32 『チェックメイト』

 一方、有栖とは別行動中のアルダリア一行は別館に構える王国政府勢の元へと向かっていた。

 時折徘徊する王国政府側の騎士を、裕也もしくはガイアールが音もなく仕留めて先を急ぐ。

 ただその様子とは裏腹に、襲撃を仕掛ける予定だった時間自体はまだ余裕がある。


 何を隠そうアルダリアもつい先ほどまでは、一旦待って絶好のタイミングを見極めようとしていた。

 僅かでも勝利の可能性を上げるため、様子見と敵戦力を各個撃破する方策を練るつもりだったのだ。


 だが事実として、彼らは勝負を焦るように飛び出した。

 準備は疎かで、具体的なビジョンははっきりとは見えてはいないというのに。

 この愚行に及んだのは、大きく二つの理由がある。


 一つ、ミリス王国の精鋭達──白のローブが特徴的な敵が間近に迫っていること。

 強者を演じる有栖が向かったが、アルダリア達からすればいまいち信用に欠ける戦力だろう。

 なにせ『虚飾』のステータスを見せていないのだ。

 そのため『妙に落ち着いた、平均以上に強い少女』という彼らの認識から脱し切れてはいなかった。

 あまつさえ蒼崎裕也には、少々異世界人の中では弱い方、とホラを吹いていたのだ。

 実際には人類の中で最底辺なのだが。

 どんな相手にも見えを張りたがる有栖としては、友達相手というのもあって比較的誇張されてはいない。

 あくまで比較的である。


 よって有栖は、時間稼ぎのためにその身を捧げる善良な少女、と思われている訳だ。

 有栖風に言うのであれば「ここは俺に任せて先に以下略」という、古典的な死亡フラグを有栖自身が言い放ったのと同義だった。

 以前有栖が絶対視していた台詞だが、まさか素知らぬうちにそれに陥っているとは夢にも思うまい。


 そして二つ目の理由。

 これについてがアルダリアのこの行動原理の、約八割を占めると言っても過言ではない。

 有栖が会場へと向かった直後、アルダリアの魔具の元に新たな情報が伝わったのだ。

 すなわち──。


「エリア、無事でいてくれ……!」


 見晴らしは悪いが、等間隔で植えられた木々に沿うような小道を通りながらそう独りごちた。


 道なりに進むと、華美さ抑えめと言えど王宮内にあるため豪奢な別館の入り口に到着する。

 周囲の騎士は一旦殲滅しているため現在は無人だ。

 できる限り隠密に始末できたと思うが、中を警護している者達が気づくのはそう時間もかかるまい。

 蜂の巣を棒で突いて悠長にする備えもないため、速攻で決めねばならない。


 ……あれは、何だ。

 入り口への扉へ駆けるアルダリアは、ふと視界の端に映った人影を見て立ち止まる。


「……早かったわねぇ」


 それを見計らったかのように、別館の三階の窓から・・・・・・その人影は落ちた。

 いや、降り立ったと言うべきか。


 常人であれば足首を捻り、有栖であれば死亡する高さを、彼女は事もなげに着地した。

 進行方向の扉の前にまるで門番かのごとく立ちはだかる。


 その女性は特徴的な風体をしていた。

 黒の日傘を差した、艶やかな紫髪を揺らす白磁の素肌の女。


 アルダリアも見覚えがある女だ。

 冒険者の中でもトップクラスの実力を持ち、王国政府側よりも早く手に入れたかった札だった。

 実際にそれは叶わなかったのだが。


 面識のある騎士はともかく、面識はない裕也も殺気を感じてか腰の剣に手をかけている。


 女から迸る、威圧感と異質感。

 本能で敏感に感じ取った彼らを睥睨しながら女は、ふと一点を見て嬉々と口を開く。


「あらぁ、随分と物々しいお客様ねぇ。朝早くに客人なんて非常識だとは思わない? リーダー」 

「…………客に敬語を使わないフィンダルト、お前も非常識だ。そして人質(・・)をとった、王も」 

「久々のリーダーの声音──と、感慨に浸ることも出来なさそうねぇ、その様子。まぁ、あたしとしてもそれを言われたら痛いのよぉ。まぁ王様の判断だしぃ、木っ端のあたしが歯向かえる訳ではないんだけどぉ」


