Chapter 1:Part 04 訓練 Lesson1:講義とスパーリング

「……訓練?」

 いまいち実感の湧かない言葉に、統哉は首を傾げた。

「そ、訓練だ。いつ<欠片>を持った守護天使と戦うかわからないだろう? そのためにも、君自身の力を把握しておく事と、ある程度の基礎は身につけておかないとな。てなわけで早速出発~」

「お、おい、待ってくれよ」

 意気揚々と玄関に向かっていくルーシーを統哉が慌てて呼び止めた。

「お前、出発って言っても、その格好で外に出る気か!?」

 そう。今のルーシーの格好はシャツ一枚。いくら外が暑いとはいえ、そんな格好で出たら即通報だ。

「な~に、心配するな」

 ルーシーはそう言うと、指をパチンと鳴らした。まるで、時間が止まるかと錯覚するくらいその音は高らかに響いた。

 すると、信じられない事が起こった。

 みるみるうちに、ルーシーの体に黒い粒子が集まり、それがどんどんドレスの形を成していく。統哉がぽかんとしている間に、ルーシーの服装はシャツ一枚から昨夜身に纏っていた漆黒のゴシック調のドレスへと変貌していた。

「大丈夫だ、問題ない」

 笑顔でサムズアップされた。

「……どうなってるんだ」

 統哉が呆然と呟く。それに対しルーシーは自慢げに笑う。

「ふふん、これは魔術のちょっとした応用さ。物質変換って言った方がわかりやすいかな。力を失った私でもこれくらいは簡単にできるさ。簡単に言うと、バイク乗りのヒーローが変身したら、服はそのままで戦闘スーツをまとうだろう? それと一緒さ」

「……よくわかった。でも、なんでドレスなんだ? ああいったヒーローが身につけているスーツの方が機能的じゃないか?」

「このドレスをただのドレスだと思ってもらっては困る。天界に存在する特殊な素材で作られていて、さらに魔力付加によって耐熱、耐弾、耐刃、耐衝撃、その他諸々の機能をつけた私にとっての鎧だ。あと、何故ドレスかって? そっちの方が絵的に映えるし、スタイリッシュだろ?」

 スカートの裾を軽く持ち、その場で一回転してみせる。

「……もう何でもありだな、お前」

「お褒めの言葉、ありがとう。さ、君も簡単でいいから散歩に行くような支度をしてくれ。ああそうそう、戸締まり、火の用心は忘れるなよ」

「……お前、本当に人間臭い堕天使だな」




 それから数分後。

 二人は近所の公園に向かい合って立っていた。広さはそれほどなく、申し訳程度に数本の木と砂場、鉄棒とブランコがあるだけである。最近は公園の遊具による事故が多発しているため、それを防ぐために危険だと判断された遊具を撤去したと、誰かが言っていた。

「……で? こんな時間に公園にまで連れて来て、体力測定でもやろうっていうのか?」

 統哉の問いに、ルーシーはまさか、と笑って答えた。

「そんなものよりも、もっとわかりやすい方法がある……これだ」

 ぐっとルーシーが握り拳を突き出す。

「……なるほど。よっぽどわかりやすいな。でも、こんな所で戦ったら、すぐ人目につくだろ? どうするんだよ?」

「心配しなさんな……ほいっと!」

 ルーシーはパチンと指を鳴らした。直後、統哉は空間が震えるような感覚を覚えた。

 それは喩えるならば、自分達のいる空間が見えない刃によって切り取られたような――そんな感覚だった。

 気がつくと統哉とルーシーは、周囲の風景が白と黒のみに彩られた公園に立っていた。そこに、統哉とルーシーの二人だけが、色を持って存在している。

「ここは、あの時の――?」

 そう、その空間は昨夜ルーシーと契約を交わした時にいたものと全く一緒だった。

「……一体、何が起きたんだ? 何だか違う世界に入り込んでしまったような感じだ」

 統哉が自分の立つ空間に違和感を覚え、辺りを見渡す。

「君の言っている事は正しい。私達は今、<結界>の中にいる」

「<結界>?」

「<結界>の事について、少し話をしようか。<結界>とは、天使によって構成された、特殊な空間だ。特殊といっても、重力などの基本原則は同じだ。この<結界>が構成されるのは夜間、それも深夜だけで、日中は決して構成される事はない。夜の方が、空間に満ちる魔力が一気に強まるからな。

