居候は自称勇者の金髪碧眼巨乳美少女

クロム・ウェルハーツ

勇者観察chu!~居候なんだもん、問題ないよね~①

 寒い。

 体だけじゃなく心も寒くて寒くて震える。貧乏ゆすり世界選手権とかがあったら、日本代表選手に選ばれる自信があるほど、俺は震えていた。

 クリスマス・イブだというのに、共に過ごす相手もおらず寒い通学路をトボトボと一人歩く俺。青い春と書いて“せいしゅん”と読むらしいが、俺の境遇は赤い冬と書いて“せきとう”と読む。なに言ってんのか分かんない。寂しい。


「はぁあああ」


 これは、余談だが人には人生の転換期というものがあるらしい。それは通常、入学や引っ越しなど生活がガラリと変わって精神的にも変わらざるを得ない状況の時のことを呼ぶらしい。

 そして、その日クリスマス・イブは俺、大神おおがみ 一郎いちろうにとって日常が非日常に切り替わる日だったことをこの日の俺は知らなかった。


「寒ぃ」


 諸星の奴は彼女と約束があるからって、どっかに行きやがるし。浮つきやがって。学生は勉学をこそ尊ぶものだろうが、クソ。

 心の中で一つ舌打ちをして俺は足元にあった石を蹴り飛ばす。軽い音がして転がる石を見ながら、何やってんだかと自嘲する。

 友達は彼女ができて、クリスマスを非常に有意義に過ごしている。それに比べて、俺は16年の人生の中で彼女ができたことはないし女子と親しいと言える関係になったこともない。親曰く、幼稚園の頃はそこそこモテていたらしいけど、正直に言おう。そんな無駄な所で人生において貴重なモテ期を使ってんじゃねェよ、ボケ! モテ期を使うべき時は今! ここだろうが! 中学、高校の青春時代でモテモテになりたいです、切実に。もし、この願いが叶ったら500円玉をお賽銭箱に入れに行くのでどうかよろしくお願いします、神様。


「はあ……」


 そんなことをいくら望んでも、何かが起きるなんてことはない訳で。“人生はかくも辛いものです”とSNSで呟こうとポケットからスマホを取り出す。

 電源ボタンを押すと、ディスプレイが光って様々なアプリが映し出された。パズルゲームにピンボールゲーム、そして、RPGまで。しかも、全て無料。スマホがあれば、この辛い時間一人のメリークリスマスも乗り越えられる、やったねイチロー、一人でできるもん!

 ああ、スマホを地面に叩きつけたくなった。しかし、それは許されないこと。地面にスマホを叩きつけたとお袋に知られたら怒られる。それはもう烈火のごとく怒られる。自分はトイレの便器の中にスマホを落としたことを棚に上げて。


「人生は……」


 ……かくも辛いもの。スマホのSNSアプリを起動して文字を打ち込んでいると、前の方から風が吹いてきたのに気がついた。しかし、冬の風の寒さじゃない。どちらかというと、温かい。こんな所に室外機はないハズ、っつーか、暖房を働かせている室外機から出てくる空気は冷たいし。


 俺はゆっくりと視線を上げる。


「これ……は?」


 目の前の光景に俺は思わず足を止めた。

 大体1.5mほどだろうか? 縁が歪んだ円のようなものが浮かんでいた。その円の中は黒と紫色が大半を占めていて、けど、点々と星のように白い小さな輝きが散りばめられていた。

 一体、何なのか? それは俺の疑問に答えることはなかったが、ただ一つの答えを吐き出した。

 目を肌色の影が覆う。次いで、柔らかな感触が俺の顔中を包み込んだ。

 そう、人生はかくも素晴らしいものであったのだ。

 至高。快楽の頂き。聖女のかいなに抱きしめられているような、天使の羽に包まれているような……そんな感覚が広がった。

 しかし、天国から地獄に落っこちる瞬間はあっさり来るもの。ほんわかな感覚を顔中に受け止めながら、俺の首はその肌色を支えるには脆弱過ぎたらしい。首が後ろに大きく曲がり、体が後ろに傾いていく。


 幸福の時間は常に短い。


 そのことを理解した瞬間、頭にゴツンという音と衝撃が走る。最高のクリスマスプレゼントを贈られたのに、今日の運勢は最悪だと感じている俺自身の思考を笑いながら俺は意識を手放した。


+++


 暗く苦しい。動けないほどに、そう思った。そして、息苦しい。何かで顔を覆われているように呼吸をし辛い。

 そのことに気がついた瞬間、俺は意識を失う寸前に見た光景を思い出した。


 ――肌色だった。


 肌色だったのだ。俺の顔に柔らかく当たったのは。

 柔らかく、ほど良い弾力があるものを俺は知っている。中学生の頃、ガチャガチャのある景品が男子生徒の間で流行ったものがあった。そのガチャガチャの説明書き曰く、『揉むと白いものが……』という実にアガペー溢れるフレーズで俺たち男子の心をがっちりと掴んだもの。それが、“おっぱいキーホルダー”なのだ!

