33 『蹂躙と幕引き』

 神の子(自称)の宣戦布告で、竦んでいた彼らの時間は緩慢に動き出す。

 特に顕著な反応を見せたのは有栖の視線の先の、第一王女カナリアである。


「認めない、こんなこと、わたしくしは認めない……ガインド卿!」

「──承知、している!」


 ヒステリックに叫ぶカナリアの声に応じて、胸を貫かれたはずのサヴァンが声を返す。

 突き刺さるレイピアを両手で掴み、バックステップでそれを引き抜いた彼女は咳き込んだ。


 ──いや待て、その挙動はおかしい。

 きっとスキルのモノだろうが、後ろに飛び退いて刺さった刃物を抜くなど馬鹿げていた。

 サヴァンに対する皮肉として、人間も化け物と変わらないなと思える。


 鳶色の瞳は、殺意をもって有栖を射殺すように向けられる。

 相手は神の子だというのに、容赦もなく必死な瞳で射抜く彼女はなかなかに剛胆だ。

 それを無情の顔で投げ返す有栖の内心と言えば。


 ──うわぁ、何だかすごいことになっちゃったぞ。

 虚栄を傲慢に掲げ声を張り上げた有栖は、内心で脂汗をダラダラと垂らしていた。

 小物ごときが無茶しすぎなのである。


 有栖は今に至るまで綱渡りしかしていなかったのだ。

 大衆の前で、しかも冗談など口にできぬ会場でハッタリを使うのは胃に穴が開きそうな展開だった。

 勢いで宣言してみたは良いものの「神の子を騙る魔女め」などと、石を投げられて十字架に磔にされた後に、火で炙られながら湖に沈められる──などという場面まで想像して、ガタガタブルブルと身を震わせていたのである。

 ある種、その想像をしておいて尚も演技を続行したのは大物なのかもしれないが。

 ……俺も馬鹿じゃねぇんだ。全国巡る黄門様でもなし、姿形を晒して屈服できるとは思ってねぇ。

 と、格好つけながらも緊張で泡を吹きそうな有栖。

 金魚のような内面を微塵も出さず、威厳を込めて朗々と呼ぶ。


「フィンダルト卿、ガイアール殿。露払いを願いたいのですが」


「──アリスちゃん、いいえ。この場合はエヴァンズ様とお呼びした方が良いのかしらぁ? 了解したわよぉ(まさかそんな裏事情だったのはねぇ。実は神の子なんて物だったなんて、あたしとしては予想外だわぁ)」

「…………承知した。(まさか、あの様な少女が活路になるとはな)」


 揃って応じ、大扉から堂々と踏み込んできたのは、別館前で物騒な格闘を始めかけていた二人だ。

 溢れ出る神の子の威を借りて説得し、味方に引き込んでおいた。

 俗に言う、神の子万能説である。


 元よりフィンダルトとは知り合い、ガイアールはアルダリアの味方のため苦労はそうなかったが。

 代償となったのは有栖の胃の穴が程度の物だ、気にする物でもない。


 苦労の甲斐あってかSS級とSSS級の冒険者の登場に、一端の騎士はおろか皆が反応に困っている。

 それを満足げに「うぃひひ」と見つめる有栖には、次の問題が分かっていた。


 勿論、フィンダルトは公然と王国側を裏切ったも同然なのだ。

 喰ってかかる者は数人とは言わず、ほぼ全員。

 中でも声が大きいのは、人外嫌いで当初から犬猿の中であったサヴァンだ。


 フィンダルトの戦力を頼りにして身近に置いたカナリアは、ショックでか茫然自失として反応がない。

 その代わりサヴァンが、どくどくと胸から零れ落ちる緋色を片手で押さえながらに剣を握った。


「フィンダルト! アリス! 貴様等、袂を分かつなどと不遜な真似をするとは、この蝙蝠めが……!」

「あらぁ? 【熾天の八騎士】なんて御大層な物に入っているせいで、身動き取れなくなった間抜けのような真似はしたくないのよぉ。このネーミング、帝国の昔話で出てくる英雄に剣を授けた天使をなぞってるらしいけれどぉ──皮肉よねぇ。権力や主人に縛られて翼も微動だに出来ないなんて」

