第10話 フィッシュを食らうオールイン


 ※ ※ ※



 ポーカー。

 トランプを使ったカードゲームのジャンルとして、世界三大ゲームの一つに数えられる人気のゲームであり、主に心理戦を重視したゲームである。それゆえに、ギャンブルの種目として好まれることが多い。


 配られたカードを五枚組み合わせて、手役ハンドを作る。相手のハンドよりも自身のハンドの方が強ければ勝ちという、ルール自体は単純だ。



 ポーカーの役、ポーカーハンドは、基本的に以下の十通りに分けられる。


・ノーハンド 役なし、ブタのこと。

・ワンペア 同じ数字のペアを一つ作ること。スートは何でも構わない。

・ツーペア 同じ数字のペアを二組作ること。

・トリップス 同じ数字を三枚そろえる。日本ではスリーカードという言葉が有名だが、本来は『スリー・オブ・ア・カインド』と呼ぶ。トリップスはその別名。

・ストレート 5枚のカードの数字が連続していること。スートは何でも構わない。

・フラッシュ 5枚のカードのスートが同じであること。ランクは何でも構わない。

・フルハウス ワンペアとトリップスを組み合わせた五枚。

・クワッズ 同じ数字を四枚そろえること。日本ではフォーカードと呼ばれるが、本来は『フォー・オブ・ア・カインド』が正しい。クワッズはその別名。

・ストレートフラッシュ 五枚のカードが連番で、なおかつ同じスート。

・ロイヤルストレートフラッシュ 10、J、Q、K、Aのストレートで、なおかつ同じスートをそろえること。


 下に行くごとにハンドは強くなる。

 ロイヤルストレートフラッシュなどは、ポーカーを知らない人間でも知っているくらいだろう。


 また、トランプのカードは、数字をランク、マークをスートと呼ぶ。


 基本的に、数字の大きい方がランクが上である。絵札は10よりもランクが高く、ジャック、クイーン、キングの順になる。さらに、エースは例外的に、キングよりも上で扱われる。

 スートについては、日本のトランプルールでは強弱をつけることが多いが、ラスベガスなどで行われる公式ゲームでは、スートによる強弱はない。もし同じランクのハンドでぶつかり合った場合、引き分けとなる。



 さて。

 前述したように、日本ではドローポーカーが一般的だが、カジノではテキサスホールデムの方が公式である。

 理由としては、運よりも戦略性の方が高く、何よりも実力がはっきり出るからである。



 テキサスホールデムでは、最大十人が同時にプレイし、その中でチップのやり取りをする。

 ドローポーカーと違って、テキサスホールデムは、場に共有のコミュニティカードというものがある。

 そのカードと、自身の手札二枚を組み合わせてハンドを作るのだが、このコミュニティカードのおかげで、最大のハンドを予想できるのが、戦略性を上げている。




 例えば、である。



 現在、榎本友乃恵の手札は、♣8と♣Jである。


 それに対して、現在の公開されているコミュニティカードは、この三枚。


 ♠A ♣9 ♡10


 今の時点では、榎本は役なしノーハンドのブタである。

 しかし、ゲームが進むと、ここに更にコミュニティカードが追加される。


 ♠A ♣9 ♡10 ♣7


 ♣7が追加されたことによって、榎本のハンドは、ブタから一気に7,8,9,10,Jの『ストレート』へと変わったのだ。


 また、もしここで、五枚目のコミュニティカードで、スートが♣のカードが来れば、その時点で、ストレートよりもひとつ上の、フラッシュが完成することになる。完全に勝負手である。




 ――という。

 そんな基本的なルールは、榎本も今更説明されるまでもなくわかっている。



 問題は、この状況でも、突っ張ってくるプレイヤーは相当数いるということである。



 現在、ポーカーテーブルには六人のプレイヤーがいる。榎本はレイトポジションの『ボタン』と呼ばれる場所に座っており、最後にプレイできる立場にある。

 その右隣に匡が座っていて、すました顔でテーブルを見つめている。他には、四人のプレイヤーがいて、各々が真剣な表情で互いを観察している。


 普通、テキサスホールデムの一回のゲームの参加率は、25%と言われている。

 ポーカーとは、基本的には、四回に三回は降りるゲームなのだ。


 それなのに、この卓は異常で、現在全てのプレイヤーがゲームに参加している。

 よほど良い手札を持っているのか、はたまたただのブラフなのか。



(まあ、どっちでもええんやけどな)