 会話が始まった途端、さっと潮のようにガイアールとフィンダルトの前に立っていた者達が退く。

 射殺すような目つきで対峙する二人の直線上には立ちたくはないのだ。

 アルダリアは何か一言声をかけようとしたが、横眼でガイアールが頷く。


 奪われた妹の元へ向かえ、と言うように。


 先刻、アルダリアの私室に届けられた情報は「第三王女エリアが王国側の者達に誘拐された」という、彼女からすれば目を疑うようなものだった。

 限られた者しか知る者のいない秘密の場所、そう思っていた居所が襲撃されたのだから当然だ。

 大方、昨晩の宵闇に紛れてエリアを移送するのを目撃でもされていたのだろう。


 抜かった……と歯噛みをしても手遅れだった。

 話によれば、誘拐犯達は方向的に王宮へと向かっていたようで、おそらく王の手元にエリアを置こうとしているのだろう。


 アルダリアに対する、否、革命派に対する有効な人質として。

 そうでなくとも大切な妹に王が手を出す可能性はゼロとは決して言えない。


 だからこそ彼女は妹を取り戻すため、こうして慎重さを投げ捨ててまで立ち上がったのである。

 大したシスコンぶり、とも言えない。


 王族であり年端も行かぬ少女でもあり、ちろちろ動いて王宮の皆を微笑ませていたエリア。

 王宮で過ごしていた騎士としても他人ではないエリア。

 そんな少女を見殺しにする、見過ごす理由などあったとしても靴で踏み躙るのが正しい。


 今のアルダリアとしては、早急にエリアを救出することが第一だ。

 国家と妹を天秤にかけて、迷った末に妹を選ぶ点も王の座に相応しくないと自己評価する所以だった。


 だがそんな身勝手な判断でもついてくる騎士は、全員だ。

 寧ろ怒りを募らせて、雄々しく息巻く者が多い。

 アルダリアはそんな彼らが眩しくて、こんな状況でも頬が緩んでしまいそうだった。


 そして連鎖的に、先送りしていた王の打破を早める結果となって今に至るのである。

 足手まといではあるがアルダリアが指揮をとっているのは、伝達手段がなく、人を伝達手段に使えるほど人員を消費できず、ため指揮系統の人間まで前線にいなければならないからだ。

 希望的な打算であるが、向こうがアルダリアの命を奪うつもりがないことは有栖に聞かされていた──ということもある。

 おそらくサーディ王の意向ではあろうが、使える物は使う所存だった。


 ──最善の展開は、未だ誘拐犯が王の元に着いておらずそれを捕まえてエリアを助け出すことだが。

 流石にそう、都合の良い展開はあるまい。

 伝達された情報も、命からがら生き残ったアルダリアの召使いがかけた物だ。

 一旦気絶していたらしいため、誘拐犯が去った時間とはタイムラグがある。

 口惜しいが、妹が既に王らの手中に入ってしまったのは確定だろう。


「必ず、ジェイロン殿も追いついてきてくれ……貴殿はこちらの陣営の最終戦力なのだから」

「…………分かっている」


 そうこう頭を整理したアルダリアは、ガイアールをその場に残して別館へと皆を引き連れ突撃した。

 連れ去られた妹を助け出すために。

 革命をアルダリアに奮起させた存在を助け出すために。






「…………見送って良かったのか?」

「言ったでしょう、あたしは乗り気じゃないのよぉ。ジャラが国のためって政府側との協力を受けたから、あたしもそれに従っただけ。忠誠心なんて鼻からないわぁ、寧ろ気に入らないくらい」


