17 『手記 上』

「ぅえ……けほっ、クソがぁ」


 涙目で壁際を向きながら有栖は毒づく。

 小さな胃の内容物を吐き出し切ると、荒い息と咳を繰り返した。

 独特の酸っぱい感覚が鼻を刺す。

 けれども屍の臭気に打ち消されたのか、暫くしないうちに嗅覚が麻痺したらしい。

 もう、何も感じない。


 ただ、後ろを振り返りたくはなかった。

 朽ちた屍と無数の人骨が散らばるこの空間を、再度直視する勇気が起こらない。

 腐乱した死体など、現代で普通の学校生活を過ごしてきた有栖は初めて目の当たりにしたのだ──どうしろと言うのか。

 恐ろしいほど、頭の中が空白だった。


 ……倒れてる奴、学生証とか落ちてたとことかから見て、俺と同じ異世界人だろ? ここで何で──いや、モンスターに殺られたのか? でも、それにしては、何で──。


 延々と思考が空回りする感覚があった。

 気が動転して、冷静さを欠いているのだ。

 しかしそれも無理はない。

 天敵のオークに追われる窮地を脱したかと思えば、惨劇の跡に出会したのだから。

 特別精神が強くない有栖は戸惑って当然だったが……それが許されない状況もある。

 それが、今だった。


「クソったれぇ……時間も、そんなにねぇのか」


 どくん、と心臓が不自然に少し跳ねた。


 同時に襲い来るのは淡い『郷愁』の感情。

 間違いない。あの『強欲』ことメフィレスが、僅かにだが近付いてきているのだ。

 感覚からして以前距離は未だ離れているようだが、有栖を急かすには十分な切っ掛けだった。


 別に死体が動き出して襲う、RPGのお約束はないはずである。

 であれば、害意を心内に呟くメフィレスより、死体は無害な置物だ。

 それで足を止めるのは道理に合わない、と必死に有栖は自分を偽る言い訳を作る。

 そうでもしなければ、動けなかった。

 極度の緊張状態の継続は、ただでさえ脆い精神を疲弊させていたのである。


 ちなみに異世界で死体が動き出さない保証はない──たとえば昔に見たフィンダルトのスキルにもゾンビと関連性のあるスキルがあった──のだが、知らない振りをした。

 一々全ての可能性に怯えていられない、という尤もらしい虚勢を張って。

 不確定な可能性からくる不安を一蹴するために、『お約束』を否定したのだ。


 ……あれほど待ち焦がれていた『お約束』を恐れ出す有栖の姿は、第三者から見ても滑稽に映るだろうか?

 それとも、単なる哀れな少女に見えるだろうか?

 誰もいないダンジョンだからこそ、虚栄の化粧が剥がれてしまいそうになる。


「……っ」


 口元は抑えながら、意を決して異臭を放つ死体に目を向ける。

 一つ幸いなこととして、俯せのため少女の死体の顔を直視しないで済んだことか。

 それでも乾燥して腐敗が始まったそれの衝撃は変わらないのだが。


 ──深呼吸、深呼吸しながら整理しろ。俺がやらなくちゃならねぇのは、この気味悪ぃ空間の『理由』を知ることだ。そして手始めに、この異世界人の素性を探ることだ。召喚の経緯とか運良く知れる手掛かりがあれば……なくても、まるきり無駄じゃねぇはず。