 この空間には通常、私のような天界に関わる者や<天士>以外は存在できず、それ以外の生物や構造物へは互いに干渉する事が不可能となる。だから、この空間で破壊された構造物などは全て実際の世界への影響を及ぼさない上、結界が消滅すれば元通りになる。

 ここで注意してほしいのは、この空間で死亡した者は、<結界>が消滅すると同時に、その<結界>ごと消滅してしまう事だ。そのため、一般人には失踪したか、神隠しに遭ったようにしか認識できない。

 そして、<結界>を解除する方法は三つ。夜が明けるか、結界を作り出した天使を倒すか、結界内にいる者が全滅するか、<結界>を張った者がこれを解除するかだ……すまん、三つじゃなくて四つだった」

「……悪い、もう少し簡単に説明してくれないか? 難しい単語が色々飛び出てきて理解に苦しむ」

「……まあ、簡単に言えば人の目を気にせず戦う事ができる、何でもありなご都合主義全開な異空間であり、生命を懸けたゲームの会場であるという事さ。で、タイムアップか、私達が全滅するか、ターゲットを撃破するか、ゲームマスターが結界を解除するかを満たせば結界はなくなるって事だよ。アンダスタン?」

「……なるほど、大体わかった」

「よし、次は<神器>の使い方だ。――それじゃあ刻印に意識を集中してごらん。そうだな、『出ろ』とでも念じてみるといいんじゃないかな」

 ルーシーに言われた通り、統哉は「出ろ」と心の中で念じながら意識を刻印に集中した。

 次の瞬間、刻印が輝き、昨夜自分が手にした、あの炎を凍り付かせたような輝く物体が統哉の手に握られていた。

「ほう、上手くできたじゃないか」

 ルーシーが拍手をしながら言う。

「これは……?」

「それは輝石きせきだ。刻印と共に与えられた契約の証であり、君の魂そのものでもある」

「これが……俺の魂……?」

 統哉が輝石を頭上に掲げてみる。内部で輝く光が輝石の中で反射し、神秘的な光景を醸し出す。

「ああそうそう、扱いには気をつけろ。それが砕けた時や、君の体から大きく離れた時、君は死ぬ事になる」

「なっ……!?」

 統哉は慌てて輝石をまるで壊れ物を扱うようにそっと両手に収めた。

「何、そこまで神経質になる事はないよ。ちょっとやそっとの事じゃ壊れはしないし、壊れる可能性があるとしても、我々堕天使の他に、天使や悪魔といった、霊的なものや魔力を持ったものからの攻撃を激しく受けた時ぐらいだ。たまにどこぞの契約サラリーマンじみた白饅頭と同じシステムだと言われる事があるが、何、気にする事はない」

「な……なんだ……びっくりした……っていうか、後半の説明どういう事だよ」

「きゅっぷい」

 思いきりはぐらかされた。

 一応統哉はホッと胸を撫で下ろしたものの、どこか釈然としないものが残った。

「次に、君が使った武器に関する説明だ。前にも言ったが、輝石からは持ち主に一番適した武器――<神器>が生み出される。<神器>は地上にはない、特別な材質からできており、羽のように軽く、その強度はかのミスリルを遥かに凌ぐ程だ」

「……そんなに凄い物だったのか、あの武器」

 統哉の脳裏に昨夜の光景が蘇る。自分はあの一対の双剣――ルシフェリオンで自分よりも大きい天使を倒した事を。あの時は無我夢中で戦っていたが、今思い返すと、自分はとんでもない力を手にしてしまったのではないか。そう思うと、一瞬背筋を冷たいものが走った。

