シュガー・ジーンへようこそ

はむちゅ

01:仁子

 コウヘイ叔父さんが突然帰ってきたのは、あたしが中学2年生の時。

 12月24日。クリスマスイブの昼下がりで、親戚一同が集まるクリスマスパーティのための準備に追われている時に、ふらり『ただいま』と帰ってきた。

 コウヘイ叔父さんには放浪癖があって、短い時で2~3日、長い時で半年くらい音信不通になる人だった。

 この時はいつもより長い放浪で、スマホどころか携帯も持たない人だったから、1年半近く連絡が取れなかった。時々届く、放浪先と思われる場所から投函したらしい絵葉書が、唯一の生存証明みたいな感じになってて、それすら半年近く届かなくなり、そろそろ警察に行こうか? って相談し始めてた矢先だった。


 突然帰ってきた事には、みんなそんなに驚きはしなかったのだけれど。

 叔父さんの後ろから、こちらをじぃっ……と見つめる小さな女の子の存在には、流石に驚きを隠せなかった。




 叔父さん曰く、その子(幼稚園くらい?)は自分の娘で、元々は母親と暮らしてたんだけど、その母親が死んじゃったから、引き取ってきた——って事らしかった。

 もう、親戚中大変だった。

 そもそも叔父さんは結婚していたの? え、子供まで!? 何で黙ってたんだ!

 ……って、叔父さんの兄であるうちのお父さんが、まず大激怒。

 お父さんと叔父さんは、ひと回りとちょっと年の離れた兄弟で、叔父さんの親代わりみたいな感じだったから、もうホント大変だった。滅多に大声を出さないし、手も上げないんだけど。


 そのお父さんが、叔父さんを、グーで殴った。


 そんなお父さんの形相に毒気を抜かれた他の親戚が、まあまあ小さい子もいるんだし……って感じで、なんとなく詳しい事情はうやむやになった。




 叔父さんは、お爺ちゃんから譲り受けた、小さな喫茶店を経営していた。

 ぶっちゃけると、経営が成り立っていたかどうかは、かなり怪しい。

 放浪癖もあるし、いつも空いてるんだかどうだか分からない感じだったから。

 でも、あたしはよくその喫茶店に入り浸っていた。叔父さんから放浪先の話を聞いたり、叔父さんに絵を描いてもらったり、お茶やらお菓子やら、食べさせてもらってた。

 叔父さんはいつも笑顔で、ゆったりした話し方で、優しくて。あたしは大好きだった。


 そう。

 コウヘイ叔父さんは、あたしの——初恋の人だったんだ。


 □ □ □


 叔父さんが連れてきた女の子は、ヒトミという名前だった。漢字で書くと『仁海』。あたしの名前(『仁子』と書いて『よしこ』。でもみんな『ジンコ』って呼ぶ)と同じ漢字が使われていた。でも、あたしとヒトミの共通点はそれくらいだ。

 初めて会った時。ヒトミは叔父さんの陰に隠れて、上目使いで、大人しくしていた。お人形さんみたいに可愛らしい顔立ちで、ぱっちりした大きな瞳が、とても印象的だった。

 お母さんが色々と気を使って着替えさせたり、あたしのぬいぐるみを(あたしに無断で)貸してあげたり、その日は比較的、友好的に過ごした。

 でも数日たって慣れてくると、コイツは自分の可愛さや愛らしさを、幼いながらも熟知したヤツだって事が分かった。そして、相手によってその顔を使い分けるのだ。

 大好きな大好きな、自分のパパである叔父さんに対しては、本当にイメージ通りの『可愛らしいパパっ娘』の顔。うちの両親にも、礼儀正しく、その愛らしさを存分にアピールしていた。

 かと思えば、同じ幼稚園に通うちょっとイカスケナイ感じの女の子達には、ガッツリキッパリ言い返してたし、ちょっかいを出す男の子にも、しっかり反撃(手ではなく口で)してた。

 そして、だ。あたしに対してはその仮面をペロッと脱いで、生意気で我儘で、9歳も年下のくせに、年上あたしを敬う気持ちが全然・まったく・これっぽっちもなかった。

 叔父さんのお店に行けば、私が手伝ってるんだからお前も手伝え、やれ掃除をしろ、食器を洗えと、ホントに立派な小姑っぷりを発揮してくれた。

 まぁ、そのお蔭で、あたしとヒトミは叔父さんのお店の看板娘として評判になり、近所の皆様の憩いの場として、叔父さんが放浪を許されない感じになったのは、とても喜ばしい事だったけれど。


 思い返せば、その3年間が、叔父さんのお店が一番輝いていた時期なんだなーって思う。キラキラして、楽しい想い出ばっかりの時間だったから。




 叔父さんが突然死んだのは、半月ほど前の事。

 ヒトミを連れて帰ってきたあの日から、3年が経っていた。

 長らく放浪癖を封印していた叔父さんだけれども、生来の気質には逆らえなかった。

 っていうより、随分と我慢出来ていたなぁと思う。

 旅行鞄に荷物を詰めて、「出かけてくるね」と店を出て。


 そしてそのまま、帰ってこなかった。



 帰宅予定から一週間たっても連絡がつかなくて。でもまぁいつもの事かと思っていたら、警察からの連絡が入った。

 水死体が上がって、調べてみたらコウヘイ叔父さんだって判明したって。

 酔っぱらって防波堤から落ちちゃったらしい……って。



 叔父さんらしいといえば、叔父さんらしい、最期。

 でも、あたし達からしたら、本当に、もう……アホか! って。

 勿論、すっごく悲しかった。その日は一睡も出来なかった。

 悲しいし、遣り切れないし。

 何よりも、本っ当に——腹立たしかった。




 最期のお別れの時、あたしとヒトミは、叔父さんの顔を見るのを止められた。見ちゃダメ、きっとトラウマになるから——って。

 ヒトミは、その事に物凄く怒って、泣いて、喚いたけれど。お母さんが、ぎゅっと抱きしめて、叩かれても罵倒されても、ダメ、ダメよって。

 あたしはその理由が何となく解かって。

 叔父さんと、ちゃんと最期のお別れを……って思ってたんだけれど、恐怖の方が大きくて——ダメだった。


 でも、ヒトミは違った。


 どうせなら、お父さんの顔を見て、知って、それでトラウマになった方がずっとずっといいんだって。私は娘だ、ちゃんとお別れをさせろって。


 抱きしめるお母さんの腕に噛みついて、そのくせお母さんの手を、ぎゅっと、力いっぱい握って——。


 叔父さんにお別れをして。直後に、気を失ったけれど。

 ヒトミは、とても立派だ。生意気で我儘で、ちっとも可愛げがないけれど。

 凄く凄く、立派だ。

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