第三章
第18話
ビフレストの前で、セルリアは黒曜に、セロシアはミッドナイトホーンに跨った。
隣に並んだ時、黒曜がミッドナイトホーンを見て鼻で笑ったのは見間違いではないと思う。
「それではロキ様。昼食のおにぎりはテーブルの上ですから」
「ヘイムダル様。絶対食べ忘れたりしないでくださいね」
「はいは~い。いってらっしゃい、二人とも」
「………………」
にこやかな主と無表情の主に見送られ、双子は一気にビフレストを駆け下りていった。向かう場所は人間界。ミッドガルドだ。
ロキは彼女達が消えたのを見計らい、ヘイムダルに視線を移した。微かに目線が揺れているから、彼にはまだ見えているのだろう。
「ちゃんとミッドガルドへ向かってる?」
「ああ」
一見すればいつもと変わらない表情の彼だが、長い付き合いのロキには分かる。ヘイムダルはあまりミッドガルドへは行かせたくなかったのだろう。
今朝ここへ来た時のセロシアとの雰囲気もおかしかった。まあ、従者とのギクシャクした関係は、自分の所でも言えることだが。
「さて、と」
ロキはいつものように指を鳴らした。途端右手に小さな紙袋が落ちてくる。
「……何だそれは」
「セルリアが作ってくれた今日のお昼。持ってかないと途中でお腹減ると思って」
「持っていく?」
怪訝な、と言うより一種嫌そうな顔をしたヘイムダル。彼の黒いマントをグッと握り、ロキははち切れんばかりの笑顔を見せた。
「さあ、行こうダルダル! 二人を尾行だ」
「待て」
「待たない待てない待ちたくない。いいじゃないか、初めて従者がアースガルドから出るんだよ。心配じゃないのかい?」
「元は自分達が暮らしていた所だろう」
頑なに動こうとしないヘイムダルをロキは思い切り引っ張る。大の、一応成人した姿の男が引っ張り引っ張られるのは、予想以上にマヌケな光景だ。
「あのねぇ。素直になんなさい。気になることがあるんでしょう?」
「お前は面白おかしくしたいだけだろう?」
「うわ心外。心底心外」
「底か外かどっちだ」
「妙なところにツッコミ入れるよね」
少し頭にきて、ヘイムダルの脛を蹴る。さすがの彼も痛かったのか、一瞬固まった。その隙にロキは言葉を続ける。
「君も主だろう。今までに採った二人は他者に関ろうとしない従者だったから良かったかもしれないけど、セロシアは違う。何かあった時、彼女が頼れるようにするのも、頼られるべきも君だ。突っ立てることしかできないわけじゃないんだから、少しは動いてみなよ」
「その従者を、散々虐めて辞めさせていた奴に言われたくはないな」
「か、過去は過去、今は今だよ」
焦った表情をして、ロキはそそくさと己の馬に飛び乗った。そしてにやりと笑い、
「もし僕がミッドガルドで問題起こしたら、見て見ぬ振りをした君も同罪だからね」
そう言うと、ヘイムダルは顔をしかめ、大きく息をついた。次いで一羽の鳥を呼び、何事かの伝言を頼むと自らも馬に跨る。きっと他の従者に門番を頼んだのだろう。
「よろしい。ではミッドガルドへ出発~」
明るい鼻歌と暗い溜息。この二つは彼らがミッドガルドに着くまでずっと続いていた。
※ ※ ※ ※ ※
暖かな春風が吹く街にセロシア達は降りた。
十年近く過ごしたこの街は見慣れているはずだが、一年ぶりに見る風景はどこかなつかしく、少し変わったようにも思う。
「さってと。久しぶりのジーンズだわ。セルリアのワンピース姿も!」
「そうだね。ずっとあの服だったし」
アースガルドからミッドガルドの北欧へ。そこからさらに日本へ。神界の騎獣なので、驚くほど早く着いた。
人気のない所に二匹のパンサーを隠し、念のために幻術系の魔法をかけておく。もちろん、死んだはずの二人が出歩いて騒ぎになっても困るので姿もいじっている。
これで、力のある者以外が見れば『少し似ているかな』といった容姿で目に映るだろう。
「呼び方は、セルリアとセロシアでいいよね」
「そうね。雪花せつかと月花つきはって呼んで、知り合いに会ったら嫌だし」
お互い服装も整えて街の方へ向かう。見る物、触れる物が全てなつかしく、ジンとくる。
「車、電車……ホントに久しぶりなんだね」
「む~。さすがに一年ちょっと違う所にいるとあれね。空気とか悪く感じない?」
「ふふ、神界の空気はとても澄んでたから」
「家も小さく思えるわ。養成学校も大きかったし」
とりあえず中心街に向かって歩く。まず目指すべきは図書館だとセロシアは思った。
自分達を殺した犯人がどこの誰か。新聞で調べなければならない。そのあとは犯人達の現在の場所も見つけなければ。
「捕まってたら、拘置所か……」
「え?」
「犯人がいる所。あたし達はまだ転移魔法なんて使えないでしょ。どうやって忍び込もう」
「セロシア……あの……」
「ああもうとにかく、まずは図書館、図書館。ほら、行くわよ!」
何か言い出しかけたセルリアを引っ張って、セロシアは意気揚々と駆け出す。もう少しで許されざる奴に会える。どうしてやろうか。
セロシアはそんな感情と一緒に、いくつものプランを頭の中で練っていた。
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