4-2 あいかわらずお前の魔法はえげつない

それ、は大きな虎のような姿だった。

洞窟の先には、門がひとつあり、その先には広間のようなものが広がっていた。空気は冷え切っていて、むき出しの岩があたりに転がっている。その広間の中心にいる、それ。

純白の毛並みはいっそ神聖さすら覚え、胴体に走るように浮かぶ深い青の模様は雷の姿を模してるようで、実際に”それ”が走るたびにあたりがバチバチと火花が舞う。


《我の眠りを妨げたるは、お主らか》


なるほど雷とはこんな声をしているのだろうか、というように、遠くから聞こえるのに身体に響くような低い音。


「いや、俺たちじゃない。むしろ眠っててほしいものだがな。だがお前が起きてしまっては、眠らすしかない」


アシュランは雷を被らないように距離を取りながらも、その虎の姿をしたものから目を離さないようにしている。

アッタンの切っ先を虎に向ける。虎はじっと、橙色の瞳でアシュランを見ている。

本当にまだ眠りから目覚めたばかりなのだろう、虎はなぜ自分が起きることになったのか、そしてアシュランたちが何故ここにいるのか分かりかねているようだった。


「アシュラン、わかってますね。あまり近づきすぎないでください。私とロキが弱らせてからで」

「ああ、わかっている。それにしてもあの雷は厄介だな…無差別に落ちてくる。ロキ」

「そうだな、ゴーレムで対処しきれるかわからんが、いま呼ぶところだ、待て」


アシュランの後ろには白いローブ姿のシヴァと、そしてロキと呼ばれる男がいる。

茶色の髪に茶色の瞳、体格も突出したところはなく、見た目も25、6歳ほどに見えるし格好はただの旅人のようだが、異様なのは魔法陣を宙に描き出すために伸ばした手だ。

その手には入れ墨のごとき模様が入り乱れてる。指の先から肩に至るまで−−本当はその胴体まで、多重の円を描く模様から、六芒星、三角形のつらなりたち、古代の神獣を模した瞳の陣たちが人差し指から全身に蛇がまとわりつくごとく刻まれている数え切れない魔法陣こそがロキの力の源だ。

ロキが人差し指で空中に絵をかくように動かすとそれにあわせて青白く発光しならがら図が描かれていく。

ロキは召喚士だ。


「とりあえず、5体。標的を包囲する」


魔法陣によって地面がうごめき出す。そこからのそりのそりとゴーレム---土人形が5体現れる。

土からつくられたものは雷を通さない。ゴーレムがずどんずどんと音を鳴らしながらゆっくりと大虎のまわりを円形上に囲んでいく。虎を囲い込んで、虎から発せられる雷の盾にするためだ。もちろん虎は大人しく包囲されようとはせず、咆哮をあげながら包囲が完全になる前に隙間から抜けようと走り出す。


「そう簡単に、いかせるわけにはいかないよ。−−<展開:貫きたまえ、動かざるものよ>」


それは空気に響くような声だった。普段のシヴァの声も美声といえるものだが、それとは明らかに質が異なる。声と声が重なって聞こえるような詠唱を唱えると、ゴーレムの隙間から抜け出そうとした虎の足下に鋭利になった岩が上空から落ちてきてその進路を阻む。


「大人しく囲まれててくれないかな。<展開:呑み込むものよ、ワルツを踊れ>」


岩を避けた大虎が、別の隙間から抜けるためにいったん退避した瞬間をついてシバは畳み掛ける。ほぼ円形の包囲網を完成させようとしているゴーレムのまわりに、ぐるりと火の壁ができる。

その火は暖炉のようなあたたかいものではない。むしろ触れたものは空気はもちろん全てを取り込み、瞬間で灰にしてしまいそうな、黒みを帯びた炎だ。

さすがの大虎もそれを危険と察知したのか、その火に飛び込むことはできないようで動けなくなっている。その間に既にゴーレムは虎のまわりを囲み、放電する雷の盾となり、そしてゴーレムの外側には火の障壁という包囲網が完成されていた。


「あいかわらずお前の魔法はえげつないな。せっかくの俺のゴーレムがとけそうじゃないか。教会はそろそろお前を異端審問にかけたほうがいいんじゃないか?」

「れっきとした高位神官が使う神聖魔法にケチをつけないでくれませんかロキ。まあ、すでに古代魔法となっていていて私以外に使える人はいませんが」

「お前が聖職者だなんて何の冗談だ、ほんとうに」

「はは、まあ私は神官としての技能もありますが、本職は魔導士ですからねえ。さて、そろそろいきますか−−<収束:ワルツの時間は終わり;一つに戻れその中心へ>」


唱えた瞬間、円になっていた炎の壁が一瞬高く燃え上がったかと思うと、中心に集まっていく。炎より内側にいたゴーレムは勿論その火にかかり、一瞬にして人形を保っていた姿がただの土塊となる。そしてゴーレムを飛び越え、360度から火は包囲網の中心へと集まっていく−−大虎のもとへ。

雷が鳴る音がした。でもそれはおそらく大虎の悲鳴だったのだろう。虎は逃げようもなく火の中心地となり、その真っ白な体躯が燃え上がる。


「さすが十二将の一匹。古代の炎を食らってもまだ形を保つとは。ですがもう雷の力も出なさそうですね、アシュラン」

「ああ、わかっている」


急速に燃え上がった火は、急速に消えてなくなっていく。

残された虎はもうほとんど力を失っているようで、青の模様ごとすすけて黒くなっている。あの炎にあてられては、さすがのこれも無事ではいられない。

ただの土のかたまりとなったゴーレムの脇をぬけ、アシュランはゆっくりとそれに近づく。


「お前に恨みのひとつもないんだがな…だが、起きられて、ここから出てこられると困るんだ。もう一度眠れ。そして、この時代ではもう目覚めてくれるな」


アシュランはアッタンをゆっくりと構える。その黒い刀身は、雷を受けたように一瞬光った。

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