4.

「あれ?」


 気がつくとグッズショップにひとりでいた。


 司先輩もいなければ、一夜や円先輩もいない。周りにはぜんぜん知らない顔と、この遊園地のマスコットキャラのグッズばかり。さっきまで一緒に店内を回っていたと思ったんだけどな。いつの間にかはぐれてしまったらしい。


「さて、どうしよう?」


 何となくぬいぐるみをひとつ掴み上げ、相談してみる。もちろん、返事はない。されても困るけど。


 と――、


「お土産ですか?」


 声をかけられて振り向くと、営業スマイルの店員さんが立っていた。今のひとり言がお土産に悩んでいるように見えたのかもしれない。


「女の子へのプレゼントでしたら、ほかにもいろんな大きさがありますよ」


 店員さんが示した先を見ると、確かに窓際にお友達と一緒に並べておけそうなものから、プロレス技をかけられそうなものまであった。


「プレゼント、か……」


 店員さんがそんなことを言うから、司先輩に買ってあげたら喜ぶかな、なんて真面目に考えてしまった。


「あ、いたいた。なっちってばまだこんなとこにいたのね」


 今度は円先輩だった。


「なに迷子になってんのよ」

「いや、そういうつもりはなかったんですけどね。いつの間にか……」


 僕としてはそんなこと意図してないんだから、それを何故と問われても返事に窮するわけで。


 そんな僕らを先ほどの店員さんがにこにこと笑顔で見ていた。

 そして、円先輩にひと言――、


「かわいい彼氏さんですね」

「「 いや、それ違う 」」


 思わずふたりで声をそろえて言ってしまった。


「何を隠そう、この先輩には僕なんかじゃなくて、もっとお似合いなやつがいるんです。無口で温度ひっくい眼鏡ヤローですが」

「それも違う!」


 即座に斬って捨てる。やっぱりあくまでも認めないつもりらしい。


「見ず知らずの他人にいいかげんなこと吹き込んでんじゃないの。ほら、行くよ。みんな外で待ってんだから」

「うぃーっす」


 襟を掴まれ、引っ張られる。なんだ、みんなもう外に出てたのか。


 いつまでも引きずられてるのも格好悪いので、僕は円先輩の横に並んだ。


「僕と先輩って、そんなふうに見えるんですかね?」


 さっき店員さんに言われたあれだ。ふと疑問に思ったので先輩に訊いてみる。


「んなわけないでしょ。なっちだって脊髄反射で否定してたでしょーが」


 それもそうか。じゃあ、あれは接客中のリップサービスってとこか。そう言えば、その昔、司先輩と一緒のときも似たようなこと言われたな。今なら何て答えるだろう。そうです、と胸を張って言うのも恥ずかしいよな。


 てなことを考えてるうちに店の外に出た。


 円先輩の言った通りすぐ近くのベンチで司先輩と一夜がいた。一夜はベンチに座ってゆったり構えている。


 一方、司先輩は――、


「もぅ。いったいどこに行ってたのよ」


 腰に手を当て頬を膨らませ、わかりやすい「怒ってますよ」のポーズ。が、しかし、相変わらず拗ねているようにしか見えない。


「いきなりいなくなったら心配するじゃない」

「そういうつもりは毛頭ないんですけどね」


 視点を変えればそっちがいなくなったとも言える。


「しかも、呼びにきた円先輩とは店の人に恋人同士と間違えられるし、さんざんですよ」

「そんなこと言われたの!?」


 きょとんとした顔をして司先輩が聞き返した。それから円先輩と僕の顔を交互に見る。拳を顎に当て、なにやら考え込むと、おもむろに神妙な顔つきで言った。


「アンバランスもここまでくると、円のほうがそういう趣味かなって思うのかしらね」

「ない。それはない」


 ここでも円先輩はきっぱり否定した。





 そして、またひとりになっていたりするが、今度は迷子ではない。


 ……いや、まぁ、さっきのだって迷子とは認めてないんだけど。


 まず最初に司先輩と円先輩が、飲み物でも買ってくる、とそろってふたりで行ってしまい、その後、一夜がトイレに旅立った。結果、今、僕はひとりでベンチに座っている。


 そしたら、そんなわずかな隙を突いてトラブルが起こったりする。


「もしかして君、ひとり?」


 三人組のお姉さんに声をかけられてしまった。


「……」


 こういうものを呼び寄せてしまうのは体質的なものなのかもしれない。


 常識的に考えて、入場料払って入る遊園地にひとりできるはずがないと思うのだけど、この人たちはそういう考えには至らないのだろうか。


「いえ、こう見えてもデートできてますので」


 変なお誘いを受けないうちに丁重にお断りしておく。こう言えばしつこくつきまとわれることもないだろう。


「どうした、那智」


 と、丁度いいところに一夜が帰ってきた。


 瞬間、流れる空気が変わるのを肌で感じた。


「あ、デートって、そういうことね」

「う、うぇ……?」


 三人組のひとりがけったいなことを言い出す。もしかして、何か勘違いされた?


