#10-1 合同訓練
瀧石嶺学園の授業は概ねチーム毎に分かれている。
授業内容も違えば、訓練場所や訓練時間すらも異なっているのだ。
その為、優斗達のような落ちこぼれグループは、例え同じ一年生であろうと全くと言っていいほど他の生徒との接点がない。
だからこそ、今日のように一年生全員が合同訓練するような機会がないと会うことすらないのだ。
いつぞやの試験の時のようにグラウンドに集められた一年生達。それぞれのチーム毎に固まって指示を待っていた。
その雰囲気が和やかなものではなく、どこか緊張した様子の堅いものであった事に気付いた優斗は、これから起こる訓練がいかに過酷なものか想像する。
「……なあ、合同訓練って厳しいのか?」
「き、厳しいっていうか……この合同訓練で良い成績が取れたら、そのチームの評価が結構上がるみたいだよ」
質問に答えてくれたのは聡だ。彼は嵐と準備体操をしながら、そう言った。
「なるほどなー。だから、さっきからメッキ立つ奴が多いのか」
「殺気だろ」
もはや恒例となりつつある嵐の言葉間違えに訂正をいれ、優斗はもう一度周囲を見渡す。
優斗には殺気などよく分からないが、それでも空気が張りつめているのだけは分かる。
思わず息を呑む優斗。抱いてしまった緊張を解そうと嵐達のように準備体操をしようとして、先程から我関せずの態度を貫く幸太郎に視線を向ける。
幸太郎は先程から携帯端末をいじったまま、視線すら向ける事ない。
「幸太郎」
「…………」
呼びかけても無視されてしまう。それでもサボらずに此処にいるだけで、マシになったのだろうと思う事にして、優斗は小さく溜め息をついた。
仕方ないので嵐達の中に混ぜて貰おうと振り返った瞬間、体に走った衝撃。
「っ!」
「わっ……たぁー」
振り返った時にすぐ近くに人がいた事に気付かずにぶつかってしまった。そう理解した優斗は咄嗟に謝罪を口にした。
「わ、悪い! 大丈夫か?」
そこまで言った所で、優斗はぶつかってしまった相手の姿を真正面から見て、目を丸くさせる。
それもその筈。そこにいたのはまだ幼い少年だったからだ。
まだ小学生くらいの少年は気の強そうな金の瞳で優斗を睨みつけている。ふわふわと揺れる柔らかそうな銀の髪も相まって、子猫が威嚇している様を彷彿とさせてしまう。
「ちょっと、どこ見てんのさ? おにーさん、ちゃんと目見えてる? 見えてないなら今すぐ病院に行く事をお勧めするよ。急にぶつかられるなんて迷惑この上ないからさ」
辛辣だった。幼い子供とは思えない程、辛辣な言葉を返された。その事に優斗は何も返事をする事ができなかった。そんな優斗の反応が少年の気に障ったのか、彼は更に表情を厳しくさせる。
「ねえ、聞いてるの? それとも何? 目だけじゃなくて耳まで悪いの? ぼけっとするしか能がないなら今すぐ消えてくれない? 目障りなんだけど」
何故初対面の少年にそこまで罵倒されなくてはいけないのだろう。そんな考えが優斗の中に浮かぶが相手は子供。此処で少年の言葉に怒りを覚えるのはあまりにも大人げないというものだろう。
「……あー、えっと、ぶつかって悪かったな」
「はあ? なにその態度? それが謝る態度なわけ? 大体さ、おにーさん。僕の言葉にムッとしたでしょ? それなのにそうやって良い人ぶってさ、そういうのってすごく虫唾が走る」
「……別にムッとしたわけじゃない。ただこっちがぶつかってしまったとはいえ、なんでそこまで言われないといけないのかと思っただけだ」
「それはつまり僕にムカついたって事でしょ? 僕みたいな子供に生意気な事言われて腹立たしかったんでしょ? 子供の癖に偉そうな口を叩くなって思ったんでしょ?」
何故この少年はこんなにも攻撃的なのだろうか。これでは無駄に敵を作るだけで少年にとっても良い対応とは言えないだろう。
「子供とか大人とかは関係ないだろう? 誰だっていきなり攻撃されれば警戒するし、敵意だって抱く。けど、俺はただ無駄な争いや衝突はしたくないだけだ。君はどうしてそんなに攻撃的な態度なんだ? それじゃあ、無駄に争いを広げるだけだろ」
その言葉を聞いた瞬間、少年の瞳が一層鋭く優斗を射抜く。彼の纏う空気も一変した。
鋭利で研ぎ澄まされた刃物を喉元に押し当てられているかのような威圧感と緊張感が優斗を襲う。
その威圧感に、その殺意に、眼前の少年は本当に子供なのかと疑いたくなる。到底普通の子供が出せる筈のない迫力に気圧されてしまった優斗に少年は彼を見下すように笑う。
「そっかそっか。おにーさんはそういう人なんだ。うんうん、よく分かったよ。おにーさんは何も知らないだね。人の醜さも抱える闇も。目的の為ならどんな事でもやってのける非情さも。何も知らない。そんなんじゃ、此処では生きていけないよ」
