ケース2 ネグレクト CL:エルフ



 とある村。

 巨大な山脈の麓に位置し、周囲は平原と森の広がる、小さな村。

 特産物は、近くの森で収穫できる薬草と、山で採れる山菜のみ。

 農業もそれなりに行われているが、ほぼ村の中で消費される程度の規模でしかない。

 地理的には国境が近いのだが、近くの山脈や森には、魔物がそれなりに生息していることもあり、他国の脅威もそれほどない。国内の情勢も安定しているため、重税を課されることもなく、皆が穏やかに過ごしている。

 そんな村。

 

 本国特有の『馬便ネットワーク』が配置されているため、流通の不安も少なく、本来ならばもっと発展していてもおかしくない。

 この村の馬たちはとても優秀で、逃げ出すこともなければサボることもない。躾が行き届いているのは、ひとえに管理人の手腕としか言いようがない。

 その管理人もこれまた優れており、馬の管理に優れているだけではなく、太陽も裸足で逃げ出すほどの美貌を有しているのだから恐れ入る。

 

 とか何とか。

 

 一部誇張が入っている気がしないでもない、この村についての説明を。

 薬師カノマは大家である管理人から聞いていた。

 時刻は夕暮れ。

 薬師としての仕事を終えた後、馬の世話を手伝いながら。

 

「ありがとうございますリモラさん。いろいろ教えてくれて助かりました」

「うっ。素直にお礼を言われるとちょっぴり恥ずかしいのですがー」

 

 カノマの礼に。

 管理人の少女リモラは、恥ずかしそうに身をくねらせた。

 

「いや、その、美貌とか調子に乗ってすみませんでした」

「え? リモラさんが綺麗なのは本当だと思いますけど」

 

 言いながら、少女を見る。

 鮮やかな茶髪に、整った目鼻。

 おそらく、カノマより5つは年下だろう。15くらいか。

 服装こそ動きやすそうなシャツとズボンだが、すらりと伸びた手足は引き締まっており、肌も瑞々しさを湛えている。

 馬の世話をする身としては、必要以上の素材だろう。

 少なくとも、この村で見た他の女性たちと比べたら、頭一つ抜けているのは間違いない。

 

「へあ!? わ、わわわ私にお世辞なんか通用しませんよー!?」

 

 ぽん、と頬を染めたリモラに、カノマは意味が分からずハテナ顔。

「お世辞?」

「うわーうわーうわー何ですかその素直に見える反応! すっごく本気に見えますけど私は騙されませんからね! ……騙されない、はずなんだけどなあ……え、真面目に本気ってこと? うわわわわわあわあわ」

「どうしたんですか? ……僕、変なこと言いました?」

 異様に慌てるリモラを見て、ついつい不安になってしまうカノマ。

 ひょとして、竜と生活する中で、美醜の感覚も歪んでしまったのだろうか。だとすれば、リモラの反応にも納得できる。かも。

「すみません。育ちが特殊なものでして。気分を害されたのなら謝ります」

「いや、別に害してないというか直撃くらって嬉し半分恥ずかし半分というか」

「?」


「まあそれはそれとして!」

 顔を真っ赤にしたリモラは、強引に話題を変えてくる。

 

「私のことより、カノマさんですよカノマさん!」

 そう言って、びしっとカノマを指さした。

「僕ですか?」

「私、仕事柄他の村や大きな街にも行ったことありますけど、あなたみたいなすんごい薬師、見たことないです! 手当ては早くて正確で、色々な怪我や病気をたちどころに治してくださるんですから!」

 なんだか、滅茶苦茶褒められてる気がする。

 まあ、竜と一緒に暮らしていた頃、竜だけではなく色々な種族の手当てをしていた時期もあったので、それなりに経験は積んでいたのが大きいのかもしれない。

 褒められるのは悪い気がしない。というか、とても嬉しい。自分を認められた気がする。

 一度、全てをなくした自分でも。ここにいていいと思える。

 もっと頑張ろう、という気になった。

 

「それに、人間だけじゃなくて、オークに効く薬も作れるんだから凄いです! あんなに暴れていたオークが、何事もなかったかのように落ち着いちゃうなんて!」

「あ、それは……」

 鼻息荒く褒め称えてくるリモラに訂正を入れようとして――ふとカノマは考えた。


 あれは自分ではなく、竜から渡された“宝”のおかげである。

 しかし、そのことを正直に言ってもいいのだろうか。

 竜の先祖から代々伝わる、不思議な箱。

 その価値を他者に知られたら、狙う輩が現れるかもしれない。

 自分が持つには分不相応なものかもしれないが、だからといって竜にとって大事な宝を盗まれるのも何だか申し訳ない気がする。

 箱の中の人には申し訳ないが――ここは黙っておくことにしよう。

 手柄を横取りするようで大変申し訳ないのだが、その分薬師の仕事を頑張って、挽回するしかない。

 幸い、オークの一件から、村人たちに少なからず認められたようで、あれから何度も仕事を依頼されるようになっていた。

 報酬もきちんともらえるので、この調子でいけば、ここで暮らしていくことも可能だろう。

 