 榎本は今、匡に乗せられてゲームを行っているのだが、正直勝負自体はどうでもいいのだった。

 実際、今の手持ちの残高は540万だが、そんなものは遊び金でしかない。部屋に戻って電子バンクに接続すれば、すぐに補充できる程度の金額なので、本当に娯楽費用として持ってきているだけなのだ。


 だから、別段失ったからといって、遊び代と考えればそれほど惜しくない。

 惜しくはない――のだが、それはそれ。

 単純に、負けると悔しい。


(というわけで、匡くんの策とやらに乗ってみたはいいものの)


 まさかの全員全ツッパという、なんとも熱い状況が生まれているのだ。


 榎本は自身の手を見る。

 ターン――四枚目のコミュニティカードが公開された時点で、榎本のハンドはストレート。五番目に強いハンドになっているので、勝負するだけの価値はある。

 しかし――こうして、全プレイヤーがアグレッシブに攻めてきている状態を考えると、それ以上の手役が彼らの中にある可能性がある。


 と言っても、可能性があるのはフラッシュ位だ。それならば、榎本の手札でも完成する可能性があるので、最終的にはランクの勝負になる。榎本の手札で最大ランクは、J。このランクに勝てるのは、クイーン、キング、エースの三枚だけなので、よっぽど出ないかぎりは負けない――と、思う。


(久しぶりに勝てるかなぁ。お金はどうでもええけど、やっぱり、負けっぱなしってのは面白くないし)


 そう、心中で呟く。

 というわけで、レイズ額が百万にまで膨れ上がりながらも、榎本はコールを選択した。


 結果。


「って、フルハウスって! フルハウスってなんやねん! なんでこのボードでそんなの出来とんねん! 五枚目見えとったんとちゃうかあんはん!」


 五枚目の共通カード、リバーは♢9だった。


 コミュニティカードは、♠A ♣9 ♡10 ♣7 ♢9


 それに対して、最終的に手札を見せるショーダウン時に、一番手役が高かったのは、アーリーポジションと呼ばれる場所に座っている、若い男性だった。

 彼の手札は、♠9と♢10。最初の三枚フロップ段階でツーペアだったのを、最後の五枚目リバーでフルハウスにまでハンドを上げたのだ。


 四枚目ターンでストレートを揃えた榎本が言えた義理ではないが、そんなのありかと言いたくもなる。



 しかし、これがポーカーである。



 一回のゲームに限って言えば、どうしても運というものに勝敗は左右される。

 最後の最後でのどんでん返しはよくあるし、またそうしたミラクルによって、ジャイアントキリングが起きるのが、ギャンブルの醍醐味でもある。



 だが、それはあくまで、『一回のゲーム』に限ってである。



 テキサスホールデムが、運ではなく技術の勝負であると言われるゆえん。

 それは、長期的なゲームにおいて、明確な差があらわれることである。




※ ※ ※




 負け続きもいいところで、不機嫌が最高潮に達してきた榎本は、唇を尖らせながら、自身に配られた手札を見る。


 ♡9、♡10


(……んと。これも条件に当てはまるカードだよね)


 事前に、匡から指示されていたのは、三つ。




1,9以上で、スート揃いかペアのポケットが入った場合は、カードの向きで知らせること。それ以外は好きにプレイしていいが、連番やスート揃いでない場合は、できるだけ降りること。


