25 『奮起』

 ──さて、ここにおいて疑問点となるのは『ホムンクルス計画の真意が一体何であるか』ということだろう。


 ダイス教で偶像崇拝は禁じられていない。

 ダーティビルの教会で神の絵画を飾っていたことからも、これは言える。

 とは言え、聖なる神の子をホムンクルスで姿形を真似ることが、忌避されるのは予測出来る。

 まだ倫理的に問題のあるらしいホムンクルスと、只管に更生施設のポスターとして張られていそうなダイス教の教えは食い合わせが悪い。

 少なくともダイス教の総本山で練られた謀としては論外であるはずだ。

 剰え乱造したホムンクルス達をガラクタのように廃棄処分することは、流石に無礼だろう。

 元の世界で言うところの、数十体もの仏像を路肩に投げ捨てているような物なのだから。

 

 であれば尚更に、露見した際の不味さと背信スレスレの行為を冒しても手にしたい『真意』の謎は深まる。

 ただそれについては、既に有栖は『答え』を得ていた──桂木加多理の手記である。

 私達は神の生贄にされた、彼女は最期にそんな言葉を記していた。

 確か彼らの教師は「ミリスは殺し合いで膨大な魔力を集めて、神の贄にするつもり」と言っていたらしい。

 これは何らかの儀式の材料の一つだろう。


 ホムンクルスについても少し考察しよう。

 有栖に似ている、ということはタウコプァ・・・・・・エヴァンズ・・・・・・の姿形・・・に似ているということだ。

 ホムンクルスは何故廃棄された? 答えは簡単、失敗作だからだ。

 では、失敗作でないミリス側が思い描くホムンクルスの完成品・・・・・・・・・・とは何を指す?


 ──それはきっと、本物と仔細まで似通った姿形を持つホムンクルスだ。


 これも材料の一つだろう。


 点と点を線で結ぶ。

 このホムンクルスと膨大な魔力を消費する『神の生け贄』のニュアンスを混合すると、浮かぶ発想が一つある。




 神降ろし・・・・

 神という存在を、地上に顕現させる。

 そんな、突飛な発想だ。


 


 思考の飛躍で得た単語は、宗教者にとって至上の光栄でありながら相当に罪深い物だろう。

 陵辱神に会うまでは無神論者だった有栖──今では有神クソったれ論者に早変わりした──には理解の及ばない範囲だが、信者の前に信仰する神が眼前に現れたら歓喜のあまりに気絶しそうだと思う。

 神を引きずり降ろすことは罰当たりだろうが、それでも。

 それでも──『強欲』にも、それを求めたならば。


「うつわ。あなたは神様の、うつわ?」


「有栖?」


「……藪から棒に何事じゃと思うたが、流石じゃな原型様。神の器、神の触媒。それが儂じゃな。『儂』と言うよりかは『此処のホムンクルス』じゃろうがな。神をこの身に宿し、至上の美に達すること──此れに勝る至福など儂らには考えられない」


「えっ? 二人とも、何の話?」


 ツーカーで通じ合う有栖とホムの一方、裕也が一人会話で置いてきぼりを喰らっていた。

 仕方のない話だったが、ホムが思考の過程を省略した有栖の発言を読み取ったことは奇跡という他ない。

 と言うか、ホムの発言内容のせいで傍から見て些かホラーチックだったろう。


 また、さりげなくホムが狂っているが、多分ホムンクルスを製造する過程で洗脳でもされたのだろう。

 適当な結論を出して、思考を再開する。

 変人はそれとなく流すに限る。


 神の器としてのホムンクルスに行く着いた所以は結構単純だ。

 器としては全く別の姿形を用意するより、極めて近しい物が望ましいのは違いない。そう思っただけだ。


 そういった思想で、メフィレス達が神降ろしに似た儀式を執り行う予定だったのは、ホムの返答からも読み取れる。

 山勘が当たったらしい、確定だ。


 ──だからどうしたって言うの!? 『わたし』には関係ない。裕也に頼って、ダーティビル王国に逃げる。もう冒険なんてしないでいいじゃない。人の心を読めるだけで、成り上がりなんて出来る訳なかったし、する必要ないじゃない! 特別強い訳でもなければ、戦闘したい訳でもないんだから! それに本当にあの神に楯突いて碌な目に遭うと思ってるの!? だいたい、あの神に復讐する手立てなんかないのよ! あなたが進む道に、あなたの性格も能力もまるで合ってない。どこもかしこも、あなたは『矛盾』してる!


