Chapter 1:Part 07 守護天使、降臨
大講堂の前で休憩をとった統哉とルーシーは、大講堂へと通じる分厚い扉の前に立った。扉の向こうからは、先程から大学構内に漂っている気配とは比べ物にならないほどの強い気配を感じる。
「統哉、覚悟はいいか? 私はできてる」
ルーシーの問いに統哉は大きく頷いた。
「――ああ。いつでもいいぞ」
「……よし」
ルーシーが軽く深呼吸をする。そして――
「開きやがれゴマァ!」
ルーシーが大講堂の扉を思いっきり回し蹴りで蹴り開けた。蹴り飛ばされた扉は床を勢いよく転がり、やがてバタンと大きな音を立てて倒れた。
いくら元通りになるとはいえ、鍵もろとも結構厚い扉を破壊して派手に入場するのはどうかと思う。統哉は心のどこかでそんなことを考える一方で、一応大学の管理者に対して謝罪していた。
扉が開放された瞬間、闇に包まれている向こう側の空間から感じる気配がより一層強くなった。その強さに、ルシフェリオンを握る統哉の手が自然と汗ばむ。隣に立つルーシーの表情も心なしか固い。
「行くぞ、統哉」
「ああ!」
二人は意を決して大講堂へと足を踏み入れた。
大講堂に入り、統哉は辺りを見回した。
大講堂内部は側にいるルーシーの姿も見えないほど、漆黒の闇に包まれていた。統哉は周囲へ必死に目を凝らす。
だが、統哉の感覚では、ルーシーがすぐ側にいる事がわかっっていた。言葉にするなら、目には見えない感覚の中で、ルーシーの輪郭と存在が銀色の光となって立ち上っていると言えばいいのか。
とりあえず、ルーシーが近くにいるのはありがたかった。もしこの状況で自分一人で戦うとなれば、正直言って自信がない。
「ルーシー、ここに<欠片>があるのか?」
統哉が側にいるであろうルーシーに声をかける。
「ああ。間違いなくこのフロアに<欠片>を持った守護天使がいる」
すぐに返ってきた答えに、統哉は胸を撫で下ろした。
その時、壇上がライトアップされた。
「うわっ!?」
それを皮切りに、大講堂の照明が次々に点灯していく。
突然の強い光に統哉は思わず目を覆った。
そろそろ光に目が慣れた頃だと思い、恐る恐る統哉が目を開けてみると、ライトが集中した壇上に異形の姿があった。
それは一言で言うならば、歌姫という表現が合う姿をしていた。だが、顔は口以外が仮面で覆われ、纏ったドレスの袖には目を象った大きな盾のような飾りがついており、それはちょっと触れただけでも触れた物を両断しかねない冷たいまでの鋭さを持ち、その姿には似つかわしくない不気味さをにじませていた。
「あいつが守護天使……なのか?」
「ああ。あれが私の<欠片>を持つ守護天使の一人――ザフキエルだ」
「ザフキエル……?」
「統哉、こいつの動きに気をつけろ。こいつは……」
ルーシーが言い終わらない内に、ザフキエルは統哉達の目の前から姿を消した。
「消えた……!?」
次の瞬間、統哉の本能が警告を発した。
(何か、来る……!?)
「……まずい! 統哉、すぐにガードするんだ!」
横から切羽詰まったルーシーの叫び声が聞こえた。
統哉は聞くや否や、ルシフェリオンを前方で交差させるように構え、防御態勢をとった。
直後、強烈な衝撃が統哉を襲った。それは防御の上からでも統哉の体を後方へ押しやるほどだった。
「な、何だよ、あれ!?」
態勢を立て直した統哉が叫ぶ。視線の先には、その長い袖から大型のナイフを思わせる鋭い刃を伸ばしたザフキエルの姿があった。
「あいつの最大の攻撃は一時的な超高速移動による奇襲戦法だ! 短時間とはいえ、その動きを追う事は不可能と言ってもいい! あの動きで一気に接近し、あの袖に仕込んだ刃で斬り裂くのがあいつの戦法だ!」
ふとすぐ横を見ると、客席はザフキエルの超高速移動を物語るかのように、跡形もなくズタズタに破壊し尽くされていた。統哉は背筋が冷たくなるのを感じた。
立ち止まっていると危険だ。
そう感じた統哉はルシフェリオンを構え、壁際の通路を走り出す。
「このっ!」
統哉は走りつつ掌からスフィアを放つが、ザフキエルが構えた盾によって全て防がれてしまった。
「それなら、一気に接近すればっ!」
通路の途中から一気にザフキエルのいる壇上まで跳躍し、頭上からルシフェリオンを全力で振り下ろした。
ガキン、と激しい金属音がした。統哉が舌打ちする。
統哉の攻撃はザフキエルの袖によって受け止められていた。
ザフキエルが勢い良く袖を振るい、統哉を壇の袖まで弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
体制を崩した統哉に、ザフキエルは高速で回転しながら袖の刃と盾による攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ……!」
統哉は咄嗟に構えたルシフェリオンで嵐のような回転攻撃を辛うじて防いでいる。
(まずい……このままじゃ防御を崩される……!)
