30 『合流』

「──大まかな事情は掴めた。それにしてもアリス。本当に我々に手を貸すと言うのか?」

「ええ、だからそう言っています。私が力不足であるのでしたら、潔く私はこの場から去りますが」

「いや、協力してくれるのは本当に助かる。人手は多いに越したことはない、寧ろこちらが頼む。……済まないが、私たちに力を貸してくれないだろうか」


 アルダリアの私室にて、アルダリアは頭を下げて有栖に頼み込んでいた。

 裕也の取り計らいで面倒事を回避した有栖は、詳しく話を聞かせて欲しいとのことで彼女の部屋に連れ込まれていたのだ。

 脅迫話を引きずることなくスムーズに話が進んだのはひとえに裕也のおかげである。

 言い訳を考えるのも面倒であったため、ステータスも開示せず威圧的でない方法もとれた。

 こちらの世界において唯一の友達には感謝せねばならないだろう。

 ちなみに裕也の怪我については、アルダリアが魔術で治療してくれていた。

 治療費を要求されなかったことに安堵する。


 事務的な香りのするアルダリアの部屋は、一見したところ私室だとは判然としなかった。

 ──でも寝室に続く扉の隙間から、子ども向けのファンシーそうなベ趣味の家具とかが覗いてっから気づけたけどさ。

 プライベートに通ずる扉は閉めてもらいたい。


 そうこう、上手い具合に話が転がり今に至る訳である。

 こちらへ心配そうに視線を向けるのは鎧を脱いだ裕也。

 他はアルダリアの後方で屹立する、超然として腕を組んだ包帯巻きの大男くらいのものだ。

 背後には振るうこと自体が疑わしい、身の丈を超えた刃渡りの大剣が二つ十字を背負っている。

 どうもあの男は裕也も顔を見かけたことがないようで、アルダリアの言う「ワイルドカード」と評していた人物らしい。

 曰く、国内では随一の手練れと彼女は豪語していた。

 彼女が大言壮語を口に出す類の有栖的な人間ではないため、信じた方が良いのだろうが。

 ……良く分かんねぇけど、とりあえずフィンダルトはこいつに押しつけっか。

 などと姑息な真似を画策しようとしていた。

 いつものことである。


 汚い内心とは裏腹に有栖はアルダリアの懇願に対して勿体ぶったのちに、満足そうに頷いた。


「ええ、私で良ければ」 


 実際のところ有栖よりも、そこら辺りを歩く街人の手を借りる方がマシなのだが。

 そういう裏の事情を知る由もないアルダリアは、安心したのか口を綻ばせる。


「そうか──済まないな、大した持てなしも出来る時間も無い。早速、こちらの掴んでいる状況を伝えるとしよう」


 本質的に時間はあるものの、早々と話を切り出してくるアルダリアにコクリと首肯した。

 流石にティーカップをくつろぎながら飲むまでの余裕はないのだ。


 アルダリアは情報収集するにも魔鏡を持っていないのではないか、という疑問はあった。

 話を聞く限り、どうにも自由に持ち運べる魔鏡がないだけで、固定電話のような道具を使って情報収集しているらしい。 

 そのためアルダリアは王宮から出られず、この部屋に閉じ籠っていたと言う。

 戦闘員で一箇所に止まれない配下には配りようもないため、裕也にも説明していなかったようだ。

 王国側がその情報を掴んでいれば、彼女はこうも平然と過ごせてはいない。

 灯台下暗しで見落としていたのだろうか。

 もしそうなら王国の節穴さ加減には開いた口も塞がらないのだが。

 何らかの駆け引きがあったと見るのが、事実がどうあれ精神的に楽だった。 

 そもそも完全な部外者である有栖は内部事情には触れられず、更に言えば興味もない。

 興味の矛先は、どうやって勝利するかと、ただそれのみ。


 現状としては、王宮内ではない水面下での諍いが激しいらしい。

 こうして王国側と目立って立ち回るのは少数だが、都外の街のアルダリアを推す群衆と王都内に入れんとする王国側の騎士達が門周辺で睨み合いを続けている。

 南門、そして東門では既に衝突しており、生誕祭目的に来た人々の通行が困難なようだ。

 おそらく肝心の王都内での人数が少量なのは、そちらに軍勢を回しているからだろう。

 七瀬黒が突破し、三週間程度前に壊滅状態に陥っていた南門を狙って、アルダリアは大軍を差し向けており突破は順調という報告だった。

 あれ、東門ってジャラ向かわせちまったんだけど……いや過去のことは忘れよう、うん。

 有栖は健忘症になることにした。


 そして王都内は目立った動きはない。

 王都内の四門で睨み合いと戦闘が開始されており、未だ朝も早いためか人影はそう多くない。

 既に式場に並ぶ人々はいるものの、その三、四割はアルダリアの手の者と王国側の者だ。

 ここでも無言で相手の出方を互いに待っている状況らしい。


「今動きが盛んなのは、東門、南門、そしてこの王宮内だ。アリスと裕也が有力な敵兵を屠ってくれたため、こちらも動き易い」 

「これからは私達のように各個撃破を目指すのでしょうか?」

「ああ、君の情報によると──SS級のフィンダルト・エマ・ディクローズと【熾天の八騎士】の一人サヴァン・デロ・ガインド卿もあちらに付いているそうだからな。こちらの少数で突貫したところで全滅が関の山だろう。指揮官のガインド卿は不可能だとすると、冒険者ディクローズだが……しかし、如何に孤立させたものか」