「どうした? 大丈夫か?」

 ルーシーが心配そうに統哉の顔を覗き込んでくる。

「あ、ああ。大丈夫だ。続けてくれ」

「わかった。では次は<神器>の呼び出し方についてだ。方法はいたって簡単だ。輝石を通して<神器>のイメージを描くんだ」

「<神器>のイメージね……」

 自分が振るった白と黒の剣のイメージを頭に描く。と、次の瞬間、輝石が輝き、統哉の手に炎のような刀身を持つ一対の双剣――ルシフェリオンが握られていた。

「おお、できた……凄いな、まさか俺の魂が宝石みたいになって、さらにそれが武器に変わるなんてな」

 統哉自身、自分の魂から武器が現れた事に驚きながら、ルシフェリオンを物珍しそうに眺める。

「<神器>を輝石に戻す際は、<神器>に『戻れ』と念じてごらん。そして、輝石にも同じように念じれば刻印に吸収されるよ。さあ、やってごらん」

 ルーシーに促され、統哉はルシフェリオンに「戻れ」と念じた。

 すると、ルシフェリオンが光に包まれ、輝石に戻った。さらに念じてみると、輝石が光の粒子となって刻印へ吸い込まれていった。

「なるほど、要領はわかったよ」

「飲み込みが早くて私も助かるよ。輝石の使い方は大丈夫だな。じゃあ説明を続けよう。次は<神器>に関する注意点だ。<神器>というのは、君の意志や集中力が強ければ強いほど、その力や耐久力も強くなる武器だ。簡単に言えば、どこぞの戦争ボケ男が操る陸戦兵器に搭載されている、『使用する者の意思を力に変換するブラックテクノロジー』に似たものだな。ただし、怒りや憎しみといった『負の感情』が強くなると、<神器>はそれを敏感に感じ取り、吸収し、その結果<神器>は神の武器ではなく、ただ穢れに満ちた殺戮の道具に成り果ててしまう。さらにそのまま負の感情が蓄積していくと、その時は――」