「人ではない穢らわしい化物が──戯れ言を抜かせ! 頼まれれば、例え何者であろうと僕の主人だ。主に狼藉を働く無礼者、僕は決して許しはしない」

「頭固いの、昔から変わんないのよねぇ……良いわぁ、お望み通り沈めてあげる」


 臨戦態勢に入った二人を尻目に、有栖は目配せで聖職者達にこの場の敵を鎮圧することを命じた。

 ツーカーでそれを察した、会話ドッジボールの白ローブが動き出す。

 この鋭敏さを日常会話においても割いて欲しい。


 さらに、サヴァンとの単騎で戦闘して疲弊しているはずの友、裕也も立ち上がっていた。

 内心を覗いてみれば、有栖に負けていられないとばかりに奮起しているではないか。

 床に転がる誰かの剣を拾うと、フィンダルトと並び立ち、


「一緒に戦っても、構いませんか(無様ばっかり有栖に晒してるのも癪だよ。未熟だって分かってる、そのせいで俺は肝心な相手に手も足も出なかった。でも──だから、有栖。お前の前くらいでは膝なんか突きたく、ない)」 

「貴方その髪……異世界人ねぇ。──まぁ、良いわぁ。足を引っ張らなければ許可よぉ」 


 裕也の容姿と、彼が助太刀に来たタイミングが意外だったのか、フィンダルトの赫目が見開かれる。

 彼女はそれでも素っ気なく言葉を返すのだが、無言で裕也も重心を落として答えとしていた。

 ──意地張っちゃって、全く男の子だな。嫌いじゃねぇけどさ。

 俺だって元は男なんだしな、と自覚してふっと頬を緩める。


 表面だけ賢しげに馬鹿さ加減に嘆息しつつも、ずっと棒立ちのアルダリアの脇腹を突いて急かした。

 突然劣勢が第三者の手により引っくり返り、圧倒的な優勢へと変貌したのだ。

 誰だって呆然としてしまうのは当然だった。


「アルダリアさん、兵を」

「あ、ああ。……皆、構えろ! これが正念場である!」 


 有栖に対して、一瞬硬直を見せたが遅れ気味に一気呵成と叩くことを指示。

 負傷者は裏で動く聖職者達が、なんと意外なことに所持していた回復魔術で応急処置を施している。

 てっきり暗殺者集団か何かかと思っていたのだが、一応は聖職者らしさを保っているようだ。


 よって、その言葉で我に帰り剣を手づからとった男達は未だ戦える。

 それと面向かって相対する王国側の騎士も、威圧されてはいるが真っ向勝負を畳み掛けるようだ。

 特に逃げ腰な様子は見せず、各々が闘気を燃やし相対していた。


 ──この状況で良くやんよ。俺だったら窓ぶち破ってでも逃げるわ。

 それは有栖にとってみれば飛び降り自殺でしかない。

 すっかり有栖は失念しているが、ここは地上三階なのだから。


 この戦力差で闘志が衰えていないのは、あの有栖も素直に驚嘆に値する。

 だからこそ、だろうが。

 忠義心なる物をトイレで流すような有栖が、騎士道なる高潔な精神が理解できないのは道理であった。


 一触即発の雰囲気を断ち切ったのは、何者かの声。

 距離を置いた魔術師達が詠唱をし出すのを合図に、その蹂躙劇は始まり。



 ──そして、数分と経たずに決着した。



 剣が交差し、魔術が飛来し斬り裂かれ。

 二つの大剣が乱舞して、紅色を散らし。

 ただの人間は己の忠心を頑なに守り切り、化物と異世界からの来訪者を相手取る。

 義心を糧に振るう剣筋は、誰かが放った裂帛の気合いで弧を描く鋼と打ち合った。

 研鑽された一突きで幾人が倒れたか。

 確信の篭った一撃で幾人が裂かれたか──。



 一つ、その結末を記すとすれば端的にこう記す他にないのだろう。


 生誕祭の開始前、第二王女率いる革命派は遂に王宮にて王国政府軍を打倒したのだ、と。


 

 ……――……――……――……――…… 



 何というか、終わってみればあっさりだったな。

 アルダリアの勝利が決定付けられ歓喜の雄叫びの中、疲労と拍子抜けに肩を落とす。

 肉体労働自体をしていない有栖だからこそ言えたことなのだろうが。

 

