第五話/誤算と計算

数日間を掛けて、大阪城周辺の地理を確認した信繁のぶしげは二人の家臣を連れて、九度山へ帰る前にと、環観寺かんかんじ清海せいかい伊三いさを訪ねた。


信繁は以前から体が大きく、ずば抜けた力を持つ者を家臣に加えたいと思っていて、清海と伊三は正にピッタリだったのである。


それも二人は二人共、であった。

勿論、一人でも十分ではあったが、二人なら尚、良い。


上手い事、家臣に引き入れる事は出来ないものかと、環観寺を訪れたのだ。


寺に着くと、一人の坊さんが三人を出迎える。


「お侍様、如何なご用件でございましょうか!?」


「こちらに清海と伊三という、二人の大きな僧が厄介になっていると伺ったが!?」


信繁は坊さんに確認をする様に言った。

坊さんが応える。


「確かに、その者達は我寺の僧でございます」


「お会いしたいと参らせて貰ったが、叶うかな!?」


信繁は坊さんに尋ねた。

坊さんが二人の留守を伝える。


「申し訳ありませんが、只今、その者達は山賊退治に出払っておりまして、」


「なんと!これは誤算じゃった」


信繁は少し驚いた。

話を続ける、坊さん。


「いつ帰って来るのかも、お答え出来ない様な状況でございます」


「出掛けたのは、いつ頃じゃ!?」


信繁は坊さんに訊いた。

坊さんが答える。


「一昨日でございます」


「大丈夫なのか!?」


信繁は不安を口にした。

坊さんが信繁の不安を否定する。


「大丈夫でございましょう。あの者達の無双は我々が一番、存じております故」


「いやいや、油断は禁物じゃ。彼等の力の一端は先日、拝見させて頂いたが、彼等の様な豪の者程、策を労すれば容易いものじゃ」


信繁が坊さんの言葉に異を唱えた。

坊さんは信繁の言葉を素直に受け入れる。


「確かに、お侍様のおっしゃる通りなのかもしれません」


「どうじゃ!?ワシ等も助太刀に向かいたいと思うが」


信繁が助太刀を申入れた。

すぐに応える、坊さん。


「それはありがたい事でございます」


望月もちづき!」


信繁が望月の名を呼んだ。


呼ばれた望月はすぐさま走って、その場を去って行った。


そして信繁は再び坊さんに訊く。


「では、二人が向かった場所を教えて頂きたい」


「南にある金剛山という山でございます」


すぐに坊さんが答えた。

信繁は甚八じんぱちに声を掛ける。


「望月が戻って来たら、参るとするか」


「それならば、それまでこちらでお休み下さい」


坊さんは信繁に声を掛けた。

信繁が応える。


「それはありがたい」


坊さんが信繁と甚八を寺の中へ案内する。


─────


数刻の後、望月が大きな箱を担いで寺に戻って来て、寺の中まで案内されて来た。


「では、参るとするか」


そう言って信繁が立ち上がった。

それに合わせる様に甚八も立ち上がる。


話し相手をしていた坊さんも立ち上がり、信繁に向かって頭を下げて、手を合わせ拝む様に言う。


「宜しくお願い致します」


「二人がまだ殺されていなければ、何とかはなるだろう。すでに殺されていたら、ワシ等にもどうにも出来ない。ただ山賊だけは退治してくれようぞ」


信繁は厳しい表情で言った。


そして信繁と家臣である二人は金剛山へと向かう。


─────


信繁達は夕方まで掛かって、金剛山の麓までやって来る。


そして甚八が麓の民家の一つで宿を確保してきた。


家主に話を聞くと、一昨日、清海と伊三の二人もこの民家で宿を取った様である。


甚八と望月は信繁と荷物を民家に残して、下調べに金剛山へと入っていく。


─────


夜も更けてから、二人が民家に戻って来る。


甚八が信繁に報告をする。


「山賊の塒は確認して参りました」


「そうか」


信繁は短く応えた。

報告を続ける、甚八。


「二人は地面に掘られた穴に捕らえられている様にございます」


「やはりな。それで二人は無事なのか!?」


信繁が甚八に訊いた。

