第46話 午後12時“追われる少女、追う少女”

 今週はテスト期間中なので、授業は午前中で終わりだった。

 来年は受験生である礼奈も今の内に気合を入れ、勉強する為に早く帰宅したかった。


「おーい、無視は無いんじゃないか? 今日も送ってくぜ」

 黒塗りの車の窓から金髪の男が誘いを入れる。笑顔でこちらに手を振っているのだが、礼奈は知らんぷりして車の横を素通りした。しかし、車はゆっくりと礼奈を追いかける。


「ヘイ、レイナ・ナギサ! ヘイッ!」

「ハイジさん……いい加減、迷惑なんですけど!」

 その大声に下校中の生徒達が何事かと一斉に振り向く。礼奈は顔を真っ赤にしてハイジに向かって怒る。


「始めの内は前みたいに襲われたらって事で乗せてもらいましたけど、あれか一ヶ月以上も経ってるんです。もう大丈夫ですから、結構です!」

「しかしな、俺が止めたのを見計らって来るかもしれん」

 ミラーで背後を確認するハイジ。先程からこちらを見ているチラチラと生徒達は礼奈を狙っているわけではない。


「あーくん、まだIDEAL(そっち)に居るんですよね? 何でなんです?」

 礼奈は顔をしかめて言う。


「宇宙人、もう来てないですよね? なら何で帰って来ないんですか?」

「それはまだ模造獣が世界各地に出現してるからな。IDEALには力が必要なんだ」

 ハイジは座席下の鞄からタブレットを取り出す。画面に写し出された世界地図から模造獣の出現している地域を表示させて礼奈に見せる。

 だからどうした、と言う微妙な顔を礼奈はした。


「この前だって人同士で戦ってたんじゃないですか? あーくんを戦争に巻き込まないでください」

「は? 何を言ってるんだ」

「それに貴方の方がベテランなんですよね? こんな暇な事だったら、あーくんが居てくれるだけで勤まります」

 確かに、前回の戦闘以降で目立った事は起きていない。ストーカー紛いの監視行為にハイジも若干、飽きているが任務なので何を言われようと放棄するわけにもいかないのだ。


「うぐっ……だがな、これは君を守るために」

「付いて来ないでください。最近、あなたのせいで変な噂も学校で流れてるんですから。今後に響くので失礼します!」

「お待ちなさい!」

 どこからか声。礼奈が振り向くと、そこには黒のゴシックロリータ服に身を包む少女が腕を組み仁王立ちしていた。


「貴女が渚礼奈ね? 私は」

「織田……竜華さん?」

「あら、私も有名人になったものね。そうよ、私がトヨトミインダストリー副社長の織田竜華ちゃんよっ!」

 ポーズを決めてそう言うとドワーン、と銅鑼が響く音と花吹雪が舞った。


「ふーん、一山幾らでもいる地味っ娘ねぇ。歩駆様はドコに魅力を感じてるのかしら……胸?」

「いきなり失礼ね。ヘーキ屋さんが私に何の用なのよ?」

「スウィーツなんか売ってないわ!」

 何かが食い違っていた。


「ちょっと、お付き合い頂けるかしら?」

 竜華が指を鳴らすと脇道に隠れていた数人の黒服の男達が、ゾロゾロと礼奈の周りを取り囲んだ。それを見てハイジは懐から拳銃を取り出して車から飛び出す。


「その娘をはな」

『乗ってくださいっ!!』

 突然の突風に全員が顔を伏せる。空から現れたピンク色カラーな鋼鉄天使が、黒服達を腕で払って一網打尽にした。


『乗って、早く!』

 鉄の天使が大きな手を差し伸べる。礼奈は一瞬だけ迷ったが黒服達が今にも起き上がりそうなので、決心して勢いよく飛び乗った。

 赤子を抱くように礼奈を優しく包み込むと鋼鉄天使は大空へと飛び去っていった。


「キーッ! 何をしてるのっ? 追って、追いなさい!」

 ヒステリックに叫ぶ竜華は黒服達に飛んでいった方へと走らせた。


「どうなってんだ、こりゃ……?」

 ハイジは唖然と立ち尽くす。目の前で護衛対象が誘拐された様に見えるが、相手は知っている人物である。害は無いだろうが、この先はどうしようかと考えた。


「そこの貴方、車を出してちょうだい」

 竜華が呼ぶ。いつ間にかハイジの車に乗車していた。


「大声を出したら疲れたわ。何処か休める場所に連れてって」

「あぁ? 何だよお前」

「早くしてくださらないかしら、私を誰だと思っているの?」

 これだから女と言う奴は……、とハイジは深くため息を吐いた。




 礼奈は鋼鉄天使の中に入ると、操縦していた人物に驚いた。芸能人を見たのは初めてである。しかし、何故か名前を思い出せないでいた。


「えぇ?! もしかしてアイドルの……えぇっと、知ってる。待って」

「いつもニコニコ、レインボー! 七色笑顔な虹浦セイルでーす!」

 アイドルスマイルで決め台詞な自己紹介をする。


「そう! ……だっけ?」

「もう、知らないんですか渚礼奈さん?」

「あーここまで出てたのよ、って何で名前を?」

「一応、これでもIDEALの一員なのですから」

 その単語を聴いて礼奈の表情が曇る。


「……はぁ、またIDEAL。何なのよ、あなた達って? 私が何かしたの? 何で付きまとうのよ?」

「はい? えっえっ? ちょっと待ってください。今日のセイルは真芯(ましん)士の一日警察署長で、この《ハレルヤ》で空からパトロールをしているんです。IDEALとは関係ありませんよ?」

