動き出した王太子4

「あら言葉通りよ。お菓子好きなのだからいいじゃない。去年はわたくしが先導したのだし、今年はあなたの番でもいいのではなくて。あなたがやらないのなら今からでも酒飲み大会第二段を…」

「それは、その…。お父様がなんていうか…。だ、だって…。わたし何もできないわ。どうするのよ」

 少しだけ酒飲み大会への未練を残した姉の言葉にメイリーアは慌てて言葉を紡いだ。酒飲み大会第二段は勘弁願いたいけれど、お鉢が自分に回ってくるのはまた別問題なのだ。主体っていうけれど、なにをどうすればいいのかさっぱりわからない。

 メイリーアの日常は宮殿の奥と街への脱走と二つくらいなものだ。いきなり大役を押しつけられてもうまくやる自信はない。

「大丈夫よ。別にあなたが全部するというわけではないのよ。実際王家主催と冠がついているけれど、先陣を切って手配をしたり調整をする機関があるのだから。彼らにまかせておけばいいの」

 メイリーアの狼狽ぶりがおかしかったのかアデル・メーアはころころと笑った。笑われたメイリーアはぷうっと頬を膨らませた。それを見てさらにアデル・メーアは笑みを深めてぽんぽんとメイリーアの頭を撫でた。なんだかんだと仲の良い姉妹なのである。姉に撫でられると安心する。

「そうねえ。明日当該機関、宮内府の担当者たちを集めて会議を開くことになったのだけれど、一応最初はあなたにも参加してもらいましょうか。ノイリス殿下も興味があるっておっしゃっていたし、一緒に参加なさい。あとは別に当日までこれといってすることはないと思うけれど」

「明日?急なのね」

「日数がないのは本当のことだもの」

 笑顔から一転アデル・メーアは真面目な顔でうなずいた。あのあと、ノイリス殿下をメイリーアに押しつけて一足先に宮殿へと舞い戻ったアデル・メーアらはその足で宮内府へ向かったのだ。そうして早速会議の日程を取りつけてきた。急な決定だったが担当役人らは今年の出し物が酒飲み大会ではなかったことに対して狂喜乱舞したという。

「でもまだ一月以上あるじゃない?」

 まだ十一月に入ったばかりである。まだ時間は十分にあるように感じられた。

「もう十一月と言った方がいいわね。早いわよ。あっという間よ。準備だって色々とあるのだから」

「ふうん」

 そんなものだろうか。のんびりと暮しているメイリーアにはちっともピンとこない。それでも季節の移り変わりは肌で感じている。日が落ちるのは早くなったし、朝晩の冷え込みも厳しくなってきた。アーシュと出会ったころはまだ暖かい日も多かったのに、最近はめっきり冷え込む日が多くなってきたのだ。働き始めてからなんとなく日々が経つのが早く感じられるようになった。

「どうしたの、難しい顔しちゃって」

「え、別に。なんでもないわ、お姉さま」

 急に黙り込んだメイリーアを見つめて、その後アデル・メーアはふわりとメイリーアの髪の毛を梳いた。簡素なドレスの裾から伸びた腕の白さが目に映る。こうして至近距離で触れられると、何か温かい毛布のようなものに心ごとくるまれたような気持ちになる。

「大丈夫よ。あなたは初日に市長の隣で微笑んで、訪れた人たちに挨拶をするくらいだから。王家の人間なんてお飾りのようなものよ」

「そ、それはそれで緊張するわ」

 メイリーアは恰幅の良いグランヒール市町の横で優雅にほほ笑む姿を想像してみたが観衆の前での楚々としたたたずまいをしている自分、が浮かんでこなくて思い切りため息をついてしまった。




 翌日の昼前。メイリーアはノイリスと一緒に執務棟から貴賓館へ向かっていた。官僚や軍人などが詰める執務棟は四つほどの建物からなる総称でトリステリア王国の政治的中枢機関でもある。といってもここで働けるのは行政府の中でも上に立つ者ばかりである。宮殿に入りきらない行政機関は宮殿外の地区であるアルベリム地区に固まっている。

 メイリーアは朝の勉強の時間も免除され、宮内府に呼び出されたのだ。お飾りのメイリーアだったが初回の顔合わせには参加しておきなさいというアデル・メーアの命令の元、ことの発端を担ったノイリスと一緒に会議に参加してきたのである。

 時刻は午後一時を少し回ったところだった。

 朝十時ごろから会議室に缶詰にされてようやく解放された。執務官らは最初こそメイリーアとノイリスの存在に緊張したのか硬い姿勢を示していたがいざ会議が始まると、それまでの張りつめた空気が一転し、きびきびとした様子で話し合いを進行していった。

 ノイリスについては正式にその正体を明かし、ガルトバイデン王国からの親善大使としての滞在との立場になった。おかげというか今度はレイスハルトかアデル・メーアかどちらかが来年度中に一度ガルトバイデンへ赴くことになるらしい。こういうことは相互で行ってこそ意味のあることのようでアデル・メーアはガルトバイデン名産の麦酒を限界まで飲み比べるのも素敵ね、と嬉々として語っていた。そのノイリスは会議の最中も様々な意見を出しメイリーアを感心させた。メイリーアは本当にお飾りもいいところで、参加者たちが次々と出す案に感心させられっぱなしだった。ノイリスが機転を利かせていくつかの提案にメイリーアも乗る形で返事をしたりはしたけれど一人では無理だった。もちろん国の跡継ぎとしての教育を受けたノイリスと比較してもしょうがないことだろうけれど、同じ国王の子供とという立場なのに雲泥の差すぎて少々落ち込んだ。

「メイリーア姫お疲れではないですか」

 隣を歩いているノイリスが気遣うように声をかけた。確かに初めての体験でメイリーアだって固くなっていたし、何時間も同じ姿勢で座っていたので疲れてはいたけれど素直にそれを表に出す気分ではなかった。メイリーアにだって矜持があるのである。

「ええ、大丈夫です。ノイリス殿下こそ」

「私は慣れていますから平気ですよ。父の手伝いもしていますし、大臣たちの長い会議に付き合わされることも多いですから」

「まあ」

 ノイリスの軽口にメイリーアがくすくすと笑った。こういう茶目っ気のある会話は好きである。

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