 前言撤回。

 一夜、なんて間の悪いときにきやがるか。


「そうや。そういうことやから邪魔せんといて」

「うぇーい!」


 ところが、一夜まで異界の言葉を口走る。


「ごめんね。デートの邪魔しちゃって」

「あ、いや、その……」

「がんばってね。あたしたち、応援してるから♪」

「そうじゃなくて……」

「お幸せに~」

「お、おし……ッ」


 間で右往左往する僕。しかし、僕に口を挟む間も与えず、お姉さん方は口々に好き勝手なことを言って去っていった。


「一夜ぁ」


 僕は恨みのこもった目で一夜を見る。


「どうした?」


 しかし、一夜はそんなのどこ吹く風でまた同じことを言った。


「なんてこと言うんだよ。お前のせいで勘違いされたじゃないか」

「気にすんな。どうせ二度と会わん」


 割り切りやがったな。


 この後、帰ってきた司先輩にこのことを話したら、すっごい微妙な顔をされてしまった。





 ティーカップというものにはじめて乗った。


「うぅ。気持ち悪ぃ……」


 そして、降りたときにはこの有様。


「大丈夫、那智くん?」

「たぶん、むり。……誰ですか、トチ狂ったようにハンドル回しまくったのは……」

「あははー」


 もちろん、犯人は今笑ってる司先輩である。


 しっかし、あれだけ高速回転したってのに、同乗していた円先輩と一夜はぜんぜん平気なんだな。涼しい顔で歩いてる。鋼鉄のような三半規管だ。


「……」


 ちっくしょー。

 僕だってその気になれば、これぐらいなんともな……


「っととと……おおっ」


 むりにまっすぐ歩いてみせようとしたら見事に失敗。僕の意志とは関係なく体はよろけ、斜め前に進んでいく。


「おっと、大丈夫かい?」


 そして、ようやく係員の制服を着た男の人に受け止められて停止した。アルバイト風の若いお兄さんが心配して声をかけてくれる。


「もぅ。むりしないの」


 それから遅れて司先輩が駆け寄ってきた。


 OK、わかった。むりは禁物らしい。


 僕がまっすぐ歩くのに司先輩が手を貸してくれる。その先輩に係員のお兄さんは爽やかに語りかけた。


「ははっ。かわいい弟さんですね」

「……」

「あー……」


 行け。今だ、僕。ここは一発、胸を張って事実を言ってやるんだ。


 が、しかし、隣から漂ってくる異様な雰囲気に圧されて言葉が出てこない。もちろん、この場合、隣というのは司先輩のことだ。


「おーい、どうした?」


 さらに遅れて円先輩と一夜が駆けつけてきた。


 そして――、


「なんで!? どうして!? どうして円や遠矢君ですら恋人に間違われるのに、なんでわたしだと姉弟なのよーっ!?」


 司先輩、爆発。





 十二月は陽が暮れるのが早い。

 気がつけばもう太陽が傾いて、あたりは少し暗くなりはじめている。


 僕は不意に観覧車に乗りたくなった。


 今、高いところに上がれば景色のいい眺めが見られるのではないかと思ったからだ。ジェットコースタでもいいかもしれないけど、上がった次の瞬間には急降下していて、きっと楽しむどころではないだろうし。


「そうね。それはいい考えだわ」


 司先輩が快く賛同してくれた。

 これまで激しいアトラクションばかり乗っていたので、ここらで少し落ち着きたいと思ったのかもしれない。


「んじゃ、アンタたちふたりで行っといで」

「円先輩は?」

「アタシたちはここで待ってるから。だいたい観覧車なんて大勢で乗るものじゃないわよ」


 時と場合によるかもしれないけど、確かにこの場合、そうかもしれないな。


「そ。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ。……行きましょ、那智くん」

「あ、はい」


 そうして僕たちは、ひらひら手を振る円先輩に見送られながら、観覧車に向かった。

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