 フィンダルトは、背後で口を開ける別館の入り口へ突撃する人々を眼中にも置かない。

 悠然とガイアールを睨み返すのみだ。


「それに、あたしより強い子もいるしねぇ」

「…………?」


 呟かれたその言葉に眉を顰めるガイアールに、フィンダルトは「ともかく」と話を変えて、


「そういう、あたしにとっての些事を交わしたくてここに残った訳じゃないわぁ。生き残ってるのにあたし達に連絡の一つもいれずぅ、散々心配かけさせたリーダーを一発仕置きとして殴っておかないとぉ」

「…………俺は、王女アルダリアに頼まれたから」

「言い訳なんて聞くと思う?」

「思わないが。……だが、良いのか。ここで俺達が本気でぶつかれば、王宮ごと吹っ飛ぶぞ」


 言葉とは裏腹に、背負う大剣を引き抜いて構えるガイアールは臨戦態勢をとっていた。

 包帯に隠された口元は、少し歪んで見える。

 彼も乗り気のようだが、何気に王宮崩壊の危機であった。

 その言葉を否定しようともせず、フィンダルトも日傘を片手に持ちながら前傾姿勢となる。


「戯れ合いなんて性に合わないわぁ、そうなればそれまでよぉ──と……ぉ?」


 虚を突かれたような声を零し、フィンダルトは懐から鏡を取り出した。

 勿論それはサヴァンから冒険者に配布された魔鏡である。

 興を削がれたと思っているのか形の良い眉を渋めながら、フィンダルトはその鏡面を見て。

 一人、目を丸くした。



「──え? 誰ぇ、貴女、アリスちゃん……?」



 ……――……――……――……――…… 



 駆け抜けた。

 脇目も振らず、止まることもなく、周囲の者達が斬り開く道をアルダリアは疾走した。

 迷うことはない。

 別館の構造など、子ども時代からここで過ごす彼女には比喩でなく自分の庭同然である。

 立ち塞がる見知った騎士がこちらに剣を振るおうとも、逡巡なく突き進む。

 胸の痛みも感傷も、この場には不要だ。

 周囲で幾つもの剣閃が煌めき、足を止めようとする邪魔者に牙を剥く。 


 純白の髪と肌は鮮烈な血の色で染まり。

 真っ赤なドレスは鮮血で更に深く艶やかな色彩に。

 湧いたように現れる、元はアルダリアをも守護していた騎士を斬り伏せ。

 履き慣れたヒールが邪魔で仕方なかったが、足に響く痛みも無視して走り抜け。


「か……は、ぁ……ぁふ、ぁ」


 時間にして突入後三分を経過する頃には、別館、その三階にある広間へと到達した。

 できる限り時間を短縮して、考えられる限りの最速で辿り着けたはずだ。

 生誕祭の式で革命を告げるため、毎度のような動き辛い格好だったのは災いした。 


 胸を上下させて咳き込むアルダリアは、背後の仲間達を見回す。

 アルダリアが傷一つない代わりに、仲間達の負傷は見過ごせない深さの者もいる。

 片腕を斬り飛ばされて目に見えて発汗する痩躯の男、足首を抉られた巨躯の男、鎧が破損した男。

 既にジャラとの戦闘で鎧が粉砕されていた裕也は、異世界人の強力さもあって目立った外傷はない。

 しかし切り傷、擦り傷は腕を中心に無数にあり、服には血が滲んでいる。


 傷のない者はアルダリアの他に誰もいなかった。

 故に、必死に自らが信じる王女を守り通したのだと誇らしげだ。

 反面、厳しいアルダリアは彼らの側へと近寄って白い掌を傷口に翳す。


「──【治癒の雫】」

「あ、ありがとうございま……」 

「礼はいい」


 私の為に身を削ってくれたのだから寧ろ礼など、私が言いたいくらいだ。

 口には出さないが、自分の無力さに唇を噛む。

