第47話

 あれからどれぐらい経っただろう。

 少女と話しこんでいると時間が経つのを忘れてしまっていた。

 神界のこと、自分の知り合いである神々のことを面白おかしく、でも人間のことのように話していると、少女はその聞いたことがない話に夢中で、たくさん笑った。


「すごい! 本当に虹でできた橋があるの? 渡れるの?」

「うん、ちゃんと硬いからね。でも僕の友達は立ち入り禁止なんだ」

「どうして?」

「彼の乗る乗り物のせいで橋が落ちちゃうんだって」

「その人、重いの?」

「あははははっ、うん、確かにでかいし重いしのろまかな!」


 まあ、重量としてはかなりのものがあるだろう。アースガルドで唯一ビフレスト立ち入り禁止令をしかれているトールなら。


「あとは、その橋を渡ると無口な奴が立ってるんだ」

「喋らないの?」

「ほとんどね。でも案外からかいやすいけど!」

「ふぅん、楽しい人がいっぱいなんだね。良いな……」


 少女は呟いて、少しだけ顔を曇らせた。

 ちょっとしか見ていないが、少女の傷は日常茶飯事のことらしい。こういうことがある家に、親は子供をあまり近づけさせないようにするだろう。

 もしかしたら、今日こんな風に話していることすら、少女にとっては新鮮なことなのかもしれない。


「あ!」

「え、な、何!?」


 いきなり少女が目を見開いて立ち上がった。そして慌てたように、怖がっているように身をすくめてロキの方を振り返る。


「も、もうこんな時間! 帰らなきゃ、お父さんに……っ! ごめんなさい!」


 少女が見たのは夕暮れ色の海。

 話しこんでいたせいか、すでに青かった海が真っ赤に染まっている。

 少女は慌ててきた道を戻ろうと走り出すが、そこでロキはハッと気づいた。そもそも、最初の目的であった情報収集を何もしていない。それに――


(まだ……)


 どうせ、自分に時間はあるのだし。


「ね、ねえ!」


 呼びかけたロキに、少女はびっくりしながら振り向いた。呼び止められるとは思ってなかったのだろう。


「僕、まだギリシャにいるんだ。ここのこととか色々聞きたいし、明日もここで待ってて良いかな。妹も連れておいでよ!」

「あ……えっと、えっと……来れるかどうか、分かんないの。その、お父さんが許してくれないと、あの、だから……」


 おそらく、今日は父親の目を盗んで来たのだろう。


「分かった。明日、この時間まで待ってるから。来れたら、来てよ。ね?」

「う、うん!」


 笑って言ったロキの言葉に、少女もまた笑って返した。

 そのまま手を振って、少女は茂みの向こうへ消えていく。


「あ……名前聞き忘れた」


 あれだけ一緒にいたにもかかわらず、結局少女の名前を知らないままだ。よくよく考えれば自分も名乗っていない。


「まあいっか、明日にでも聞けば」


 もし明日来れなくても、自分は当分暇だ。ギリシャを歩いている内に、またどこかで顔を合わせることもあるだろう。その時、話のきっかけにすれば良い。


「ん~、それにしても気分の良い時間だったな。ハデスのお膝元だから期待してなかったんだけど」


 久々の旅の出だしとしては上々だ。このあとも楽しく過ごしていける気がする。

 ロキは珍しく、穏やかで温かい気分になりながら、青い海に消えていく夕日を見つめていた。

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