第20話

 その日、開館直後の図書館に、前代未聞の大声が響き渡った。


「どういうことよ、これ!」

「セ、セロシア。しー!」


 新聞の閲覧ゾーンで、セロシアは握った新聞を破る勢いで立ち上がった。ギロリと向けられた司書の視線に、セルリアは彼女を宥めて座らせる。


「何よ、この記事はっ」

「落ち着いて、お願いだから!」


 口ではそう言うものの、きっと無理だろうなと思った。セロシアだけではない。セルリアだって、本当は叫び出したいぐらいなのだ。


 一年前に二人は殺された、と言ったのは死者の道にいたイワトビペンギン。彼によると、死亡日時は三月二十七日の午後十時頃。

 新聞に載るのなら次の日の朝刊か夕刊だろう、と探し始めた。

 けれど載っていない。次の日も、そのまた次の日も。二人が殺されたという記事はまったく欠片もないのだ。双子が同じに日に死んだというなら、話題性もあって新聞にも取り上げられるはずなのに。


 ようやく自分達の名を見つけたのは、殺された日から一週間後の新聞だった。しかも、予想より見出しの小さいそこには、信じられない言葉が書いてあった。

『女子高生の双子失踪。誘拐か、家出か。警察は両面での捜査を開始し……』

 二人は、行方不明ということになっていた。もちろん、犯人の名などあるはずもない。


 セルリア達は探し続けた。今日までの新聞を、週刊誌を全て。どんな小さな記事も見逃さぬよう端から端まで全て探し続けた。けれど、話題は『家出ではなく事件の色が濃い』というのを最後に、新聞から姿を消していた。

 気力も、勢いも全て失って図書館を出ると、すでに太陽は真上を大きく過ぎている。


「どうなってんのよ。こんなのって……」


 上を見上げながら、あれだけ怒りに満ちていたセロシアの顔が悲しみに歪んだ。

 結局、双子は行方不明のまま、ということになっていた。だが、二人は死んでいるのだ。ならば、死体はどこかに遺棄され、犯人は――


「あたし達を殺した奴、どこかでのうのうと、普通に生きてる……」


 そういう、ことだ。


「こんな理不尽なの……ないわよっ」


 セルリアは何も答えられなかった。返事をしてしまえば、自分でも思いもよらない言葉が口から出てきそうで。

 その代わり、強すぎるほどに握られた妹の手を取る。優しく、包むように。


「セロシア」

「……何?」

「お昼、食べに行こう」


 ニコッと笑って、朝とは逆にセルリアがセロシアを引っ張って走り出した。

 連れだって入ったのは駅の傍にある洋食屋。生きていた時よく二人で来た。

 鉄板に乗せられたまま出てくる熱々ハンバーグに、添えつけのホクホク野菜。


「わぁ、いい匂い。セロシア、ここのハンバーグお気に入りだったもんね」

「……うん」


 ようやく頬を緩めて笑った彼女に、セルリアはホッとする。いつも元気で明るいセロシアだから、一度落ち込むとなかなか浮上することができない。

 けれどセロシアに悲しい顔は似合わない。セルリア自身、彼女にはずっと笑っていてほしいと思う。


 美味しい、と嬉しそうにハンバーグを食べる姿。その時、胸に起こったチリッとした痛みをセルリアは無視する。

 この笑顔を奪った者に対する醜い感情。そんなもの、セロシアには知られたくなかった。

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