直後、ルシフェリオンが弾かれ、統哉に隙が生じた。
(しまった!)
その隙を逃さず、ザフキエルの刃が迫ってくる。
この距離ではかわせない。やられる。統哉はそう感じた。
「統哉!」
しかし、刃が統哉の体をズタズタに斬り裂こうとしたまさに瞬間、ルーシーの放ったスフィアがザフキエルを怯ませた。
統哉はその隙にザフキエルから距離をとり、体勢を立て直す事ができた。
「た、助かったよ……ありがとう、ルーシー」
「何、礼には及ばないさ。だがこうして固まっていると危ない。分散して」
「わかった!」
統哉とルーシーは頷き合い、同時に正反対の方向へと走り出した。流石にザフキエルも二人同時に相手をするのは難しいようで、高速移動を駆使しながら、二人を交互に攻撃している。
片方がザフキエルの攻撃を引きつけている間に、もう片方が攻撃を加える。統哉はルシフェリオンによる斬撃、ルーシーはスフィアによる遠距離攻撃を中心に戦っている。
「……そういえば、さっきから気になっている事があるんだけど!」
戦闘の最中に突如、統哉がルーシーに向かって呼びかけた。
「なんだ!? こんな時に!」
ルーシーがザフキエルの攻撃を防ぎながら答える。
「さっきお前はあの<翼>ってのと戦った時に、『開発した』って言っていたけど! それに、天使達の攻撃パターンとかもやたらと詳しいし! まさかお前、あの天使達やこのザフキエルって守護天使とかも、そういうの全部お前が考えたんじゃないよな!?」
「…………」
「なぜ黙る!?」
「……シブイねェ……まったくおたくシブイね」
「図星かよ! ……つまり、こういう事か? 俺達は今、お前が開発した天使と戦っていて、しかもお前の<欠片>を持っているからかなり強くなっていると」
「うん、ぶっちゃけそう。今まで戦ってきた天使達は、私達が考案・開発した兵器なんだ。ただし、私はあくまで原案を考えただけであって、開発したのは天界の技術局だ。私の期待以上のものを仕上げてしまったのはただ驚くばかりだがな!」
「とりあえず、開発に関わった奴らみんなひっぱたいていいよな!?」
「だが私は謝らない! 『わたしのかんがえたさいきょうの天使』みたいでカッコイイじゃん!」
「ブラックホールの中で罪を数えさせてやろうか!?」
命懸けの戦闘中にしょうもない言い合いを続ける二人。それでもしっかり相手の攻撃に対応し、上手く防御しつつ、反撃する。しかし、なかなか決定打とはならない。
(さすがにこのままじゃジリ貧か……)
統哉がそう思った時だった。
「統哉、こっちへ! 私に考えがある!」
ルーシーに手招きされ、統哉はザフキエルの攻撃を掻い潜りつつ、ルーシーの側へと近づく。
「統哉、ここは力を合わせて合体攻撃を放ち、一撃で決めるのが得策だと思うんだ。合体攻撃。みんなの憧れだろう?」
「合体攻撃? っていうかみんなの憧れかどうかは知らないけど」
合体攻撃。統哉も名前くらいは聞いた事がある。マンガやアニメでよくある二人以上からなる得意技や必殺技をアレンジするなどして放つ強烈な攻撃。それをやろうというのか。
「統哉、以前私がプレイした事があるゲームに、連携……いや、合体攻撃だったか。まあとにかく、そのゲームでは合体攻撃によって強敵を一撃で倒していた!」
「……で、それを成功させるためのプランは?」
「私が攻撃の準備をしている間、統哉は敵を食い止めていてほしい。大丈夫、私達ならば、やれる!」
「根拠は!?」
「ない! でも私達ならばやれる! 賭けてもいい!」
断言された。
「やれやれ、根拠のない自信はどこから来るんだよ……。まあ、いいか! よし! その案に乗った! 俺があいつを食い止めればいいんだな! そっちもよろしく頼むぞ!」
「ああ! 私が合図したら、同時に仕掛けるぞ!」
統哉は叫び、ザフキエルに向かって走り出した。
