突発集

或る人から聞いた話

 廃棄された民家に忍び込む。外とは違い、涼しい。吹き抜ける冷たい風が汗を拭う。気持ち悪い。

 見慣れた、私の育った地元の、典型的な形の民家である。が、敵兵の物が散乱している。

 少しの食料と水、異国の文字で書かれた新聞紙を手にし民家から逃げ出す。岩陰に隠れている彼のところまで。南国の刺すような陽射しの中を走り抜ける。




「ありがとう、すまない」

 彼に食料を渡すと同時に、彼が言った。

「どうってことはない。君は足を怪我しているじゃないか」

 彼は足を負傷していて、誰かの肩を借りなければ歩けないような状態だった。

「それより戦況は?」

「……」

 彼はパンを頬張りながら、異国の新聞へと目を通す。

「やはり……我々は、降伏しないのがおかしいくらいに、負け込んでいる」

 ! 私は衝撃を受けた。敗戦が濃厚なのは薄々気が付いていたが、異国の新聞をものの数秒で読み、理解する、彼の力に衝撃を受けた。そして何より。自分の学の無さに、深く落胆した。




「おい! 海岸の方に味方の兵が集まっている。行ってみよう、歩けるか?」

「ああ、肩を貸してくれないか」

 彼の肩を抱え、砂浜まで下って行く。

 日が沈んだ後でもこの土地は蒸し暑く、都心の出身の彼には堪えるようだ。額に汗が滲んでいる。

「……君は確か、都心の生まれだったよな?」

「ああ……」

「どこであの国の言葉を学んでいたんだ?」

「都心のT大学だ。それに少しの間留学もしていた」

「……戦争が終わったら、敗戦処理が大変だろうな」

「……ああ、きっとそうだな」

「もし、少し落ち着いて、暫くの自由が与えられたのなら、君が通っていたような大学で、学びたい」

「私もだ。復学して、ちゃんと卒業したい」

 突然、夜空に大輪の花が咲き、辺りが光に包まれる。数秒後に、ドオォォンッ!! と大砲が沖の方で唸った。それを筆頭に、真昼に戻ったかのように明るくなるほどの花火が上がった。

「おおおおーっ!」

 と、味方の兵士たちが海へ向かって歓喜の声を上げた。

「彼らは本当の戦況を知らない。……誰にも『敗けた』なんて言うなよ。君が彼らに殺されてしまう」

 私は、鳴り止まない花火を眺めたまま応える。

「……ああ」

 あの船にはきっと、星の刻まれた旗が掲げられているのだろう。

 その美しく、咲き乱れては散る花は、私たちの敗戦を祝うものだろう。

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