 ルーシーが言葉を切る。

「その時は――?」

 統哉が恐る恐る尋ねる。

 ルーシーは金色の瞳をキュッと細め――


「――その時は、私が君を殺す事になるだろうな」


 統哉を見据え、酷薄な表情で断言した。その途端、周囲の空気が真冬の屋外のように張り詰めたものへと一変した。

 その表情と迫力、場を支配する空気に思わず統哉は後退りをしてしまう。

「…………どういう事だ?」

「………………」

 ルーシーは無言のまま答えない。

「……分かった。肝に銘じておく」

 その表情と迫力にたじろぎながらも、統哉は頷いた。答えないという事は、かなりまずい事情があるのだろう。

 その言葉を聞くと同時にルーシーの表情が穏やかなものに戻り、その場を支配していた張り詰めた空気が消えていく。

「君が理解ある人間で嬉しいよ……さて、そろそろ講義はおしまいにしよう。ここからは、実技の時間だ。レッスン1、私に斬りかかってきてごらん?」

 ルーシーが肩の力を抜き、両手を広げて構える。昨夜彼女が見せた戦闘態勢だ。それを見て、統哉も刻印から輝石を呼び出し、ルシフェリオンに変える。

「さ、いつでもおいで~」

 ルーシーは右手首をすっと突き出し、スナップを利かせて手招きする。

「――行くぞっ!」

 統哉が地面を蹴り、ルーシーとの間合いを詰めにかかったその時――

「……ジャ~ンケ~ン、ポン!」

 ルーシーはその場で右腕をすっと上げ、勢い良くチョキを突き出した。

「――なっ、ちょ、えぇっ!?」

 思いもかけないルーシーの行動に、統哉は思わずルシフェリオンを取り落とし、そのままパーを突き出した。

 結果、ルーシーの勝ち、人生の勝利者。統哉の負け、負け犬が決定した。

「……よっし、私の勝ちだ!」

「畜生! 負けたぁっ!」

 統哉は悔しがってうなだれた。

「……って、こらぁーっ!」

 ごつん。

 すかさず身を起こし、チョップをルーシーの頭に叩き込む。

「うごっ!? ぶ、ぶぶぶ、ぶたれた!?」

 ルーシーが目を白黒させながら頭を押さえる。アホ毛も大きく波打っている事から、かなり動揺している事が伺えた。

「いい加減にしろよこらぁ! さっきまでの真剣さはどこへ行った!?」

「ノリツッコミありがとう! でもぶったね!」

「ぶってなぜ悪いか! お前はいい、そうして喚いていれば気分も晴れるんだからな!」

「わ、私がそんなに安っぽい堕天使か!?」

「さて、茶番と気は済んだか?」

 拳を握りながら統哉が尋ねる。

「はいな……ほんのあどけないギャグだったのに……イッツジョーク」

「今度余計なギャグを言うとその口を縫い合わすぞ」

「……イエス・ユア・ハイネス」

 統哉は溜息と共に取り落としたルシフェリオンを拾いつつ、ルーシーに釘を刺した上で先程の位置へ戻る。

「またギャグかましたらチョップ倍プッシュだからな」

「わかってるって。さて……」

 ルーシーはもう一度両手を広げた戦闘態勢をとった。

「遠慮はいらないよ。私を敵だと思って、全力でかかっておいで?」

 右手をスッと差し出し、スナップを利かせた手招きをしてくる。

 次の瞬間、統哉は走ってルーシーとの間合いを詰めにかかる。と――

「勢いはよし」

 突然、ルーシーの顔が息が吹きかからんばかりの所に現れた。

「うわぁっ!?」

 突然目の前に現れたルーシーに驚いた統哉はその場でたたらを踏む。

「試してあげよう、君の力を」

 どすっ。

「ぐっ!?」

 直後、統哉の体がくの字に折れ曲がった。腹にボディブローを受けたのだ。

(は、腹パンしやがった……)

 ダメージはほとんどないが、地味に痛い。痛みを堪え、統哉は一気に地面を蹴ってルーシーに斬りかかった。

「うおおおっ!」

 統哉は両手のルシフェリオンで畳みかけるように様々な角度から、袈裟斬りや突き、回転斬りといった多彩な斬撃を放つ。だがルーシーは嵐のような斬撃を楽しげな表情を浮かべながら手で受け流し、身をくねらせながらかわしていく。それも、ただ受け流しているのではない。まるで流水に刃を通すかのような、奇妙な手応えを統哉は感じていた。

「……このっ!」

 統哉は刃を勢い良く横に薙ぐ。しかし――

「脇が甘いよ」

 ルーシーはそれを上体を反らせて軽くかわし、すかさず脇腹に回し蹴りを叩き込む。

「ぐっ!」

 回し蹴りを受け、統哉の体は後ろに弾かれた。統哉は息を切らせているのに対し、ルーシーは息切れ一つ起こしておらず、余裕の表情を浮かべている。

「よし、なかなかいい動きだ。順応も早く、応用もできているも。けど、まだまだだな」

 ルーシーが爪先で地面を叩いてリズムを取りつつ、統哉に手招きする。

「……くそう、余裕ぶりやがって。……だったら、これならどうだっ!」

 統哉は叫び、空高く飛び上がった。そして、空中で身を翻し、高高度からの勢いを利用した強烈な一撃を仕掛けようとする。それを見たルーシーはふっと微笑み、

「いい攻撃だ。感動的だな」

 トン、と地面を軽く蹴って飛び上がった。そして――

「――だが無意味だ」

 攻撃を紙一重でかわしつつ、強烈な跳び蹴りを胸部に叩き込んだ。

「――がっ!?」

 蹴り飛ばされた統哉の体が激しく地面に激突する。一瞬、息ができなくなるほどの衝撃が統哉を襲った。結構な高さからの落下だったにもかかわらず、あまりダメージはないようだ。もしこれが普通の人間だったならば、死んでいたかもしれない。改めて、<天士>の身体能力の高さを実感した統哉だった。

 そう考えていると、飛び蹴りを決めたルーシーが地面にふわりと着地した。

「さて、何が悪かったと思う?」

「動きが……速すぎる……」

 息を切らせつつ、統哉が答えた。

「速すぎる、か。確かに君の目にはそう見えるだろうな。だがそれは、まだ君がその事実を受け入れ、認識できていないからだ。最初に言っただろう? 自分の力をコントロールし、活かすためには、空気を吸って吐く事のように、HBの鉛筆をへし折る事と同じように、できて当然と思う事だ。大切なのは、自分ならばできると『認識』する事だと」