 それは、シリコンでできており、握ると内部の液体らしきものが大きく膨らむ。そして、現在、俺の顔を挟み込んでいるのは、そのキーホルダーのような感触だ。つまり、おっぱいだ!


 まぁ、おっぱいが俺の顔の上に乗っかっているなんてことはないだろうが。どうせ、俺の顔にぶつかってきたものはおっぱいキーホルダーEXって名前のおっぱいキーホルダーを大きくしたようなものというオチだろう。しかも、ご丁寧に人肌まで温めてやがる。

 こんなことをするのは俺の知り合いの中で長谷川だけだ。俺と同じクリぼっちの癖に同じ境遇の奴を敵に回すとは、つくづく度し難い男だ。スマホゲーで必ず爆死する呪いを掛けてやりたい。俺が呪術師じゃなくて助かったな、長谷川!


「むぐぐ」


 しかし、随分と重いな、仮名称おっぱいキーホルダーEXというものは。

 両手を伸ばして顔の上のそれを取ろうとすると、ヌルリとした感触が伝わってきた。背筋に冷たいものが走る。これは、そう。お化け屋敷の蒟蒻こんにゃくと同じ効果を持つ。

 『一体、何だ?』と考える俺の頭にある光景が浮かび上がってきた。これは、もういくつ寝ると毎年の恒例行事と化したテレビ番組のワンシーンだ。

 大晦日に何時間も掛けて芸人たちをあの手この手で笑わせようとするテレビ番組。もし、笑ってしまったらお尻を引っ叩かれると言う罰ゲームが待っている番組。正直、芸人のおじさんじゃなくて、今を時めくアイドルが罰ゲームを受けるような構成の方が視聴率を取れると思う。『もうお尻壊れちゃう!』とか言ってくれたら、世の男たちは例外なく、そこはかとなく、そして、紳士的にテレビの前で鼻血を出しながら両手でガッツポーズをするに違いない。


 話が大きくそれてしまった。

 残念ながら、今はおっさんがメインの番組でこのヌルリと俺の手についたものが使われていた。ローションだ。しかし、長谷川の奴。どこから、このジョークグッズのローションを手に入れたのか?

 近くのスーパーマーケット、“アンバランス”“主婦のミカタ”“パッションスーパー”などどこを探しても見つからなかったというのに。いや、待てよ。俺は知っている。確かに、ローションはスーパーには売っていない。そして、長谷川は考えなしに突発的な事件を起こしてきた人間だ。そんな奴が俺を狙うために、計画を練るということは間違いなくしない。つまり、これは用意するまでに時間はさほど掛かっていない犯行だ。


 と、いうことは、だ。と、いうことは、だ。

 長谷川はでローションを買ったということに他ならない。そして、ローションを売っているような店で、且つ、ここの近くにある店は……。なんてこった! オウ、シット!

 奴は入ったというのか。一人で、そして、悠々とおっぱいキーホルダーEXとローションを買ったというのか。桃色書店大人しか入ることのできないおもちゃ屋さんに!

 なんという勇気。なんという行動力。

 それに敬意を払う俺であったが、やられたらやり返すのが男というもの。今度、奴の大嫌いな木綿豆腐をすれ違い様に顔にぶつけてやる。


「ん」


 長谷川に対する復讐計画を立てた俺はローションで滑るおっぱいキーホルダーEXを顔の上からどかそうと両手でそれを掴む。幸いなことに人通りは全くなく、俺が長い間地面に倒れていたことを気づく人はいなかった。そこだけは不幸中の幸いだと思いながら、ぐいっと両手で持ち上げる。一瞬、新鮮な空気を吸い込むことができたが、すぐに俺の肘は曲がってしまった。

 いや、だって重いんだもん。いつ人が来るのか分からない道路で寝っころがっておっぱいキーホルダーを顔に乗せることに興奮を覚えたからなどではない、決してない。

 再び手に力を入れながら、全身を使って体の向きを変えて顔の上に乗っているものを転がす。


 トサッと軽い音がして俺の体全体を覆っていたものが隣の地面に転がる。

 ――肌色だ。

 左に体を向けると肌色が俺の目に飛び込んできていた。それと同時に赤色も俺の視界に映った。その赤色に気づいた瞬間、これはヤバイと確信し体を跳ね起こす。


「痛ッ!」


 頭に走る鈍痛。きっと、地面に倒れた時に打ち付けたものだろう。頭に手を持っていくとヌルッとした感触がした。ローションじゃないじゃん。血じゃん。長谷川の野郎は勇気ある行動をした訳じゃなさそうだ。

 赤色に覆われた右手を見る。うへぇ、汚い。シャツについたら落ちないんだよな、血って。


 と、そこで気がついた。ローションだと俺が誤認したのは血だった。しかし、血は俺の頭からしか流れていない。ならば、ローションだと誤認した時に触った血は一体、誰のものだったのか? 一度も触っていないおっぱいキーホルダーEXに俺の血が付いているなんてことはない。なら、どういうことなのか?