(箱の中の人には、改めてお礼を言いたいなあ)

 

 あの後。

 色々振ったり触ったり試してみたが、箱が光ることはなかった。

 オークを見たときに光ったのは、ただの偶然なのだろうか。

 それとも、何か条件があるのだろうか。

 

 とか何とか考えていたら。

 

 

『オークってのは、おいらのことか?』

 

 

 知ってる声が、馬屋に響いた。

 

「んえっ!? おおお、オークぅ!?」

 すっぽ抜けたような声を上げるリモラ。

「あ、こんにちわ」

 それに対し、全く気負わず、軽い挨拶をするカノマ。

 

 豚の頭。

 巨大な体躯。

 荒々しさを全身で表現するその顔は、くしゃりと笑顔を作っていた。

 

『よかった。カノマ、いた』

 嬉しそうに、オークは言った。

 

「ななな、なんでオークが……!?」

 慌てるリモラ。

 先日の大暴れを見ているのだから、仕方ないのかもしれないが、それにしても驚きすぎである。

『おい、おまえ。おいらの名前はツトンカだ。ちゃんと呼べ』

 憮然とした表情で、オーク――ツトンカはそう言った。

「リモラさん。オークっていうのは種族名ですから。僕たちだって人間って呼ばれるの、少し嫌ですよね」

「……ん。それはまあ、そうですけど」

 

「でも、ツトンカさん。夕方に来るなんて珍しいですね。いつもは夜なのに」

「え!? ちょ、いつもって、何度も来てるんですかこのオーク……のツトンカさんは」

『おう。カノマと話すのは、たのしいからな。今日はちょっと急いでたから、村のやつらが家にはいって、すぐにきた。ちゃんとミヤゲも持ってきてるぞ』

「僕としては別にいいんですけどね。いつもありがとうございます」

 

「ミヤゲ……土産って、え、ちょっと!? 何持ってるのよそれ!」

 

 オークの抱えているものに気付いたリモラが、半ば悲鳴のような声を上げる。

 それを聞き、カノマもオークの腕に視線を向け、ようやく気付いた。

 

 

「えっと……ツトンカさん? お土産って、その女の子ですか?」

 

 

 ツトンカの腕。

 そこには。

 金髪の少女が、抱きかかえられていた。



 

『いや、ミヤゲはこっちだ。これ、おいらの里の近くでとれる果物なんだけど、小さいくせにすごく甘いんだぞ』

 そう言って、もう片方の手から、紅い果実をぽろぽろと藁の上に放り出した。

『似たようなのもあって、そっちはすっぱいんだけど、隣のにいちゃんはそっちのがうまいって言って、それで喧嘩になったんだ。勝負はおいらが勝ったけど。でも、この前にいちゃんに負けた奴にはおいらが負けて、誰が一番強いのかよくわからなくなっちまった』

「いや、そうじゃなくて、なんで女の子を持ってるんですか!」

『まだ俺が話してるだろ! ちゃんと聞け!』

「ぴぃ!?」

 ツトンカの話を遮ったリモラは、大迫力の一喝を受け、涙目になった。

 

「まあまあ、ツトンカさん。そんなに怒らないでください。お話なら、ちゃんと聞きますから」

『あ……ごめん。またおいら、カッとなっちまった……』

「大丈夫ですよ。喧嘩の話も、あとで聞かせてくださいね。そういえば、その女の子はどうしたんですか?」

『そうだ。こいつを連れてきたんだ。今日は、その果物を持っていこうと森で探してたんだけど、なかなか見つからなくて、それでも一生懸命探してたんだ』

 また話が逸れそうになり、嫌そうな顔をしたリモラだが。先ほどの一喝の余韻が残っていたので、何も言えずにいた。

「探してたんですね。ひょっとして、そこでその女の子を見つけたんですか?」

 さりげなく、カノマが誘導する。彼の言葉はすんなり響くようで、ツトンカはその通りと少女を指した。

『こいつ……ケガしてるんだ。痛そうだから、つれてきた。カノマ、薬を作れるんだろ?』

「なるほど」

 

 頷き、カノマはすぐに動き始める。

 鞄を開け、中からいくつかの薬を出す。

 

「ツトンカさん、その子を藁の上に寝かせてください」

『おう』

 

 豪快な風貌に似合わず、優しく少女を横たえさせるツトンカ。

 少女はどうやら気絶しているようで、そのまま藁の上で動きを止めたまま。

 さらさらとした金髪が、横に流れる。

 耳が、むき出しとなる。

 

「えっ。この子――エルフじゃない?」

「あ、本当ですね」

 

 とがった耳。人間とは違う特徴。

 深い森の奥で暮らしていると伝えられる、エルフのものだった。

 