 突然に思考に割り込んでくるのは、激昂した『わたし』の意識だ。

 過ちを繰り返そうとする無意識の自分に猛然と噛み付いて、正当性を喚く。


 根本が折れてしまった自分を労われと。

 十分頑張ったから、もう休めと。

 ミリスに嵌められ懲りて、もう地位も名誉もいらないだろう。

 だから信頼できる友人とともに平穏に戻れと。

 神に逆らうなんて、身に不相応な目標も取り下げて、異世界でほのぼのと暮らすのが最善だと。

 これだけの灸を据えられて、尚もめげないほど愚しくもないだろうと。

 

 しかし──それでも。



「ああ、そうだっけ」



 はたと、閃いた言葉が零れた。



「……『わたし』は、半分まちがってるんだ」


 違う、違うのだ。

 『わたし』の言う『弱い有栖』も『利益重視の有栖』も所詮は一側面に過ぎないのだ。


 何か遠くの未来を見据えているのかとか。


 勝つ見込みがあるのかとか。


 自分の能力と目指すものに、ちぐはぐさはないかとか。


 有栖にとって大事なのはそこ・・ではない。そこだけではないのだ。

 小物で臆病者で、何より下衆な有栖が動く理由にそんな高尚な物は必要ない。

 それは、ずっと前から知っていたこと。


「……そっか、そうだった」


 理性的な振りをしてきた。

 自分に利益を齎すか否か、天秤の傾きを慎重に見定め、思考を重ね、結論を出す。

 最善をゼロから探り当て、意外な賢しさを発揮するかのような手順を踏んで、行く道を選んでいた──なんて。

 そんな物、嘘だ。


 進む道を冷静に吟味している風を装いながら、その実、吟味する前から己の進むべき方向を決めていた。

 結論ありきで無自覚に思考し、そこまでの筋道をでっち上げて、自らを無理矢理納得させてきた。

 これが最善の策だから、迅速に行動すべきと──。

 


、本当に嘘ばっかりだったんだな……」



 結局のところ、原動力を為してきたのは一つだけだったのに。


 ──神の子を宣言したのも。

 

 ──友達を信頼して、裏切りを選択したのも。


 ──『傲慢』を打倒したのも。


 ──神に復讐を誓ったのも。



 ただ一つ「気に入らない」と。

 そう思いさえすれば、良かったのだ。



 尤もらしい理由など、全ては後付け。

 激しい独善的な感情。

 根源的に有栖は、それさえあれば自分を騙して行動する愚か者だった。

 今になって冷静に自己を省みると、呆れるくらいに自分勝手に動き回っていたではないか。


 自分を見失ったのはミリスに来てからだ。

 地位と名誉に縛られて、自らを鎖に繋いでしまっていた。

 臆病な有栖は見知らぬ土地で一人きりだったことが不安で、石橋を叩いて壊すほど慎重に進もうとした。


 だけれど、今は一人なんかではない。


 嘘を吐くにも前向きに、正直に、赴くままに、自重なんか投げ捨ててしまえ。


 湧き出る感情に間違いなんかないんだから。


 ──なら、俺の進むべき道は。



 既に、決まっているはずだ。



 ……――……――……――……――……



「────うぃ、ひひ」


「……さっきから、どうしたんだよ有栖? ぶつぶつ独り言激しいけど」


「ひ、ひひ──、あーなんか、久しぶり・・・・裕也」


「あ、有栖? 改めてどうしたの……ってか、その喋り方……」


「なおった。それだけ……ほら、下ろせ! いつまで俺を持ち上げてるつもりだ。は、恥ずかしいだろうが!」



 突如として気味の悪い笑い声を漏らした有栖は、狼狽した様子の裕也の腕から、無理に飛び降りた。

 着地は当然のように失敗して、したたかに膝を打ち付ける。

 響くような痛みとともに、貴重なHPが一削れたが……気にせず立ち上がった。

 そして、突然の有栖の行動に目を丸くしているホムを見据える。


「ホム、一つ訊くけど」


「な……なんじゃ? 原型様(さっきと全く雰囲気が別人じゃ──)」


 迷いはない。

 心眼も起動し、真っ直ぐ相手の琥珀色の瞳を見つめ、真実を見つめる。


 身体の具合は好調だ。

 裕也が使用した【治癒の雫】のおかげで、痺れが残った部位は左肩を除いてない。

 当の左肩も、一人で奮闘した頃よりはずっと楽になっている。

 何より──心も。

 だから心持ち軽く、口を開いた。


「ホムンクルスは神を降ろすための器っつったよな? だけどそれ、今も続いてるか?」


「い──いや、少し前から廃棄されるモノもなくなって、儂の見張り番の役割も終わっとる。詳しいことは聞かされないんじゃが、おそらく、今は製造されとらんじゃろ」


 彼女の言葉に嘘はない。

 口調の変わりように目を白黒しているだけで、きちんと彼女の知る範囲で返答していることに間違いはないようだ。

 なおも有栖は続ける。


「でも、おかしな話だよな? ホムンクルス製造計画で既に膨大な費用を注ぎ込んでしまった。ここにきて計画を諦めるには遅すぎる──なんかの成果が出ない限り、止められないところまで来ているはずだ。……なら、何で止められた?」


