六話「拝啓、クリスティーナ様」


 翌日。ミタマはさっそくクリスティーナの周辺を探ってみる事にした。


 入学してから今のところ無遅刻無欠席。

 当然のように学級委員長をこなし、率先して美化委員も兼任している。もちろん仕事も完璧。

 クラスの中でも一際目立つ、眩い銀の髪――目鼻立ちはいかにも穏やかでいながら芯の強さも感じさせ、仕草の一つ一つまでが洗練され気品に満ち溢れている。


 授業中もすっと自然に背筋を伸ばし、長い足もすらりと上品に揃えて真面目にノートを取る。姿勢の良さ、知性の光を湛えた視線、軽やかに走るペン先――そういった全ての要素がクリスティーナを輝かせているかのようだ。


「ってミタマちゃん。わたし達も授業出なくていいの……?」

「大丈夫! 基礎魔術座学の時間は怨喪羅奇先生だから出席すら取ってないよ」

 ミタマとかばねは廊下からこっそりとクリスの教室を覗いていた。

 かばねは他の先生に見つからないか心配でそわそわしているが、ミタマはオペラグラス片手にクリスの観察に余念がない。


「まったく隙が無いね……揺さぶりかけてみようか。不幸の手紙出してみたらどんな反応するかな?」

「やめとこうよ……かわいそうだよ」

「そうだ! エロい手紙でも渡してみよう! 女の子同士の、なんかいけない感じのやつ。かばねちゃんそういうの得意だよね! 一筆お願い!」

「そ、そんなの別に得意じゃないよ……書けないよ……」

「かばねちゃん、エッチなマンガいっぱい持ってるじゃん。ああいう感じのをちょちょいと書いてくれたらいいよ」

「あれは普通の少女マンガだよ……そーいうシーンもあるけど、そーいうシーンが目当てで買ってるわけじゃなくて……普通に恋愛とか……その、色々……」

「大丈夫! かばねちゃんならいける! そのでかい胸につまったエロスを解き放つ時だよ! さあ、恥ずかしがらないで。ぜったい冷やかさないから」

「うう……クリスさんごめんなさい……」


 ミタマが用意した便箋にかばねがしぶしぶ文章をつづる。

 そしてできあがった手紙がこちら。




『拝啓、クリスティーナ様。

 いきなりお手紙してごめんなさい。こんなこと、ほんとうはいけないってわかってるんだけど、わたし、クリス様を見ているともう我慢できなくなりそうなんです。

 おなかの下の方が熱くうずいて、足のつけねの辺りがむずむずしてくるんです。無意識にふとももをこすりあわせちゃうんです。

 クリス様の髪にゆびを絡めてみたい。きれいな髪の間から見える可愛らしい耳たぶに甘噛みしてみたい。きちんと着こなした制服の襟からのぞく白いくびすじに唇を這わせてみたい……