 空気を震えながら吸い、吐いて、闇色の目を動かす。

 学生証が落ちているのは確認済みだった。

 それをそっと手に取り、まばらに固まった赤の斑点を爪で剥ぎながら読む。


「公立の中二──か? ……あんま聞いたことない学校、県も俺とは全く違う、か」


 十四才、つまり有栖よりも年下だ。

 名前は、桂木加多理カタリ

 痛すぎる名前に親近感を感じる有栖。

 もっとも、男で『有栖』と名付けられるほど痛くはないのだが。


 彼女の証明写真──どんな美人も3割増しで不細工に映ると評判らしい──は学生証に張ってあった。

 これと言って、良し悪しを言い切り辛い普通の顔。双眸は些か大きく、染めてもいない髪は校則でか、部活動のせいかは分からないが適度にカットされている。

 証明写真のくせに、輝いた瞳と無理矢理でない快活そうな雰囲気が表れているのが有栖は気に入らないものの、そこ以外は何とも言えない顔立ちだった。


 異世界に来てから有栖自身も含めて綺麗どころばかり見てきたため、色々と霞んでしまう。

 しかしそれは明るいながらも、決して彼女が『普通』の学生の際から外れていない証左のように思えた。

 要するに、クラスに一人はいそうな活動的な女子(あまり可愛いくはない)だ。

 ──まぁ空気の明美のが可愛いか。


 学生証を読み切ると、しゃがみ込んでそっと地面に置いた。

 他には何が……と視線を走らせると、屍が右手を固く結んでいるのが分かる。


 周囲の仄かな闇のせいで確認し辛いが、まるで大事な何かを握り締めているようだ──と、有栖は手を伸ばしかけた。


 だが、一旦止める。

 右手に意識を向けて気付いたが、その側に折れたシャープペンと妙な石・・・が落ちていた。


 目を凝らすと、それは透き通った真紅の宝玉だ。

 ルビー、だろうか。生憎と有栖は宝石という高価な物品に縁遠かったため、判別などできなかった。赤い光物は大概ルビーだと思っているようだ。

 しかし、例えるなら金持ちの指を彩る多彩な色々の一つになりそうなブツである。

 まさか有栖が拝借しない理由はない。

 無意識化であったが、有栖は流れるように宝石を小さなポケットに滑り込ませる。


 このような状況であっても勇者心を忘れない、有栖は立派な盗っ人であった。

 死体を前に慄いていた数分前の感性は何処へ行ってしまったのか。


「……とと、そうだった」


 本分を思い出した有栖は固く握られた右手が掴んでいるモノ──血が滲んだ手帳を引っ張る。

 だが死後硬直という奴なのか、有栖は上手く抜き取れない。

 己のSTRの貧弱さを噛み締めながら、ゾッとするほど冷たく硬い少女の肌に触れるのも厭わずに全力で奪い去った。


 ただ腰を入れて引ったくったせいで、バランスを崩して尻餅を吐く。

 しかし荒れた地面は有栖の尾骶骨に衝突して、数秒間ぐらい地面で悶える羽目になっている有栖は阿呆だった。


 今のでHPは三ほど削られたろう。

 ちなみに有栖は現状、HP:41/120であることを明記しておく。


 さて、裏表を手帳を簡単に見分する。

 ごく普通の、そこらの文房具屋にでも売っていそうな安っぽい濃緑の物だった。

 女子らしい洒落っ気は感じられない。

 加多理がそういうことに疎いのか、それとも勉強道具だからしないだけだろうか。

 だいぶ乱暴に扱われたのか端が折れ曲がっており、血がこびりついていて、古びた印象を受ける。

 表紙は記入されていない。

 桂木加多理という名前が小さくあるだけだった。

 試しにパラパラと捲ってみる。


 ──これ、もしかして手帳を日記帳代わりにしてんのか。……まぁ、異世界来たら記録したくなる気持ちも分からんでもないが。


 途中から最初のページへと戻ると、丸文字でこう記されていた。



 ・・・



 初めに。


 わたしはとても日記を書く柄ではないけれど、試しに書いてみることにする。

 混乱している今、現状を文章に起こすことで落ち着けるとか何とか、たーくんに聞いたからだ。



 ・・・



 ご丁寧に経緯まで書いてくれている。

 加多理という中学生は案外に不器用な性格であるのかもしれない。

 日記の癖に文が固く、慣れていないのが手に取るように分かる。

 顔文字もなければネットスラングもない。

 文末に読点を連打したり、もう懐かしい部類だがギャル文字、楔形文字の形跡すらない。

 顔写真的には普通だと思ったのだが、少し変わり種であるようだった。

 妙に古風だ。

 