『いつもはいないはずのところにいたんだ。なんか変だと思ったから、ほっとけなかった』

 

 ツトンカの言葉に、確かにと頷くカノマ。

 少女の顔と腕。

 そこには、明らかに。


 ――無数の爪傷や噛み痕が、表面を覆い尽くすように刻まれていた。


 


 

 



 

 * * * * * *




「――私が渡せる資料はこれで全部です」

「はい。確かに受け取りました。……しかし。こう見ると、当初の状態より、かなり改善したんですね」

「そうですね。それもこれも、児相の皆様の尽力のおかげです」

「いえいえ。成川さんのような外部の方からの客観的な意見があってことです。ご協力、ありがとうございました」

「お力になれたようで何よりです。それでは、失礼します」

 

 市役所福祉課。

 コミュニティセンター内のとある会議室にて。

 とある会議が終了した。

 

「お疲れさまでした。お先に失礼します」

 部屋に残る面々に挨拶をする成川。その顔には少なからずの達成感が湛えられていた。

「成川さん、ありがとうございました! やっくんのことはお任せください!」

 ひときわ元気な挨拶を返してくれたのは、児童相談所の顔見知り。彼の顔にも一区切りついた安心感が見て取れた。

 ぺこりと会釈をし、辰幸は会議室を後にする。

 

 今日は、児童相談所と連携した、とあるケースの会議だった。

 対象は小学校高学年の男子児童。

 ケースに関わった様々な職種の者が集まり、彼についての情報交換と今後についての打ち合わせが行われた。

 

(しかし、無事に入所先が見つかってよかったなあ。市をまたぐのは残念だけど)

 間接照明で淡く輝く廊下を歩きながら、辰幸は今回のケースについて振り返る。

 


 児童虐待。

 現代日本に少なからず存在する社会問題の一種。

 多くは親自身にも自覚がなく、“しつけ”と思い込んでしまっているケースも多い。

 状態も多様で、法律や行政が実態に追いつけていない面もあるが、関係者は日々尽力してこの問題に当たっている。



 辰幸も臨床心理士として、対象児童の心理面接を担当してきた。

 今回のケースは、虐待が発覚してからの児童相談所の動きが早かったこともあり、保護施設や養育施設への引継ぎも比較的スムーズに実施できたため、児童への負担も少なくできた幸運なケースである。

 最初の面接では酷かった心理状態も、後半にはかなり良い状態まで改善されていた。

 まだ油断はできないが、引っ越し先の福祉司にもしっかり引継ぎできたので、とりあえずは一安心である。

 

(……今日の会議に間に合うように、徹夜で資料を作ってたから……眠い。あと腹減った)

 児童の里親が決定したのが3日前。引継ぎのためのケース会議が急遽決定したのが昨日。重要な案件のため、睡眠時間を犠牲にして資料作成に当たった辰幸だった。

 

 おかげで、睡魔と空腹がかなり自己主張している。

 どちらを先に宥めるべきか、少々迷う。

 

 幸い、明日はちょうどフリーの一日。今日この後の夜の時間は、好きに過ごすことができるはず。

 まっすぐ帰って爆睡し、明日の朝に朝バイキングでがっつり食べるか。

 それとも駅前で好物のにんにくたっぷりジャンク系ラーメンでも食べていくか。

 どちらも魅力的すぎて困る。

 

「……よし。ラーメンだ。今日はラーメンの日だ」

 明日、人と会う予定がないのだから。

 今日は明らかなにんにくチャンスの日である。

 そうと決まれば足取りも軽く。

 辰幸は駅前のラーメン屋へ向かっていた。





 駅前のラーメン屋にて、トッピングを過剰に増やして胃腸への負担を上げまくっていた辰幸だが。

 麺を全てすすり終えて、スープを飲むべきか否か真剣に悩んでいたところで。

 ふと、近くの客同士の会話が耳に入ってきた。

 

「しっかし、この前入ってきた中途の新入社員、空気読めないよなー」

「あー、わかるわかる。集中力もないし、言われたことすぐ忘れるし」

 

 話しているのは、二人組のサラリーマン。

 赤ら顔で話し合っているところを見ると、飲み会後の締めでラーメン屋によったというところだろうか。

 話の内容は、おそらく彼らの会社に新しく入ってきた社員についての愚痴らしきもの。

 

「あいつアレだろ、最近よく言われてるやつ」

「それそれ。ハッタツショーガイってやつだよな絶対」

 

「…………」

 酔っ払いの戯言だ。

 いちいち反応するのも馬鹿らしい。

 それでも。

 塩と脂による多幸感は、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 同僚の仕事の出来について、文句をつけるのは別にいい。

 本人に聞こえないところで存分に吐き出して、業務に支障をきたさないようにすることは大事だろう。

 彼ら自身の仕事のクオリティを維持するのに、愚痴を吐くというプロセスは必要なのは仕方ない。

 ただ。

 知ったかぶりのレッテル張りはよろしくない。

 話しぶりから判断する限り、障害と病気の区別もついてないような状態だ。そのような輩が発達障害について語るのは、非常に危険である。

 

