#03-1 振り分け試験


「全員、集まったみたいだね」


 入学式が終わるなり、新入生はグラウンドへ集めさせられた。

 今度は何が起こるのかとざわついている生徒達の前に現れたのは、またしても優斗の知っている顔だった。


(確か、学園長にシロとか呼ばれてた人だ)


 記憶の中の年若い少年と眼前の少年の姿が完全に一致する。

 白銀の髪に真紅の瞳の少年は、やはりまだ年若い。優斗達とそう年も変わらないだろう。しかし、彼の着ている服は優斗達と同じ白い制服ではなく、他の教師達と同じように黒いスーツだった。


 そのギャップに違和感を覚えたのは優斗だけではないだろう。

 周囲のあちこちで怪訝そうな声があがる。


「静粛に!」


 マイク越しに響いた凛とした声にざわついていた生徒達も一瞬にして大人しくなる。その反応に満足したように白髪の少年は口を開いた。


「まず自己紹介しておこうか。ボクは妙菊たえぎくしろ。君達、新入生の指導役を千里様から請け負ってるよ。先に言っとくけど、ボクは他の教師とは違い、優しく教える気は更々ないから、精々死なないようについてきてよね」


 顔は笑っているがどこまでも冷たく突き放すような口調に生徒達がまたざわつく。しかし、白はそんな反応など予想通りだとばかりに気にした素振りもなく話を続ける。


「さて、本題に入ろうか。まず君達をここに呼んだ理由だけど、簡単な事だよ。これから試験を行います。そこで皆さんの実力を見せてもらうのがこの試験の目的」

「試験!? うぇー、オレ、テスト嫌いー! べんきょー嫌だー!」

「ああ、お前勉強得意そうじゃないもんな」


 こう言っては失礼だが、嵐はあまり頭が良くなさそうな印象を抱いていたのでその言葉を聞いて、優斗は思わず納得してしまった。


「石動君の心配は杞憂だと思う。試験っていうのは多分──」

「きゃあああああああ!」


 花音が何かを言い掛けた時の事だ。

 突然、絹を切り裂くような悲鳴がグラウンドに広がった。


「な、なんだ!?」


 優斗が驚きながらも状況を確かめようと振り返った瞬間、彼の視界に入ってきたのは、あの時見た化け物と変わらない異形の姿。正確にはあの時見たものとは大きさや形が異なっていたが、それでも優斗はあれが『鬼』と呼ばれるモノだと即座に理解した。


