13 『転落』

 有栖のフロアを含め、サルガッソ宮殿の階層は五階建てとなっている。

 最上階は広間と対話魔具の安置所、四階は有栖のフロアとして改装されているのだが説明を省こう。

 階段を四階から一層降りると、そこは三階──設備としては何もない。全てが空き部屋であり、実に閑散としたフロアだ。

 無駄すぎる階層だと思わないでもない。

 そもそもサルガッソ宮殿は単なる対話魔具の安置所とダイス教の象徴でしかなく、多様な部屋は全て後付けである。

 有栖の居住地としての役割として、一階と二階、そして四階に突貫工事をしたと聞く。

 作業員は昼夜を問わず働き、みすぼらしさを感じさせないようクオリティアップを図ったらしい。

 と言うか、聖職者達が図らせたらしい。

 ──はー、大変だな。ととと、うぃひひ、下賤な者たちは大変だな。

 調子付く有栖という概念は腹が立って仕方ない存在だが、それはともかくだ。


 まさに他人事で考えながら、有栖は四ノ目機関の三名と伝達係の聖職者一名を侍らせて階段を降りていく。

 これから行われる会合は公的なモノのため、皆は正装として頭巾を再び目深に被っている。

 それは有栖も例外でなく、一点の穢れもない純白のローブを纏っていた。当然、フードは有栖の頭部を覆っている。ダーティビル王国での、初級魔術師の青紫色のローブを思い出す格好だ。

 面倒で重い会食時の装いではないことに有栖は密かに安堵していた。

 毎度毎度、仰々しい格好をするのが嫌なのは誰だって同じなのである。

 

「そう言えば……これから会う人物については知らないようですが、誰からそのことを?」 

「ジルコニア卿からで御座います。応接室へ来るようにと」

「……そのようですね。では、間違いということもありませんか」 

「ジルコニア卿は素晴らしい方で御座いますから」

 

 念の為に心眼で覗いてみたが、彼の発言に誤りはなさそうだ。

 伝達ミスを可能な限り防いでくれる心眼スキルは便利な物だなと、最近素直に思えてきた有栖。

 こうして考えると、以前までの自分に羞恥さえ感じる。

 何が目からビームかと、何が攻撃力がないだのと……馬鹿馬鹿しい。攻撃性能なんてどうとでもなるではないか。

 気分としては、中学二年生特有の病気を克服した後の後悔に似ている。

 ああ、あの頃の俺はどうかしていたんだ。俺が戦闘する意味なんて何処にもないんだし。 

 大人になった自分に酔っているのだろう、全能感に打ち震える有栖であった。


 と、そうこう慢心する有栖は不意に口を開く。

 それはちょうど、二階に差し掛かったところだった。

 

「──ナタリア? 今、何か聞こえませんか」

「お腹空きました」

「それはもう良いです、ガウスは?」


 下方から、つまりは一階から響く足音のような物音を有栖は耳聡く聞きつける。

 ナタリア含め四ノ目機関も察知していたらしく、珍しく緊張感のある面持ちで警戒を露わにしていた。

 たかが足音、と捨て置けないのはこの宮殿内に足音を響かせて歩く者はいないからだ。

 それは何処ぞの有栖が、夜間に出会したジルコニアに(見栄や誤魔化しの結果)直談判したからである。

 その結果、使用人のうち忍歩きが出来ない者は早々に別のところへと送られた経緯も付いていた。

 ……有栖のしょうもない挙動のせいで、色々と波及している。 

 

 よって、この下品に音を立てて移動している者はそのルールを知らない──部外者、侵入者の類だ。

 サルガッソ宮殿で過ごしていれば自明の予測であるため、誰もそのことについて言及しない。

 二秒ほどの空白の後に、

 

「だいぶ慌てている足音です、走っている模様で御座います。体格としては……瘦せぎすの三十後半、もしくは女性であるならば如何な年齢でも当て嵌まりますか。しかしがさつな足運びから男性であると思われます。格好は、仰々しい装備の音が全く聞こえないことから、魔術師、もしくは身一つ、でしょう。どちらにせよ盗人である可能性が高いでしょう」

「その心は?」

「今日の訪問客は件の面会相手以外伺っておりません。加えてこの宮殿は聖なる地。騎士だろうと誰であろうと、余程の無知でなければ振る舞いには気を付けましょう。となれば、盗人でしょう」

 

 冷静に目をくりくりさせながらガウスは自らの分析を答える。 

 ……ってか、足音で体格とか想像出来んのかよ。しかも反響してんのに、ハイスペック超えてもうチートの域だなこりゃ。

 ただ有栖的に見逃せない言葉が飛び出してきていた。

 