 皆が戦って傷つく中、力不足で手が出せないのは歯痒い。


 他力本願が自身をを苛みながらも、MPが切れるまで全員に回復魔術をかけた。

 初級魔術の【治癒の雫】では気休め程度の回復量だ。

 欠損部分は再生することはなく、傷口をある程度塞ぐことしかできない。


 それでも、ここからが本題。

 満身創痍の者もいる中で、エリアを助けて父娘を拘束すること。


 ……全く、自分の愚かさが恨めしい。

 目標を前にして『不可能ではないか』という言葉が浮かんでしまうのだから。

 彼女は打ち消すようにして首を振る。


 猪突猛進にもここまで来たのは自分の判断で、犠牲にしたのは他人だ。

 成功させねばならないのだ。

 そうでなければ、何も誰も報われない。

 断ち切るようにして、アルダリアは告げた。


「行くぞ」


 その重い言葉に応じるのは声でなく、一層に厳しい表情だった。






 別館の広間は、王宮の王間のそれには見劣りするものの十分に立派な内装を誇っている。

 広さで言えば一つの公園ほどはあるのではなかろうか。

 高い天井からはシャンデリアが吊り下げられ、室内に満遍なく光を注ぐ。

 ただ奥まった場所にある──現在は開かれているが──天幕が付いた壇上は例外だ。

 そこには髭を蓄えた王と薄目で微笑むカナリアがおり、ゆったりと見下している。


 煌びやかな扉を開け放ったアルダリアを出迎えたのは、扉に半円状で囲む騎士達。

 既に臨戦態勢であるため、既に連絡でも行き渡っていたのだろう。

 背後の仲間は抜剣している者も多く、今すぐにでも戦闘が開始される──訳ではなかった。


「案外と。早かったではありませんか、リア」

「お姉様……!」


 まず声を発した、奥で悠然と立つ麗人へと視線を動かす。

 王宮と比べ段差も少ない階段上に、臨時で置かれただろう玉座代わりの椅子の横。

 無駄に華美な椅子に腰を落ち着けるサーディ王、その隣にいる実の姉を睨んだ。


 如何な誰かの前であっても、垂れ目の柔和な笑みを崩すことのないカナリア。

 それは敵対するアルダリアの目の前でも変わらず、まるで余裕の表情だった。

 彼女を飾る清潔感漂うスカイブルーのドレス、それはいつものように輝いていた。

 そして彼女が肩に両手を置いている少女を見て、アルダリアは声を上げる。


「エリア!」

「おねえさま!」


 叫んで涙目のエリアはこちらに手を伸ばすが、当然距離の問題で手が届く訳がない。

 あどけなさを引き立てるライムグリーンのドレスには皺が寄っており、縦ロールの髪も少し乱れているのが遠目にも確認できた。

 エリアが誘拐される際に抵抗したせいだろうか。

 加えて華奢な手足は、その表情と声音に反して微動だにしない。

 それが如何にも不自然で、アルダリアはそれが魔術で動きを封じられていることと看破する。


 能面のように変化しない微笑のまま、カナリアはエリアの頭を撫でていた。

 それは傍目から見れば、年の離れた姉妹の日常風景だろう。

 エリアの恐怖で凝り固まった表情さえ目に入らなければ。


「エリア、はしたなく大声を出す物ではありません。さぁほら、大人しくしていて下さい」

「カナ、リア……おねえさま……?」

「何も、何も怖がることなんてありませんよ。アルダリアは少し、異世界人という身に余る力を持ち、驕っておかしくなっているのでしょう。ですから、わたくし達が退治をした後、お父様に任せさえすれば・・・・・・・、きっと元の優しくも愚かしいアルダリアに戻りましょう。何も問題はありません。ええ、心配でしたらエリアが先・・・・を望みますか?」