2,1の時、ベッティングラウンドにおいて、その時点でハンドが成立していれば匡より多くレイズ、不成立の場合は匡と同額をベットする。


3,五枚目リバーが公開されるまでに、匡が降りたフォールド場合、榎本の好きにプレイする。

 五枚目リバーの時点で匡がプレイしていて、なおかつ匡がレイズしたら、降りるフォールド。逆に、そこで匡が降りたフォールド場合、全賭けオール・インすること。




 特に最後の指示がわけがわからないのだが、まあ勝たせてくれるというのなら、従うまでである。

 このゲームにおいては、匡の指示で動くことになる。


 このゲームでのコミュニティーカードの最初の三枚フロップは、以下の通りだ。



 ♠Q、♡3、♡7



 フラッシュの目が見えるが、今のところはブタだ。

 コミュニティカード自体、そこまで良くはない。ランクが高いQが入っているので、もしこの状況で押してくる人がいれば、少し注意が必要、といったくらいか。


 匡の指示通り、最初のベッティングラウンドでは、彼と同額をベット。


 次の四枚目ターン

 公開されたのは、♢7。


 ♠Q、♡3、♡7、♢7


 コミュニティカード内でワンペアができた状態となった。


 これはまずいんじゃないだろうか、と思いながら、匡にの指示通り、彼と同額をベットして、まだノーハンドであると伝える。


 匡はこちらを見ない。

 あからさまに組んでいるとわかれば、さすがに注意を受けるので、やり取りは最小限に留める。サイン等も、最初のハンドを伝える分しか伝え合っていないので、現在彼が何を考えているのか、さっぱりわからない。



 この時点で、三人が降りていて、ゲームに参加しているプレイヤーは、匡と榎本を除くと、一人だった。

 先ほど、フルハウスを決めてくれやがった、若い男性である。


 現状、ブタでしかない榎本は、このままゲーム続行をするのが不安でしかたがないのだが、まあ仕方がない。


 どうせ失っても良い金だと、そう思いながら、最後の五枚目リバーを待つ。



 来たのは、♣J



 コミュニティカードは、♠Q、♡3、♡7、♢7、♣J



 かろうじて残っていたフラッシュやワンペアの目も消えて、完全にブタ手での最終ベッティングラウンドを迎えた。


 と、その時だった。



「フォールド」



 匡が、伏せていた手札を前に出しながら、ゲームを降りた。



(……ちょ、匡くん。何をしてくれているの)


