時任久音やオペレーター達は心の中でツッコミをした。


「ところで、ねぇ久音ちゃん……まだ恋人は作ってない? そろそろワシとな」

「仕事一筋なもので、遠慮しておきますわ」

 ズイッと近づける男のデカ顔を押し退けて即答する時任。


「ふーむ……そうかい、それは残念じゃのぉ」

「ウフフ、お気持ちだけ受けとります」

 心の中で、このナンパジジイを今すぐ張り倒してやろうか、と思う気持ちを押さえつつ愛想笑いで誤魔化した。

 この男(ナンパジジイ)こそがIDEALの設立者で地球統合連合軍で三人しか居ない“大将”である天草宗四郎、その人だ。


「なぁ通信士のお姉さん、ワシどう?」

「どう、と言われましてと……ごめんなさい。あんまり年上はちょっと」

「提督!」

「ジョーダン、ジョーダンじゃよぉ。上で仕入れた月冗談(ルナティックジョーク)じゃわい!」

 ガハハ、と豪快に笑う。周りは全く笑えなかった。


「それで、月での会談はどうだったんですか?」

「ん? ワシぐらいになると聞かんでも大体は想像がつく。詳しくは天涯が帰ってから聞くといいぞ」

 本当は会議の開始早々にトイレへ行くと嘘を告げ、こっそりと逃げてきたのだ。発艦時に月のオペレーターを騙して出発するのには大変苦労した。それから暫くの間、ハワイで潜伏した後で日本にやって来た言う。本当はそれだけでは無いのだけれども。


「所でexSV(ゴーアルター)の小僧、ちゃんとやっているのかね?」

「最近は安定して乗りこなしていますわ」

「安定じゃあ駄目だろう? あの機体のポテンシャルを最大限に引き出さねばのぉ」

「この所、模造獣(イミテイト)……イミテイターの出現も減少していて中々難しいかもですね」

「ふーむ……もっとドンパチ戦争でも起きてもらいたいもんじゃ」

 それは問題発言だろ、とオペレーター達は一様に思った。


「失礼します、何です副司令」

 と、月影瑠璃が気だるそうに入室してきた。


「おお、瑠璃ちゃん! 随分と立派になって!」

「あ、天草中将?」

「今は大将じゃ……ほれ!」

 そう言って天草は両手を大きく横に広げた。しかし、


「ん…………ん?」

「ほれほれ、昔はワシの胸に飛び込んで来ていただろうに?」

「え、あぁそれは昔の話で今は……。こんな所ですし」

「こんな所で悪かったわね」

「よし! じゃあワシの艦で……グェッ!」

 瑠璃を連れていこうとする天草の襟首を時任は思いきり引っ張った。首が絞まって天草は小さく声を漏らす。


「提督もいい加減に、ですからね? 奥さまに言い付けますよ」

「フン、もう“元”じゃモ・ト! あんなババァなんかの顔なぞ見たくもないもんね。べー」

 舌を出しながら天草は憤って見せる。まるで親と喧嘩した子供の様だ。


「私達も老人の相手をしているほど暇じゃないんですよ。用が無いならお帰りください」

「……ここワシが作った組織だぞ?」

「机にじっとしているより世界を飛び回っているのが好きじゃ! とか何とか言っていたのは誰でしたっけ?」

「はい、ワシ!」

「それじゃあ回れ右して、さよならぁ」

「えぇい時任ちゃん、冷たい! でも好き」

 まるで漫才を見ているだ、と瑠璃は後ろを向いて笑いを堪える。


「取り合えず帰ってくるまで滞在させてもらおうかのぉ」

 どっこいしょ、と司令席に腰かける。すると、オペレーターが声を上げる。

「副司令、月のクレーターベースから緊急通信です」

「月から緊急? 繋いでちょうだい」

 天井に浮かぶモニターに写し出されたのは、全身真っ黒の軍服に身を包む複数の男女。剣に翼の生えた形のエンブレムが付いた帽子を目深に被り、表情は全くうかがえない。


『地球の統合連合軍に告ぐ……我々は守護する者“ガードナー”のシュウ・D・リュークだ』

 一人の男が前に現れて自己紹介する。

 黒い短髪で痩せ形、目に隈があり不気味で病的な雰囲気がある男だ。


『我々はクレーターベースを掌握した。トップであるマーク・マクシミリアン元帥以下、1514名が我々の手中にある』

「あれは……司令?!」

 画面が切り替わると、そこには手足を縛られた軍人達が会議場の中央に集められている。その中には天涯無頼の姿があった。


「どういうつもりなんじゃ?」

『全員を無事に解放して欲しければ、要求はただ一つ……』

 シュウが言うと右上に数字が表示された。


『今から48時間やる。その間に統連軍の対模造獣組織IDEALはexSV……ゴーアルターを我々の前で破壊せよ。以上である』

 こちらからの質問には一切答えず画面が真っ黒に染まると、残り時間を表紙する数字だけが残った。


「ガードナー……表向きは政府高官の護衛任務を請け負うスペシャリスト。しかし、裏ではスパイ活動に暗殺も行う仕置き人集団の顔を持つ」

「そしてワシが潰したんじゃよ。亡霊共め絶好の機会を与えてくれるじゃあないか。時任副司令、早急にパイロット達を集めろ」

「どうするんですか? まさか戦うつもりではないでしょうね?」

「その、まさかよ!」

 親指を立て笑顔で言ってのける天草。またジジイの思いつき作戦が始まった、と時任は呆れてため息を吐いた。


「いくらなんでも無謀かと。まだ中には天涯司令も居ますのに」

「なぁに、天涯なら何とかやってくれるから心配しなくてもいい。問題は奴等が何でexSV(ゴーアルター)を狙うかじゃ。奪って運用するならまだしも破壊とはどういうことなんじゃろうな? 普通の兵器じゃアレを破壊する事は出来んと言うのにのぉ」

