王女と王子と祭典と14

 戻った頃には日はずいぶんと高くなっていた。看板の下にはルイーシャとフリッツが待っておりルイーシャはメイリーアの姿を確認するなり飛びついて来た。

「姫様!よかった御無事で…」

 そう言ってルイーシャは泣き崩れた。思えばルイーシャがここまで泣くのをみるのは初めてかもしれない。二つも年下の少女に随分と心配をかけてしまった。

「も、もう…だまって出かけないで…く、ください。わ、わた…しがどれほど…心配し、したか…」

 泣きじゃくるルイーシャの頭をなでてメイリーアはそっと抱きしめた。

「ごめんなさい。あなたにも心配かけたわね」

 メイリーアは目を閉じた。そしてしばらくそのままでいた。

 アーシュがメイリーアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「色々と任せきりにして悪かったな、フリッツ」

「いえ。師匠の留守を守るのが弟子の役目ですから」

 そういえばまだやることが残っているはずだ。

「アーシュ、準備とか、ほかにも…色々と…大丈夫?」

 ルイーシャを抱きしめたままメイリーアは疑問を口にした。アーシュも命を狙われたし、それを実行したのはメイリーアとも面識のある騎士、グレイアスということだった。

「ああ、俺は平気だ」

「メイリーア嬢、僕たちも一度宮殿へ帰りましょう。説明は僕の方からしますから」

 それまで控えめに成り行きを見守っていたノイリスが一歩前に踏み出した。

「ノイリスで…様」

 殿下と続けようとして慌てて言い直した。レオンもいるので言葉には気をつけなければ。けれど先ほどルイーシャは思い切り姫様とか叫んでいたような気がする。どうしよう。

「おまえは一度帰れ」

「う、うん」

 これからアーシュはどうするのだろう。

 色々と尋ねたいことはあるけれど、メイリーアは何から質問していいのか分からずに言い淀んだ。「お菓子の祭典」のこともだし、アーシュの素姓のこともだ。彼は今後どうするのだろう。視線に何か含むことを感じたのかアーシュが口の端を緩めた。

「大丈夫だ。「お菓子の祭典」の準備ならなんとかなるし、ちゃんと出場するよ。で、ライデンのやつにひと泡吹かせてやる。おまえは自分の役目をちゃんと全うしろ。一度帰って、ちゃんと明日顔見せろよ」

 開会の義のあいさつのことを言っているのだろうか。

 説教は免れないとしても、なんとか「お菓子の祭典」だけは出席したい。

 メイリーアは頷いた。

「わかったわ。あと、ライデンへの仕返しに暴力をふるっては駄目よ。あなたが悪者になっちゃうわ」

 メイリーアは念のためにアーシュにくぎを刺した。昨日二人きりで倉庫にいるときに物騒な言葉をアーシュが吐いていたことを覚えていたのだ。

「おまえ、あんな目に合ったのによくそんなこと言えるな」

「アーシュが助けに来てくれたもの。ねえ、約束。わたしもう一度あなたに会いに来るから。またあなたに会いたい」

 メイリーアはアーシュの目をしっかりと見据えて言葉を紡いだ。

 アーシュもしっかりと頷いて、メイリーアを見送った。

 ノイリスと彼につき従うマルセートルが後に続いて『空色』から遠ざかった。グレイアスはそのまま『空色』の二階に閉じ込めてあった。一度宮殿に戻ってからノイリスが改めて引き取りに来るとのことだった。

 アーシュとしてはグレイアスの進退にさして興味も無いので別段こうしてくれ、という要望は無かった。もう一度命を狙われるのは勘弁してほしいが、国に連行されてしかるべき処分が下るだろう。そこに口をはさむ気はないのである。



メイリーアとアーシュが別れて翌日。

 グランヒール市民が待ちに待った「お菓子の祭典」が開催された。

 大勢集まった市民を前にして市長の隣で挨拶の言葉を述べるのは金色の花と言われる美しい第三王女メイル・ユイリィア姫だった。

 金色の髪の毛を結いあげ、レエスのたっぷりとついたピンク色のドレスがよく似合っていた。頬は薔薇色に染まり、はつらつとした笑顔であいさつをする王女の姿に集まった市民も笑顔を向けた。

 第一王女の気高い美しさとは違った、初々しさがあった。

 その第一王女は控えめに会場入りを果たし、第三王女と一緒に開会後間もない店舗をゆっくりと見学して回った。

 第一王女たっての希望である。

 楽しそうに各店舗を見て回ってお菓子を頬張る第三王女に子どもたちは恐る恐る声をかけ、王女もそれに応えた。

 途中幾人かの市民が王族の少女の姿を見て、下町の菓子店の売り子とそっくりだなぁ、とか思ったりしたそうだ。もちろん、まさか王女が売り子をしているはずがないと思い、他人の空似ってあるものなんだな、と皆心の中で納得したのだが。

 納得しきれずに地団太を踏む羽目になったのは『金色の星』の次期四代目である。王都の人気店だけあって大盛況だった店舗の前には長蛇の列ができていた。たまたま休憩中だった責任者を目にとめて王女自らが足を運んだ。

 美しく着飾った姫君二人の登場に周囲は色めき立ちたったが、責任者ライデンは別の意味で青くなった。地味な格好をしていたが仕立ての良い服装をしたどこか勝気な少女と面影が一致したからだ。にっこり笑った微笑みがどこか親しい者に向けるそれにも似ていた。

「わたしは『金色の星』のお菓子も大好きですよ。メレンゲを砕いてクリームの上に散らしたんですね。食感がさくさくしていて面白いと思います。あと、クリームの下にルーヴァの甘煮を塗ったのも酸味が良いアクセントになっていました。美味しかったわ」と絶賛した。

 冬の冷気を吹き飛ばすほどの盛況を誇った祭典は三日間続いた。

 「お菓子の祭典」影の立役者である隣国の王子は開会の儀を後方で身守り、とくに『空色』の店舗の様子を気に行ったのか遠くからではあるが熱心に観察をしていた。自身の国の菓子でもあるシューマレンを取り扱っているのが嬉しいのだろうと、関係者は内心ほっこりしたそうだ。

 実質運営を取り仕切った宮内府の担当官らも予想外の盛況ぶりに感激しきりで来年は改良点も含めもっと時間をかけて準備し執り行いたいなどと話しこむほどだった。第一王女は、「一緒に酒を提供して年配の方(主に男性)にも楽しんでもらえるようにしたらいいのではないかしら」と付け足して、役人らを震え上がらせた。

 「お菓子の祭典」が盛況のうちに幕を閉じたころ。

 第三王女は宮殿の奥、己の住まい区画に閉じこもることとなった。

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