甚八が応える。


「はい。二人の怒声を耳にしたので、命に別状は無い様に思います」


「それは良かった。よく殺されずに済んだものだな」


信繁は安堵した。

更なる報告をする、甚八。


「どうやら二人を人質にして、身代金をせしめようとの魂胆の様です」


「それなら、すぐに殺されたりする事はないだろう」


信繁が楽観的な見通しを立てた。

甚八が応える。


「そう思います」


「それにしても、坊さんをゆすろう等とは呆れた山賊共じゃな」


信繁が苦言を呈した。

現実的な事を言う、甚八。


「関ケ原の戦の結果、西軍から大量の浪人が野に落ちました」


「その山賊共が元西軍に与した大名に仕えておった者なら、尚更に嘆かわしい事よ」


信繁が苦々しい表情で言った。

甚八が応える。


「そうですね」


「これでは益々、世間は徳川とくがわに利する様になるだろう」


信繁が残念そうに言った。

甚八が応える。


「そうなりましょうか」


「それも世の流れというものか」


信繁が寂しそうに言った。

相槌を打つ、甚八。


「はい」


「いずれにしろ、その様な不逞の輩には、この世の厳しさを教えてやらねばなるまい」


信繁は厳しい表情で言い切った。

甚八が苦笑しながら言う。


「若に目を付けられた事が運のツキですね」


「数はどれほど居る!?」


信繁が再び甚八に訊く。

甚八が応える。


「正確には分かりませんが、三十人程は居るでしょうか」


「一人当たり、十人の計算になるのか」


信繁が独り言の様に呟いた。

それを耳にした望月が口を挟む。


「殿、俺はもっといけますよ」


「判っておる。懲らしめるだけなら苦労はいらん」


信繁が望月を窘めた。

甚八が言う。


「二人を助けると、なると、」


「策が要るな」


信繁が言った。

甚八が応える。


「そうですね」


「こうなると望月の働きが鍵になってくるな」


信繁が望月に期待を寄せた。

それを聞いた望月は得意気に応える。


「任せて下さい」


そして三人は作戦を練る。

作戦を決めると三人は床に就いた。


状況を把握して、そんなに急ぐ必要は無いと判断したからである。


三人は明日に備えて、ゆっくりと英気を養う。


─────


翌朝、信繁達は民家で朝食を馳走になり、先に望月だけが大きな箱を担いで山へと入って行った。


信繁と甚八は家主に過分の謝礼をして、のんびりと後から山へと入って行く。


二人は山道を登って、森を抜けると少し拓けた場所に出た。

その場所の奥の方に幾つか小屋が建っている。


何処かからか、誰かの叫び声が聞こえてきた。


小屋から少し離れた手前の地面に穴が掘られている様で、その中から聞こえてくる様だ。

その中に捕らえられていると思われる、清海と伊三の声であろう。


その穴の周囲に二人程、男が立っている。

如何にも山賊らしい格好であった。

二人共、長い槍を立てる様に持っている。


槍であれば、穴の中に居る者に一方的な攻撃が出来るであろう。

その二人の内、一人が信繁達の姿に気付き、持っていた槍を構えて声を上げる。


「何者だ?お前達は!?」


「民を苦しめる不逞の輩を退治しに参った」


信繁が堂々と言ってのけた。


もう一人の男が小屋に入って行く。

すぐさま小屋の中から次々と人が出て来た。


異変を察知したのか、穴の中からの叫び声が聞こえなくなる。


小屋へ報告に行った男は元の位置に戻った。

そして信繁達のすぐ手前まで、刀を腰に差した男が二人程、やって来る。

他の者達は適当に散らばって行く。

数人が槍を手にしていて、残りは刀を腰に差している。


これで全部かは分からないが、山賊は三十人を少しばかり超える程、居る様だ。


そして信繁から見て、正面の奥に頭目らしき、貫禄のある男が仁王立ちをしていた。

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