 また補足するように加多理は続けていた。



 ・・・



 たーくんって言うのは、わたしの同じクラスの山口達平のこと。

 クラスのムードメーカー的な感じで、わたしも含めてみんなとよく話す、男子版のわたしって感じ。

 サッカー部だから足も速くて、運動神経も三年生にも負けないくらい良くて、勉強も数学が得意で頭も良くて、みんなから頼りにされてる。あとやっぱりモテる。

 小学校から一緒だったわたしは、クラスでのポジションが同じおかげで、たーくんと親しくしている。

 まぁわたしは勉強もまずまずで、運動もそれほど良いってわけじゃないんだけど。



 ・・・



 ──あー裕也と明美みたいな奴らだな、ハイハイ。こういう奴ら、ホント結構どこにでもいるな。流石に山口なんとかって奴はマゾじゃねぇだろうけど。


 心底どうでも良い幼馴染み紹介──わざわざ日記に話題に挙げるのだから、どうせ加多理は山口とやらに気があるのだろう──を、冷めた目で流し読みする。

 他人の惚気よりも面白くないものはそうない。

 当の加多理もそのことに気付いたのだろうか、早速軌道修正が入った。

 ……日記だというのに他人が見る前提で書き記しているように見えるのは、単純に慣れていないからだろうか。



 ・・・



 ここまで書いてあれだけど、脱線しすぎてる気がしてきた。

 たーくんから、細かいこととか、分かってることも一応書いていけって言われたから書いてるからなんだけど。

 それだとわたしは何だか愚痴ばっかりになりそうだから、一番書きたいことに入る。


 わたしたちのクラスは異世界に召喚されたらしい。


 嘘みたいな話だけれど、本当みたい。

 担任の慎也先生も、召喚士っていう筋肉質な人に聞いてたみたいだけど、テレビ番組のドッキリでもないみたい。

 スマフォも圏外、わたしが目を覚ましたときにはクラスの皆と、大きな魔法陣? の上に寝転んでたり、白いローブを被った人たちが魔法みたいな不思議能力を使ったりしていて、異世界なのは疑う余地がないと思う。


 ここは神聖ミリス王国って言うらしい。

 大体中世のヨーロッパ辺りの国っぽい感じ。何か外国感ある。

 それにゲームみたいなステータスとかあって、翻訳とかも自動的にされるみたいな、すごく不思議な世界。

 何か色々ごちゃ混ぜ? ごった煮? そんな感じ。


 それで、異世界に召喚されたわたしたちは神様からだったかな? 強い能力が与えられてるみたい。

 わたしも変なスキルがステータスにあったから、わたしはそれなんだと思う。


 【公正なる魂魄と魔の取引】らしい。

 変に漢字が難しい。


 MPを使って魔力を高める、とかあるけど実際よくわからない。

 オタクっぽいところがある渡部くんとかは理解できてるみたいだったけど、あまりゲームしないせいか、感覚がつかめない。

 少数以外のみんなも、早く返して欲しいっていう思いで一致してるみたいだった。

 筋肉が特徴的な召喚士の人は、明日にあることをしてもらえれば帰すって言ってたから今ぐらいには騒ぎは落ち着いたけど。


 でも、何だか、とてもワクワクする。


 早く帰りたいみんなの前じゃ言えないけれど、わたしはそう思う。

 未知の世界で、知らない世界で、非現実的な中を見聞きできる。

 それってすごく貴重で、楽しいことなんじゃないかなって思う。

 やっばり口が裂けても言えないけど。

 

 

 ・・・



 興奮が抑えられなかったのか、字が少し行線からはみ出て書かれていた。

 加多理はどうも一般的な感性からは程遠い『非日常』を求める、思春期特有の病を密かに抱えていたらしかった。

 見に覚えがある有栖は何とも言い難い。


 ──こいつらはやっぱミリスの異世界人、しかもクラスごと異世界召喚か。そういや確か召喚士によって異世界召喚の効果とか、人数とか違うんだっけか。

 そこまで考えて字を目で追っていると、ふと疑問符が浮かぶ。


 ちょっと待てよ、召喚士は筋肉質の人だと? ミリスの召喚士はジルコニアだけじゃねぇのかよ。


 有栖が知る限りではジルコニアだけだったのだが──このダンジョンのように存在を伏せてきたのだろうか。

 ただあまりにも脆すぎやしないか。

 このミリスの裏側を知るメフィレスが、心眼を持つ有栖の目の前に現れたことだ。有栖にも隠匿するつもりなら、秘密を知る者を心眼持ちの前に出すのは御法度だろう。


 ……だからこそ、なのか? 最初にメフィレスが口走っていた「許可をもらってない」だのサヴァンが面会の連絡を受けていなかったとは、そういうこと・・・・・・なのか? メフィレスが勝手に、誰かの思惑を外れて俺に会いに来たのか?