 確か、指示では、最終ラウンドで、匡がフォールドした場合、全賭けオール・インしろと言われていた。

 要するに、今現在、テーブルに置いているチップを、全て賭けろというのだ。



 オール・インってあんた……。



 さすがに、ノーハンドでオール・インするとなると、相当の覚悟がいる。


 一瞬、目の前のチップが惜しくなる。金には困っていないとはいえ、金をムダにするのはさすがに抵抗がある。

 だが――ゲームが始まる前に、匡が言った言葉を、思い出す。


「どうせあぶく銭だろ? ぱぁっと使っちまおうぜ」



「…………」


 うん。

 ま、いっか。



「オール・イン」


 総額、420万を、ポットにぶち込んだ。




※ ※ ※




「あっはっはっはっはっはっは!!!!」



 無茶苦茶楽しそうに、榎本が哄笑をあげている。



「うそやん! なんでこんなに勝てるん? うっひゃぁ、きっもち良い!!」


 その後。

 ランクの高いポケットが入ったゲームにおいて、榎本は三戦して三回勝った。


 流石にその辺りになると、周りも警戒を始めたので、榎本がレイズしてくる勝負には乗らなくなってきたのだが、そこまでの時点で、榎本は一千万以上の利益をあげていた。


 一人でプレイしていた時がウソのような戦績である。



「なあなあ、一体どんな手品使うたん? イカサマやあらへんやろうな?」

「さすがに平のゲームでサマを使いはしねぇよ。あれは単に、お前のハンドとの組み合わせが良かっただけだ。おれはちょっと、後押ししただけ」


 ゲームを終えて、二人でまたカウンターバーに戻って飲み直しながら、先ほどのゲームに付いて話していた。


 反省会ならぬ祝勝会の中、勝因について匡が話し始める。


「そもそもさ。お前が一人でプレイしてた時、あんなに負けたのはなんでだと思う?」

「ん? そりゃまあ、相手の運が良かったんとちゃうん?」

「一概に否定はしないが、それだけじゃない。何より問題だったのは、お前のプレイスタイルが完璧に見破られてたところだよ」



 テキサスホールデムにおいて、プレイスタイルは大きく四つに別れる。


①ルーズパッシブ

 参加率は高いがベットは消極的。どんな手でも参加し、コールで追いかける。

②ルーズアグレッシブ

 参加率が高く、ベットは積極的。どんな手でも参加し、レイズ等で攻める。

③タイトパッシブ

 参加率は低く、ベットは消極的。手を絞り、強い手でも黙って相手の出方を待つ。

④タイトアグレッシブ

 参加率が低く、ベットは積極的。手を絞り、強い手の時は積極的に攻める。



「榎本の場合、①と②が組み合わさったようなプレイスタイルで、とにかく参加だけして、ハンドがあるときは押し、ハンドが成立していない時は様子を見るってやりかたをしていた」

「まあ、そうした方がええかなぁ、って思うとったんやけど。やっぱり、四枚目くらいまでは様子見した方がええんやないん?」

「まあ、そういう考え方も悪くはないんだが、やはり最初の手札次第だ。上級プレイヤーになれば、②のルーズアグレッシブなスタイルは、マニアックって風にも呼ばれて、臨機応変に動いたりするからかなり手強いんだが、素人がやってもはっきり言ってかなり弱い」


 手帳を取り出して、一つ一つ説明をしていく。


「んで、①のルーズパッシブなんだが、お前のプレイスタイルの中心はこっちだ。これがなんて呼ばれているか、分かるか?」

「……なんか、あんまり聞きたくないような感じやけど、とりあえず聞こうか」

「フィッシュって言うんだが」

「うちは釣られる魚かいな!」


 要するにカモのことである。


 勝手に勝負に乗ってくれて、勝手に自滅してくれる。

 しかもたちが悪いのが、当人は上手に立ちまわっている気になっているところである。


「ポーカーの格言にこんな言葉があってな。『周りを見渡してカモがいなければ、誰がカモなのかは明白である』ってな」

「……おう」

「しかも、お前は勝負事には熱くなる割に、お金に関してはそこまで執着がない。だから、誘いやすい」

「……う、うむ」

「結果、ショーダウンまで勝負が長引き、最終的にハンドの勝負になるってわけだ」


 一つ一つ説明するごとに、榎本から元気が失われていくのが分かったが、何事も現実を知ることは大切だ。


「そもそも、ポーカーってのはハンドの勝負をするもんじゃねぇんだよ。弱いハンドなら強く見せればいいし、強いハンドなら弱く見せて相手を誘い込む。そうやって、相手を降ろすフォールドのが本来の目的だ」

「……せやけど、ショーダウンまでいったら、結局はハンドの勝負やん?」

「だから、本来ならそこまでの間に勝負を決めてしまうんだよ。もし、こちらが分が悪いと思ったら、かけた金額がもったいなかろうが、それ以上損をしないために、すぐに降りる。その辺りの駆け引きが、ポーカーに必要な要素だ」


 そう。ポーカーは心理戦なのだ。

 運の勝負は二の次。本当に最後の最後に起きるものであり、そこまでの間は、実力がモノを言うゲームである。


「……それじゃあ、さっき匡くんと参加したゲームは、どういうことなん? 別にイカサマしていたわけじゃないんやったら、なんでうちはあんなに勝てたんや?」


 もっともな疑問であるが、別に特別なことをしたわけではない。


「さっき、お前は三回勝ったけど、その勝ち方覚えてるか?」

「えっと、最初はオール・インで相手が降りたやろ? 次は匡くんが早々に降りたから好きにやらせてもらって、四枚目ターンの時点で誰もおらんくなった。三回目もそうやったな。最後は、五枚目リバーまでもつれたけど、ショーダウンでうちのツーペアで勝ち……やったけど」