 発達障害。

 近年になり、医療や福祉以外の一般社会でも認知度が高まってきたが、未だに広く知られているとは言い難い。

 他者の意図を推察するのが苦手なアスペルガー症候群。

 特定の学習活動が苦手になってしまうLD(学習障害)。

 集中することや待ち続けることが不得意なADHD(注意欠陥多動性障害)。

 これらを総称して「発達障害」というのだが、発達障害を有する者を取り巻く社会環境は、まだ安定していないのが現状である。

 

 そもそも発達障害は、従来の「自閉症」も併せると、10人に一人の割合で、生まれつき有しているのが実情である。

 学校で言うなれば、30人学級で2~3人は存在する計算になる。

 中枢神経系の障害であるため、治癒するものではなく、その困難さにどう向き合っていくかが重要なものだ。

 彼らの多くは得意不得意の振れ幅が大きいだけで、適切な支援を受ければ、充分以上に社会に適応できるはずなのに。

 こういう酔っ払い連中のようなレッテル張りによって、その支援が阻害されてしまうことが非常に多い。

 

 レッテル張りは、非常に危険な行為である。

 人は一度「こういうものだ」と思い込んでしまうと、その後に何か覆すようなことが起きても「でも、こういうことだし」と考えを変更することが難しい性質がある。

 発達障害を有する人が「こいつは発達障害だから」とレッテル張りをされてしまうと、その人がいくら努力しようとも高い評価を得られないという現象が起きてしまう。

 そうなると、学習性無力感という、いわゆる「強制力の強い諦め」に支配されてしまうようになり、彼らの社会参加が阻害されてしまう。

 

 言っている方にとっては気楽な愚痴でも。

 それが他者の人生を狂わせる入り口になる。

 

(そういうことをはっきり言って聞かせたいけど、酔っ払いにそんなこと言ってもなあ……)

 

 言うべきことを堂々と言えるような人間になりたいと思いつつも。

 辰幸自身も、自分の度胸の限界を感じてしまい、げんなりする。

 とても幸せな気持ちで好物を食べていたはずなのに。

 気付けば、食欲はなくなっていた。

 

 スープを残したまま、会計を済ませ、店を出る。

 今日の寝つきはよくないかもな、と思いながら夜道を歩いた。


 

 ふと。

 思い出した。

 

 ――言うべきことを堂々と。


 そんな人間と、先日会話した。

 こちらが反射的に通話を切ってしまうほど、真正面からの礼を言ってきた青年。

 

「確か……カノマさんだっけ」

 

 あの場面は、確かに礼を言う場面。

 そこで堂々と、一点の曇りもなく感謝を伝えられたのは、彼の心の真っすぐさの表れだろう。

 心理関係については素人だったが。

 ああいう人間が、この先心理職に就いてくれたら。

 きっと、担当されたクライエントは、良い結果に向かえるに違いない。

 

「そういえば……対応の結果を聞けてないんだよなあ」

 

 電話でしか情報は伝えられていないが。

 暴れる大柄な男への対処。

 その結果についての報告を受けられなかったのは、少々心残りでもある。

 

 話を聞く限りだと。

 彼が暴れていたのはパニックによる自傷的行動の可能性が高かったが。

 その原因はおそらく――

 

「――まあ、今考えすぎても仕方ない。とりあえず続報を待つしかないか」

 

 必要があれば、また連絡してくるだろう。

 そう思い、意識を切り替え、辰幸は帰路に就くことにした。

 

 

 

 で。

 

 家に着くなり。

 

 仕事用携帯に。

 

 着信があった。

 

 

「…………非通知、か」

 

 まさかと思い、電話に出る。

 

 かけてきたのは――

 

 

『すみません。ナリカワさん、助けてください!

 家出をしている女の子を保護したのですが、帰りたくないと泣いてしまうんです』

 

 

 聞き覚えのある、声だった。









 * * * * * *




 馬屋の隅。

 敷き詰められた藁の上にて。

 エルフの少女が横たわっている。

 

 時刻は既に深夜。

 

 少女の目覚める気配がないため、リモラとツトンカにはいったん帰ってもらい、今はカノマ一人で様子を見ていた。

 すうすうと寝息が響く。

 巻き藁はこまめに天日干ししているので、衛生的には大きな問題はないのだが、それでも意識のある者だったら抵抗はあるかもしれない。少女が起きて、こんなところで寝かせるなんてと怒りだしたらどうしよう。

 とか何とか。

 窓から差し込む月明かりの下で。

 少女の寝顔を眺めながら、取り留めのないことを考え続けるカノマだった。

 関係ないことを考え続けなければ。

 ひとつ、大事なことで悩んでしまうから。

 

 それは、少女の傷について。

 