 敵を全て地面に伏し、両足で立つのはアルダリア派の騎士と冒険者、そしてミリスの聖職者のみ。

 奥に座していた王は脂汗を隠し切れてはおらず、カナリアはサヴァンが敗北したときに膝を折っていた。

 全ては祭りの後。

 これ以上の波乱はなく、全てが収束して結末に至っていた。

 

 囚われていたらしき第三王女を縛る魔術も、使用者を打倒したことで効力を失って解呪されている。

 人目もはばからずアルダリアと抱き合っているが、有栖に感慨が湧くはずもない。

 何しろ有栖はこのイベントに途中参加であり、彼らの事情など知らないのだ。

 

 所詮は部外者。

 アルダリアと組んだ理由は友達と敵対せんがために、自分の信じる道の方を味方した結果なだけだ。

 だから有栖は、激しい戦闘の影響でへたり込む友人が、清々しく口元を緩めているだけで満足だった。 


 そのためダーティビル姉妹の抱擁は、有栖にしてみれば下衆の想像を誘うだけの代物と成り下がっているのである。

 下衆の勘繰りとはまさにこのこと。

 

 ──まぁ、これでおしまいだ。一件落着、俺も安心ってモンよ。

 胸を撫で下ろす有栖を差し置いて、

 アルダリアが真面目な顔で王に厳しい視線を送って、妹であるエリアと手を繋ぎ、決別を言い放っている。

 姉達に、半刻後の式場で現政府の打倒を宣言する旨や処分について宣言しているようだ。

 

 俺には関係ないか、と視線を彷徨わせると不意に。

 壇上で俯き加減のカナリアと目があった。


 ……良い機会だ、俺をよくもミリスに島流しにしようとしたクソったれめ。今どんな気持ちか『心眼』で覗いて、カナリアの眼の前でダンスでもしながら愉悦してやるぜ。

 想像してみると非常に鬱陶しく、死ねば良いのにと誰しもが思うだろう図だ。

 そんな他人事で、屑で下衆な思考の元に有栖は『心眼』を起動させた。

 


 


 ────鋭く、両の眼に激痛が走った。



 ……い、いた、痛、痛ぇ……っ! いた、一体、何だっつーんだクソったれぇ……っ!

 危うく叫び散らしたくなるが、小物の矜持で文字通り必死に抑える。

 しかし絶する刺激に、蹲ることが耐え切れなかった。

 

「エヴァンズ様!?」

「大丈夫でしょうか! 治癒魔術が使える者は早く!」 

 

 側に集ってくる聖職者たちに返す言葉もなく、一つ思い当たることを気紛れに考察した。


 ただこれは何処かで味わったのと同種の痛みだ。

 異世界で宿屋の部屋に到着した後、遊び半分で『心眼』をオンオフしていたときの痛み。

 あの感覚をより甚大に、一段と酷くしたような痛み。

 

 確かに今日、『心眼』を多用したのは言うまでもない。

 まさかそれが原因かと、後悔する間もなく有栖の視界は暗転する。

 


 ──最後に見たのは、何故か勝手に開かれた自分のステータスだ。

 HPは半分を切り、MPは三十ほど削れた値になっている他の変化はスキル欄に見つける。

 そこには追記された『心眼』のスキルがあった。

 

 おい糞神、と。

 レベルアップの表示がなされた、そのスキルに一つ言っておけたのだとしたら。

  


 〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 【凡(すべ)てを見透かす心眼:Lv2/3】 射程:視界範囲内 魔力消費:なし

 視界範囲内の、精神を宿した者の心をる神託の力。

 また視線を合わせた者の過去を任意で見通し、粗筋を再生する。

 個の精神を構成する材料は、その者の過去の出来事に他成らない。

 過去を識ることは人の凡てを見透かすことと同義、其れは神の業に相応しき力。

 抱え込む隠匿はこの能力の前に等しく無力である、女神の澄み切った瞳。 

  

 〜〜〜〜〜〜〜〜 



 いい加減戦闘能力のあるスキルを寄越して下さい糞神ゴルァ──である。

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