「事実を受け入れ、認識する……できて当然と『認識』する……」

 統哉はルーシーの言葉を心に刻み込むかのように真剣に聞いている。

「じゃあ、もう一回行ってみようか」




 二人はもう一度向かい合う位置に立った。

 しばしの間の後、統哉は地面を勢い良く蹴ってルーシーに迫る。

(できて当然……自分ならばできると『認識』するんだ……!)

 先ほど言われた事を意識しながら統哉はルシフェリオンを振るう。ただ、先ほどよりもスピードとキレが大きく上がっていた。

「ははっ! やればできるじゃないか! 実にいい反応速度だ!」

 ルーシーは楽しそうに笑いながら攻撃をかわしていくが、その表情には先程よりも余裕がなくなってきていた。

 横薙ぎの刃がドレスの袖を斬り裂く。ルーシーの表情が驚愕のそれに変わる。

 が、それも一瞬の事で、ルーシーはすかさず統哉の顔面に正拳突きを放った。反応が間に合わず、統哉の動きが止まる。

 すると、ルーシーは拳を眼前数ミリの所でピタリと止めた。統哉は慌ててバックステップで距離をとる。

「どうした? まだ速いはずだぞ? 頭で考えるんじゃない、感じるんだ。そして、これがという事を知るんだ!」

 言い終えるや否や、ルーシーは目にも留まらぬスピードで統哉に肉薄する。

 だが、統哉はそのスピードにも臆する事なく、前へと踏み出していく。

 二人の間合いは完全にゼロになり、拳と剣が激しくぶつかり合う。

「その調子だ、その調子! 考えるな、無心で斬りかかってこい!」

 さらに二人の攻撃の応酬は続く。ルーシーの放つラッシュはプロボクサーのそれよりも速い。しかし、統哉の斬撃もそれに匹敵するぐらい速い。それはまるで刃の暴風だった。

 その時、統哉がルーシーの顔面めがけて鋭い突きを放った。ルーシーは反射的に顔を逸らしてそれを回避するが、その表情からは完全に余裕が失われていた。その隙を逃さず、統哉はさらに鋭い突きを繰り出し、目先に刃を突きつけた。それを見て、ルーシーは降参だとでも言いたげに両手を上げた。

「意味がわかってきたよ」

「……素晴らしい。まさかこの短時間で理解するとは」

 ルーシーが満足そうに頷く。それを見た統哉は刃を引っ込めた。

「オーケーだ。基礎はもうバッチリだな」

 ルーシーが指をパチンと鳴らす。空間が切り替わるような感覚の後、二人は元の公園に立っていた。

「それじゃあ次はレッスン2、場所を変えての実戦といってみようか」

「実戦?」

「私達が昨夜戦った天使達を相手にした、本格的な実戦だ」

「で、場所を変えるってどこでやるんだよ?」

「あそこだ」

 ルーシーが指を差した方向を見る。そこには――

「裏山じゃないか」

 昨夜ルーシーと出会った裏山がそびえ立っている。

「お前、ここから裏山までどれだけかかると思ってるんだ?」

「ここからまっすぐ進んでいけばいい」

「まっすぐってお前、道がないだろ」

「誰も普通に道を通っていくなんて言ってないだろ? こうやって進んでいくのさ!」

 ルーシーはそう言うと地面を蹴って公園のフェンスに飛び移った。そして、すぐ近くの住宅の屋根に音もなく着地した。その様はまるで猫のようだ。

「よーし、それじゃレッツゴーだ! ちなみにこれも訓練の一環だからな! 早く来ないと置いていくぞ!」

 ルーシーはそう言うと、屋根伝いに軽やかな足取りでさっさと先に進んでいく。

「……おい! 置いていくなよ!」

 統哉も慌てて屋根へと飛び移り、その後を追いかけていった。

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