 様々な考察が交錯するが、ただ進展とまでは発展しない。あまりに不用心なメフィレスの行動理念が掴めないのだ。

 まるで欠片の不安もなく、心を見透かされること覚悟で何の実りもない面会に臨んだのだろうか?

 そんな馬鹿な。


 心眼、その欠点は相手が今思考していることしか記されないということ。

 つまりあのときメフィレスは、隠し通すはずの秘密を思考の端に留めることもなかったということなのか。

 そんなことが果たして可能、なのか?

 ……何か、カラクリでもあるのか? スキルとか、ドーピングとか。

 不正に筋肉を付けても意味はない。

 所以がスキルにあるとしたら厄介だが──今、思考を巡らすのも詮ない話だ。

 まずは読み進めてみることにする。


 召喚された日、加多理ら生徒達はその建物内の豪華な部屋を割り当てられたらしい。

 曰く、お詫びだと。

 急に召喚したことの些細な見返りとして、高級そうな夕食と絢爛な部屋を用意されたようだ。

 これには大半の生徒達もひとまず鞘を収めて、一種の気分転換を兼ねたトラブルとして楽しむ方向へとシフトしたようだ。

 担任教師も警戒や説明を受けていたようだが、一旦のところ様子見を選んだらしい。

 ポジティブで柔軟な思考である。


 次の日には、加多理達でしか出来ない『特別な事』さえ終えれば無事に帰される。

 そのあまりにも間近の期限が、彼らの致命的な楽観を生んだのだろう。


 一方の加多理も異世界に対する期待と興味で、著しく興奮した様子が窺えた。

 それにしても、どれだけ楽しみだったのやら落書きも端に描かれている。

 棒人間に翼を生やして「私が神だ」と吹き出しを付けていた。

 小学生の自由帳のような有様だ。


 ──と、ここで一日終了って訳か。

 捲ると、どうにも加多理によって記された召喚当日の話はこれで大概の話は終いだったらしい。


 翌朝の記述は、乱雑な文字でこう始まっていた。



 ・・・



 全部、嘘だった。



 朝に召喚士たちは重大な用事って言って誘って、みんなを建物の地下にある洞窟の、白い扉の中に閉じ込めた。

 そしてわたしたちに、みんなで殺し合えって言われた。

 最後に残った一人を元の世界に返してやるって。

 意味わかんない。


 もちろん、そんな話に乗る人なんて一人もいなかった。

 信じてないわけじゃなかったけど、ちょっと怖かったから、安心した。


 数時間くらいして落ち着いた頃に話し合って、脱出口を探そうって話になったみたい。


 でもスキルで扉を破壊して逃げようにも、こんかい? っていう石のせいで無理に脱出とかもできない。


 泣いてる子、まぁ親友のさーちゃん、田口佐奈ちゃんなんだけど、その子を励ましながら洞窟を歩き回ったけど、何もなかった。

 行き止まりばっかり。嫌になる。

 まだ奥に続いてるみたいだったけど、そこからは危なそうだからって、先生と男子が行ってくれた。

 たーくんも心配するなって言いながら、行ってしまった。

 何もなければ良いけど。不安。


 あと暗くて、この日記の手元もよく見えないのがつらい。

 どうしてもはみ出ちゃって、もったいない気がしてくる。



 ・・・



 無言で有栖は頁を捲る。

 意図的な異世界人同士の殺し合いを勧める召喚士達の、常軌を逸した狂気。

 有栖の背後の白色扉が、教師生徒を閉じ込めるための隔壁としての物だったということ──様々なことが綴られていた。


 そのどれもが有栖にとって新事実であり、予想以上に残酷な所業の数々だ。

 本当に、今まで過ごしていたミリス王国なのだろうかと信じ難い程に。


 ……とりあえず情報を得るのが優先か。


 そのまま手を止めずに、有栖は読む。

 ただただ、その事態の先へと読み進む。



 ・・・

 