 セイルは必死で弁明する。とは言え非常勤扱いなので無関係ではないのだが。


「ヤの付く職業の人達ですか、今の?」

「さぁ……」

 全く見に覚えがない。

 しかし、礼奈は初めて会った織田竜華の事を知っていたのは何故なんだろうか。何処かで見たことが、それも思い出せない。


「私は普通の高校生のはず。それなのに最近変な人につけ狙われてばっかでおかしくなりそう」

「セイルだって普通のアイドルですよ?」

「アイドルって時点で普通とは言わないでしょ」

 追っ手が来ない事を確認すると、二人を乗せた《ハレルヤ》は低空飛行へ移行する。

 人通りの多い場所を通ると、こちらを見て沢山の人々が手を振る。それにセイルは応えて《ハレルヤ》の手を振った。


「どうもぉー! どうもぉー!」

「……アイドルって大変ねぇ」

「まぁねぇー。前はチョーメンドクサイとか思ってたけど、今はこのお仕事がスゴく楽しいです。それに世界初、歌って戦うアイドルってキャッチコピーが良いですよねっ!」

 主に歌手活動をメインとしてドラマや映画にライブイベントなど、仕事もかなり舞い込んで来てるので最近は忙しすぎるが充実した毎日を送っているのだ。


「あれ? ロボットの免許って十六歳からじゃないの? あなた幾つ?」

「しーっ…………一応、表向きでは《ハレルヤ》はマネージャーが運転担当の二人乗りって事になってるんですよ。けど、このSVは特別製なのでセイルが一人で動かした方が強いんですって?」

「大丈夫なの? 落ちたりしないコレ?」

「ノープロブレム! ドロ船に乗った気分でいてください!」

 満面の笑顔でセイルは言うが礼奈は不安で仕方がなかった。




「「「セイルちゃーん!!!」」」

「応援ありがとぉー! ニューシングル買ってねぇー!」

「「「絶対買うよー!!!」」」

 真芯市でも一番大きな面積を誇る中央公園に降り立つと、待っていた事務所のスタッフと共にミニ握手会を開いた。

 数十人のファンが集まり、予定には無かったがサービスで一曲歌って大盛況のまま一日所長の仕事は終わった。


「ふう……平和ですねぇ。町もドンドン直ってますし、このままが続くと良いですねっ?」

 仮説テントで一休みしていたセイルが礼奈に向かって言う。だが、礼奈は浮かない顔をしていた。


「元気少ないですね? 悩み事です?」

「……セイルちゃんはロボットなんかに乗ってて怖くないの?」

 素朴な疑問をぶつける。礼奈は自分より小さなセイルがどうして危険な事をしているのか不思議でしょうがなかった。


「怖くなくはないですよね。まさか本当に宇宙人キター的な展開になるとは思わなかったもんね。それ戦っちゃうとか、まるでアニメみたい」

 クスッと笑うセイル。仕草が一々可愛らしくて礼奈も何だかドキドキしてくる。


「それでも乗り続ける理由は、やっぱアイドルだから?」

「うん。アイドルは皆の憧れでなきゃいけないってセイルのママも言ってたんだって。セイルはママ見たいな世界中の誰もが知ってるトップアイドルになりたいの」

「じゃあ尚更ロボットで戦うなんて危ないこと」

「礼奈さん、セイルにはハレルヤって言う力(マイク)があるの。敵を倒すんじゃなくて、この力(マイク)で模造獣(イミテイト)とわかりあって見せる」

「そんな事できるの?」

「夢はデッカく、宇宙アイドル! セイルは出来るって信じてるよ?」

 セイルの目は真剣だ。

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 信じる。

 礼奈は信じているのか。ふとあの時、歩駆が言った言葉を思い出す。


 ──俺が一番守りたいのは礼奈だ。一番側で礼奈を守る。


 確かに、そう言ってくれたのだ。自分が信じないで誰が歩駆を信じるのか。


「私は…………来る」

 突然、礼奈の心臓が跳ねる様な気分がして苦しくなった。何かが猛スピードで自分に迫っている。


「はい? 何が来るんですか?」

 不思議に思ったセイルが仮説テントを出てみると、空から雲を割いて現れたのは白き鋼の巨人だった。


「あれは……歩駆さんのゴーアルターじゃないですか?」

「……歩駆…………私なの……うっ」

 フラフラと歩く度に苦しさは増して、礼奈はその場にうずくまってしまった。そこにセイルが駆け寄って背中を擦る。


「ちょっと、どうしたんです?」

 胸を押さえる礼奈の呼吸は荒く、目の焦点も合ってないように見えた。


「フラウ! 歩駆さん!」

 舞い降りてきた《ゴーアルター》に向かってセイルが叫ぶ。だが、彼らがここに来た理由は礼奈の事ではない。


「セイル、自分達と一緒に来て欲しい」

 コクピットから顔を出したユングフラウがセイルに言う。


「自分とセイル、その出生は」

「それどころじゃないよフラウ! 大変なの歩駆さん!、」

「ん? おいおい、礼奈が何でアイドル娘と居るんだよ?!」

「いや……来ないで」

 礼奈の様子がおかしい事を歩駆も確認する。と、ゴーアルターのコクピットの中で、突然コンソールが目映く光りだす。


「どうした真道歩駆、これは何の光だ?!」

「バックパックに異常? 待て……何だコレ、何なんだよ!」

 意識を《ゴーアルター》をリンクすると、謎の発光の正体がわかってくる。それを知ってしまい頭を抱えて狼狽する歩駆を、ユングフラウが揺さぶった。


「おい、わかるように説明しろ!」

「俺だってわけわかんねーんだよ! あり得ないだろ」

「だから何が、だ!」

 前と後ろ。同種の反応を《ゴーアルター》が関知している。

 これは今までの戦いでも歩駆は見た事が無いし、そんな事は絶対に存在するはずがないのだ。


「礼奈が、二人……居る?」

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