 こんな事かんがえるわたしはいけない子ですよね。

 でもわたしはクリス様みたいに立派な人じゃないから……わるいことかんがえちゃうんです。

 春の日差しのように暖かく、おろしたてのシーツみたいに清らかなクリス様のお顔が、性のよくぼうに乱れて堕ちるところを見たいんです。

 クリス様のささやきを、甘くとぎれる声を耳元で聞きたい。

 ゆびをからめて、肌のおんどを直接かんじたい。

 みだらな期待に頬が紅潮し、瞳は潤み、わずかに開いた唇から熱く濡れた舌がのぞく……そんなクリス様のお姿を想像して、自分を慰めるまいにちです。

 けいべつしますよね。

 でもいいんです。この想いをかくして気がくるうくらいなら。

 いっそ……おもいきって自分をさらけだす事にしました。

 今はこのきもちを知ってもらうだけでいいんです。

 でも、いつか……クリス様とからだをかさねあわせる日をゆめみています。

                 《サッフォーの妹》(ペンネーム///)より』




「……予想以上にかばねちゃんがノリノリであたしゃドン引きだよ……」

「だ、だって! ミタマちゃんが書けっていうから……!」

「かばねちゃんのエロスはあたしの想像を超えてた。『おっぱいつんつんしちゃうぞー!』くらいかと思ってた……」

「書き直す! 今すぐ書き直す!」

 いつになく機敏な動作で便箋を取り返そうとするかばねの手を、ミタマはさっとかわす。

「だめ。よし、これでクリスちゃんの反応を試してみよう! かばねちゃんの想いが届きますように」

「わたしの想いじゃないよ……! やっぱりやめようよ……!」

 ミタマは便箋を細かく折り重ね、窓の隙間から様子をうかがう。


 クリスの席は後方中ほど。

「届かないんじゃないかなあ……」

「まかせて! あたしはこういうの得意だよ!」

 先生がホワイトボードに向かったタイミングを見計らい、素早く便箋を投げ入れる。

 ちょうど他の生徒達の視界に入らない絶妙な軌跡を描き、小さく折りたたんだ便箋はクリスの手元に落ちた。

「完璧」

「窓の外に飛んでいけばよかったのに……」

 クリスが便箋に気付いたようだ。

 ノートを取る手をとめ、便箋を開いている。


「お、読むぞ!」

「あれはわたしじゃない、あれはわたしじゃない……」

 クリスは姿勢を正したまま、真面目な顔で手紙を読んでいる。

 遠目にもわかるほど、その顔が赤くなっていく。

「おお! 効果あったよ! かばねちゃんの手紙!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 クリスは顔を赤くしたまま、口元を手で隠しきょろきょろと周囲を見回す。

 素早くミタマとかばねが顔をひっこめる。

 そーっとミタマがのぞいてみると、クリスは再び手紙に視線を落としていた。


「二度読みしてるよ! 気に入ったのかな」

「そんなまさか……怒るよ……気持ち悪がられるよ……」

 クリスはしばらく手紙に目を落としたまま動きがなかった。

 やがて、手紙を丁寧に元通りに折りたたみ、ポケットにしまう。

「あの、先生……」

 遠慮がちにクリスが手を上げる。


 クラス中の生徒と教師がそろってクリスに視線を集中。教師は何か間違いでもしでかしてしまったかと、教科書とホワイトボードに視線をさまよわせる。

「あの……気分が優れないので保健室で休んできてもいいでしょうか……」

 教室中がザワッ! とどよめいた。

「どうしたの! なにか悪いものでも食べた!?」

「クリス様! お疲れなのですか? すぐに休まないと!」

「ままま、まさか私の授業が不快だったか!? 気に入らない事があったらなんでも言ってくれ! 先生なおすから!」

「それより救急車呼ばないと! 事件かもしれない、警察にも電話を! 法王にも!」

 大騒ぎしだすクラスメイト達を、クリスはすっと片手を上げて制した。

 しんと静まりかえる。


 クリスの言葉を一言一句たりとも聞き逃すまいとするかのように。

「お気遣いありがとうございます。少し気分が優れないだけなので……休めばすぐによくなります。お騒がせしてすみません……」

「そ、そうか! 後のことは先生にまかせろ! 授業内容はまとめてプリントにして届けるからな。安心して休んできなさい。誰か付き添いを……」

「はい。ありがとうございます。あ、付き添いはけっこうです。一人で行けます」

 まだざわめきが残るなか、クリスが席を立って教室を出ようとする。


「やばい、隠れなきゃ!」

「あわわ」

 ミタマ達は慌てて柱の影に隠れる。それと入れ替わりになるように、後方のドアが開いてクリスが出てきた。開いたドアをそっと閉めると、しっかりした足取りで保健室に向かっていく。

「保健室いっちゃった……そんなに気分悪かったのかな、あの手紙……」

「でもこれはチャンスだよ! クリスちゃんと誰にも邪魔されずにお話できるかも!」

 クリスから距離を置いてさっそく尾行開始するミタマ。

「ああ、クリスさんごめんなさい……」

「ほら、かばねちゃん、早く!」

「もうクリスさんと面と向かって話せない」

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