動き出した王太子11

 くるりと振り返ってメイリーアは答えた。先ほどまでの困り顔ではなくその瞳はきらりと輝いていた。

 反対にルイーシャは嫌な予感にぶるりと身ぶるいをした。

「だってまだアーシュたちが祭典に出席するって決まったわけじゃないものね。今から聞きに行くのよ」

 にっこり笑みを浮かべたメイリーアに折れたのは結局ルイーシャの方で、まだまだ彼女の使える主の暴走を止めるまでには至らないのだった。




「こんにちは!アーシュはいるかしら?」

 カランと鈴の音を鳴らしながら『空色』の扉を開くなりメイリーアは開口一番にアーシュの在籍を確認した。店内に客は誰もおらずフリッツがカウンターのいすに腰を掛けて何か書物を読んでいた。メイリーアたちの来店に気がつくとフリッツはぱたんと開いていた本を閉じて目を細めた。

「いらっしゃいませメイリーアさん、ルイーシャさん」

 時間が惜しく、居ても立っても居られなかったメイリーアはミッテ河を渡って馬車が通れるぎりぎりで降ろしてもらった後少しばかり走ったのだ。おかげで息が少しだけ上がっていた。それはルイーシャも同じで、そんな彼女たちの様子を見やってフリッツはカウンターの後ろの扉を開けて奥へと入って行った。

 しばらくして呼吸も少し落ち着いてきたところにお盆を手にしてフリッツが戻ってきた。そのすぐ後ろからアーシュも着いてきた。こちらも相変わらずの作業服に髪の毛を後ろで一つでまとめている。無愛想なのはいつものことで目付きが悪いため初見だと機嫌が悪いのではと思いがちだが慣れてくればなんてことはない、これがアーシュの基本である。要するにいつもと変わりのない二人だった。

 メイリーアは自分でもホッとするのを感じていた。たった三日しか顔を合わせていなかったのに、さきほどの自室での会話もあってか二人の姿を目にして今とても安堵していた。思わず頬が緩んでしまいそうになるのをメイリーアは慌てて正した。

「どうしたんだ、そんなに急いで」

 アーシュがお盆に乗った器を手に持ってメイリーアに渡しながら尋ねてきた。メイリーアとルイーシャはそれぞれ器を受け取ってまずは中の水をこくこくと飲みほした。走って熱くなった体に冷たい水がしみわたり心地いい。メイリーアはふう、と息を吐いた。

「アーシュ達って年の暮れに開催される「お菓子の祭典」に出店するって本当なの?」

 一息入れて落ち着いたメイリーアはそのまま本題を切りだした。

 この直球すぎる質問にルイーシャが目を剥いた。慌ててルイーシャはメイリーアの袖を小さく引っ張った。

「よく知ってるな、まだ決まって二、三日しかたっていないっていうのに」

 アーシュの感心したような声にメイリーアも自分の失態に気がついた。確かにこんなにも早く概要を知っているなんて自分から正体を暴露しているようなものである。メイリーアは青くなって口をつぐんだ。どうやって言い繕うか、頭の中がほぼ真っ白で名案が浮かんでこない。

「ええと…その…」

 口から出るのは要領を得ない言葉ばかりだ。

 ルイーシャは困ったようにメイリーアとアーシュの方に代わる代わる目をやり、その様子をフリッツはただ静観していた。

「ああそっか。おまえ実はすごい貴族の家だったんだっけ。そりゃ知っててもおかしくはないわな」

 アーシュはさして気にする風でもなくあっさりと自分の中で結論を見つけて完結した。

「そうなんですか、初耳です。師匠」

「ああ、確かどこだっけ。俺全然そっち系興味ないから忘れたけど、なんかすごい家なんだっけ。ええと…なんつったか」

 本気で忘れたのかアーシュが何かを思い出そうと必死に単語を口に出そうとするが一向に目当てのものが出て来ずにいる。

「もしかしてレーンハイム家ではないでしょうか」

 ルイーシャがおずおずと助け船を出した。

 その言葉にアーシュはぽんっと手をたたいた。ルイーシャのおかげで思い出したのだ。

「ああそれだ。そんな名前だったな」

「レーンハイム家ですか…たしか…、今の国王陛下の亡くなられたお妃さまのご実家がレーンハイム家ですよね」

「そうなのか。けっこう立派な家だな」

 フリッツの言葉にアーシュが感心したかのように感想を述べた。メイリーアはこれ以上何かをしゃべると墓穴を掘りそうだったのでそのまま口をつぐんで曖昧な笑みを浮かべたままにしておいた。本題は別にあって宮殿を抜け出してきたのだからそろそろこの話題からは遠のいてほしいというのが本音だった。

「メイリーアさんは公爵家のお嬢様なんですね。確か現当主にはご子息とご令嬢が一人ずついらしたような」

「ええっと、わたしのことはともかく!それよりもアーシュ達のことよ!本当なの?「お菓子の祭典」に出店するって」

 フリッツの言葉を遮ってメイリーアは本題を切りだした。フリッツはまだ何か物足りなさそうに口を開きかけたが、結局その口が再びメイリーアの出自に関する質問を発することはなかった。

「ああそうだよ」

 アーシュは一拍前とは打って変わって少しだけ不機嫌そうに口を開いた。

 その様子にメイリーアとルイーシャはお互い顔を見合わせた。一応選ばれた者しか出場できない催しものなのだ。なのにこの浮かない表情は一体どうしてなのだろう。二人してそんな疑問が頭の中にちらついた。

「どうしたのアーシュったら。嬉しくないように見えるわ」

 一応メイリーア自身も関わっているためこういう態度を取られると気になる。

「どうしたもこうしたも。面倒事を押しつけられたから不機嫌なんだろう」

「め面倒…」

 メイリーアは面食らってしまった。それはルイーシャも同じことのようで口を開けたまま固まっている。一応王家主催の催事なのだ。選出された菓子店は誉れ高いと誇りを抱くことはあっても面倒となげやりに言われることはない、はずなのだが。

「この忙しい年末にいきなりそんなもん押しつけやがって」

 そう吐き捨てるアーシュの顔は思い切り機嫌が悪い時のそれである。もう見慣れてしまったのでメイリーアはこれがアーシュの本音だと悟った。まさかそういう風に思われているなんて。色々と衝撃過ぎてメイリーアはしばし微動だにしなかった。

「まあまあ師匠、メイリーアさんに当たっても仕方ないですからここは押さえて。ほら怖い顔になっていますよ。すみませんね、お二人とも。下町地区代表は正直な話押しつけられた感満載なので師匠もつい機嫌が悪くなるんですよ」

 フリッツはそう前置きをして『空色』がトーリス・クレスモール地区代表になった経緯をかいつまんで説明した。事情を知ったメイリーアは納得できるような出来ないような、なんとも微妙な気持ちになってしまった。大人たちの思惑が絡み合った腹の探り合いなど今まで無縁の生活を送ってきたのだから仕方ない。国の頂点に立つ父の元に生まれ、物ごころつく頃から王宮に仕えることが名誉、という人物らに囲まれて過ごしてきたのだ。こんなふうに王家にかかわることが面倒だと思う人間がいること自体信じられなかった。そしてもう一つ。メイリーアも関わっている催事がアーシュには煩わしいこと、これが思いのほか堪えた。

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