動き出した王太子5
「それにしても本当に沢山の考えが出てきますのね。わたし感心してしまいましたわ。ええと、ほらグランヒールを大まかに七つほどに分けてそこから代表を一店舗ずづ選んでもらうとか」
メイリーアは当初、ノイリスも自分と同じように会議に名目上参加をして成り行きを見守るだけなのかと思っていたが昨日の夜のうちにいくつか案を練っていたのか会議の主導権こそ宮内府の執務官に譲ったものの内容については色々と口出しをした。にこやかにのほほんとした口調で口をはさむものだから執務官らもそれに乗せられる形で大まかな骨組みが決まって行った。「お菓子の祭典」と正式に名づけられた今回の王族主催の出し物は十二日間にわたって行われる年越しの祭りの初日から三日間供されることとなった。
「いろいろな店に参加してもらった方が面白そうだと思っただけですよ。私もグランヒールの色々な菓子店の菓子を食べたいですから」
「なるほど、それはそうですわね。わたしも今から楽しみにしています」
メイリーアもにっこりと笑った。確かに王家に仕える菓子職人だけだと味気ないし、王家は王家で新年に向けた夜会も催すためこの時期の宮殿仕えの者は皆忙しい。だったら予算をあらかじめ決めてしまいその中で街の職人らにある程度自由に菓子作りを競ってもらえば話題にもなるし面白いのではないか、とノイリスは提案したのだった。特段協議会のように優劣を付けるものではないけれど、出場するからには皆それぞれ店の看板をしょって立つのだ。おのずと力も入るであろう。当日はグラン広場の一角に屋台を設置するのでそちらは各店で装飾に差が出ないよう宮内府側で用意をすることになった。
「あと実際に色々と手配をしたり交渉したりするのは宮内府に仕える執務官らになるでしょう。私たちはもう後何回か会議に出席して進捗具合を確認するだけになりそうなのでそんなにも忙しくはなりませんよ」
「そうなんですね。確かにわたしじゃなにも分からないので、そのくらいで十分ですわ」
メイリーアはホッとして頷いた。
そうこうしているうちにノイリスらガルトバイデン一行の滞在している迎賓棟へとたどり着いた。王太子殿下の姿を見つけてノイリスの侍従らが近づいてくる。もちろん会議の最中ずっと彼の傍にはグレイアスがいたのだが。
「メイリーア姫、この後一緒に昼食でもいかがですか」
ノイリスはごく自然にメイリーアを食事に誘った。
メイリーアは少しの間逡巡した。疲れたので今日はこのまま部屋に帰りたい。このあと午前中に受けるはずだった授業がいくつかあるのだ。礼儀作法とか刺繍など淑女教育である。授業の前に少し休んでおきたかった。
「申し訳ありませんわ。今日はこの後ルイーシャと一緒に刺繍の授業がありますの」
「それは残念です。でしたらまた次回にでも」
メイリーアが理由を離すとノイリスはあっさりと了承してくれた。
「そうだ、次の機会はぜひメイリーア姫の散歩に付き合ってみたいな」
「散歩…ですか?」
なんのことを言われているのか分からなくてメイリーアはノイリスの言葉を復唱した。宮殿の中なら前回案内したはずだが。
「ええ、姫の秘密のお散歩です」
そう言ってメイリーアに目配せを寄こすノイリスの瞳をじぃーと見つめてメイリーアは遅まきながらノイリスが言わんとしていることを理解した。
散歩とは脱走のことなのだ。要するに一緒に脱走して街歩きをしよう。そういうお誘いだろうか。
「ええっ!」
メイリーアは驚いて大きな声を出した。ノイリスの傍らのグレイアスが片眉を持ち上げた。その瞳は氷のように冷たい。どちらに怒っているのだろうか。おそらく両方にだろう。
「あはは。メイリーア姫は可愛いですね」
「え、えっと。その…殿下ったら何をおっしゃっているのか…、ああ!わたしルイーシャを待たせているので失礼しますっ」
メイリーアはしどろもどろに説明になっていない説明をして足早にその場を退散した。脱走のことはさすがに秘密だし―ほぼ宮殿中に知れ渡っているが―、なによりノイリスについてこられると大変にまずい。何しろ最近の行き先は勤務先なのだ。『空色』になんて絶対に連れて行けないし、売り子をしている姿なんて見せられるはずもない。
淑女には程遠い様相で回廊を走りながらメイリーアは心の中でどうしよう、と繰り返した。
元気いっぱいなメイリーアを見送ってノイリスは自身の過ごす部屋へ入った。主に王族をもてなす際に使用される迎賓室は豪華で室内の調度も一級品ばかりだ。国の威信がかかっているのだから当たり前である。
扉を閉めると渋面のグレイアスが口を開いた。
「殿下、一体なにが目的ですか。他国の王室行事にまで口を出して、しかもメイル・ユイリィア姫と脱走まで目論むとは」
「ああそのことかい。まあまあ落ち着いて」
グレイアスの苦言をノイリスは呑気に受け流した。生真面目なきらいのあるグレイアスの小言を一から十まですべて聞いていたのでは日が暮れてしまう。このくらいちょっと適当なほうが均衡がとれてちょうどいいのである。
「私は落ち着いています」
「そう?僕はちょっとお茶でも飲みたいから小言はまた後でね。ああ、そうだ昼食もほしいな。さすがにお腹すいたよね」
その一言で部屋の隅で待機をしていた侍従の一人が扉を開けて出て行った。迎賓棟付きの女官か侍女に昼食を持ってくるよう頼みに行ったようだった。
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