Prologue:Part 02 エンジェル・ダンス
天使達がすぐそこまで迫ってきた。距離が近くなるにつれ、天使の姿が明らかになってきた。五体の天使はそれぞれ手に剣と盾を携え、全身を甲冑に包んでいた。一見すると人の姿だが、兜を被っている頭部は人の物というより獣のそれで、足は鳥のような形状をしている。神秘的な外見の中に不気味さを感じさせる、そんな雰囲気を醸し出していた。
天使達は耳障りな金切り声を上げながら、どんどんこちらに猛スピードで接近してくる。
「あ、あの微妙に不気味な姿をした奴が天使だっていうのかよ!?」
「一昔前の聖書や絵画に記されている天使というものは、あのようにどことなく怪物のように不気味な姿をしているものさ」
少女が口を挟んだ。
「ちなみにあいつらは<
「呑気に相手の説明をしている場合かよ! どうするんだ!? もしかしてあいつら、お前を迎えに来たんじゃないのか?」
腰を抜かしている統哉の問いに、少女は首を横に振った。
「そうだろうけど、違うな。私はかぐや姫じゃないし」
一旦言葉を切り、少女は続けた。
「――私は帰らないし、帰る場所なんて、ないよ」
少女はそう言うと、トンと地面を蹴り、空高く飛び上がった。統哉が声をかける暇もなく、五体の<天使>と少女の距離がどんどん狭まっていく。
そして、<天使>達と少女との距離がゼロになろうとした刹那――
「――せいっ!」
先頭にいた<天使>の顔面に、少女の正拳突きが叩き込まれた。無駄なくキレのいい、洗練された動きからなる正拳突きだった。
「…………は?」
あまりにも突然の出来事に、統哉は文字通り口をあんぐりと開けた。
正拳突きは<天使>の顔面を覆っていた兜を易々と貫き、その腕は二の腕の辺りまで貫通していた。正拳を顔面に受けた<天使>はピクピクと痙攣している。少女が思い切り腕を引き抜いた後には、<天使>の顔面に綺麗な風穴が空いていた。風穴の向こうからは、満月が覗いていて、どこかロマンティックな光景だった。いや、ロマンティックなんて言っている場合じゃない。
そうこうしている内に、<天使>は断末魔の悲鳴を上げた。直後、その姿は靄がかかったかのようにぼやけ、次の瞬間に<天使>は光の粒子となって空間に溶けるように消えていった。
「き、消えた……!? 一体何が起こってるんだ!?」
統哉が叫んでいる間にも、少女は残る四体の<天使>達に突撃していく。
仲間を倒された事に激怒したのか、<天使>達が金切り声を上げながら分散し、少女を取り囲んだ。
「仲間を殺されて怒ったか? 安心しろ、すぐに後を追わせてやる!」
少女は空中で身を翻して包囲網から脱し、面食らっている四体の<天使>達に肉薄していく。
「クール!」
綺麗な弧を描いた回し蹴り。
「ブラボー!」
回し蹴りで生じた回転の勢いを活かした裏拳。
「アブソリュート!」
すらりとした足を高々と振り上げてのハイキック。
「――スタイリッシュ!」
そして高低差を利用した跳び蹴りを的確に決め、<天使>達を悉く屠っていった。なぜいちいち攻撃する前に英単語を叫ぶのか。そこがいまいちわからなかったが。
「フィニーッシュ!」
少女は<天使>に跳び蹴りを決めた体勢で地面に着地した。少女の足元では、<天使>がブーツで頭を踏みにじられ、バタバタともがいている。
「ほいっ」
少女が足に軽く力を込めた。すると、金属が砕ける音と、頭蓋骨が砕けるような嫌な音がして、<天使>は消滅していった。
「あっはっは! ごめんね~、強くってさぁ!」
全く悪びれてない様子で少女はけらけらと笑う。
「お、お前! なんて事してんだよ!?」
統哉が慌てて少女に詰め寄る。
「何が?」
少女は首を傾げる。
「何がって、あの<天使>とか言う奴を、あ、あそこまで一方的にボコっちまうなんて何考えてんだよ!?」
「敵を倒して何が悪い」
「あのなぁ……!」
二人が言い合っていると、さらに強い光が辺りに満ちてきた。
「――新手か」
少女は空を見上げて不敵な笑みを浮かべ、金色の目を細めた。その表情は、まるで新しい玩具を見つけた猫を思わせた。
「全く、プロローグから飛ばしてくれるじゃないか! まったく、ナイスな展開だ!」
統哉が腕で目を覆いながら視線を向けた先には、さらに<天使>が五体舞い降りてくる光景が映っていた。
