#08-2 鬼との遭遇


 此処にいるはずがない花音達の顔を見るなり、優斗は目を見開く。


「どうしてここに!?」

「いやー、夜中に目覚ましたらツッキーがいなくなってたから、ひののん達に声をかけて探しに来たんだよ」

「ご、ごめん」

「けど、話は聞かせてもらったぜ。もう水むさいぞタロー! 探し物があるならオレ達に言ってくれても良かっただろ! 仲間なんだからさ」

「誰が仲間ですか。というか、水むさいって何ですか? それを言うなら水くさいでしょう。大体、タローって呼ばないでください」


 嵐の顔を見るなり、明らかに不愉快そうに表情を歪めた幸太郎。しかし、嵐は幸太郎の反応など気にすることなく、豪快に笑いながら彼の背中を叩いている。


「い、痛いですよ! 全く、これだから言語を理解できない馬鹿は嫌いなんですよ」

「それより、何を探しているのタロー君」

「そうだな。我らが抜け出しているのがバレぬ内に見つけてしまおう。それに聡が既に限界だからな」

「……うぅん、ま、まだ大丈夫」


 晴の背中におぶられている聡は既に目が開いておらず、ほぼ寝ていると言っても良い状態だ。


「大丈夫なのか?」

「心配いらぬ。聡はいつも九時には寝るからな。この時間に起きていられぬのだ。聡の為にも早く片をつけよう。して、タロウ。捜し物はなんだ?」

「だから、タローと呼ばないでください。……ハァ。まあいいです。俺も愛しのマリリンを早く見つけてあげないといけませんからね」

「……まり、りん?」


 独り言のように呟いた幸太郎の言葉に花音は不思議そうに首を傾げた。その行動は何も花音だけではない。

 優斗も嵐も晴も怪訝な顔をして幸太郎を見ている。そんな彼等の反応に幸太郎が信じられないとでもいいたげに目を見開く。


「まさか、貴方達知らないんですか!? 超国民的双子魔法少女マリリンを!」

「ま、まほ……え? なに?」

「信じられません! いまや数多くの人間をロリコンという性癖に目覚めさせた伝説的なアニメを知らないとは……貴方達人生の九割損していますよ! いいですか! 『双子魔法少女マリリン♪』とは、そのタイトルが示す通り、双子の女の子が魔法少女となって敵を倒していく話です! しかし、このアニメが他の魔法少女物と違うのは、双子である主人公……姉の明るく元気で人懐っこい麻里まりと妹の内気で気弱なりんが一人の魔法少女として合体するのです!」


 口を挟む暇なく、饒舌に語り出した幸太郎に優斗達は言葉を失う。

 何も言えない優斗達の様子に気付かず、幸太郎は嬉々として話を続けている。

 優斗達は、互いに顔を見合わせ、どうしたものかと首を傾げあう。そんな中で、真っ先に口を開いたのは嵐だった。


「なるほど。タローは、オタクってやつなんだな!」

「ふん。俺は二次元をこよなく愛しているだけで、なんと呼ばれようと構いませんよ」

「あ、あー、と、とりあえず雪野の捜し物は、そのマリリンってキャラのグッズなんだよな。キーホルダーとかか?」

「その通りです。限定五十個の超プレミアム品。アニメ第二十七話で変身したマリリンメイド服バージョンのキーホルダーです!」


 普段の人を突き放す冷たさはどこにいったのかと思うほど、熱く力強く断言した幸太郎。そんな彼に優斗達は頷く事しか出来なかった。


「……どの辺りで落としたの?」

「この広い森をあてもなく探し回るのは無謀だよな。雪野、覚えてるか?」

「全てはあの忌々しいからすのせいですよ」

「ん? タロー、それどういう事だ? もしかして、カラスに取られたのか?」


 嵐としては冗談のつもりだったのだろう。しかし、嵐の言葉を聞くなり、幸太郎は眉間に皺を寄せ、不愉快そうに舌打ちをした。


「ええ、その通りですよ。……烏風情が俺のマリリンを汚して、焼き鳥にして食ってやれば良かったですかね」

「烏は焼いても美味しくないと思うぞ」

「晴、ツッコむ所はそこじゃないだろ。それにしても、カラスが持っていったなら探しようがなくないか? 巣を探すのはさすがに無謀だろうし」

「ああ、安心してください。奪われた瞬間、撃ち落としましたから。この森に落ちた事は視認しています。なので、この森のどこかにあるはずです」


 自信満々な様子でそう言った幸太郎。しかし、彼の言葉を聞いても全く安心できないのはこの森の広大さが原因だろう。

 初めて入る広大な森からキーホルダーを探すなど、至難の業だ。それでも優斗は自分から手伝いを申し出た以上、文句など言えるわけもなく、気合いを入れるように腕まくりをする。


