動き出した王太子3

 メイリーアはこっそりと姉の顔色を窺った。姉としてはやる気満々で喜ばしいかもしれないが家族側にしてみたらたまったものではないのだ。父王はその最たる極みで絶対に酒飲み大会だけはやらせるな、と当該部署に指令を下している。

「そうなんですね。今年の出し物は決まっているのですか」

 ノイリスの言葉にメイリーア以下全員蒼白になった。これ以上この話を続けていいことなんて何もない。お願いだからアデル・メーアを炊きつけないでほしい。アデル・メーアの飲みっぷりは嫌いではないけれど、さすがに巨漢の男とさし飲みをして快勝を勝ち取ったとかいう武勇伝持ちの姉はほしくない。しかし代替え案があるかというとそれも悩み種らしい。兄らも頭を悩ませていたのをメイリーアは知っている。去年の酒飲み大会のインパクトが強すぎてこれといった妙案がないらしい。その前までは王家の名のもと煮炊きが振る舞われていたらしいがそれでは味気ない、もっと王家らしさをと改革をしたのだからいまさら元に戻すわけにもいかないのだった。

「いいえ。我々も心を砕いては居るのですが」

 ルーデイン卿が口早に言葉を紡いだ。焦っているのか薄くなった頭にはうっすらと汗をかいており手巾で拭っている。まだ三十代半ばという若い年なのだが毎年徐々に残念な頭になっていく彼はその後の言葉を言い淀んだ。色々と会議を重ねてはいるものの、出される案はどれもパッとしないものなのだ。

「やっぱりわたしくの…」

「あーっ、とお姉さまったら」

 アデル・メーアにその先を言わせないようにメイリーアは大きな声を挟んだ。

「でしたら今年はお菓子をテーマに持ってくるのはいかがでしょう」

 ノイリスが明るい声を出してぽんっと手をたたいた。妙案が浮かんだとばかりに身を乗り出してくる。

「お菓子ですの?」

 メイリーアは意味が分りかねて復唱した。出し物にお菓子がどうかかわってくるのだろう。アデル・メーアも真意を測りかねているのか何も言わずにノイリスを凝視していた。

「ええ。このグランヒールは近隣諸国の中でも菓子文化が発展している国でしょう。ですから王都を代表する菓子店をいくつか選定してグラン広場で店の自慢の菓子を振る舞ってもらうんです。あらかじめ予算を決めて振る舞う菓子も一店舗一種類などにすればそんなにも手間にはならないと思うんですよ。いくつか店舗が合わされば訪れる人々も楽しめると思いますよ。食べ比べなんて普段はあまりできないでしょうし」

 ノイリスは幾分饒舌に語った。彼得意の柔和な笑みを浮かべながら自身の考えを一同の前で披露する。よどみなく出る言葉は簡潔にまとまっていた。

「まあ、面白そう!お菓子だったらわたしも楽しみだわ。確かに食べ比べなんて楽しそうね」

 この案にまっさきに反応を示したのはお菓子大好きなメイリーアだった。彼女にしてみたらお菓子に関係した出し物というだけでワクワクする。いくつかの店に協力をしてもらったら絶対に楽しいに違いない。試食とかさせてもらえないだろうか、などと早くも実利のことを考え始めている。

「そうでしょう。私もちょっとご相伴にあずかりたいな、なんて思います」

「あら、企画を授けてくださったんですもの。もちろん滞在を伸ばしていただきたいわ」

 お菓子のこととなると周りが見えなくなるのがメイリーアの悪い癖である。完全に面白そうな企画のことで頭が一杯だった。お菓子食べ放題、幸せな響きである。しかも一店舗ではなくいくつも合わさるのだ。これは是が非でもやってもらいたい。

「あ、でも申し訳ございません。関係のない私が出しゃばってしまいまして。もちろん他に何か企画が進んでいるのでしたら私の言葉など気にせずにどうぞそちらを優先なさってください」

 ノイリスは今気付いたかのように慌てて弁明した。確かに他国の催し物に対して口をはさむのは一般的ではない。メイリーアは少しだけがっかりした。せっかく面白そうな案だったのに、他に決まっているものがあったらそっちになってしますのだろうか。

 今日この場にいるのは皆ノイリスがガルトバイデンの王太子であることを知っている者たちだけである。だからこそルーデイン卿を含む廷臣らは互いの顔を探り合った。目と目でさりげなく会話をした。アデル・メーアは傍観を決め込んでいるのか何も発言はしていない。ゆっくりとした動作で食後のお茶を飲んでいる。メイリーアもおずおずと姉の方を向いたが優雅にカップに口をつける姉の真意は測りかねた。もしかして二回目酒飲み大会の野望を砕かれて怒っているのだろうか。

「そ、そうですな。それもいいかもしれませんね」

 ルーデイン卿が代表して言い添えた。薄くなった額には少しばかり汗が浮かんでいる。それを手巾で拭いながらアデル・メーアの方を窺った。

「我々ではあまり良い案を出せず、ただただ日だけが過ぎていっただけですからな」

 もう一人の出席者ケンベイン卿も発言をした。

「まあ皆がそこまで言うのなら今年は酒飲み大会ではないのを我慢してもよくってよ。いいのではなくて、お菓子の祭典。せっかくなのだからメイリーアが主体になってやってみたらいいわ」

 姉のその一言で決まった。詰めるところは宮殿に帰った後にでも詰めないと、日数もないから忙しくなるわね、とアデル・メーアがいいこの話はこれ以降正式な案件として承認されることとなった。

「楽しみですね。お菓子の祭典かあ。名前だけで楽しそうだな」

 ノイリスがわくわくしたように感想を述べた。

 確かに楽しそうではあるものの、メイリーアはそれどころではなかった。姉の言葉のせいである。

(ちょっと、お姉さま!わたしが主体ってどういうことぉぉぉ)




「お姉さま!わたしがやるってどういうこと?」

 その日の夜のことである。メイリーアは夕食後にアデル・メーアを捕まえて詰め寄った。姉の部屋まで押し掛けて大きな声をあげるとアデル・メーアはきょとんとしながらメイリーアの方に向き直った。自室にいるからか、普段きっちりと結わえている髪の毛をゆるりと下ろしている姿だった。簡素な部屋着に着替え上から肩かけを撒きつけている姉の素の姿に同性のメイリーアでもどきりとしてしまう。暗がりに照らされた金色の髪の毛が揺れている。陰影が映し出す姉の姿は昼間とは違って妖艶になって輝きを増すのだ。

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