「それでしたら、私に腹案がありますのでどうにでも」 

「本当か!」 


 有栖の言葉に、驚嘆の声を上げるアルダリアへ「ええ」と返して、


「それよりも問題なのは、誰がフィンダルトとぶつかるか──ですよね?」

「…………俺がやる」


 その言葉に今まで沈黙を保っていた包帯男が重低音の声で答える。

 強豪と聞いた途端に有栖もそう決定していたが、この迷いのなさは一体何だと言うのか。

 ……あ? ちょっと待てよ、どっかでこの容姿聞いたことあんぞ。

 包帯ぐるぐる巻き、筋肉、寡黙、大剣二つ、強者。

 そこで有栖はピン、と生誕祭初日に聞かされたリーダーなる男の名前を思い出す。

 SSS級冒険者、ガイアール・ジェイロン。

 『心眼』も行使し、それが彼自身であることは確定する。

 フィンダルトやジャラを纏めていたリーダー役にして、今は行方不明だったはずだが。

 時期的に見て、目撃情報が増えたのは傷の治療やら何やかんやで最近復帰したから。

 ジャラやフィンダルトが捜索しても成果なしなのは、アルダリアに匿われていたからだろう。


 彼の心中にはかつてのパーティメンバーに対する郷愁と、不甲斐なさに満ちていた。

 自分の不在で外道──王様達のことを表現しているらしい──の手先と化す仲間達に、恥の念すら感じている模様だ。

 齢も一桁の実の娘を犯さんとする王、政治も実の娘に放り投げる王、裏の話は事欠かない。

 ……俺も知らねぇ話もあるけど、まぁ恨まれる奴ってこんなモンだよな。

 こう思うとカナリアも被害者だろうが、器量の小さい有栖は許すつもりなど毛ほどもない。

 金を握らせれば即許しそうだが。


 有栖は鷹揚に首を縦にふると、


「かのガイアール・ジェイロン殿ならば、何も問題はありませんね。では行きま──」 

「…………待て。どうして俺が分かった」

「隠すつもりもないでしょうし、私は人を視る眼は良いので」


 酷く平坦な声だったがガイアールが僅かばかり動揺したのが見て取れる。

 矮小な有栖は悦に浸った。

 全く、どこまで小物なのか底の見えない奴である。


 アルダリアも仰天していたようだが、唐突に鳴り響く通知音で我に返ったようだ。

 机上にある黒々とした四面体はアルダリアが使う、固定電話のような魔道具らしい。

 これは耳に添える部分と口に当てる部分として取り外しが可能な、本当に電話のような物だ。

 どうせ異世界人絡みで生まれたのだろう。

 嫉妬に燃える有栖は武具ステータスでも出そうかとしたが──。


「……何だと?」 


 押し殺したようなアルダリアの声で止まった。

 動揺でか火がついたように窓際へ走り出した彼女は、そこで外を見ていた。

 酷く、青い顔で。

 マズイ、とそう小さく零したのを耳で拾った有栖は何があったのかと問いかける。

 これ以上、色々と予定外のことが起きるというのか。


「……ミリスだ。神聖ミリス王国から差し向けられた精鋭の軍勢が、生誕祭会場前で王宮の門を突破しようとしているらしい。それで、だな」

「はい?」

「既に、こちら側の会場に紛れ込ませていた戦力と交戦を始めたようなのだが……劣勢、なのだ」 


 劣勢と彼女が口にしたとき、一瞬の逡巡があった。

 心を読めばすぐに分かる──相手の強さが尋常でなく、圧倒的だったのだ。

 壊滅的な被害を受け、今にも全滅してしまうかもしれないという絶望的なまでの戦力差。

 彼らが王宮内に入って来れば、各個撃破など悠長なことも言っていられなくなる。

 単純に敵の数が増えるだけでも難易度が鰻登りというのにだ。


 外では既に離脱者も多く、朝早くから会場入りしていた一般人も右往左往して大混乱の様相らしい。

 はて、こうも表立って戦闘するなど大丈夫なのだろうかと思ったが。


「その、ミリス王国、でしたっけ? 彼らはどんな相手なのでしょうか」 

「知らないのか……? ダイス教の聖職者達だ。白ローブを身に纏った集団で、加えて発祥国で狂信的な支持もする神聖ミリス王国の彼らは、サーベルによる接近戦やダイス教独自の魔法を駆使するのが特徴的か。実力は……私も見誤っていたが、折紙付きだろう」


「へぇ、ダイス教の、聖職者」 


 苦虫を噛み潰すようなアルダリアの説明に、有栖は言葉を区切って意味を咀嚼する。

 想起するのは、あの不躾な白ローブの者達だ。


 ──これは、案外と。

 そんな有栖以外の男二人は、大小差はあるものの焦燥感を滲ませる勢いで、


「アルダリアさん、迎え撃った方が良いなら俺行きますよ! 明美も心配だし、俺だって腐っても異世界人ですから時間稼ぎくらいは果たして見せます」 

「…………どうする?」

「クッ……」



「いえ、ここは私が行きましょう」



 軽く頭を振って、有栖はそう言った。

 間の抜けた顔をする彼らを他所に、有栖は急いで扉に向かう。

 できれば王宮内に足を踏み入れる前にしたい。

 今この状況は有栖にとってみれば危機ではない。

 降って湧いた、幸運のような物だ。

 振り返らずに扉を開いた有栖に、気圧されていたのか沈黙していたアルダリアが大声を上げていた。



「そんな、君一人では────」

「あっ、私についての情報は他言無用でお願いしますよ? 面倒事は御免ですし」

「そんなことは承知している! アリス! 君は一体、何をしようとしているのだ!」




「ちょっと神の子になってきます。あ、吸血鬼退治はそちらに一任しますので。それでは」




 笑顔で言い放った有栖に、唖然と彼らは硬直した。

 勢いよく扉が閉まり、小さな足音が消えた頃にようやく出た声は、


「は?」


 と、突拍子もない発言に対する返事であった。

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