王女と王子と祭典と13

 多分心のどこかがマヒしていたのだろう。非常事態続きの中、やっと見知った相手と再会をして安心感の方が勝っていた。メイリーアはぐすぐすと鼻を少しだけすすって涙を止めようとした。そろそろ落ち着いてきたのだ。

「残念だったね。アーシュ!」

 そんな声とともに突然扉が閉められた。誰かが辺りに潜んでいたのだろう。

 ガタンと大きな音を立ててついでに鍵をかける金属音も聞こえた。

「て、てめー。ライデンだな!」

 メイリーアを離したアーシュが素早く扉の方へ動いた。ガチャガチャと音を立てて扉を開けようとするがびくりともしない。

 どうやら間一髪ライデンの方が鍵をかけ終わる方が早かったらしい。

「万が一のことを考えて近くで見張っておいて正解だったよ。明日が終わるまでこの中にいるといいさ。大丈夫、役人たちには俺から説明しておいてやるよ。『空色』の店主は怖気づいて逃げ出したってね」

 勝ち誇った声で笑いながらライデンの足音は遠ざかって行った。

「ふざけんな!覚えていろよ、ライデンのやつ、ここでたら絶対地獄を見せてやる」

 アーシュは叫びながら何度も扉をこじ開けようと試みたが失敗に終わった。扉に何度も蹴りを入れてみたけれどもびくりともしなかった。

「そうよ!「お菓子の祭典」まであと…どのくらいなの!」

 メイリーアは大きな声を上げた。ようやく頭が回ってきた。




「そういえば王女なんだってな」

 結局アーシュもこれ以上は体力の無駄だと悟ったのか、ひとしきり体当たりをしたり蹴りを入れてみたり、高い位置にある窓からどうにか脱出できないかと試したあとメイリーアの隣に座り込んだ。

 深夜も回る頃である。

 冬場の一番冷える時間帯なので自然とお互い寄り添う形なる。少し気恥ずかしかったがそれよりも冬の冷え込みの方が体には堪えるので照れてばかりもいられない。

 アーシュの言葉にメイリーアは全部ばれたのか、と観念した。元々正体を告げる予定だったのだ。ここは腹をくくるしかない。

「ええと、その…ごめんなさい」

 メイリーアは素直に謝った。

「だ、騙すつもりじゃなかったのよ。いつもお忍びでグランヒールに遊びに行くときは正体を隠すというか、なんというか…。王女って名乗るのはダメって言われているし…だから、その…」

「分かったって。そんな必死に謝るなって」

 アーシュは肩を揺らした。その声には避難の色は混じっていなかった。

「でも、どうしてわたしが王女だってわかったの?」

 メイリーアは疑問に思って尋ねた。

「そりゃあ、ルイーシャが青い顔して店にやってきて…」

 その言葉でメイリーアは大体のことに察しがついた。きっと今頃宮殿も大騒ぎだろう。今回ばかりは謹慎処分は免れなだろうな、と内心盛大にため息をついた。

「ノイリスと顔見知りだった」

 頭の中で無事脱出して宮殿に帰った後の各機関からの説教の恐怖に震えていたメイリーアは続けて言われた言葉がどんなことを意味するのか理解するのに数秒かかった。

 今、アーシュの口からノイリスという名前が出たような気がする。しかもルイーシャも顔見知りという。そんなノイリスなんて名前の人物、メイリーアの知るところ一人しかいない。もちろん隣国の王子様のことである。

「えっと…。ノイリスってどちらのノイリス…さん?」

 念のために一応メイリーアは尋ねた。もしかしたらメイリーアの知らないところで『空色』の顧客のノイリスさんとルイーシャが顔見知りになっていたのかもしれない。

「まあこっちも話せば色々と長いんだけどな…」

 アーシュはどう言えばいいのか迷っているようだった。苦笑しながらメイリーアの方に視線を向けてきた。

 こういうとき、アーシュの長い前髪が邪魔なのにな、とメイリーアは思うのだった。

「お前のよく知っているノイリスだよ。あいつは俺の弟なんだ。母親違いの」

 母親違いの弟。メイリーアはその言葉を頭の中で噛みしめた。メイリーアのよく知るノイリス、それはガルトバイデン王国の王太子で、第二王子なのに何故彼が次期国王たる王太子の座にいるのだろうと疑問に思った。

 そういえばもう一人王子がいるって教えてもらったような気がする。

「うそ…」

 考え着いた答えにメイリーアは呆然とした。

「だって、こんなにも口の悪い王子様がいるなんて…!わたし知らない」

「言ってくれるな、この王女様は」

 大分失礼な台詞を口走った様な気がするがそれがメイリーアの本心だった。

 そしてアーシュは顔を引きつらせた。




 メイリーアとアーシュが助け出されたのは夜も明けた朝のことだった。レオンが駆けつけた時メイリーアはアーシュの腕の中で眠っていた。どうやら途中で張りつめていた緊張の糸が切れて睡魔に襲われたようだった。この状況で熟睡できるとはうらやましい奴め、とアーシュは内心もやもやしたけれど、体中の全神経を集中して理性を保った。抱え込んだメイリーアはアーシュの腕の中で幸せそうに眠りこけている。警戒心のかけらも持っていないとはさすがは温室育ちのお姫様である。

 メイリーアは眠りこける前に事件のあらましを聞いたような気もするがあまり覚えていなかった。今回の誘拐劇はアーシュ側の事情に起因していたらしく、アーシュに何度も謝られてなんだか気持ち悪かった。と、正直に話したら小突かれてしまった。

 アーシュはレオンと一緒にメイリーア誘拐実行犯を捜しまわって、アルロス地区の西側の飲み屋で酒を煽っていた男たちに行きついた。そこで実行犯数人をぼこぼこにして―最初なかなか吐かなかったからである―、アーシュはそのうちの一人を引きつれてグランヒールのはずれもはずれにある建物に案内されメイリーアを見つけた。外れといっても王都は広い。馬車で軽く一時間は走った辺りにある倉庫である。

 レオンは『空色』に戻りフリッツに詳細を説明し、そのままアーシュらが戻るのを待っていたがいつまでたっても戻ってこなかったため不安になったとのことだった。そして一度ぼこぼこにした男をたたき起こして場所を聞き出し駆けつけたという次第だった。手間取ったのは相手の意識がなかなか回復しなかったからである。今度からはもう少し手加減しないと駄目だな、とレオンが反省したのは別の話である。

「早く帰らないと!準備が間に合わないわ」

 メイリーアは二人を急かして走りだそうとしたが前日の昼食を最後に何も口に入れていないのでふらりとよろけた。

 アーシュが咄嗟にメイリーアを支えてそのまま抱き上げた。

 メイリーアは声を上げた。

「あ、こらずるいぞ」

 レオンが抗議するのを無視してアーシュは帰り道を急いだ。

「アーシュ下ろして!わたしは平気だから」

「いいからじっとしていろ」

 そのままメイリーアを抱きかかえてアーシュは『空色』へと戻った。

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