 前腕、二の腕、肩に至るまで。

 無数の爪傷が存在していた。

 特に前腕の手のひら側が多く、多量に出血した経験も二度三度では済まないだろう。

 

 カノマの記憶が正しければ。

 エルフという種族は、高度な治療魔術を扱えるものが多かった、はず。

 なのに、少女の傷は、その治療を受けているとは思えないような治り方で。

 輝く金髪から生えた耳がなければ、同じ人間に見えてしまう。

 

 新しい傷が化膿し始めて見るに堪えない状態だったので。

 少女に無断で、薬草による治療は済ませてあった。

 幸い、発熱もなかったので、治りは早い部類だろう。

 

 どう考えても、おかしい。

 たとえこの少女が例外的に治療魔術の苦手なエルフだったとしても。

 周りの大人が、このような傷を癒すことができるはずなのに。

 どうして、この少女は、傷だらけなのだろうか。

 

 

「……ん……ぅ……あれ……ここは?」

 

 

 ふと。

 少女がかすかに身じろぎしたかと思ったら、その瞼を開け、上半身を起こしていた。

 月明かりの下でもなお輝きを失わない金髪。細い手足に薄手の簡易な服装。

 目立つのは――目の下の大きな隈。

「よかった。目が覚めたみたいですね」

 カノマは相手を安心させようと、できるだけ穏やかな声で語りかける。

「……だれ……ですか……?」

 初めて見る相手に、少女が警戒の視線を向ける。まあ、当然の反応だろう。カノマは気にした素振りも見せず、そのまま少女との会話を試みた。

「私は、カノマといいます。ここで薬師として働いています。怪我をしたあなたを心配した方が、ここに連れてきたんです。覚えていますか?」

 少女はふるふると首を横に振った。夜闇の中でも輝きを隠し切れない金髪が微かに揺れた。

「とりあえず、怪我の手当てだけさせていただきました。……どこか、痛むところはありますか?」

 カノマの言葉に、少女は改めて自分の身体に視線を落とす。


「……いたくない、です」

「……?」

 

 ぽつりと返る少女の言葉。

 そこに含まれた感情に気付き、カノマは内心で首をかしげる。

 

 ――どうして、残念そうなのか。

 

 少女は、明らかに。

 己の傷が癒されたことに、落胆していた。

 そのことについて、カノマが考えようとした、瞬間。

 

 くるるぅ。

 

 と。

 少女のお腹から、遠慮気味な催促の音が響いた。

「……ぁぅ……」

 恥ずかしそうにうつむく少女。

 

「あ、薬草粥を作ってあるので、よければ食べませんか? 僕もこれから晩御飯なんですよ」

 思考はいったん脇に置き、カノマは少女にそう提案した。

 

 

 

 少女が倒れていたのは、どうやら極度の空腹によるものだったようで。

 カノマの作った薬草粥を、一人前ぺろりと完食。勧められたおかわりも嬉しそうにがっついていた。

(……うーん)

 見る限り、少女はかなり、細かった。

 最初はてっきり、身長が先に伸びている段階なのかと思っていたが。

 どうやら、栄養失調も少なからずありそうだった。

 傷だらけだったのが最初に目についていたのもあるが、よく見ると、皮膚の状態もよろしくない。

 エルフに必要な栄養がどのようなものかは詳しくは知らないが、それでも、充分な食事を摂れていないように見えた。

 

 訊くべきか。

 訊かぬべきか。

 

 カノマは

 判断に困った。

 

 そして、ふと思い出した。

 先日、オークのツトンカが暴れていたとき、ナリカワから言われたこと。

 

 ――カウンセリングマインド。

 

 話す内容やペースは相手に任せ、自分は聞き役に徹する方法。

 ツトンカの様子を見た限りでは、どうやらかなり安心できる方法のようだ。

 それを、この少女にも使えないだろうか。

 

「もし、話したいことがあったら何でも話してください。ちゃんと聞きます」


「……?」

 少女は、大きな隈の消えない目をぱちくりさせた。

 

 まあ、それもそうだろう。いきなり「話を聞きます」と言われても、普通は困惑する。

 カノマは一生懸命思考を回転させ、まずは一番重要なことを確認していないことに気が付いた。

 自分は名乗った。

 しかし、少女の名前を聞いていない。

 

「えっと、よければ、名前を教えてもらえませんか?」

 

「あ……わたしは、サティです。たすけてくれて、ありがとうございました」

 

「いえいえ。どういたしまして。先ほども言いましたが私はカノマです。ここで薬師をしています。それでですね。えっと、サティさん」

 

 びくり、と。

 名前を呼ばれた瞬間、何故か少女――サティの身体が震えていた。

 その意味が分からず、カノマは一瞬首を傾げるが、とりあえず言葉を続けることにした。

 

「サティさんが、何か話をしたければ、ぜひ聞かせてください」

「話……どんな?」

「何でもいいですよ。私は今、サティさんのことを知りたいので。どんなことでも聞きますよ。もちろん、無理に話さなくてもかまいません」

「…………」

 

