シャニー・オペレッタ

南雲遊火

本編

プロローグ

 女は一日に一度、必ずその場所に来ていた。

 それは、彼女が、初めてこの世界にやってきた場所。

 十五年前の冬の朝、ただ一人、ほおりだされた見知らぬ大地。

 彼女は一日に一度、必ずその場所に来ていた。

 何をするわけでもない。ただ、確認するために。

 この世界に来る前の日の夜、一緒に眠っていたはずの、二人の姉の姿を、探すために……。



 行ってきます。と、幼い少年と少女は女に微笑んだ。

 女は、年齢よりやや幼い雰囲気の、やさしい笑顔を浮かべ、彼らを見送った。

 しかし、その笑顔の裏に秘められた感情は、少し複雑なものである。

『心配かい?』

 彼らが見えなくなるまでじっと眺めていた彼女を、いつの間にか、隣に立っていた男が問う。

『ええ。少し』

 黒く、艶やかな女の髪を、男は優しくなでた。

『少しは、愛弟子を信頼してあげなさい。大丈夫。僕たちより、彼らはずっと強いんだから』

『でも……あなた、自分が九歳だったとき、一人で旅なんてできた?』

 少なくとも、私は無理だったわ。と、女はむくれた。実際、旅どころか、家から数駅離れたところにある繁華街すら、両親や姉に付き添ってもらわない限り、行く事ができなかっただろう。

 もっとも、家族が過保護すぎた……と、今になってみれば多少、思ったりもしないのだが。

 そうは言うが男も実は、彼女の意見ももっともだ……と、思っている。男もこちらに来る前は慣れない異国暮らしで、遠出らしい遠出をしたことが、しばらくの間なかったりした。

『大体、あの方は無茶すぎるのよ。やることなすこと、前例ないことばっかり』

『前例がないからこそ、偉大なんだよ』

 男は、女を優しく諭し、にっこりと微笑む。

『それにね……』

 男は小声で耳打ちし、直後、女は思わず赤面した。

 にっこりと微笑んだ彼は、愛する妻に、こう言ったのだ。

 ぼくたちがこうして出会えたのは、あの方の、その無茶な偉業あってこそなんだ……と。

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