二章/愛しき愚者達
第四話/巨僧と小僧
場所は代わって、此処、大阪の町には
真田
だから、こうして大阪まで出て来る事も難なく出来た。
ただ、恐らくは何処かからか監視の目を向けられてはいるだろう。
しかし、そんな事を気にする必要はない。
今はまだ、表立って
単に大阪城周辺の地理を確認しに来ただけである。
因みに、昌幸はすでに外に出歩いたりは出来なくなっており、九度山の自宅にて篭りきりであった。
その様な事から、真田家の実質的な当主はすでに信繁になっていると言っていいくらいである。
そして信繁は伴の者を左右に従えて、大阪の城下町を歩いていた。
伴の者の内、一人は侍の格好をしていたが、もう一人は侍というよりも、単なる町人の様な格好にしか見えない。
侍の格好をした男の名は
もう一人の男の名は
甚八の方は信繁とさほど歳は違わないだろう。
望月の方はかなり若い男だった。
そんな信繁達、三人の前に坊主姿の大柄な男が二人、立ちはだかる。
二人は二人共に驚く程に体が大きく、顔付きも似ていた。
歳は二人共に信繁より幾らかは若い様に見えるが、二人はそんなに違わなく見えるので、恐らく、兄弟であるのだろう。
望月が信繁と坊主達の間に割って入った。
それを目にした坊主姿の男の片方が前に出て、望月に声を掛ける。
「道を空けな。小僧」
「無礼者」
それだけを望月が応えた。
望月の体は決して小さい訳ではなかったが、それでも相手の坊主姿の男と比べると頭一つ程、小さい。
「望月に全て任せた」
信繁はそう言うと、甚八と共に脇に逸れた。
それを見た、もう一人の坊主姿の男も、望月と相対している男に声を掛ける。
「それならば、こちらは
そして信繁達とは反対側の脇に逸れた。
道の真ん中で望月と伊三と呼ばれた男が睨み合う。
通行人が遠巻きに輪を作り始めた。
そんな中で、伊三が望月に声を掛ける。
「お前は侍ではないな」
「それがどうした!?」
望月は怪訝そうに応えた。
まるで子供を相手にするかの様に言う、伊三。
「如何にして決着を着けようかと思ってな」
「お前だって侍じゃないじゃないか」
望月が伊三に言い放った。
伊三は苦笑しながら言う。
「生意気な小僧だな。確かに俺は単なる坊さんだよ。しかし坊さんを舐めてると痛い目に遭うぞ」
「俺は別にお前を舐めちゃいない。坊主にも侍並みに強い奴がいる事は知っている。しかし俺の方も舐めると痛い目に遭う」
望月が少しも物怖じせずに言った。
今度は微笑みながら言う、伊三。
「そうか。なら相撲で決着を着けるか」
「望むところだ」
望月が強気に応えた。
伊三は持っていた錫杖や笠などの荷物を地面に放り投げて、望月に言う。
「かかってきな」
「よ~しっ!」
掛け声と共に望月は伊三の胸に打ち噛ました。
そして二人は組み合ったまま動かなくなる。
それを見て、信繁は感心する様な表情を浮かべた。
そんな信繁の表情を見て、甚八が信繁に声を掛ける。
「あの坊主達、見掛け倒しではなさそうですね」
一方、脇に逸れたもう一人の坊主姿の男が伊三に声を掛ける。
「どうした!?伊三?」
「いや、兄者。この小僧、思っていたよりもやりよる」
伊三は少し戸惑っている様だった。
望月は必死に伊三を押している。
伊三も力を入れて押している様だったが、体格の差もあってか、思う様には力が伝わっていない様だった。
そのまま暫くの間、二人は動かなくなる。
それを見ていた野次馬達が騒ぎ出した。
そして野次馬の中の誰かが声を上げる。
「水入りか!?」
それを耳にした伊三の表情が鬼の様に変わる。
それもそのはず。
体格で勝る伊三にとって水入りは負けにも等しい。
「ん~!!」
伊三の口から声とは言えない様な呻き声が漏れた。
すると、それまで堪えていた望月も少しずつ押され始める。
気が付くと、望月は体一つ分程、押されていた。
その様子を見て、信繁が二人に声を掛ける。
「それまで」
信繁の声を聞いて、望月は力を抜いて体を躱した。
伊三は変わらずに力を入れていたので、そのまま前のめりになって転がってしまう。
望月は悔しそうに地団駄を踏んでいた。
伊三が起き上がって、怒り始める。
「何故、途中で止める!?」
「いいじゃないか。こちらが負けを認めたんだから」
甚八が信繁に代わって応えた。
それでも納得が出来ずにいる、伊三。
「こんな勝ち方、俺は承服出来ん!」
「承服が出来なければ、どうするというんだ!?」
甚八が伊三に訊いた。
訊かれて伊三は叫びながら、甚八に向かって行く。
「この野郎!!」
甚八は刀の柄に手を掛けた。
「伊三!!」
もう一人の兄と思われる坊主姿の男が怒鳴った。
その声を聞いた伊三の動きが止まる。
甚八も刀の柄から手を離した。
野次馬の輪が解け始める。
兄と思われる坊主姿の男は伊三が放った荷物を拾って、伊三に近寄って行き、荷物を手渡す。
渋々、荷物を受け取る、伊三。
そして兄と思われる坊主姿の男が信繁に挨拶をする。
「
「それは構わんが、お主の弟も中々に見込みがあるのぅ。我が家臣である望月に押し勝つとは」
信繁が清海を通して、伊三の力を褒めた。
謙遜をしながら、逆に望月の事を褒める、清海。
「いえいえ、私共の方が井の中の蛙でした。貴方様の家臣であられる望月という若者の方こそ、あの体で我が弟の伊三をあそこまで追い詰めた事にただただ感服する次第であります」
「うむ。して、お主等は何処ぞの寺の者なのだ!?」
信繁が清海に尋ねた。
清海が答える。
「此処から南東の方角の町外れにある
「それならば、後日、ワシ等がそこへ参ろう。そこで改めてお主等とゆっくり話をしたいと思うが、宜しいか!?」
信繁が再び清海に尋ねた。
清海が恐縮する様に応える。
「こちらは厭も応もございません。それよりも貴方様のご尊名を伺っても宜しいでしょうか!?」
「ワシの名はそちらに参った時に明かそうぞ」
信繁は勿体振った。
素直に応える、清海。
「御意。それでは私共はこれにて失礼をさせて頂きます」
「うむ」
信繁はそれだけを応えた。
そして清海は伊三を連れて、この場を立ち去って行く。
野次馬はすでに一人も居なくなっている。
望月はまだ悔しそうにしていた。
それを見て甚八が望月をからかう様に言う。
「さぞ悔しかろう。小僧」
「甚八さんまで、そりゃないっすよ~」
望月が困った様な表情で言った。
今度は信繁が諭す様に望月に言う。
「お前の方が井の中の蛙だという事が判ったか!?」
「はい。でも、次は負けません」
望月はもう、あっけらかんとしていた。
それを聞いた甚八が望月を窘める。
「若に対して、でも、とは何だ!?」
「そう言うな、甚八。ワシは構わんよ」
信繁は微笑んでいた。
その言葉に応じる、望月。
「殿、ありがとうございます」
「これだ」
甚八は頭を抱えた。
その様子を見て信繁が笑う。
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