 考え込むサティ。

 そのまま続く沈黙。

 何か促そうと思ってしまうが、カノマはそれをぐっとこらえる。

 

 相手のペースで話させる。

 それがカウンセリングマインドでは大事だった、はず。

 

 どれくらい沈黙が続いただろうか。

 おそるおそる、といった様子で、サティがぽつぽつと話し始めた。

 

 話の内容は、先程の薬草粥の感想から始まり、彼女が最近食べたものへと繋がった。

 最初の方はおっかなびっくり話していたサティだが、カノマがどんな話でも真面目に聞いてくれる様子に手ごたえを得たのか、だんだん口数も増え、積極的に話すようになってきた。

 どうやら、心の奥底では「話を聞いてもらいたい」という願望を持っていたらしく。

 会話を続けるうちに、少女の瞳は輝きだし、表情も豊かになっていった。

 

 カノマは、ひたすら聞き役に徹していた。

 ナリカワに言われた通り、相手の感情に関わる話題についてはは「そうですね」と認めるように対応した。それがサティには嬉しかったようで、話が進むにつれて、彼女は自分がそのとき何を思ったのかまで、詳しく話すようになっていた。

 

 自分は何が好きなのか。

 自分は何が嬉しかったのか。

 自分は何が苦手なのか。

 自分は何が悲しかったのか。

 

 はじめは「よかったこと」についてばかり話していたが。

 あるときを境に「不快なこと」について、どんどん話すようになっていた。

 そしてそれは、時間を経るごとに割合を増していき、少女は、とにかく、自分が嫌なことについて話すようになっていた。

 

 話を聞きながら、カノマは考えた。

 ひょっとしたら、この少女は。

 普段は、自分の嫌なことについて、全く話せない状態だったのだろうか。

 だからこそ、今、吐き出したかったものを、どんどん吐き出しているのかもしれない。

 

 時折、彼女からこぼれてくる言葉。

 

「服をよごしたら、お母さんが服を全部すてちゃった」

「お母さんが怒ってるときに話しかけると、水をかけられるの」

「わたしが悪い子だから、お母さんはいつもわたしのことを怒るんだ」

「こんなふうに、お母さんに、話をきいてほしい」

 

 母について。

 その内容は、どう贔屓目に見たとしても。

 明らかに、虐げられているとしか受け取れなかった。

 しかしそれでも。少女が母について話すときは、一番感情がこもっていた。

 母のことは、好きなのだろう。

 しかし、母親は彼女に冷たく当たっている。

 それが、サティの日常なのだろう。

 

 と。

 勢いよく話していたサティだが。

 

 突然黙り込み、一言だけ、呟いた。

 

 

「……帰りたく……ないよぅ……」

 

 

 その後は、声にならない嗚咽が響くのみ。

 泣き続ける少女を前に、カノマはどうすればいいのかわからず、固まってしまった。

 

 サティが辛い日々を過ごしているのは理解できた。

 できることなら、その助けになってあげたいと思う。

 でも――どうすればいいのかわからない。

 

 少女をこのまま預かるべきなのか。馬屋で借りぐらしをしている自分が。

 それとも、母親のもとに帰すべきだろうか。彼女を冷たく扱う母親のもとに。

 

 判断できず、悩むカノマ。

 しかし、己の辛さを隠せなくなった少女がさめざめと泣く様子を見ると、力になりたいという気持ちだけが強くなっていき――

 

 

 ――気付いたときには。胸元の箱が淡い光を放っていた。








 * * * * * *




 カノマの説明を聞き、辰幸は頭痛を覚えて頭を抱えた。

 

『……ナリカワさん? あの、どうかしましたか?』

 

「いえ。何でもありません。カノマさん、お電話くださり、ありがとうございました。一人で抱えず、ちゃんと相談してくださったのは素晴らしいです」

 

 頭痛を堪えながら、しかし電話の相手に対しては、心からの感謝を伝える。

 話を聞く限りでは。

 この家出少女のケースは、個人が抱え込むには荷が重すぎる案件である。

 

「カノマさん。落ち着いて聞いてください。その女の子ですが、単なる家出ではありません。お母さんが厳しいのが嫌だとか、そういった家庭の問題で収まるものではないものです」

 

『え? それはどういう……』

 

 困惑した気配が伝わってくる。

 無理もない。

 辰幸の声色は、電話を受けた時とはがらりと変わり、非常に真剣なものになっていた。

 

 

「――その子は、虐待を受けています」

 

 

『……虐待、ですか? で、でも、特に殴られたような傷痕はありませんでしたけど』

 

「虐待というものは、殴る蹴るだけではありません。それ以外の形で、身体への暴力以上の被害を与えるものもあります。

 ――カノマさん。その子の様子を見てください。――心に強い傷を負っているように、見えますよね?」

 