その内の一体は体格が他の<天使>よりも一回り大きく、頑丈そうな鎧に身を包み、右手には大剣を、左手には磨き上げられた大盾を携えていた。顔は他の<天使>達と同じように、兜で覆われている。
それを見た少女はヒューッと口笛を吹く。
「やれやれ、<天使>達の隊長格、<
少女はふざけているのか、その場でシャドウボクシングを始めた。やっぱり、無駄なくキレのある動きだった。
「お、おい! まさかやり合う気か!?」
「いいのいいの! 敵は倒せば倒すほどポイントとコンボ数稼げるし、クリア後のランクにも直結するからな!」
言っている事の意味が分からなかった。
「それに――」
少女は統哉の方を振り返り、一旦言葉を切って続けた。
「言っただろう。君は私が守ると」
少女はゆっくりと前へ進み出て、両手をすっと広げて戦闘態勢をとった。直後、五体の<天使>達が素早く少女を取り囲んだ。
少女は自分を取り囲んでいる<天使>達を一瞥し、そして統哉の方へと向き直って、ニッと笑った。
「――我が力、とくとご覧あれ」
《ギシャァァアッ!》
<天使>達が耳障りな金切り声を上げて一斉に剣を構えて突撃してきた。
「――さあ、始めようか! 楽しませろよ!」
少女は軽く爪先で地面を叩いてリズムを取った後、高く跳躍し、一斉に放たれた突きを回避した。
「ハッ! そんなんでこの私を殺ろうって!? ならば、こちらの番だ!」
少女は空中で身を翻し、掌にソフトボール大の光球を生み出し、近くの<天使>めがけて投げ付けた。<天使>に衝突した光球はガラスが割れるような音と共に炸裂し、その衝撃で<天使>は大きく後ろに吹き飛んだ。
「お楽しみはこれからだ!」
間髪入れずに少女は自分の周囲に先程の光球を出現させ、猛スピードで三体の<天使>に接近していく。咄嗟に<天使>達は剣を構えるが、慌てて構えたためか、互いの剣がぶつかり合う結果となった。
「遅いっ!」
その隙を逃さず、<天使>達の懐まで接近した少女はその場で自分の周囲に展開していた光球と共に高速回転し二体の<天使>を蹴散らした。
残った一体にはパンチとキックのラッシュを叩き込み、とどめに光を纏った掌底を叩き付けた。掌が叩きつけられた瞬間、閃光が走った。直後、<天使>はその体を後方へ大きく吹き飛ばされ、動かなくなった。
少女の戦う様はまさに、華麗なる舞踏のようであった。そして――
「――先人曰く、ボスを倒すには、まず取り巻きから始末するべし……援護攻撃や援護防御に入られたら面倒だからな。まったく、呆れるほど有効な戦術だぜ……ってな」
少女が舞い踊った後には、四体の<天使>が地に伏していた。が、それもやがて先程と同じように光の粒子となって、空間に溶けるように消滅していった。
そして少女は残った<大天使>に向き直った。
「待たせたな。さぁ、メインイベントの時間だ」
少女は右手をスッと上げ、スナップを利かせて手招きする。
それに応えるかのように、<大天使>が金切り声を上げ、巨体に似合わぬ早さで肉薄してくる。
「――
一言呟き、少女は地面を蹴り、目にも留まらぬ速さで間合いを詰める。<大天使>が脳天に一撃を叩き込もうと、剣を振り上げる。
「オラァ!」
だがそれよりも早く、少女はキックボクサーの如く鋭いミドルキックを放った。しかしその一撃は咄嗟に掲げられた大盾で防がれ、少女の体は後ろに弾かれた。少女は軽く溜息をつき、蹴りを放った右足を軽くさする。
「硬いねぇ、流石に……でも!」
一瞬の間の後、少女は<大天使>の周囲を高速で駆け回り始めた。<大天使>はその動きを追う事ができず、戸惑っている。
「この速さについてこれるか?」
少女は高速で動き回りながら、大盾でカバーできていない背後や頭上から攻撃を仕掛けていく。
<大天使>も負けじと剣技で応戦する。
しかし少女は心底楽しそうに笑いながら、ダンスを踊るかのように、華麗で、かつアクロバティックな動きで<大天使>の剣技を嘲笑うかのようにかわしていく。その合間を縫っては光球を投げ付け、さらに先程見せた体術を交え、鎧と大盾を削り、打ち砕いていく。スピード、手数、火力共に彼女の方が圧倒的に勝っていた。
そして、幾度となく攻撃が打ち込まれた大盾に亀裂が走った。
その様を見て、少女の笑いがより深くなった。
(あいつ、こんな状況で笑ってる……この戦いを、楽しんでいる……!)