 二日目。


 行ってから先生とかたーくん達の男子が戻ってこない。

 それで、ちらっと見ちゃったんだけど、不良の竹内くんが、たーくんと同じようにわたしの幼馴染みのこーくんをいじめてた。

 手から出る火で足をあぶってた。

 元の世界でもこんな関係だって噂はあったみたいだけど、見たことなかったし、聞いてもこーくんはデマだって言ってたのに。

 大っぴらにしてやるから、とてもびっくりした。

 わたしが止めたらすぐ諦めてくれたみたいでよかった。


 聞いてもこーくんも、大丈夫だって。そんな風には全然見えないのに。

 変に笑って、押しきられてしまった。

 いつもはこーくんは、そんなに笑ったりしないからびっくりした。

 けどなんか、寂しい。


 それにもう一日経ったけど、食べ物とかが支給されたりもしないみたいだった。

 お腹すいた。

 おもち、うどん、ハンバーグのことばっかり頭を過る。

 食べたいなぁ。

 やっぱり、家に帰りたい。

 お父さんもお母さんも、心配してるだろうし。

 



 はやく、たーくん戻ってこないかな。



 三日目


 こーくんの様子がおかしくなった。

 独り言をし始めたかと思ったら、ひとりでに笑い出して、また押し黙る。

 とても不気味だった。


 心配になって話し掛けても、まるでわたしが見えないみたいに無視された。

 監禁といじめで心が折れてしまったんじゃないかって、どうしようもない気持ちになった。

 ずっといじめてた竹内くんですらも、わざわざわたしに、何かあったのかとか、聞いてくるくらいにおかしな様子だった。


 それに絶対竹内くんがいじめたことが関係してるのに、他人ごとみたいな様子なのがありえなかった。

 それで済む話じゃないとは思うけど、わたしじゃなくて、こーくんに謝ってきてって怒鳴った。

 そしたら、素直に謝りに行ったのは意外だったけど、多分一番いい道だったと思う。

 あとで竹内くんに話を聞いたら、やっぱりこーくんに無視されたらしい。

 どうにもならないのかな。


 まだ、たーくんたちは戻ってこない。



 ・・・



 ──いじめ、ね。俺にはどうでも良いけど、中学生なら仕方ねぇのかね。ともかくこの竹内クソ野郎は加多理のことが好きっぽいな。それでその幼馴染みのこーくん(根暗)に嫉妬していじめ、それがエスカレートと。……何この不毛なドロドロトライアングル。クソどうでも良いんですけど。


 昼間のドラマでやってろ、と有栖は辟易しながら文字を追う。

 無論、具体的な内容は書かれていない。

 状況を思い浮かべて、竹内某の気持ちを推し量ったまでである。

 ただ加多理は鈍感系の逆ハーレム主人公のごとく察しが悪いようで、勘だけは自信がある有栖にしてみれば自明のことが悟れなかったようだった。

 もっともそのときは、そのこーくんとやらの精神が破壊されかかっているのが一先ずの問題だったのだろうが。


 他の生徒と言えば、空腹でか苛立ちを覚えている者が多く、些細なことで口喧嘩から取っ組み合いに発展することもあったらしい。

 ただ食べ物のない状況下──水に関しては、数十人の中には水属性の魔術を取得していたのが二人いたためその憂いはなかったようだ──あまり体力は消費しない方が良いのは阿呆でも分かる。

 よって口数も少なく、山口達平らの探索組の帰還を待つばかりだったらしい。


 嘆息しながら頁をはらり、と手で捲ると見覚えのある・・・・・・名前・・が飛び込んできた。


 今までよりも更に、走り書きのように乱れた字で。

 


 ・・・



 四日目



 今日、こーくんが、七瀬黒くんが、竹内くんを殺した。



 

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