『……はい。それは、確かに』

 

「その子が受けている虐待は“ネグレクト”というものです。育児放棄とも言います」

 

『ねぐれくと。育児放棄ということは、この子のお母さんは、この子を捨てたということですか? でも、一緒に暮らしてるみたいですけど……』

 

「一緒に過ごしていても、親として守っていないのであれば、それは完全に育児放棄です。一緒にいることで、子どもの心がより傷つく、そういうこともあるんです」

 

『…………』

 

 電話の向こうで、絶句する気配。

 仕方ないこととはいえ、辰幸は少しため息を吐きたくなった。

 ネグレクトに対する一般の理解は、少々偏っていると言わざるをえない。

 

 

 児童虐待。

 それは、大きく分けて4種類になる。

 身体的虐待。これは純粋に暴力を振って怪我をさせることを指す。

 性的虐待。これは子どもに対して性的な行為をすることを指す。

 心理的虐待。これは言葉や態度で子どもを攻撃することを指す。

 ネグレクト。――これが、今回のケースに当たる。

 

 育児放棄。

 そう聞くと、子どもの世話をしないこと、そう捉えられることが多い。

 世話をしないだけで虐待だなんて、と反発する人間も少なくない。

 しかし。

 重要なのは、子どもの相手をするかどうかといった表層的なことではない。

 育児の放棄をするということは、すなわち。

“親が子どもを守らない”ということになる。

 子どもにとって一番の理解者であり味方であるはずの存在。それが親である。

 その親が、子どもを守ることを放棄する。そうなると、子どもは外部からの様々な強い刺激を直接受け止める形となってしまう。

 変形しやすい柔らかな子どもの心にとって、それは多大なる悪影響を与えてしまう。

 ネグレクトを受けた子どもは、高い確率で何らかの精神的疾患を抱えてしまうという調査結果も存在するくらいである。

 

 現代日本での虐待の割合は。

 最も多いのが身体的虐待で、約3割強を占めると言われているが。

 ほぼ同じ割合で、ネグレクトも行われているのである。これを知らない人は多い。

 調査年度によっては、一番多いこともある。それほどまでに、発生しやすい虐待なのである。

 

 虐待を行う保護者の多くは、それを虐待だと認識していない。

「これはしつけだから」

「ちょっと反省させるために」

「うちにはうちのやり方がある」

 こんな声を、辰幸は仕事で幾度となく聞いてきた。

 彼らにとって、子どもに冷たく接することは、必要なことだという認識なのだ。

 

 子どもを自分の勝手で痛めつけておいて、何がしつけだ。

 

 

「カノマさん。自分が何かを頑張っても、全く褒められず無視される。そうなったら、どう思います?」

 

『え? えっと……とても悲しくなります。あと、虚しくなると思います』

 

「それを積み重ねることで、やる気そのものがわかなくなる。それを学習性無力感といいます。何もできなくなるんです。色々なことを経験して成長するべき子どもが、何もできなくなる。とても重大な問題だと思いませんか?」

 

『言われてみれば、確かに……!』

 

 カノマの声に緊迫感が混じる。

 状況の緊急性を認識できたようだ。

 

「その子の腕にある爪傷は、自傷によるものです。親の気を引けない子どもが、何とか親に振り向いてもらおうとして、自分を傷つけてアピールしているんです。もっと私を見てと。そして親にかまってもらえないのは自分が悪いと思うようになり、悪い自分を攻撃している可能性があります」

 

『っ!』

 

 息を呑む気配。

 何か思い当たることがあるのかもしれない。

 

「ネグレクトは、子どもの心に大きな傷を与えます。だから、真剣にことに当たる必要があります。よろしいですか?」

 実際に、ネグレクトを受けた子どもは、その後様々な精神疾患を発症するケースが非常に多い。

 愛着障害、不安障害、気分障害、破壊行動障害、パーソナリティ障害、自殺関連行動、等々、枚挙に暇がない。

 

『はい! 僕にできることがあったら、何でもします。……あっ』

 力強い言葉の後、ふと思いついたようで。

『……僕が、この子の親代わりに――』


「――駄目です」

 最後まで言わせる前に。

 全力で、遮った。

 

 

 被虐待児を、第一発見者がそのまま養育する。

 ありえない対応ではないが、辰幸としては避けたいところである。


 虐待を受けた可哀想な子ども。

 その子を引き取り、愛情をたっぷり注ぎ、心を癒す。

 なるほど確かに、美談としては上等である。

 しかし、忘れないでほしいことがある。

 それは「子どもを育てる大変さ」だ。

 

 そもそも。

 虐待している親自身、前述したように虐待をしたくてしているわけではない。

 彼らなりの家庭教育のつもりで、そのような状況に陥っているのだ。

 他者がすでに失敗していることを、そのまま何の対策もなしに成功させることが、はたして容易だろうか。答えは否である。

 上手く関係を作れずに、第二の虐待者になってしまう可能性も高いことを、引き取る者はしっかり考えなければならない。

 

