3 『主従』

 数刻して、居住まいを正してサヴァンと有栖は向かい合わせに座る。

 格好の恥ずかしさが抜け切らないのか、サヴァンはもぞもぞと忙しなく膝の上に置く両手を組み替えていた。

 そして、我慢ならなかったのか口火を切る。

 

「要領良く話を進めるために、アリス・エヴァンズ様が質問をして、僕が答えるという方式で行きましょう」

「提案に異議はありませんが、その前に。貴女から敬語で話されると、何だか違和感がありまして──ここはダーティビル王国での対応に戻して頂けませんか? 二人きりのとき限定でで構いませんから」


 俺も自室にいるときくらいは楽してぇしな。一応知った相手のサヴァンなら、息抜き要員て感じで良いだろ。

 上っ面で会話するのは得意ではあるが、有栖と言えども人相応に体力を使う。

 

「しかし……タウコプァ神の子であるアリス・エヴァンズ様に──」

「これは私からの命令、ですよ?」


 渋るサヴァンに、有栖はとっておきの微笑みを向ける。

 ここで肝心なのは、細められた目から威圧するように相手の瞳を凝視すること、そしてわざとらしくない程度に顔の角度を微調整して意味深長な影を顔につくること。


 鏡を見ながら一週間練習したかいあって──無論、無駄にすぎる才能もあってか、有栖は完璧に「畏怖を与える笑み」を完成させた。

 そんな暇があれば、もっと他にできたことがあるだろうに。


 サヴァンは息を詰まらせると躊躇いがちに、


「……では、このように喋らせて貰おう。これで良いんだなアリス?」

「ふざけないでください────私の名前にはきちんと『様』を付けなさい。私への尊敬が足りませんよ?」


 一転して無表情でそう語る有栖は、調子に乗っているのもあって面倒くさかった。

 それにしても妙に小物臭のする発言だったが、中身の臭気が少し漏れてしまったのだろう。


 ──おっと、マズイマズイ。ちょっと自重しねぇと俺のメッキが剥げちまう。俺の侍女ポジになるサヴァンなら少し暴走しても殴られねぇだろうけど、この癖がついちまうと他の場面で命に関わるかもだしな。


 それにしたって、身分の高さと架空の武力を掲げて愉悦するのは、やはり傍目から見ても悪人のようだ。

 いや実際に小悪党なのだが。


「わ、わかりまし──いや、分かったアリス様!」

「ええ、ええ。ご理解頂けて感謝です」


 慌てたように言い直すと、有栖は再び柔和に笑う。

 心眼を使用せずとも、神の子という前例のなさそうな高身分で、子どもに優しそうで苦労人っぽいアルダリアタイプであれば尚更、動揺が仕草にも現れて読心しやすい。

 

 ……つか、心眼はできる限り多用しねぇ方が、神の力としての威厳があるわな。金色の瞳がダイス教で畏怖の対象なことは分かってるし──うぃひひ。危なそうなときとか場合によって使う感じで行くか。

 心眼の効果が、レベルとは別の意味で拡張されたことを再確認しておいて一区切りおく。

 そろそろ本題に入ろうと有栖は口を開き、


「それでは、話を戻しましょうか──ええと、分からないことへの質問でしたか」

「ああ、それで間違いない」

「ではまず一つ。貴女の格好は、どういう経緯でそのようなったのですか?」

「…………僕の組織の団長の趣味です」


 半泣きした様子でサヴァンは、そう苦々しく返答した。

 世間体が不安になる団長である。

 もしかしなくとも、サヴァンが扉を叩く前の言い争う声はサヴァンと団長の物だったに違いない。

 しかし彼女が属する組織とは。


「……そうですね。では、二つ目。貴女は確か、カナリア・フォン・ダーティビルに仕えていた騎士でしたでしょう? 何故私の侍女ということに?」

「それは、僕が所属している【熾天の八騎士】という集団に関係していて──」


 サヴァンが口にしたその名前は、有栖にも聞き覚えがある。

 以前、サヴァン自身やフィンダルトが話していたか……もっとも、その詳細は今まで知らなかったのだが。


 言うところによると【熾天の八騎士】とは、ここら一帯を牛耳る『帝国』に属する組織であるらしい。

 この名称も帝国の伝説に登場する英雄ザクィード・ジェイロンに剣を手渡した八枚羽の天使をモチーフにしているようだ。

 【熾天の八騎士】の業務は「同盟国の補助、援助、援護、守護……差異はあるが言ってしまえば、傭兵に近しい。カナリア様に仕えていたのは、ダーティビル王──いや、今では先代国王か──まぁその人から要請があってということだったんだ」とサヴァンは憂鬱そうに息を吐く。