 答えを探すために俺の視線は自然と左横へと向いた。本来なら、おっぱいキーホルダーEXが落ちているハズの場所に。


「はへ?」


 しかし、人生はかくも辛いもの。

 そこには、胸元を大きく肌蹴た血塗れの女の子が転がっていた。


「嘘……」


 そのことを正しく認識した俺は歯がカタカタと勝手に鳴っていることに気がついた。

 何がどうなっているのか分からねェよ。

 隣で寝ているのは長谷川の幼気なイタズラなんてカワイイものじゃない。もっと複雑で、もっと恐ろしいものだ。そもそも、突然、女の子が俺を押し倒すということですら、奇跡を100個ほど集めなきゃ実現不可能な上に、それが金髪碧眼で更に巨乳の女の子という俺の好みジャストミートな女の子っていうことを加えて奇跡10000個は上乗せして必要だ。

 更に更に、その登場方法が目の前の変な物体から女の子が飛び出してくる、しかもギリギリ大事な所を隠しているぐらいの布面積しかないような姿でとなると奇跡何個分のビタミンとミネラルが必要になってくるのだろうか?

 ダメだ。俺は分かる。これは混乱というものだ。そう俺は混乱している誰か助けて!


「お、一郎。今、帰りかい?」

「親父……」


 助けを心の底から求めている俺に後ろから声を掛けてきた人物がいた。日課である夕方のジョギング途中の親父だ。

 へたりと座り込んでいる俺と、その隣に横たわっている血塗れの女の子を見た親父の顔が青ざめる。


「大丈夫か? これは……」


 素早く駆け寄り、俺に目線を合わせる親父の手を取り、俺は必死に声を絞り上げる。


「親父! この子を助けてくれ! 医者だろ?」

「確かに僕は医者だ」


 威厳たっぷりに頷いた親父だったが、次の瞬間、一転して叫ぶ。


「けど、歯医者だよ! こんな血まみれの患者をどうしろっていうの!?」

「落ち着け、親父。俺も分からない。話を振って悪かった」

「うん、僕も分からない。落ち着くために深呼吸をしよう。せーの……」


 そう言って、親父は息を大きく吸った。


「ひっひっふーひっひっふー」

「それは産婦人科の仕事だ、歯科」


 『そうだったね』といいながらも、何をするでもなく両手を中途半端に広げている親父は落ち着いていないように見える。親父の混乱した姿を見ていたら、逆に俺が落ち着いてきた。このような状況でするべきことは……。


「親父! 119番だ!」

「それだ! 119番! それしかないよ、119番」


 泣きそうになりながら、親父は俺に尋ねた。


「ひゃくじゅーきゅーばんって何番?」

「119番だよ」

「何番なんだよぉお!」

「俺がかける。携帯貸して!」

「持ってなぁい!」

「この役立たず!」


 俺の携帯電話はこの子に押し倒された時にどっかに飛んで行ってしまったというのに。クソッ、近くにないか? 首を振り携帯電話を探す俺に、とうとう泣いてしまった親父が天に手を掲げながら叫ぶ。


「携帯あったぁあ!」


 それを引っ手繰りながら、俺は119番をダイヤルする。

 トゥルルルルという呼び出し音が妙に長く感じる。


『はい、こち……』

「怪我人です! 早く来てください!」

『落ち着いてください。現在地をお教えいただけますか?』

「現在地、親父ここどこ?」

「家の近く!」

「それは知っている! 家の近くじゃ伝わんな……。大神歯科医院に繋がる大通りから一本挟んだ道の糸居神社の階段下です!」

『分かりました。切らずにそのままお待ちください』

「親父、伝わったぞ!」

「よくやった一郎!」


 救急車のサイレンの音が聞こえてきた。随分待ったような、けど、凄く早いような、そんな不思議な感覚。


「大丈夫ですか?」


 遠くの方から救急隊員の声が聞こえてくる。この人は何て言っていたんだっけ? 大丈夫かと俺に尋ねているんだっけか?

 頭が働かない。彼らが女の子を救急車へと運んでいくのをボーッと見ていたら、親父が俺の顔を覗き込んでいたのに気がついた。


「立てるかい、一郎?」

「無理。腰が抜けた」

「それは困る。父さんもだ」

「バカッ……」


 少し笑う。それを見て、安心したように笑った親父は俺の肩に腕を回し、ゆっくりと立ち上がった。親父ってこんなに大きかったんだな。

 救急隊員の一人が俺と親父の近くに駆け寄り、親父と反対側から俺の肩へと腕を回す。俺とその保護者である親父を救急車へと血塗れの女の子と同時に救急車の中へと乗せることを待っていた救急車は病院へと走り出す。

 救急車の中で頭にガーゼを押し付けられているのを感じながら、俺はやっと安心する。

 まだ、いつもと同じ日常に帰れたとは言えないけど、それでも、空に穴が開いて女の子が飛び出し続けるよりはマシだ。命がいくつあっても足りない。もうこれ以上は悪いことは起きないだろう。

 何の根拠もないが、俺はそう思い込むことにして目を閉じた。

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