 自然と全身が強ばる。

 優斗の脳裏に浮かぶのは大河が鋭い爪で、太い腕で貫かれた時のあの光景。


「鬼!? なんで学園に鬼がいるんだ!?」

「気をつけて。一体じゃない」


 花音の言葉に優斗は慌てて周囲を見渡す。すると、彼女の言葉通り生徒達を囲むように何十体もの鬼が姿を現していた。

 突然の鬼の出現に場は混乱する。多くの生徒達が恐怖に顔を青ざめさせ、逃げようとした。だが、そんな彼らを引き留める鋭い声がグラウンドに響きわたる。


「試験内容は簡単だよ。現れた鬼を退治する。まあ、訓練用のランクB程度の雑魚鬼だから大丈夫だと思うけど、油断してると死ぬから注意してよね。それじゃあ、試験開始」


 どこまでも酷薄な声が告げた開始の合図。

 白の声を皮切りに生徒達の周囲を囲んでいただけの鬼が一斉に動き出す。


 そこから生徒の反応は様々だった。

 逃げだそうとする者もいれば、意気揚々と戦おうとする者もいる。腰を抜かして逃げることも出来ず、鬼の餌食になる者だっていた。

 当然、退鬼師なんてものの存在を知らなかった一般人の優斗はあの時と同じように見ている事しかできない。


「よっしゃー! 勉強じゃないなら任せとけ!」


 嵐は意気揚々と戦おうとする者だった。

 彼の顔に浮かぶ笑顔は先程までと何も変わらない。彼にとっては鬼と戦うことなど日常茶飯事のことなのだと思い知らされる。


「そだ、ツッキー。戦えないなら、どっか隠れた方がいいぞ。傍にいたら間違えて斬っちゃうかもしれないしなー」

「っ、後ろ!」


 豪快に笑う嵐の背後に音もなく現れた鬼。

 それを見るなり優斗は焦って声をあげたが、嵐が反応するより早く鬼が嵐に向かって鋭い爪を振り下ろす。

 優斗の脳裏にフラッシュバックする光景。だが、優斗が目撃したのはあの時のような光景ではなかった。


 嵐に向かって鋭い爪を振り下ろしていた鬼は更に背後から何者かによって切り捨てられたのだ。

 鬼の体が真っ二つに裂ける。鬼の体から噴出された赤い血が優斗の顔を汚す。だが、大部分は鬼の真ん前にいた嵐に降り注いだ。

 真新しい白い制服が汚れたことで、嫌そうに表情を歪める。


「うぇー、新品の制服なのに汚れちゃったじゃんかー! ひののん、やるならもっと血が出ないようにやってくれよな!」

「……ごめん」


 真っ二つになった鬼の背後から現れたのは花音だ。

 彼女は変わらない無表情のまま。だが、花音の姿は先程とは変わっていた。

 白い制服は同じ。彼女の人形のように綺麗な容姿も同じまま。しかし、可憐な人形のような容姿には不釣り合いな大剣を彼女は持っていたのだ。


 花音の身の丈ほどある白銀に輝く大きな剣。それを彼女は軽々と扱っている。

 どこからそんな大剣を持ってきたのか気になって、優斗が口を開きかけるのだが、それよりも早く彼の目の前で起こった出来事に言葉を失う。


「まあ、助けられたのは史実だし、お礼参りするとしますか!」

「色々間違ってる」

「細かいことは気にするな!」


 豪快に笑った嵐の周囲にどこからともなく風が巻き起こる。その風は嵐の腕の中で何かを形作り……やがて、風が止むと同時に彼の手には一振りの漆黒の日本刀が握られていた。


「なっ!?」


 突然現れた武器に面食らう優斗。だが、驚いているのは彼だけだ。

 嵐は手慣れた様子で鞘を引き抜くと、刀を構える。

 その姿は堂に入っていて、彼の周囲の空気が僅かに変化した気がした。鋭い空気に優斗は息を呑む。


「さぁて、鬼退治の時間だぜ?」


 ニヤリと強気な笑みを浮かべて嵐は近くにいた鬼を斬り捨てる。

 一瞬、優斗は嵐が消えたのかと思った。

 気付けば嵐は鬼のすぐ傍にいて鬼が嵐の存在に気付くより早く、その体を斬り裂いていたのだ。


 自分が斬り捨てた鬼など興味もないのか、嵐は倒れていく鬼に目もくれず鬼の群へと視線を移す。

 優斗にとっては一体でも恐ろしい鬼が群をなしているというのに嵐は怯むことなく、むしろ嬉々として鬼達へと突っ込んでいく。


 数匹の鬼に囲まれても彼は笑顔を絶やさない。

 軽やかな足取りで、ダンスでも踊っているかのように鬼を斬り捨てていく。まるで風のようだと優斗は思う。


「月舘君は私の傍を離れないで。遠くに行かれると守れないから」


 花音の言葉に嵐の戦いから目を離せなかった優斗は我に返る。

 花音は優斗に背中を向けて、彼を守るように大剣を構えていた。


「あ、ありがとう」


 女の子に庇われるなんて情けないことこの上ないのだが、それでも花音は鬼と戦う術を持たない優斗よりもよっぽど強いだろう。だからこそ、男としては複雑だが、優斗は素直に花音に礼を告げた。



「……ふーん。今年は結構使えそうな子がいるね」

「妙菊先生。そろそろ良いのではないですか? 今回の新入生用の鬼も例年と違い、一段階上のBランクの鬼を使っているのです。あまり厳しくしすぎると──」

「うるさいよ。今年の新入生の教育は、ボクが千里様に一任されてるんだけど? それともなに? 君、千里様の決定に文句つける気?」

「ひっ! め、滅相もございません!」


 冷え切った真紅の双眸に射抜かれて、傍に控えていた中年の教師は怯えたように居住まいを正した。

 白は侮蔑しきった眼差しで教師を一瞥してから、小さく溜息をついて生徒達の試験に視線を戻す。

 鬼も生徒も始めの頃よりも少なくなったグラウンドで、白はある生徒を見つけて僅かに瞳を細めた。


「アイツ、確か……」


 白の視線の先にいるのは、一人の少女に庇われている少年。

 少女は少年を庇うように近づいてくる鬼を大剣で斬り裂いていた。


「あれじゃあ、試験にならないね。ランクAの鬼を出すよ」

「そ、それは流石に!」

「なに?」

「……な、なんでもありません」


 中年教師の回答に白は満足したように笑って、一歩足を踏み出した。

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