「盗人、ですか。私は確かこの宮殿の内部をあらかた見回っていたつもりだったのですが……その場合、狙う物がありましたかね? いや、最上階の対話魔具でしょうか」 

「恐らくは。少なくとも、他の場所に希少品を保管していると聞いた事は御座いませんが」


 ふむ、と有栖は右手を顎に持っていき、暫し考え込んだような仕草をとる。

 心眼で確認する限り、この場の有栖を除く四人には所在を知らないようだ。

 しかしガウスの言う通り最上階の魔具以外に標的がないのならば、違和感がある。

 ……サルガッソ宮殿で上に行く階段は、俺のいるここ以外ない。となれば足音は近付いてくるはずなんだが。

 聞き耳を立てていると、足音の主は階段の側に近寄って、そのまま遠くへと逃亡している様相だった。

 階段前を躊躇なく通り過ぎたようだ。

 侵入者として誰かに追われているのか? いや……待て、待てよ。


 きらんと目を光らせて、有栖は素早く指示を飛ばす。

 

「侵入者は捨て置けません。ナタリア、ガウス、ラ……ライ、ライネ、ライオン? 取り敢えずこの三名と伝達さんは即刻侵入者の捕獲へと向かって下さい。私は大丈夫ですから、時間を掛けてゆっくりと完膚なきまでに捕縛して下さい」

「了解しました」 


 一言告げたナタリア等が、競うようにして階段を飛び降りてゆく。

 口答えなどせず、足音も立てずに従順に駆け行く彼らを見送る有栖は──一うぃひ、と笑みを零した。


 これは単なる妄想だが、もしも侵入者の狙いが最上階とは別だったのだとしたら。

 価値ある物品が対話魔具以外にも何処かにあって、そこに向かっていたのでは。

 その証拠に、足音の主は階段に近寄る様子がなかった。

 もっと正確に言えば、階段、上階が眼中にあったとは思えない。反響していたが、あれはドップラー効果に間違いないだろう。

 二階へ続く階段前を通過したのであれば、一階の何処かに目的のブツがあるのかも知れない。


 ──つか、単なる気晴らしなんだしなくても良いんだけどま、宝探しっつーのも乙なモンだわな。ワクワクを思い出しそう。


 遊び半分でぶらぶら階段を降りる。

 すっかり忘れているようだが、至急に会議室に向かうという話は一体どうするのか。

 どうせ何も考えてはいないだろうが。

 

 ちなみにこの宝探しごっこは、初対面の相手と言うことでかの、胸に張り詰めた異様な緊張を解す効果もあった。

 無意識的にそれの解消をしようとした結果であったことを、ここに明言しておこう。

 虫にも思考はある、だから脊髄反射で判断する有栖にもきちんと思考があるのだと強調しておきたいのである。


 我ながら自分にあるまじき緊張だと思う有栖だったが、目的ありきでブラつくのも気分転換には良いものだ。

 ここは、天から降ってきた気晴らしチャンスに甘受させて貰おう。


 そんな甘い見通しの結末として──。



 ……――……――……――……――……



「本当に天空の城はあったんだ……」


 説明台詞にしても不自然な言葉を思わず呟く有栖。語呂が悪すぎる。

 ──マジで見つけられるとか、俺やっぱ天才だな。ひゃっふー!


 テンションを上げすぎて脳内で雄叫びを上げる有栖は、うっとりと眼前に散らばる黄金に溺れていた。

 頬に朱も差しており、その興奮度合いが高いのが他者からも窺える程だ。

 無論、周囲に人がいないからこその表情なのだが……しかし美貌が美貌であるため、絵になるのが実に苛立たしい。

 もっとも、宝物の輝きと自らの優秀さに感動する下衆だが。

 見目麗しいせいでだいぶ有栖も驕り高ぶってきたが、ここ最近ではナルシストの気も出てきた感がある。

 率直にキモい。

 

 有栖が発見したのは、サルガッソ宮殿の一階にある──恐らくは宝物庫に似た隠し部屋だ。天空の城などではない。

 と言えど、見つけるのは非常に容易かった。

 宮殿を自由に散策できるようになってから、有栖はどの階に何の部屋があるのか記憶している。

 例えば一階には、行かねばならない応接室を始め公的な役割の部屋が並ぶ。

 それを指差し確認しながら、見慣れない扉──魔術か何かで隠蔽されていたのだろう──を直ちに見つけた訳だ。

 

 鍵は掛かっておらず半開き、きっと侵入者も慌ててここから立ち去ったに違いない。

 見た目は子ども頭脳は大人な小学生の真似をして、一人で決めポーズをして誇る有栖。

 誰もいないのにポージングする意味があるのだろうか。

 

 その後は御多分に洩れず扉を無用心に開いて、中身にあった目に見えて豪華な品々に手を伸ばして今に至るのだ。


 部屋の角灯の明かりを、柄の部分が金色に反射する剣。

 埋め込まれた深緑の輝きが魅了する冠。

 きらきらと四色の宝石で装飾過多なものの有栖でも振り回せるほど、軽量な杖。

 絵に描いたような宝物の数々が、その部屋には並べられていた。

 

 勿論、宝箱のような物体も並んで置かれているのだが、しかし有栖はこれを意外にもスルー。

 理由としては、有栖が宝箱に擬態するモンスターにRPGで痛い目を被ったことのある欲深い奴だからだ。

 ……ゲームで培われた偏りのある警戒だった。

 