「カノマさん。子どもを育てるということは、簡単なことではありません。

 自分の生活を維持し、子どもに安心を与え、必要なことを教えていく。どれも大変なことです」

 

『で、でも、この子の心はどんどん傷ついてしまうんですよね? なのに何もしないだなんて』

 

「何もしないわけではありません。していただくことは山ほどあります。勘違いをしないでほしいのは――」

 

 一息つく。

 言うべきかどうか一瞬迷う。

 しかし。

 この青年なら大丈夫だろう。

 

「――ひとりでするのではなく、周りと協力しながら取り組んでほしいということです。

 人間、ひとりでできることには限界があります。だから、みんなで力を合わせるのです」

 

『は、はい』

 

 話を聞く限り、カノマたちのいるところは、とんでもない田舎とのこと。

 市町村でいうところの村、しかもそれなりに過疎化しているところのようだ。

 そんな場所では、福祉司どころか児童相談所すら機能してないかもしれない。

 

 でも。

 

「近くの人たちの協力を取り付けていく。大変ですが、カノマさんにやっていただかなければならないことです。

 とても難しいことかもしれません。途中で疲れてしまうかもしれません。それでも――」

 

 この青年には、何故か協力したくなるところがある。

 そこに賭けてみる価値は、あるだろう。

 

「――あなたなら、できます。一緒に頑張りましょう」

 

 気付いたときには。

 柄にもなく、熱めの言葉を電話の向こうに投げかけていた。

 

『はい! ありがとうございます!』

 

 素直な礼。

 今度は受け止めることが、できた。

 


「では具体的にどうするかですが……カノマさんには、なってほしいものがあります。それは、“居場所”です」


 




 * * * * * *




 数日後。

 馬屋の片隅にて。

 

「……ふ、増えてる……」

 

 管理人のリモラが、中を覗き込んで、そう呟いた。

 

 

「あ、リモラさん。騒がしくしてすみません」

『うるさくしてなんてないぞ。ミヤゲもあるし』

「あ……お土産もってきてないです……ごめんなさい」

 

 ぺこりと会釈をするカノマ。何故か堂々としているツトンカ。そして。

 目元に大きな隈のある、エルフの少女が申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「あ、いや、べつに気を遣わなくても大丈夫……っていうか、ちょっとちょっとカノマさん」

 少女があまりにも申し訳なさそうにするものだから、ついつい許しそうになるリモラだったが、慌てて気を引き締めてカノマを呼び寄せた。

 

「その、客が来るのは別にかまいませんが……あの子、ここに来ても大丈夫なんですか?」

「はい。サティさんも納得してますので、当分は数日に一回、遊びに来てもらう予定です。毎回ここではなく、村の外でも会うようにはしますが、ご迷惑をおかけしてたら申し訳ないです」

「うちは大丈夫ですけど……カノマさんは、大丈夫なんですか? 薬師の仕事もまだ慣れてないのに、オー……ツトンカさんの話し相手とか、エルフの遊び相手とか、忙しすぎじゃありませんか?」

 心配そうにそう言うリモラ。

 気遣われていることに目を丸くしたカノマだが、すぐに表情を緩めて、馬屋の奥に視線を向けた。

「……僕は大丈夫ですよ? そんなことより、ちょっと見てください。リモラさん」

 

 カノマが指した先。

 そこでは。

 オークとエルフが、楽しそうにゲームをしていた。

 

 内容は、果物の中の種の数を当てるという単純なもの。

 人間にはよくわからないが、彼らは優れた聴覚や触覚により、中の種の数がなんとなくわかるとのこと。

 ちなみにカノマは全敗中である。

 

「二人とも、楽しそうですよね。ついこの間まで、とても困っていたあの二人が、僕のところに来て、楽しそうにしてくれてる。これ、すっごく嬉しいんです」

 そう言って。

 心の底から喜びを溢れさせて。カノマは笑顔を見せていた。

 その顔に毒気を抜かれたリモラは、やれやれとため息を吐き、

「――カノマさん、優しいんですね」

 感心するしか、なかった。

 

 ふと、少女の嬉しそうな声が上がる。

 どうやら少女が勝ったようだ。

 ツトンカの方は悔しそうにしているものの、負けを素直に受け入れていた。

 

「――カノマさん! こんどはわたしと勝負しよ?」

 

 頬を微かに染めながら。

 少女はカノマに呼びかけてきた。

 応じるカノマ。

 喜ぶ少女。

 

 少女の目もとには大きな隈。

 腕の傷も大量にある。

 問題は、大して解決していないようにも見える。

 

 それでも。

 カノマたちと遊ぶ少女は。

「ここにいてもいいんだ」という喜びを、全身から溢れさせていた。

 

 

 


「……いいなあ」

 種族こそバラバラだが、とても暖かな光景を見守りながら。

 リモラはそう呟いた。 

 

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