「あ、え、えと……おねえさま?」



 意味を理解していないが、敏感に碌なことではないと勘付いているのかエリアは戸惑っているようだ。


 そしてカナリアの意味深長な言葉で、サーディ王が密かに下衆っぽく嗤うのを見て。

 ──アルダリアは、頭へ血流が登る錯覚を生まれて初めて感じた。

 声が震えて出ない。

 様々な激情と過去が込み上げて、吐き気すら催す程だ。



 憤然と一歩、アルダリアが前方へと足を踏み出すのを鋭敏に感じ取ったのだろう。  

 背後に控えていた蒼崎裕也が、疾風の如き速度で正面に踏み込む。

 見ていられない、ということなのだろう。

 立ち所に騎士の懐に潜り込み、相手が反応する前に戦闘不能にせんと腕が振るわれた。

 突破口をいち早く作り、諸悪を断ち切るために振り抜かれる剣。

 予備動作はなかった。

 速度も十分。

 そして当然、威力も十分な一撃を繰り出す。 



「【裂帛の連撃は花弁を斬るが如く】」 

「──異世界玩具風情が、殿下の御前ででかい顔をするな」



 甲高く、金属が激しく衝突する音が室内に響き渡った。

 目の覚めるような高音は刃と刃が接触し、鍔迫り合いを見せているがため。

 とある騎士の懐を抉るようにして放たれた連撃は、その騎士の僅か一撃で阻止されたのだ。

 あまりにも容易く。

 あまりにも当然の如く。

 防いだその騎士──サヴァン・デロ・ガインドは鳶色の瞳を兜から覗かせて告げる。 


「お前がそちらの戦力の主力と聞いている、がだ。この程度であれば競うこともない。降参しろ」

「……ぐ、ぅ……く!」 

「実力が足らない、実戦経験も足らない、師も足らない。太刀筋から何までお前はど素人。革命派の最大戦力という大役には力不足──いや、革命派の最大戦力など小役にすぎないのだから役に見合った実力なのかもしれないが」

「うる、さいぞ……ッ!」


 振り絞った声音で裕也が返答する頃合いには、周囲でも戦闘の幕が上がっていた。

 剣で斬り合い、鎧の欠片は弾き飛ばされ、首を飛ばされる者もいた。

 遠距離にいた王国側の宮廷魔術師が打ち出す、三原色の光球群が被弾して吹き飛ばされる者も。

 当然ながら負傷しているアルダリア側の者は、動きが平時よりも鈍く劣勢は覆せない。

 そして配置の問題もある。

 囲まれる形のアルダリアらは、謂わばリンチを受けていると同義の状況だ。

 遠距離攻撃は隙を見つけて放たれ、数でもこちらが少ない。

 かける望みは、ガイアールが追いついてくることだが──それまで、保つか。


 ──負け戦だ。

 異世界人、SSS級冒険者を封じ込めるカードを相手が握っている時点で、勝ち目など薄かった。

 全く、初めから結果は分かっていたというのに。

 この戦力差を乗り越えるだけの奇策など用意できず。

 アルダリアとエリアも、結局は憎むべき相手の慰み物として生涯を終えることになるのか。


 胸中で絶望に暮れかけるアルダリアに、愉悦しているのか薄目でカナリアは声をかけてくる。


「リア、まさか此れが貴女の全力ではありませんよね? わたくし、貴女を買っていたのですけれど……思わず戦力を過剰投入してしまいましたよ。数分前に、神聖ミリス王国の精鋭達が別館前で争っていた者どもを沈めたという報告も受けています。──さて我が妹が挟撃されて、如何に足掻くことが可能なのか見せて下さい」