「最後はちょっと例外だったけどな。要するに、『相手を降ろす』プレイになってたんだよ。ついでに言うと、そこまでの間に掛け金を釣り上げるよう、おれが誘導していた」


 だからこその、匡の指示である。

 匡は自身の勝負を完全に捨て、ただ榎本を勝たせるためのプレイングをしていた。


 また、榎本のプレイスタイルも、勝因の一つとなっていた。


 彼女のプレイスタイルは、相手の出方を見ながら組み立てる、というものだ。これは、ある程度ハンドが成立する見込みがあって初めて成り立つ戦術である。

 最終的にショーダウンに至る過程で、榎本はハンドが成立していることが多かった。ハンドの強さで競り負けることが多かった彼女であるが、ノーハンドではないことを周囲に印象付けている。

 そのことをとことん印象づけたがゆえに、ブラフをかけてショーダウンまで持っていくことを、他のプレイヤーは避けたのだ。


「あとは、プレイヤーの中にあからさまな素人が居たのも理由だな」

「素人って、あのリバーでフルハウス決めやがった若造か?」

「そうそう。それにかぎらず、あの場は全体的にルーズプレイヤーが多かったからな。参加率が高ければ、その分掛け金も上がる。だからこそ、勝たせてやるなんて提案をしたんだが」


 苦笑しながら、匡は言う。


「あれもルーズタイプのプレイスタイルで、とにかく手役があればガンガン攻めてた。けれど、あんまり資金のほうがない感じだったから、オール・インで脅せば、傷が浅いうちにあっさり引いてくれる。そして、本当にハンドが強い時は、最後のまくりあいで勝てる。フルハウスなんて、そうそう出るもんじゃないしな」


 そんなわけで、三回の勝利である。


 ポーカーにおいて大事なのは、小さく負け、大きく勝つこと。

 これはどのギャンブルにも共通することだが、ことポーカーに関しては、資金力がものをいうゲームであるからこそ、大きく勝負に出た時に、そのリターンも大きい。


「ま、大口叩いた分、お前を勝たせられてよかったよ」


 そう、気を抜きながら、匡は言った。


 今回は条件が噛みあったのでうまくいったが、そうそう他人を勝たせるなんてことできるわけがない。

 実際、自分が勝負するよりも消耗しているのを、匡は感じた。

 これで、もしポーカーの本職などが出てきていたら、さすがに危なかっただろう。

 ポーカーにはプロリーグがあるくらいで、本当の実力者はプレイ一つとってもまったく違う。本当にこちらのハンドを読んでいるような立ち回りをされ、さながら手のひらの上で踊らされているような気分になる。


 そんなのを相手にするような危ない橋は、趣味でならともかく、必要性に狩られるような状況では、できれば渡りたくないものだ。



※ ※ ※



「それで、相談なんだが、榎本」

「はぁ。わかった分かった」


 改まって質問をしようとする匡に、榎本は手をひらひらとさせながら答える。


「こんな結果見せられたら、なんでも言うこと聞くって。ま、匡くんやったら、下手に秘密も漏らさんやろうし。それで、何を聞きたい?」

「ああ、そうだな」


 匡は、息を一つ吐く。

 胸が高鳴るのを感じた。まだ早いと思いながらも、はやる気持ちを抑えられない。

 そもそもが、榎本と再会した瞬間に、可能性は考えたのだった。

 この女だったらそれくらいのことはあるだろうと、予測したうえでの結果が目の前にある。


 血が沸き立つ。

 すぐそこに見える高みが見える。


 挑戦し続けると決めた。

 一つを極めれば、次に挑戦する。

 何度も挑戦した。そのたびに敗北を覚え、そのたびに勝利を覚えた。

 競い合った相手は数知れず。けれど、満足は一度としてなかった。

 そうやって、出来ない探しをしていたかつての自分を思い出しながら、とうとう匡は、その名前を口にした。




「――龍光寺比澄りゅうこうじひずみって知ってるか?」




 行方不明事件の被害者でも、借金のための闇金の大元でもない。

 それは龍光寺家の時期総帥にして、強運の子。

 養子でありながら、龍光寺グループのほぼ半分以上を掌握した稀代の統治者。

 天に望まれながら天に臨んだ風雲児。


 天運の申し子、龍光寺比澄。


 それは、ギャンブルクルーズの発案者の名前だった。


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