その後ろ姿を見届け、ルーシーはシューティングスターキックの準備に入った。
一方、統哉はザフキエルの懐に飛び込み、両手に持ったルシフェリオンでラッシュを仕掛けていた。
これにより、相手にダメージを与えるだけではなく、準備を行っているルーシーを攻撃させない狙いもあった。
思惑通り、ザフキエルは統哉の攻撃を袖で防ぐばかりで、得意の乱舞攻撃を繰り出せずにいた。むしろ、怒涛のラッシュにより防御も乱れてきており、だんだんその体に刻まれる切り傷の数が増えていった。
その間、数十秒。ルーシーが反撃の準備を整えるには十分だった。
「――今だ、統哉! 私に合わせてグランドクロスをぶちかませ!」
ルーシーが叫び、溜め込んでいた力を解放する。高く飛び上がり、体を回転させながら閃光を纏った跳び蹴り――シューティングスターキックを放つ。
「わかった! 行くぞ!」
同時に、統哉が連結させたルシフェリオンに<天士>の力で巨大な光の刃を宿し、裂帛の気合いと共に振り抜く。
「グランド……!!」
「スターキック!!」
統哉の放った巨大な十字の斬撃がザフキエルの体を切り裂き、統哉はバックステップで距離を開ける。そこへすかさずルーシーの放ったシューティングスターキックが十字の中心を貫く。すると、グランドクロスのエネルギーを受けた右足がさらに強く輝き、その攻撃力を爆発的に高める。
そして、跳び蹴りがザフキエルの胸を貫いた。そのまま、ルーシーはザフキエルの背後に蹴り終えた姿勢で着地した。
強烈な斬撃と、その力を纏った飛び蹴りによる合体攻撃を受け、歌姫の姿をした守護天使はひび割れた体からを光を放ちながら、金切り声を上げながら倒れ込んだ。
「……やった……のか?」
肩で息をしながら統哉はルーシーに尋ねる。
「ああ、私達の勝ちだ。ほら、あれを見ろ」
ルーシーの示す方向を見ると、倒れたザフキエルの体から黒い球体が抜け出てきた。
「あれが第三の<欠片>、<
ルーシーが嬉しそうな口調で呟く。
<欠片>が完全にザフキエルの体から抜け出ると、その体は崩れ落ちながら虚空へと溶けていき、つい先程までザフキエルが存在していたという証は何一つ残らなかった。
ルーシーは<欠片>に歩み寄り、それを手に取ると、愛おしそうに抱き締めた。
すると、<欠片>がルーシーの体に吸い込まれていく。
統哉はその光景を驚きの表情を浮かべながら、瞬きもせずに見つめていた。
やがて、<欠片>が完全に吸収された後、ルーシーの体が淡く発光し、黒いオーラに包まれた。
やがて光と黒いオーラがルーシーに集束し終えると、彼女は厳かに宣言した。
「――第三の<欠片>・<理解>、奪還完了――ありがとう、統哉。君のおかげで<欠片>の一つを取り戻す事ができた」
ルーシーが屈託のない笑顔で笑いかける。
「――どういたしまして」
その笑顔に思わず頬が赤くなるのを感じながら統哉は笑みを返した。
こうして、統哉にとって最初の<欠片>奪還は無事に成功を修めたのだった。
統哉達が大学の入口に戻ると、周囲の風景が色を取り戻していき、同時に今まで感じていた気配もすっかり消え去っていくのが感じられた。
そして、二人の眼前には何事もなかったかのような、静かな夜の風景が広がっていた。
「<結界>が解除されたようだな……それにしても、本当に俺達、やったんだな」
「言っただろう? 私達ならばできるって! <欠片>も奪還した事だし、ミッションコンプリート! ってなわけで統哉、我が家に帰ろうじゃないか! 流石に疲れた! ひとっ風呂浴びるぞー!」
「俺の家、もうお前の家扱いかよ」
そんな他愛のない会話を笑って交わしながら、二人は帰路に着いたのだった――。
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