「よし、それなら探すとするか」

「まるるん捜索隊だな! 頑張って見つけるぞー!」

「まるるんではなく、マリリンです」

「細かいことは気にするな!」

「悪いな、雪野。嵐はこういう奴なんだ」


 そんな軽口を叩きながら、一同は歩き出す。

 優斗が先頭に立ち、周囲を照らし出し、その明かりを頼りに皆が周辺の捜索を始めだした。


 嵐は身軽な身体能力を活かし、木に登って周囲に目を走らせ、花音は懐中電灯で優斗の光によって照らされていない所に光を向ける。

 どうやら嵐と花音は役割分担をしているようで、花音が照らした光の先に光る物がないか嵐が確認しているようだ。


 一方で、晴はすっかり撃沈してしまった聡を起こさないように気にかけながら周囲を探索している。

 幸太郎は集団の一番後ろでそんな光景を見て、僅かに顔をしかめたが何も言うことなく、自らもキーホルダーを探し始めた。


 マリリンキーホルダーを探し始めて、どれくらいの時間が経ったのか優斗には分からなかった。

 結構な長い時間探したと思うが、時計を忘れてしまった優斗には正確な時間を知ることは出来ない。もっとも、それは優斗以外の全員にも言えたことだが。


「うぁー、ぜんっぜん見つかんねーぞ! タロー、ほんとに森にあんのか?」

「あるはずです。確かに撃ち落としましたからね」

「どの辺りに落ちたとか分からないの?」

「そうですね。落下地点の辺りは真っ先に探しましたが、見つからなかったんです」

「ふむ。それはどの辺りの事なのだ? 我らが探せば、新たな発見もあるやもしれぬ」

「そうだな。これ以上、闇雲に探しても意味なさそうだ」


 晴の言葉に優斗が同意すれば、嵐と花音も賛同した。

 幸太郎も一理あると考えたのだろう。少し考えた素振りをみせたあと、素直に案内に応じた。


 幸太郎に案内されてやってきた森の奥。

 そこは今までの森林とは違い、開けた場所だった。

 遮る物がないおかげで月明かりが優斗達を照らし出す。


「この辺りです」

「はー、なんか今までの所と感じが違うな」

「……ここ、訓練場みたい」

「なるほど。我らはまだだが、森で行う訓練もあると聞いた。ここがそうなのか」


 晴の言葉に花音は頷く。

 そんな会話を聞きながら優斗も周囲を見渡しながら、幸太郎に視線を移した。


「けど、こんな拓けた場所にキーホルダーが落ちてたらすぐに見つかるよな?」

「ええ、ですからここにはないと判断しました」

「ま、とりあえず探してみようぜ」


 嵐の言葉に同意するように頷き、手分けして探し始める。しかし、やはりというべきかキーホルダーらしきものは見つからない。

 どうしたものかと優斗が嘆息しかけた時だ。

 晴の背におぶられて気持ちよさそうに眠っていた聡が勢いよく顔を上げたのは――。


「聡よ、どうかしたのか?」


 聡の行動に真っ先に気付いたのは彼を背負っている晴だ。

 彼女は不思議そうに肩越しに振り返る。そして、目撃したのは顔を真っ青にさせて震えている聡の姿。

 聡は何かに怯えるように晴の背中に縋りついている。


「……は、晴。何か来るよ」

「なんだと?」

「んー? サトルン、それどういう意味だ?」

「わ、分かんない。分かんないけど、嫌な予感がする……」


 聡の尋常ではない怯えように他の面々も訝しげに聡に視線を移す。唯一、晴だけが警戒したように周囲に鋭い視線を向けた。

 その瞬間、頭上に影が差した。


「っ、避けて!」


 焦った花音の声にその場にいた全員が反射的にその場を離れる。もっとも、優斗はとっさに動くことができず、花音に引っ張られる形となったのだが。

 優斗達が離れると同時に先程まで優斗達が立っていたその場所に勢いよく何かが落下してきた。

 その『何か』を目にするなり、全員が目を見張る。


 ゆうに二メートルは越えていそうな巨体。黒い剛毛に覆われた太い手足から伸びるのは鋭利な爪。大きく開いた口から見える鋭い牙。爛々と輝く赤い目は獲物を見つけた猛獣のように歓喜に満ちていた。


 その姿を知っている。

 その異形の名を知っている。

 その化け物の恐ろしさを知っている。


「……お、鬼?」


 茫然としたように呟いた優斗。

 彼等の眼前に落ちてきた『何か』は、つい一週間ほど前の試験でも見た鬼だった。試験で見た鬼よりも禍々しく、凶悪な雰囲気を放っていたが、それでも鬼だという事には変わりない。


「な、なんで、学園に鬼がいるんだ!?」

「……試験用の鬼が脱走した?」

「チッ、面倒ですね。鬼なんかに構っている暇はないというのに」

「聡よ、さがっていろ。我が片付けよう」

「は、晴! 駄目だよ! あの鬼、何か違う」


 戦闘態勢に入ろうとした晴を慌てた様子で引き留める聡。その顔は蒼白で、いまにも倒れてしまいそうだ。


「けど、戦わないわけにはいかないみたい」

「だな。えらく今冬としてるぜ」

「今冬? 興奮の間違いではないですか?」

「お、おい!」


 聡の忠告を無視して戦闘態勢に入った花音達を止めるように優斗が声を上げたが、彼女達は既に武器を手にしていた。

 真っ先に鬼に突っ込んでいったのは嵐だ。


 彼は自らの属性である風を纏い、その風を利用して弾丸のような早さで鬼の懐に飛び込むと同時に刀を振るう。しかし、鬼は風属性で強化されている筈の嵐よりも俊敏に動き、あっさりとその太刀を避ける。

 標的を失い無防備になった嵐に鬼の鋭い爪が振り下ろされる。


 彼がそれを避けるより早く、何かに気付いたように鬼が嵐から距離を取った。その瞬間、先程まで鬼が立っていた場所に花音の大剣が空を切る。

 鬼は花音達から離れた場所に軽やかに降り立ち、真正面から花音達と睨み合う。


 息をつく間もないほど、一瞬の内に起こった出来事だった。

 優斗は何も出来ず、ただ呆然とその光景を見ていた。


 花音達に加勢しなくてはと思うけれど、体が動かない。そもそも、いま優斗が加勢したところで事態が好転するとは到底思えない。何故なら、優斗に出来るのは光を放つ事だけで、鬼に目くらましが通じるとは思えないからだ。


 戦う為の力を優斗は持っていない。

 それでも、優斗だってもう何度も鬼を見てきた。だから、分かる。

 眼前の鬼が今まで優斗が見てきたどの鬼よりも危険だという事を──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る