#03-2 振り分け試験


「そこの二人、駄目」

「え?」


 嵐のように自分から鬼を退治に行かず、自分達だけを守るようにしていた花音達に向けられて発せられた言葉は冷たい響きを持ったものだった。

 視線を向ければ、白の姿がある。


 彼は目が全く笑っていない笑顔を浮かべながら、後ろに一体の鬼を従えていた。

 その鬼は威圧的な雰囲気を纏っており、全身の細胞が危険だと訴えるほど、先程までの鬼達とは明らかに格が違う。


「これは試験なんだけど? 君も戦わないと。大体、女の子に庇ってもらうとか情けないと思わないの?」

「…………」


 優斗は何も言えない。

 白の言葉があまりにも正論だったからだ。


「……月舘君は戦えない。だから、私が守る」

「あのさぁ、君、試験の意味分かってる? ボクは退鬼師としての実力を見たいわけ。戦えないから守る? そんな役立たずこの学園にはいらないよ。ほら、見なよ。現に戦えない奴らはもういない」

「だけど、月舘君は何も知らない。そんな人がいきなり戦えるわけない」

「何も知らない?」


 花音の言葉にぴくりと眉を寄せる白。

 彼はしばらく何かを考え込んだあと、ニコリと笑う。そして、紡ぎ出されたのは可愛らしい笑顔からは想像もつかないほど冷酷な言葉だった。


「そう。なら、死になよ」


 ぱちん、と白が指を鳴らす。それと同時に彼の背後に控えていた鬼が動き出した。

 その速さは先程までの鬼達と比べものにならない。

 優斗は目で追うことすらできなかった。

 気付けば、鬼が目の前にいて、どんなに硬い壁ですら噛み砕いてしまいそうな強靱な牙が優斗の視界を埋め尽くした。


「駄目っ!」


 花音が焦ったように振り返りながら大剣を振るう。しかし、それでは間に合わない。

 花音の大剣が鬼を切り裂くよりも速く、鬼の鋭い牙が優斗の頭を噛み砕くだろう。

 避けることも逃げることもできず、何が起こったのか分からないまま優斗は死に至る。

 その場にいた誰もがそう思っていた。だが、彼等の視界に映ったのは彼等が想像していたものとは別のものだった。


 一陣の風が吹き抜け、響いたのは甲高い金属音。そして、立ち尽くしていた優斗が地面に倒れる音。

 優斗が一瞬前まで立っていた場所に立つ一人の少年。

 少年は日本刀で鬼の牙を受け止めながら、肩越しに振り返る。そして、優斗の無事を確かめるとニヤリと笑った。


「助っ人、退場! ってな!」


 突き飛ばされて尻餅をついた優斗は状況を理解できぬまま、呆然と自分を助けてくれた緑髪の少年──石動嵐の顔を見上げている。

 優斗はたったいま自分に起こった状況を頭の中で思い返して、自分が死にそうになったこと、嵐に助けてもらったことを一拍置いてから理解した。


 助けられた優斗も間に合わないと考えていた花音も様子を見ていることしかできなかった周囲の生徒達の誰もが嵐を見ている。

 ただひとり、白だけは僅かに眉を寄せて、

「退場? 登場の間違いか?」

 と、小さく呟くだけだった。


「……避けて」


 そんな声が響いたかと思えば、嵐は軽くバックステップを踏み、対峙していた鬼から距離をとる。

 その瞬間、鬼にめがけて白銀の大剣が振り下ろされた。だが、大剣が鬼を斬り裂く前に鬼は素早い動きで花音の攻撃を避けてしまう。


「うわぁ、いまの攻撃避けるとか……アレ、上のランクじゃないのー?」

「多分だけど……Aランク級」

「わー、オレ、Aランク級とか戦ったことないぜ? どうするよ、ひののん」


 いまだに尻餅をついたままの優斗を守るように彼の前に立っていた花音は嵐の言葉に僅かに表情を変える。それは困惑に近い表情だ。

 花音は鬼から視線を逸らすことなく、まっすぐ見据えながらも思案している。そして、彼女は決意したように目を見開き、作戦を口にした。


「攻撃は最大の防御!」

「へ? どういう意味?」

「攻撃あるのみ。石動君は右から。私は左から攻撃する」

「お、おう!」


 花音の気迫に気圧されたのか若干どもりながらも嵐は頷く。そして、二人は同時に踏み出した。

 素早い動きで鬼に向かうかと思われたのだが、何故か右から回れといわれた筈の嵐が左に……つまり、花音めがけて突進した。


「っ!」

「いってぇ!」


 花音もまさか嵐が突っ込んでくるとは思っていなかったのか避けることも受け身をとることもできず、二人揃って地面に倒れ込む。


「だ、大丈夫か?」


 これには思わず優斗も声をあげてしまう。

 優斗の言葉に先に反応したのは花音の方だった。彼女は自分の上に倒れ込んだ嵐を乱暴にどかして即座に立ち上がる。


 自分よりも背の高い男を簡単にどかすことができた花音の怪力に優斗は驚くが、よくよく考えれば彼女は自分の身の丈ほどある大剣を軽々と振り回しているのだから何も不思議なことではないのかもしれない。


