隣国からの訪問者4

「ま、実際そうだろ。俺たちだけだって回そうと思えば今だって回せるし」

「言い方ってものがあるでしょう。何よ、男ばかりじゃなくて店に女の子がいた方が華やかじゃない。制服だって可愛いし、レオンだってしょっちゅう顔を見せに来てくれるわ」

「俺の店に華やかとか関係ないね。大事なのは菓子の味だ、味。味で勝負してんのに売り子の顔で勝負してどうする」

「わたしが可愛くないって言いたいの?」

「ああ、可愛くないね。人の言うことに口応えばかりしやがって!お嬢ならもうちっとお嬢らしくしてやがれ」

 メイリーアが口調を強めてアーシュに言いよればアーシュも負けじと対抗するのでこうなると二人は熱くなる一方なのだ。先ほどまでの和気会い合いとした空気ははるか彼方へ旅立ってしまい、現在『空色』の厨房はめらめらと燃える炎が二つ。お互い火花を散らしていた。

「メ、メイリーア様…」

 ルイーシャが二人の間の不穏な空気をどうにかしようとするがまだアーシュに対して及び腰の彼女の力ではどうにもならなかった。

 メイリーアは侍女の言葉を聞こえないふりをして、がたんと立ち上がった。そうして思い切り背筋を伸ばして精一杯アーシュを睨みつけた。身長は彼の方が負けてしまうが気合いはこちらだって十分だ。

 大体、なんでこの人はいつもいつもこうも口が悪いんだろう!末っ子気質で兄と姉に基本甘やかされ、その上王女なメイリーアも恐れ知らずに何事も口にしてしまうところがあるのだ。

「な、何よ!」

 けれど場数と経験の差が物を言うので結局はアーシュの口の悪さと反論には勝てず終いなのだ。よくもこれだけぽんぽんと口を開けば悪口がでてくるものだ。メイリーアはいっそ感心してしまう。アデル・メーアだったらこういうとき余裕で勝ち越しを決めるのだろうがいかんせん今ここにいるのはメイリーアだ。土台無理な話である。

「まあまあ師匠。僕は結構楽させてもらってますよ。配達とかも店番も」

 頭に血の登った上司を宥めるようにフリッツが口をはさんだ。暴れ馬を宥めるかのようにアーシュの方を抑えようとする。

「なんだよ、おまえまですっかり懐柔されやがって」

 アーシュはじろりと横目でフリッツを睨みつけた。こういうときのアーシュの顔は迫力があるのだが長年の付き合いらしいフリッツは素知らぬ顔で受け流している。結局はそうこうしているうちに頭に登った血が大分体内に流れ落ちたのか、そのままむくれたような顔をしてそのままそっぽを向いた。

「ほらフリッツだってそう言っているじゃない。なによもう。せいぜい私が来られない間私の偉大さを思い知って後悔すればいいのよっ」

「ああもう、うるせえ」

 アーシュの方は一気に萎えたのか応える言葉もおざなりになって明後日の方を向いたまま適当に手だけ振った。

「なによもうっ!本当に知らないんだから。ルイーシャ帰るわよ」

 べぇっと舌を出してメイリーアは着替えるために厨房奥にある階段を登って行った。ルイーシャもそのあとを追うようについて行った。




 アデル・メーアからガルトバイデンの王子訪問の知らせを聞いた日から七日後。アーシュとけんか別れをして三日の後のことである。

 件の王子、ノイリス・ライヘン・ガルトバイデンがトリステリア王国のアルノード宮殿に到着した。十一月も初旬のことである。

 お忍びということもあってか仰々しい隊列を組んでの訪問ではなく必要最低限の荷物と目立たない質素な馬車での登場にメイリーアはもちろんアデル・メーアも拍子抜けをした。隣国の第二王子ということもあり割と自由にふらふらできるのかと感心していると姉から小突かれてしまった。なんと第二王子なのに王太子とのことで、ゆくゆくは次期ガルトバイデン王になるお人だったのだ。そんな人がなぜにメイリーアにお目通りを、などと手紙をよこしてきたのだろう。本気で謎である。アーシュに啖呵を切ったはいいけれど、客人が次期国主ということもありメイリーアはノイリス到着まで教育係からみっちり礼儀作法の授業を受ける羽目になってしまったのである。普段はあまり厳しいことを言わない教師もがぜんやる気を見せたのでメイリーアはこんな時期にのこのこやってこようと思った隣国の王子を軽く呪いたくなった。

