2.
月曜日――、
学校では二学期の期末試験がはじまっていた。
周りからはテストの話題の合間に、時折、司先輩の話題が聞こえてくる。長く学校を休んでいることは、当然、知れ渡っている。ただし、事実を知っているのはごく一部に限られている。
たまに僕のところにも詳細を知っていないか聞いてくるやつがいるは、決まって僕は知らないと答えていた。
――そのひと言ひと言が僕を責めているようだった。
当然のようにテストには集中できていない。たぶん、軒並み赤点の気がするし、それ以上にテストの結果なんてもうどうでもよかった。
「おーい、鍵、ここに置いとくから戸締り頼むわ」
いつの間にか本日のテストが終了していた。ぼうっとしていて終礼が終わったことすら気がつかなかったらしい。
なかなか帰らない僕に痺れを切らせて、日直が教卓に教室の鍵を置いて帰ってしまった。
「……」
静かになった。
いや、教室は今までだって静かで、単に僕がそれを感じてなかっただけなのに、それを認識した途端、いま急に静かになったような錯覚を覚えた。
「で、お前はいつ帰るんや?」
「ッ!?」
いきなり静寂を破った声に驚いた。
斜め後方、僕の視界から外れる位置で、一夜が窓に持たれて文庫本を読んでいた。今も立ったまま本に目を落としている。
「一夜……」
一夜も円先輩とともに詳細を知る人間だ。
事故直後、パニックを起こした僕が円先輩に連絡して、一緒に駆けつけてきてくれたのだ。僕はあまり覚えていないけど。
「司先輩が……」
僕は窓を背にした一夜に向き直ってこぼした。
「司先輩が僕を責めないんだ。お前のせいだって責めてくれたら、僕だって楽なのに……」
「そら責めんわ」
間髪入れず一夜は応えた。本も閉じて、僕を見返す。
「お前、片瀬先パイを甘く見てるやろ。あの先パイかて飛び込んだときにそれくらいの覚悟はできとったやろうに」
「でも……」
「五月、」
反論しようとした僕を、一夜は新たな言葉で遮った。
「お前があの先パイを助けたとき、あなたを助けに入ったから不良にフクロにされましたって、お前は文句を言うたか? あの先パイがそれと同じような身勝手なことを言う人間やとでも?」
「違う。僕はただ……」
「自分よりも先に誰かのことを考えるってのはそういうことやろが。俺が先パイの立場でもお前を責めたりはせん」
「だったら、僕はどうすればいいんだよ……っ」
「知るか、アホ」
素っ気なく言う。
「目のことは医者に任せとけ。その結果をどう受け止めてどう出るかは先パイが考えることや。後はお前にしかできんことをやるしかないやろ」
「く……っ」
最後の最後で一夜は僕を突き放した。
「それがわからないから聞いてるんだろっ。……もういいよっ」
僕は鞄をひっ掴んで教室から飛び出した。出口で誰かと肩がぶつかったようだったが、止まりもしなかった。
特に理由もなく屋上に出てみた。
苛立ちに任せて金網に鞄を投げつけた後、そばに寄ってみた。いつもならグラウンドで運動部が部活をしているが、今は試験中で誰もいない。
「……なっちん」
下を見下ろしていると、後ろから声をかけられた。僕をこんなふうに呼ぶのはひとりしかいない。……久しぶりだな、この呼び方も。
「居内さんか」
振り返ると居内さんがスカートの裾と髪を押さえて立っていた。思い返せば、さっき教室でぶつかったのは居内さんだったような気もする。
「飛び降りるの?」
「飛び降り? ……あぁ、それもいいかもね」
思わず自嘲気味に鼻で笑ってしまった。
――いっそ消えてしまえば楽になれるだるか?
金網にもたれ、首だけで下を見てみる。三階建ての校舎。屋上からでも四階分の高さ。いまいち確実性が低いな。
「それで何か解決するの?」
「きっと、どうにもならないだろうね」
「……そう。だったら、意味がない」
なるほど。非の打ち所のない理屈だ。
「仮に何か解決するとしても、そんなことをすれば片瀬先輩が悲しむと思う」
「そう、かな……」
反問のつもりはなかったのだけど、居内さんはそれに頷いた。
「それに、私も悲しい」
感情の乏しい口調で、それでいてきっぱりと言う。
「それだけじゃない。きっと他にもたくさんの人が悲しむ。私は千秋君ほど死んで悲しむ人の多い人間を知らない。だから、千秋君が死ぬことで何か解決するとしても、それはきっと間違った方法だわ」
「最善の解決って何だと思う?」
「具体例のないアバウトな質問」
「居内さんなら答えられるかと思って」
僕の勝手な期待に、居内さんはしばし考え、
「結局、人ひとりがやれることってたかが知れてると思う。だから、その中でやれることをやるしかないわ」
つまり、言葉は違えど言っていることは一夜と同じなわけか。辿り着く結論は同じ。……わかっていた。一夜は正しい。後で謝っておかないとな。
僕しかできないこと。
僕がやれること。
「きっとそれを全力で探すことも、最善の解決を得るのに必要なことなんだろうね」
居内さんが肯く。
「ありがとう。僕はもう帰るよ。居内さんも気をつけて帰って」
僕の言葉に再びいつものように頷いて応えた。
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