 舌の根が乾くほど、思考を垂れ流す。

 これは単なる言い訳作りだ。

 珍しいことに自分へのではなく、他人への・・・・


 右手を突き出し、有栖は指を三本立てる。


「理由は三つだよな。一つ、器と成り得るホムンクルスが完成したから。もう一つ、費金がなくなったから。最後に一つ、ホムンクルスが不要になるほどの人を見つけたから」


 立てた三つの指を折ると、人差し指をもう一度上げる。


「一つ目の可能性は他に比べて薄い。製造終了は少し前。なら、少なくとも俺がサルガッソ宮殿にいる頃には完成してなければならないだろ? それだったら、さっさと何で神を降ろさなかったのか分かんねぇ。予定日が決まってたなら、話は別だけど」


「……儂も、ホムンクルス完成の線は薄いとは思う。最後に投棄されたホムンクルスも原型様には遠く及ばん屑じゃったし、創造主からもホムンクルス研究が完成した素振りは窺えんかったしな」


 同調するホムに有栖は一つ頷く。

 そして一呼吸置いて、二本目、三本目の指を立てる。


「可能性が高いのは二つ目と三つ目。特に二つ目は、俺がメフィレスへの研究費をストップさせたからって要因もあるし──時期的にも一致するから、多分二つ目の理由は一因だったのは確定だと思う」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ! 三つ目も消えるじゃろう! そのために作られたのが儂らホムンクルスじゃぞ!? それ以上に神の器に相応しい者なぞ────」


「いるだろ。まんま、神様とやらと体形が同じ奴がさ」


 口を挟んだホムはその言葉で察しがついたのが、唖然とした顔で有栖を見る。


 そう、神の器として最も的確なのは当然、神の子アリス・・・・・エヴァンズ・・・・・に他ならない。


 そもそも有栖を用いずに、ホムンクルスを代用する発想の方が迂遠で違和感がある。

 鴨がネギを背負った形で、神聖ミリス王国に連行されてきた神の子を使わぬはずない。

 そこ辺りはまだ謎だが、とりあえず。


 ──俺が危うく神の器にされかけてたってこった。神との一体化ってつまり、俺は死ぬってことだから……何気に命の危機だったのか。


 ここまで話し終わると、有栖は呼び掛けてみる。


「なあ、裕也」


「何だい有栖」


 返答に振り返ると、やれやれと裕也が肩を竦めて待ち構えていた。

 流石に友人は長ったらしく有栖が喋ったことで、これから言わんとすることを察したらしい。

 全く、くすぐったいほどに心地が良い以心伝心だった。


「ミリスに対して、なんか思うところは?」


「……身勝手な理由で異世界人を殺し合わせた連中は気に入らないかな。それに、カナリアさんの件にも借りがある。俺は、アルダリアさんの犬としても見過ごせない」


「そうか、気が合うな。実は、俺もミリスに苛ついてたんだよな。……無理矢理連れて来やがって、しかも勉強すること多すぎんだよ。教本とか目にも入れたくねぇんだっつの。しかも使用人とか何人いんだよ気も抜けねぇじゃんよ。会食とかも知らねぇよ、死にかけるパーティはパーティって呼ばねぇんだよ。しかもジルコニア、あのクソったれ三人衆を俺の側に置くとかイカれてんのか! もっとまともな奴とか沢山いるだろうが! ストレス溜まりまくるんだよ! サヴァンが一番まともだったじゃねぇか! つーかメフィレスクソ野郎、変態なだけでもクソったれなのに、俺の命まで狙うとか、ああも、あのクソったれどもがぁ──ッ! ぁ……はぁ──ぁ──」


 裕也に便乗して、洗いざらい不平不満を吐き出した。

 肺の底の底からも息を出し切って、有栖は荒い息を繰り返す。

 なお他二人は捲し立てるような有栖の鬱憤の籠った羅列に、ぽかーんと惚けている。

 当たり前か。


 と言うか冷静に聞くと半数以上が自業自得の結果のようだが、そんなことを有栖が考慮するはずもない。

 それこそがブーメラン有栖の真骨頂だ。


「だから、だからさ。裕也」


 そうして最後に、自分らしく悪戯っぽく笑って、こう切り出す。


 傲慢にも。

 横暴にも。

 何より、自分の赴くままに。



「──ちょっと、一緒になるか。異世界人達の『救世主』って奴によ」




 改めて、始めよう。


 一人では踏み出せなかった領域へ。

 

 共に歩む誰かがいるから踏み入ることが出来た──。


 ────ちっぽけな遠藤有栖、その二度目の大立ち回りを。

 

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