「どういう意味だ?」
「それくらい自分で考えたら? 子供の僕でも分かるんだ。それに子供に教わるなんて情けないと思わない? じゃあね、おにーさん。もう二度と会いたくないけど。おにーさんみたいな偽善者は僕が一番嫌いな人間だからね」
「あ、おい!」
言いたい事だけ一方的に言って、もう話したくないとばかりに背を向けてしまった少年に優斗は咄嗟に声を掛けるが、彼は止まる事なく、生徒達の中へと姿を消してしまった。
「……随分とクソ生意気なガキでしたね」
「幸太郎!? 聞いてたのか?」
「ええ、聞いているだけでしたけど」
そう言って幸太郎は再び端末に視線を戻してしまう。これ以上会話を広げる気はないらしい。
そう判断して、優斗は幸太郎に聞こえていたならと嵐達に視線を向ければ、ばっちりと目が合った。
「ご、ごめんね、優斗くん。トラブルだっていうのは分かったけど、相手は子供だったから、僕達が行くのも何か違う気がして……」
「いや、大丈夫だ。俺も逆の立場ならそうしてた」
「いやー、すごい子だったな! 色んな意味で!」
「そ、そうだね。流石は天才少年って迫力だったね」
「天才少年? 聡はあの子の事知ってるのか?」
あの少年の事を知っているかのような口振りをしていた聡に優斗が疑問を投げかければ、すぐに肯定が返ってきた。
「う、うん。今年の一年……ううん、ここ数十年で一番って言われてる子だよ。妙菊先生の史上最年少記録を抜いた弱冠十歳にして瀧石嶺学園に入学して、七隊確実って実力の持ち主……
「んあー……天才少年……あっ、思い出した! あの噂の複属性持ちか!」
「複属性持ち?」
「うん、そうなんだ。基本的に属性は一人一属性なんだけど、稀に複数の属性を持つ人が現れるんだ。数十年に一人現れるかどうかの物凄く貴重で珍しい退鬼師。それが彼だよ」
聡の言葉に優斗は先程の少年の姿を思い返す。
幼い子供とは思えない程の殺気を見せた少年。彼の敵意は自らの才能に対しての優越感からくるものだったのか、それとも……。そこまで考えた所でその思考は打ち切られる事となった。
出席確認の為に教師の元に向かっていた花音達が帰ってきたからだ。
彼女は優斗達の些細な変化に敏感に気付く。
「何かあった?」
「あ、いや、大した事じゃないんだ」
優斗の言葉に花音はあまり納得のいっていない表情を見せるが、それ以上は追求する気はないらしく、そうと頷いただけで何も言わなくなった。
「はい、ちゅうもーく! これから訓練の説明を始めるよ」
拡声器越しに響いてきた白の声に騒がしかった生徒達は一瞬で静まりかえり、姿勢を正す。
優斗達も変な難癖をつけられてはたまらないと姿勢を正して、前方に視線を向けた。
白は生徒達の反応に少し満足そうに頷き、それから説明を始める。
「今回の合同訓練は、チームで相手のチームと競い合うのが目的。点呼をとった時にクジを引いたでしょ? そこに書かれてる番号と同じチームと敵対してもらうから、まだクジを引いてないチームがいたら早く引きに来て」
白の説明を聞いた優斗達の視線は自然と花音と晴に向かう。
花音は無言で持っていた紙を広げてみせる。
そこに書かれていた数字は『7』。つまり、同じ7番の紙を引いたチームが優斗達の対戦相手というわけだ。
「ルールは簡単。君達には、いまから森に入ってもらう。その森の中には多くの鬼が放たれているから、制限時間の三時間以内にそれを探しだして退治した数が多いチームの勝ち。当然相手チームは敵だから、相手チームの妨害をしても構わない。チームメイト同士の連携が重要になる課題だ」
「あ、あの、全員が一斉に森に入るんですか? それだと誰が対戦相手のチームだったか分からなくなるんじゃ……」
「心配いらないよ。君達にはエリア毎に分かれて森に入ってもらうから。エリアはそれぞれ金網で覆われているから別チームと遭遇する可能性はない。そもそも別エリアに入った時点でそのチームは失格になるから肝に銘じておきなよ」
白に質問した生徒は彼の言葉に僅かに顔を青くさせながら頷く。
白は他に質問がないかとばかりに生徒達を見渡し、何もないことを確認すると再び口を開く。
「それじゃあ、まずは番号札1番から案内してくから、前に出てきて」
ぞろぞろと動き始める生徒達を一瞥した後、優斗はチームメイトを見る。
すでにやる気満々の嵐と花音。頑張ろうねと意気込んでいる聡とそんな彼を優しく見守る晴。そして、相変わらず端末をいじっている幸太郎。
本当にこのメンバーで連携が取れるのかと一抹の不安を感じて、優斗は小さく息をはきだした。
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