カバの汗はおいしい

怪獣とびすけ

第1話

 滑丘町の中心を流れる滑丘川の水は赤い。川の上流に位置する上滑滝に一匹のカバが住み着いているからだ。カバは血の汗を流す。それが溶け込んでいるからこそ滑丘川の水は赤いのである。

 しかし、川全体の色を変えるほどの汗をカバが分泌できるはずがない。だからこの生き物は正確にはカバではない。カバに酷似した宇宙生物ナメオカマスなのだ。名付け親は町長である。

 なお、ナメオカマスとカバとの主な相違点は二つ。糞尿を排泄しないこと、そして体長が一般的なカバの三倍あることだ。あとはほぼカバである。

 普通ならこのカバは動物園に引き渡されるか、あるいはどこぞの研究機関で解剖される運命にあったのだろうが、滑丘町の場合はそうはならなかった。

 カバの汗が旨かったのだ。激旨である。汗の溶け込んだ赤い水を初めて口に含んだ人間は、あまりの美味に例外なく感涙した。場合によっては失禁もした。

 当然、カバの汗を使った料理も、全てこの世の物とも思えぬ味となる。このカバの汗は世界最高の調味料に違いなかった。滑丘町はカバの汗を町おこしにうってつけだと考えた。『カバの汗』ではさすがに外聞が悪いので、商品名は『なめおかレッド』となった。名付け親は町長である。あまりの売れ行きに、町の市役所は改装して三十階建てとなった。職員は十七名しかいない。

 カバは町の人間に崇められた。滑丘町にとっては神と同等の存在だ。滑丘神である。だから滑丘町はカバと共に日本一住みやすい町となるべく躍進を続けていくのかと思われた。

 しかし、物事はそう上手くは進まない。冗談じゃない。

 滑丘町には、一人だけ、神であるカバを殺そうとする人間がいたのだ。

 カバが死ねばどうなるか。滑丘町の発展計画は破綻、いけいけムードが一転して財政難に陥るだろう。町長は泣き喚き、秘書の倉本さんにすがりつく。町内会会長の佐々木老人の口からは入れ歯が飛び出す。『なめおかレッド』のネット販売を仕切るうちの兄貴はニートに逆戻りするかもしれない。

 だが、それでもやる。

 カバを殺す人間の名は、関水城戸という。

 かくいう俺である。

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