 宮殿内にこんな宝物庫があるとか、分かってんなぁ設計者。このワクワク感だよ異世界に俺が求めていた物は。


 よろよろと重量に負けかけるものの、しっかりと両手で一本の豪華な剣を抱きしめながら移動する。

 ドサクサに紛れて、宝剣らしき先述の剣を拝借しようとしている泥棒がここにいた。

 このように手癖が悪いにも関わらず、意外なことに元の世界では犯罪行為をしたことがない。

 古今東西の勇者よろしく、神の子の名を掲げてコソ泥に転職とはたまげた奴だ。

 

 ──ねんがんの、でんせつのつるぎをてにいれたぞ。

 外聞も今は気にしない有栖は、以前に望んでいた展開に心躍らせていた。

 宝物庫に伝説の剣が保管されていて、自らがそれを手にする王道展開は望むところだった。

 

 ただ剣は当然重量があるため、極めて危なっかしい足取りで部屋内を回る。


 それが災いした。


 いや、目の前の財宝に目が眩んでいた有栖は遅かれ早かれそうなっていただろうが。 

  

 

 落ちた。

 

 

 意図的か否か、巧妙に死角となっている石床は抜けていたようだ。

 間抜けにも薄暗闇の足元が疎かだった有栖は、あまりにも呆気なく足を踏み外した。

 

 

「な──」

 


 何でこんなとこに穴が、と声になる前に有栖は重力のままに落下する。

 突如襲う浮遊感。

 足元に地面がない不安感が怒涛の勢いで脳内に氾濫する。


「……っ!」

 

 落ちて堪るものか、この身体で落下すればもれなく死ぬのは目に見えている。

 大口を開ける暗闇へと放り出された有栖は、咄嗟に見つけた垂れ下がるロープへと手を伸ばす。

 地獄で言う蜘蛛の糸のような希望へと、その小さな体躯で懸命に。

 指先は頑丈そうなロープに接近し。

 

 だが、届かない。

 

 希望をつかもうとする手は空を切り、片手で掴む剣の質量に引っ張られるようにして、有栖は落ちていく。

 地上の角灯の燈色の明かりは刹那の間に小さくなり、彼方に消えてしまった。

 

 有栖に出来ることと言えば、全身を貫く恐怖から固く目を瞑って気を逸らすことだけしか出来ない。

 この先が何なのかも。

 これが偶然なのかも。

 自分の『本当の立ち位置』から目を背け、見目ばかりが飾り立てられる現状を甘受して。

 本来の願望を疎かにした挙句、とある女が残してくれたヒントを忘れた振りをする有栖には分からない。

 無知で。蒙昧で。畜生で。愚か者の有栖には何も──何も。


 ただ分かることと言えば。

 落ちた先は決して不思議の国ではないということだけだった。

 

 

 ……――……――……――……――……



「ぅぅ、あ」


 ──そうして、目を覚ます。

 呻きを漏らしながら、気怠い四肢を無理に動かして上体を起こした。

 鈍痛は身体の奥に感じるものの、無事ではあったらしい。

 不思議なことに五体満足なのを感覚で確かめて、一旦は安心から胸を撫で下ろす。

 地面を手で撫でたところ、有栖の落下地点には事故防止のような弾力に富んだ緩衝材のような布材が積み上がっていたらしい。何故あるかは判然としないが、なかったら間違いなく死んでいた。

 ただ落下の衝撃で暫し気絶していたのか、脳内が寝惚けていて現実味がない。

 加えて未だに判然としない視界だったが、悠長にしていられないと曖昧ながら判断し頭を強く左右に振った。

 

 暫くすると、だいぶ思考に纏まりが生まれ、司会の靄も晴れて周囲の状況が頭に入ってくる。

 洞窟のような薄暗闇、しかし壁の岩肌が淡青の明かりとしてぼうと頼りなく暗闇を照らしていた。

 そのおかげで、抱えてきた剣も有栖の側に転がっているのも見える。


 視界が鮮明になるにつれて、有栖はここがまさに洞窟であると悟る。

 有栖が倒れている位置から一直線に、足場が悪そうな通路が伸びているのを認めたからだ。


 しかし壁から放たれる仄かな明かりの光源は、やはり全ての壁の性質ではないようで完全な『明』とは言い難い。

 経験で表現するならば、消灯時間前の夜中の病院だろうか。


 点在する闇が、不気味にこちらを見ているような錯覚を受けて身の毛もよだつ。   

 漂うそこはかとない不気味さに耐え切れず、口を開かずにはいられなかった。

 

 

「ここ何処だよ、クソったれ……」

 

 

 虚しく洞窟に響いた、強がりの言葉に返答する人間はいない。

 もしその誰かの代わりに答えるとすれば、以下の言葉が適切だろうか。

 



 ──ここはダンジョン。

 外界と隔絶されたモンスターの狂宴場だ。

 

 

 

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