そうしてやってきた王子は、年は兄レイスよりも二つ若い二十一歳で割と茶色に近い金髪の持ち主で少したれ気味の目をした青年だった。それでも一国の王太子という立場かその振る舞いは堂々としていたし、姉と兄、そしてメイリーアに対しても何ら臆することなく急な滞在に対する感謝の意を述べた。

やはり堂に入った態度は大国の王子のそれである、とメイリーアはしみじみと思った。自分も他国に招かれたらあのくらい立派に振る舞えるだろうか。深窓の姫君という立場に甘んじてのんびり自由すぎるくらいに過ごしてきたので自信がない。

そして不思議なことに、今回ノイリスはガルトバイデン王太子という立場ではなくライツプラージェ侯爵という仮の名前を名乗らせてほしいとトリステリア王家に頼みこんできた。王家の親せき筋に当たる家名で、今回の訪問をあまりおおげさにする意向がなくただ王家の姫に会いたいが為の強行日程のようで本国にあまり知られたくないというのが主な理由だった。さすがにガルトバイデン王の耳にはノイリスのトリステリア訪問は耳に入っているとのことだ。

 メイリーアにはいまいち理解不能だったが高貴なる血筋の人間には色々と不自由なことがあるらしい。その一端の理由がメイリーアを見染めた、というのがいまいち理解できないのだが。

 そういうわけで一国の王子の滞在の割に大仰な出迎えや夜会などの歓迎の催しも開催されることはなかった。王子につき従う騎士もほんの五名ほどで皆ノイリスよりもほんの少し上の年齢の若者ばかりで傍目にはガルトバイデンの王家に連なる貴族子息の滞在という様相に収まってしまったのである。

 年末の忙しい頃合いだったからそうそうも夜会など開ける時間もなく、急きょささやかな園遊会がアデル・メーア主催の元開催されたのだった。

 ノイリス到着から二日後のことである。

 急な知らせにも関わらずグランヒールに残っていた貴族を中心に若い令嬢たちがアルノード宮殿の奥にあるレイティー園に集まっていた。現王の妻であった今は亡きレイティシーアにちなんで名づけられた庭園にはいくつものテーブルが並べられ、それぞれにお菓子やサンドウィッチなどの軽食が盛られていた。テーブルの傍にはいくつか暖房器具が設置され、その周りを取り囲むように人の輪がいくつかできている。厚手の服装をしているとはいえ、この季節やはり暖房器具はありがたい。

 集まったのは独身の令嬢を中心に数十人。男性よりも女性が多いのは園遊会に王太子レイスハルトが出席していることも関係している。御年二十三歳になる王太子に婚約者はまだいない。未来の王太子妃の座を目論む娘がここぞとばかりに乗りこんできたのだ。おかげで表向きガルトバイデンの貴族令息のノイリスに旨みを感じないのか、参加女性たちはもっぱらレイスの方へ押し掛けていた。

 そんな様子を横目にメイリーアは暇そうに園遊会の様子を眺めていた。

 暇そう、というかはっきりいって暇である。アーシュに啖呵を切ってしまった手前、すぐに『空色』に行くことはできないけれど、最近の日課にしていた売り子業ができないとつまらない。園遊会主催の手伝いで現実には暇ではなかったけれど、心の中は閑古鳥が鳴いているのだ。つまらないし面白くない。レイスが令嬢たちに取り囲まれてメイリーアの方に来ないのが唯一の救いだ。しばらくあの輪の中から抜け出せないでいてくれるとありがたい。

「それにしてもどうして第二王子なのに王太子なのかしら。第一王子は何をしているのかしら」

「そうですね…」

 メイリーアの呟きにルイーシャが答えた。今日のルイーシャは侍女のお着せではなく、控えめな色のドレス姿でメイリーアの隣に控えていた。メイリーアと仲の良い貴族の娘たちは現在それぞれの領地に帰省しているため王都に不在の為今日の話し相手はルイーシャしかいなかった。レイスの取り巻きたちは問題外である。なにしろ妹姫は彼女たちにとっては恋敵のようなものだからだ。

「お姉さまったらあれ何杯目のお酒かしら」

 目線の先にはアデル・メーアがノイリスの連れを捕まえて酒を注いでいる姿があった。今日の生贄は彼のようだ。何杯目でつぶれるのかな、とメイリーアは意味もなく考えた。要するに暇なのだ。

「姫様、暇しているなら誰かとお話になられては?」

「やあよ、お兄様狙いの人たちって私には怖いんだもん」

「いや、そっちじゃなくてですね」

 そんなことを話していると、くすくす笑いながら別の者の声が入ってきた。

「では私とお話ししませんか。先ほどの質問にも答えますよ」

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