 どうにも苦労しているようだ。

 そう言えば、ダーティビルでも碌な目に遭っていなかった気がする。

 主にアリス某のせいで。


「大変ですね」

「仕事だから、それに僕が慣れ始めたというのもあるだろうけれどね」

「社畜ですね」

「……あまり意味はとれないが、侮辱されたと見て間違いないか?」

「いえいえ、まさか──ああそうです!」


 唐突に思いついた、と言わんばかりに有栖は自分の前で手を叩く。

 話を誤魔化すために真面目な顔つきをして、目を白黒させるサヴァンに問う。


「……私はダーティビルで、貴女に酷いことをしました。そのことを謝罪しなければとずっと思っておりました。この場で謝罪をしましょう。あのときは、申し訳ありませんでした」

「ア、アリス様!?」


 椅子に座したまま、有栖は頭を下げる。

 その意外な展開でか、サヴァンも目を剥いて驚きを露わにしていた。


 長期間思っていた割に、先ほどまで忘れていたかのような態度だったではないか──と言ってはならない。

 本当にその通りなのだから。

 ただここで有栖がこの行動に出たのは、何も話を有耶無耶にするためだけではない。


 サヴァンの話を聞く限り、これから彼女と主従関係になるのは間違いない。

 そのため、最初のうちに前回稼いだヘイトを雪がねばと考えたからだ。

 土壇場で裏切られるのは、どこぞのランサーだけで充分なのである。


 そんな打算による誠意がまるでない謝罪に、サヴァンは狼狽を隠さずに有栖を宥め出す。


「顔を上げて──僕に謝罪は不要だ! 元より【熾天の八騎士】に所属している身。前回の主人の怨敵が次の主人だったことはそう珍しくない! だから僕が貴女を恨むようなことは一切ありません」

「本当……ですか?」

「はい! ──じゃなかった、勿論! 寧ろ、カナリア様への寛大な提案と処置に僕が感謝したい程だ」

「そう、ですか。それなら──良かったです」


 顔を上げた有栖は、花が咲くように笑顔をつくる。

 ここで心眼を使用するのは、逆にサヴァンからの信頼が消失する危険性が存在するため愚行だろう。

 露見しないように発動するのも現実的でない。

 神の子と宣言しておらず、容姿をフードで隠していたときとは違い、有栖と相対すれば嫌でも両眼の変化は目につくからだ。


 だから有栖は自分の経験と勘と、サヴァンの人徳を信じる。

 きっと、彼女が言っていることは本当だ。



「では、心機一転これからお願いします。サヴァン」

「こちらこそ、宜しくお願いする。アリス様」



「あ、私には絶対服従という認識で構いませんか?」

「えっ、ああそういうことで問題ないと──アリス様? その笑顔は一体……?」



 ……――……――……――……――……



 さて、一時間後である。

 サヴァンから他に聞き出したことは大まかに四つだ。


 一つ、有栖の補佐の役割──スケジュールやミリス上層部からの連絡事項等々──はサヴァンに一任されること。

 二つ、今日からこの宮殿、正式名称サルガッソ宮殿の一部が利用可能になること。

 三つ、有栖の存在が未だ秘匿とされているのは二ヶ月後に控える祝日で大々的に明かすためであること。

 そして四つ──。



「三日後に、最高位の聖者たちとの会食?」


「ああ。公式発表より先に行うことが謎に思うだろうが、特権階級の極少数だからな。一般よりも把握する必要などがあるんじゃないか? 僕もあまり詳しく伝えられてないから、残念ながら憶測だけど……とは言ってもやることはそう難しい物ではないはずだ。緊張する必要はないだろうな」


「そうなのですか」



 ──多分サヴァンが補佐の役回りなのに詳しく伝達されてないのは、俺の心眼を警戒してのことか? それでも少し腑に落ちないが……いや、それよりも会食だと?


 適当に流すような口ぶりで、しかし内心有栖は不安に駆られていた。

 何てことないようにサヴァンは言うが、様々な意味でハリボテの有栖は落ち着かない。


 そもそも、有栖は神の子でも何でもない。

 過去視という心眼第二の能力で、あの変態神とタウコプァ・エヴァンズが別人であることは明らかになったのだ。

 タウコプァ神の特徴をなぞるように、陵辱変態神が有栖を造形したのだろう。

 理由は不明だが、どうせまともな理由ではないだろうが。

 

 それに、もしや有栖の内情を見透かすような聖者がいるかもしれない。

 更にダイス教の事柄に対して偏執的なまでに詳しかったり、何やら様々な固有能力を所持していたり、超人的な筋力だったりするのだろう……と、有栖は恐れおののく。

 ちなみに聖者の特徴に全く根拠はない。

 だがそれらの可能性を危惧すると、なかなかに背筋が寒くなる。


 ここまでの大騒動を起こしておいて、偽物と露見すれば──散々恐れてきた貞操の危機どころか、命がなくなるのは当然だろう。


 ──もしかして俺、今の立ち位置って何気に危ないんじゃあ……


 薄々勘づき、心のうちで顔が真っ青になる有栖。

 もう後悔しても遅いのだが。

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