 ──それはつまり、ガイアールが打倒されたと言っているのか。

 たとえ嘘だとしても、この窮地においては一瞬息が止まってしまう。


「……おねえさま」 


 悦に浸る様子のカナリアに対して、眼前の惨劇に眼を覆うこともせず立ち竦むエリア。

 こんな物など見せたくはなかったのに。

 アルダリアは、一人二人と倒れていく同朋に胸を切り裂く思いをするばかりだ。


 まるで役立たず。

 ガイアールが一刻も早く戻ってくること、裕也がサヴァンに勝利することを願うことしかできない。

 まるで考えなし。

 もっとも、この生誕祭が始まった頃には決していた結果ではあるが。

 手駒の数、練度、コネクション、妨害工作、先回り。

 全てにおいて上回った政府側が勝利するのは当然だった。

 それを覆すほど、アルダリアには知恵もなく、そこには人徳しかなかったという訳だ。



「──もう終いのようですわね。迅速な到着御苦労様ですミリスの方々。血反吐が飛び散って不快な場で申し訳ございませんが、お待ちしておりました」


 唐突に邪悪な笑みを消し、丁寧にカナリアが頭を下げる。

 反射的にアルダリアが振り向けば、そこには敵方で、王宮前で大惨事を引き起こしていた者達が。



 赤い斑点がこびりつく白地のローブを被った、蹂躙者達が立っていた。



 彼らの手にはレイピアが握られており、ローブから殺気の籠もった眼光が覗く。

 それが自分に向いた瞬間、射竦められた。

 修羅の瞳は、獲物を見つめる蛇の瞳だ。


 ガイアールやフィンダルトと初対面の際も気圧されたことはあったが、その積み重なった歴戦が発する威圧とは別種の雰囲気。

 何を仕出かすか不明の、得体の知れなさから香る不気味さだ。


 ──これで、挟み撃ち。

 既に立て直せないほど戦況が傾いていると言うのに、追い打ちにしても過剰だ。


「聖職者の皆様の指揮決定権はわたくしに一任されております。さぁ神聖ミリス王国の皆様、殲滅しましょう。第二王女は生け捕りで、それ以外の革命派を──」


 朗々とカナリアが気分良さげに謳うと同期して、ミリスの聖職者たちはこちらに歩み寄ってくる。

 垂れ下がった手にある、レイピアの刃が光を反射した。

 決して急ぎもせず、悠々と死屍累々を踏みつけてアルダリアの横を素通りした。


 そして火花を散らして戦闘中の、サヴァンと裕也の元へと近付いて。

 止まらずに打ち合う彼らに向けて、正確無比に切っ先が突き込まれる。



「────か、はぁ……!?」



 真っ赤な血液が、床に滴り落ちた。

 レイピアに貫かれた、胸甲で守られたサヴァンの右胸から。



 誰もが唖然として数秒間、沈黙が下りた。

 今に至るまで表情を崩さなかったカナリアさえも狼狽えて、


「……な、何を。何を、何をしているのでしょうか。ガインド卿はわたくし達の味方で」






「いえいえ、全く間違ってはいませんよ。私達の味方は第二王女アルダリアを始めとする革命派、私達の敵は第一王女カナリアを始めとする王国派──そして一つ、間違いを指摘しましょう」


 狼狽を露わにするカナリアに、可憐な声音が返ってきた。

 幼くも、丁寧で。

 神聖さも、凛々しさも同居する少女の声。

 アルダリアにも聞き覚えのある物だが、信じ難いことだった。

 何故ならば犠牲になってしまったと思っていた少女が、この場面で出てくると予想などできたはずがない。


 その誰かは大きく開かれた扉を通ってくる。

 白ローブは道を開け、頭を垂れ、最上の敬意を持って少女を出迎えた。


 その少女の髪は透き通るような群青だった。

 腰まで届くその髪を揺らし、部屋に踏み入ってくる。

 近付くたびに、瞳が金色に染まっていることも衆目に晒された。

 目にした誰もが言葉を失い、手を止めた。



「神聖ミリス王国の指揮決定権はこの私──神の子たるアリス・エヴァンズに移動しました。よってミリスの聖職者が貴女に従う理由も消失している訳です」


 少女アリスは歩く。

 そうして、緊張と戸惑いで固まるアルダリアの隣へと並んだ。

 ようやくアルダリアが頭を下げるか悩みかけたとき、アリスは慄くカナリアとサーディ王に視線を向けて。

 こう、聖母のように微笑んで告げたのだ。



「さて、形成逆転──蹂躙しますが、覚悟は宜しいですか? 諸悪の御二方?」

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