 モニターの減っていく時間を見つめながら天草は考える。すると、司令室に警報のアラート音が鳴り響く。


「高速で近づいてくるSVが二機。これは……ゴーアルターとハレルヤです!」

 地平線の彼方、白とピンクのSVが飛沫を上げて海上を飛んで基地へと向かって来た。


『もしもーし! こちら虹浦セイルです! 聞こえますかー!』

『誰かッ! 応答してくれ、大変なんだ!』

「真道君、exSVで個人的な使用で勝手に無断発進させておいて反省は無し?」

『アンタらが隠し事してるのが悪いんだろ!』

 顔を真っ赤にして歩駆は言う。泣いているのか怒っているのか複雑な感じの表情だ。


「組織だもの。言えない事の一つや二つあるわ。そこに所属しているのよ貴方」

『わかった、後で罰でも何でも受ける。だから……それよりも礼奈を助けてくれよッ!』



 医務室に大急ぎで運ばれた礼奈だったが、幸い体の何処にも異常は無かった様だった。

 軽い目眩の様な物で大事には至らないから問題は無い、とIDEAL駐在の医者は言っている。


「今は眠っています。しばらくしたら目を覚ますでしょう」

 礼奈の部屋から出てきた時任が言う。


「そうなんですか……はぁ良かったぁ。いきなり苦しみだして、もうびっくりしましたよぉ」

 時任の言葉を聞いて床にへたり込むセイルをユングフラウが支える。そして歩駆は天井を見上げ、緊張してずっと止めていた息をようやく吐き出した。


「おう! 坊主、お前さんがexSVのパイロットをやっとるのか!」

 医療棟であるにも関わらず遠くから聞こえる荒々しい足音に廊下に響く大声。やって来た天草宗四郎は急に頭を鷲掴みにする。


「にしてもチビだな坊主」

「……自分じゃないし、坊主じゃない離せ!」

 ユングフラウは、ただでさえ小さい背が更に低くなるほど上から押さえつけられる。引き剥がそうと力を入れるがビクともしなかった。


「では、そっちの小僧か?」

「は、はい」

 ターゲットをユングフラウから歩駆に変える。巨大な老人の眼光にガチガチなった歩駆の体や腕を天草はベタベタと触り始めた。


「フムフム……筋肉の付きが全然足らんな、フン!」

 太い腕から繰り出されるボディブローが歩駆を直撃する。


「がッ……何を?」

「ヒーローになるとか何とか宣ったらしいな。今ので決意が由来だか?」

 初めてIDEALに来た時の事を歩駆は思い出す。あの時と比べれば腹の痛みも多少だが耐えられる。しかし、それでも凄く痛い。


「ま、まさか。理不尽な扱いにはなれっこですよ」

「失礼ね、君を鍛えるのが私の役目なんだからキツくて当然よ」

 歩駆の額にデコピンしながら瑠璃が言った。


「大将仕込みよね?」

「そうだな、ワシの教え子の教え子ならワシの教え子も同然だわい!」

「大将? ……えぇっと軍で一番階級高い、あの大将?」

「天草宗四郎だ。この組織を作った、とっても偉い人間である!」

 ドヤ顔。またもガハハ、と大笑いする天涯の口を瑠璃は手で押さえた。


「じゃあ、教えてくださいよ。礼奈がどうしてこうなったのか、IDEALの目的、模造獣(イミテイト)の正体、ゴーアルターって何なのか?」

「むぐ、それはだなぁ……」

「提督」

 咳払いをして時任が肘で天草の腹を小突く。


「真道君。さっきも言ったけど私達の言える事には限りがある。全てを明かすには、まだ早いわ」

「いい加減、はいそうですかと言って見せるほど従順じゃない」

 納得できるはずはない。ここで戦うことを決めたのは歩駆自身だが、IDEALに公表されている情報は少ない。


「これだけは忘れないでちょうだい、私達は世界を救う為に戦ってるのは事実よ。そうね……この戦いが終わったら私が言える範囲でなら何でも答えてあげる。今はそれで納得して」

「…………絶対だからな? 二言は無いな?」

 念を押す歩駆。


「乙女に二言は無いわ」

 アラサー時任も約束すると頷いた。


「いよーし! そうと決まれば善は急げじゃ! これよりIDEALは宇宙(そら)へ上がり人質救出に向かう。月奪還作戦(オペレーション・ムーンテイカー)の発動である!」

 若者を余所にして老人一人で盛り上がり勝手に決める。


 しかし、この戦いをきっかけにIDEALのメンバー達の間に修復不可能な亀裂が入ることを、歩駆はまだ知るよしも無かった。


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