目の前で繰り広げられている常識を逸脱した戦いから、統哉は目を逸らす事なく見つめていた。特に、少女の一挙一投足からは目を離す事ができなかった。見とれていたと言ってもいい。
「ふふふ……この世界も面白いじゃないか! 到着早々にこれだけの<天使>どもとやり合う事ができるなんて、ベリッシモ(とても)、ナイスな展開だ! まあ、チュートリアルバトルで負けるなんて恥ずかしい真似はできないけどな!」
目の前の少女は心底楽しそうに笑い、舞い踊りながら<大天使>を攻め立てていく。
当の<大天使>は、少女の持つ圧倒的な火力とスピードによって、いつの間にか戦いの主導権を完全に彼女に奪い取られていた。
<大天使>は見当違いの方向へ剣技を繰り出していたが、それもやがて闇雲に剣を振り回すだけの動きとなり、そして、亀裂が入っていた大盾もついに少女の蹴りによって粉々に砕けた。
それが合図だったかのように、少女は宣言した。
「――さあ! そろそろフィナーレといこうか!」
少女が言い放ち、準備運動をするかのように素早く身体を動かす。
「この技は叫ぶのがお約束でな! 思いっ切り行くぞ!」
そして両拳を打ち合わせ、空高く飛び上がる。
「私の必殺技、パート1!」
一声叫ぶのが合図なのか、少女の右足にまばゆい光が集まっていく。そして――
「――究極! シューティングスター! キィィィック!!」
上空で身体を高速で横に回転させつつ、凄まじくよく通るソプラノボイスで叫ぶ。そして一気に加速しながら、流星の如き閃光を纏った強烈な跳び蹴り――それも、戦闘スーツに身を包んだバイク乗り達が得意そうな飛び蹴りを叩き込んだ。
蹴り抜いた姿勢で<大天使>の背後に着地後、立ち上がり、右拳を構えて満面の笑顔でガッツポーズ。
「どんな相手だろうと、蹴り貫くのみ!」
(決め台詞もあるのかよ……)
統哉は心の中でツッコミを入れておいた。
しばらくして、<大天使>は気付いたように自分の胸を見やる。そこには、鎧を貫いた大きな穴がポッカリと口を開けていた。
次の瞬間、少女が放った強烈な蹴りによって鎧もろとも胸部を蹴り貫かれた<大天使>はその場に倒れ伏した。
敵の中核であろう<大天使>が、目の前で完膚なきまでに叩きのめされた光景を統哉はただ呆然と見つめていた。
(強い……)
戦いの一部始終を見届けていた統哉は素直にそう感じた。戦いどころか、喧嘩の経験さえ滅多にない統哉でもそう感じるほど、少女は強かった。
当の少女は、高貴ささえ感じさせる佇まいで乱れた髪を掻き揚げ、満月を背にして立っていた。
そして、その場には統哉と少女、倒れ伏した<大天使>だけが残された。
「なんだ、もうおしまいか。まだ暴れ足りないぞ、私は~」
不満そうに呟き、首をコキコキと鳴らしながら、少女は軽い足取りで腰を抜かしている統哉の元へと歩み寄り、その場に膝をついた。
金色の瞳が統哉を見つめている。統哉は知らず知らずの内に、胸が高鳴るのを感じていた。
「――さて、いきなりお騒がせしてすまなかったな。君、大丈夫か?」
いきなり話しかけられ、統哉は一瞬戸惑ったが、すぐにしっかりと頷いた。
「……あ、ああ。お陰様で助かったよ。でも、お前って本当に、一体何者なんだ?」
その問いに、少女はスッと立ち上がり、腰へ誇らしげに手を当て――
「悪魔で、天使ですから♪」
屈託のない笑顔で、そう言った。
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