「なんで左に来るの?」


 無表情だがどこか怒っているような声音で嵐に理由を尋ねる花音。

 嵐は何故花音が怒っているのか分からないようで目を丸くさせた後、ニッコリと笑う。


「ふっふっふっ、オレを舐めてもらったら困るなひののん! オレは、右と左が分からないんだぜ!」


 晴れやかに笑いながら自信満々に告げた理由に花音は怒る気もなくなるのだった。

 そんな会話に脱力したのは優斗だけではない。

 既に他の鬼を倒して興味深そうに成り行きを見守っていた他の生徒達も鬼をけしかけてきた白も同じだった。もっとも、白は脱力したというよりも呆れたと言った方が正しいかもしれない。


「……はぁ、なんだか興が削がれたね。もういいや、試験終了。お疲れさま」


 溜息をつきながら、軽く手を叩く白。

 その言葉に誰もが目を丸くさせて、白を見る。

 優斗が気付いた時には、先程まで花音達が戦っていた鬼の姿はなく、そのことを確認するなり優斗は安堵の息をもらした。


「並び方とかはどうでもいいから、一回集まってくれる? はい、集合ー」


 面倒だといわんばかりに溜息をつきながら手を叩く白に散らばっていた生徒達も戸惑ったように集合しはじめる。もっとも今回の試験で力及ばず鬼にやられた生徒達は当然集まることなどできない。

 地面に倒れたまま動かない生徒に試験を見守っていた他の教師が駆け寄っていくのを横目に生徒達は白の元へと集まった。


「それじゃあ、名前を呼ばれた人から前に出てきて。……えーと、水無月みなづきさん。雷堂らいどうさん。夜槻やづきさん。霧谷きりたに君──」


 白が手にしていた名簿のようなものを見ながら名前を挙げていくと、何人かの生徒達が前へと進み出る。


「こんなところか。はい、じゃあ、君達はちょっとあっち行ってて。それじゃあ、次は──」


 始めに名前を呼んだ生徒達に少し離れた場所に行くように指示すると白はまた生徒達の名前を呼び始める。

 その行動の意味が分からず、生徒達は怪訝そうな顔をしながらも白の指示に従う。そして、いくつかのグループを作り終えたところで、白はグラウンドに残っている生徒達を見る。


 そこに残っているのは未だに白に名前を呼ばれていない生徒達だ。優斗もその一人だった。

 白は優斗と目が合うと小馬鹿にしたように笑い、グループ毎に分かれた生徒達をぐるりと見渡す。


「いま君達は数人ずつのグループに分かれてると思うけど、メンバーの顔よく覚えておいてね。それが、これから君達が共に戦うことになるチームメイトだからさ」


 チームと言われてもそれがどういうものなのか理解できず、生徒達は不思議そうな顔をする。そんな中、一人の生徒が手を挙げた。


「何?」

「チームって何ですか?」

「言葉通りの意味だよ。君達はまだ未熟だ。鬼と戦うにしても一人だと逆にやられる確率の方が高い。だから、チームを組むんだ。知ってる人もいるかもしれないけど、この学園はチームを重要視しててね、成績もチーム単位でつけることになる。つまり、どんなに一人で頑張っても他のチームメイトが駄目なら必然的に成績は上がりにくくなるってこと。当然、同じチームの仲間が何か問題を起こしたら連帯責任さ。分かったかな?」


 白の言葉に誰も何も言わない。

 生徒達は同じグループにいる仲間の顔を様々な表情で見ていた。


「そうそう、同じチーム同士で寮の部屋も決まるから、部屋割りとかは寮に帰ったらチームメイトと勝手に相談してよね。今日は、一蓮托生のチームメイトと交流することを勧めるよ。それじゃあ、今日はここまで。解散」


 言いたいことだけ言うと白はもう言うことなどないとばかりに背を向けて歩き出してしまう。

 そんな彼の後ろ姿を生徒達は見送って、それから各々行動を始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る