第51話

 ロキがミッドガルドの旅から帰ってきて数年後。従者養成所に、ロキとヘイムダル、北欧神二人の姿があった。


「しっかし驚いたわ。あんた達が従者を採ろう、なんてさ」

「違うよフッラ、ただ暇つぶしに来ただけ。可愛い子いないかなぁ」

「…………んで、ヘイムダルは被害者なのね」

「そういうことだ」


 吹き抜けになった二階部分、そこにロキとヘイムダル、そして従者養成所の講師であり、北欧神界の女神、フッラが立っていた。


「まあ、良いわ。今年はけっこう優秀な子がいるのよ」

「ふぅん……」


 気のない返事を返しつつ、ロキは一階に集っている今年入ってきた神人達を見渡した。

 獣人、妖精、魚人、魔物、神獣、そして人間と、様々な種族がここに集ってきている。どちらかといえば人間は少ない方だ。


(まあ、魔力を持っていたり、魂が強いのはその他の種族だしね)


 それでも今回は人間も多い方だろう。

 魔力の有無、魂の強さ、どれをとってもここにいるのは優秀な神人になる者達ばかりだ。


 そんなことを思いながら、端から端まで色々観察していると、ふいに、ロキの青い目に飛び込んできた人物がいた。

 正確には、その魂の色が、雰囲気が、見知ったものと一致したのだ。


「え…………?」


 あまりのことに、口をついて驚きが出た。

 一階に集い、何か作業をしている従者候補生。その中に、人間として存在する一人の少女。そして、隣にはもう一人、そっくりな顔の少女がいた。


「ロキ? どうしたの?」

「……双子?」

「え? ああ、セルリアちゃんとセロシアちゃんね」


 ロキが呆然と呟いた言葉に、フッラが何か資料のような物を捲りながら答え始めた。


「えっと、双子姉妹の日本人、青海雪花と青海月花。髪の長い子が姉で、ふわふわの子が妹よ。二人おんなじ日に死んじゃったらしいのよ。すごいわよね、双子の絆って」

「先程と言っている名前が違うが?」


 フッラの説明に、ヘイムダルが返した。その間も、ロキはその少女達、特に姉である少女から目が離せない。


「ああ、あのね。血筋で言えばイギリス人のクウォーターなの。本名は、セルリア・ディオルとセロシア・ディオルよ。今はそっちの名前使ってるみたい。んで、確か最初に住んでた国はギリシャ……」

「ギリシャ!?」

「うわっ、な、何よ突然! そうよ、ギリシャよ」


 ロキはフッラの答えを聞き、ぎこちない動きで少女――セルリアを見つめた。

 間違えるはずがない。あれからどれぐらい経った? ちゃんと数えていないにしても、きっと十年かそこらだ。

 忘れたことがない、と言えば嘘になる。けれど、心のどこかでは渇望していた、あの優しく温かい雰囲気を持つ少女。あの青い海が見える白い町で出会った、自分と似た少女。


(どうして……ここに)


 呆然と自問するが、答えは分かり切っている。

 彼女が従者としての素養を見出されたからだ。だが、それは死んでからのはずのこと。見た目もまだ十代だというのに。


「ずいぶん若いな。全盛期年齢の肉体に戻したのか?」


 ヘイムダルの言葉に、ロキは心中で首を振る。


(違う、あれが本来の年齢だ)

「違うわよ。でも、天涯孤独って言うの? 実父はなくなってるし、実母は行方不明。さらに養父母も亡くなって孤児院暮らしだったみたいよ」


 資料を読み上げるフッラ。ロキはヘイムダル達に見えないように眉をしかめた。

 あの当時も幸せであるとは言えなかったはずなのに、どうやら彼女はまだ悲惨な人生を送ってきたらしい。そして、あの若さで死んだ。


「………………」


 でも、まだ失われていないように見える。悲惨な道筋をたどっているはずなのに、闇はきっと深くなっているはずなのに。彼女の温もりは、まだ消えていない。

 それなら――


「……フッラ」

「ん? 何よ」


 ロキは一瞬、自嘲するように鼻で笑うと、女神に顔を向けて階下を指差した。


「僕、あの子、セルリア・ディオルを従者にしたい」

「………………は?」


 ポカンと、目が零れ落ちそうなほど唖然とするフッラ。その隣でヘイムダルも無表情ながらに驚いている。


「あの子に決めたから。できれば一年以内にお願いね。僕、気は長くないんだ」

「え!? ちょ、ちょっと!? ロキ!?」

「ヘイムダル、君も良い機会だし、生身の従者を採ったら?」


 ひらひらと二人に手を振り、ロキは背を向けて歩き出す。

 二度と会うことはないと思っていた。小さな小さな偶然が起こした出会いだったから。

 彼女は人間、己は神。二度目の出会いは、ないと確信していた。


「クッ、運命? 奇跡? あり得ない」


 もし運命だとしたら? なんて残酷な運命を彼女に課したのだろうか。

 二度目の出会いのために、彼女はあの若さで死んだのだ。

 もし奇跡だとしたら? あまりにも皮肉すぎる奇跡だ。

 望んだのは、こんな形での再会ではないのだから。


「それでも……これが運命や奇跡だと言い張るなら…………」


 ロキはもう一度、階下にいるセルリアを見やった。

 あの時と変わらない笑顔。変わった姿。変わらない、けれど深くなった闇と温もり。


「試させてもらうよ。それが真実か、虚構か」


 もしあの出会いが、この再会が、ただの偶然ではなく残酷にも運命であり、皮肉にも奇跡だと言うのなら、きっと彼女と自分の間には何かがあるのだろう。


「少なくとも、答えが出るまでは退屈しなさそうだし、ね」


 ロキは唇の片端を上げると、マントを翻して養成所を去っていった。




 一人の少女と少年が出会い、やがてするはずのなかった再会を果たすまであと一年。

 さらに、引き合うように少女の片割れと少年の知り合いが再会を果たすのも、同じく一年後のこと。

 ここに、神をも翻弄する運命と奇跡のいたずらが、動き始めた。

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Myth ~神様の従者になりまして~ 詞葉 @kotoha96

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