秋の日のお茶会にて3

いつまでたっても幼いころの呼び方をするレイスに、メイリーアは声を荒げた。何回行っても治らないけれどさすがに他の貴族の前でそれをやられると恥ずかしいのでなんとか矯正したいのだ。

「あーあ、さっさとお兄様のところにお嫁さんがきてほしいわ…」

 いい加減このやり取りに辟易して、メイリーアはぼそりと呟いた。

「そうだわ。お嫁さんと言えば。メイリーアにこれを見せようと思っていたのよ」

 発砲葡萄酒をくいっとあおりながらアデル・メーアは侍女に目配せをして何かを持って来させた。レイスも目を見開いている。

「なあに?」

 差し出されたものを確かめると、それは封筒だった。さすがに開封済みだったけれど飾り文字の麗々しさから高貴な身分の者が差し出したものだとわかる。

「お姉さまからの手紙…なわけないわよね」

 それであったらレイスが狂喜乱舞しているだろう。実際シュゼットが嫁いでからレイスは何十通もの手紙を彼女の嫁ぎ先に送っているが、帰って来たものはごく儀礼的な、王室同士のやりとりに徹したあいさつ状が一通来たのみだった。それでもこの兄がめげていないのをメイリーアは知っているが。

「読んでごらんなさい」

 アデル・メーアに促されてメイリーアは封筒から便箋を取り出して中身に目をやった。レイスの「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」という悲痛な叫び声は聞こえないふりをした。

 ざっと中身に目を通し終わって、メイリーアは姉の方に顔を向けた。

 手紙の差出人はトリステリアの東に位置する隣国、ガルトバイデン王国の王太子からのものだった。それはいいのだけれど、内容が回りくど過ぎていまいち要領を得なかった。

「これはどういう意味なの?」

「もうすぐ隣国の王子様がグランヒールにいらっしゃるのよ。それはそのあいさつ状ってところかしら」

「ふぅん。最近美しいと評判の金色のお花を是非拝見したくって…。秋なのにそんなもの咲いていたかしら」

 メイリーアは首をかしげた。秋も深まってきた今日この頃、隣国にまで評判になるような名物的な花がトリステリアにあっただろうか。

「無い無い無い!そんなものうちにはないよ、気のせいだよ。だからメイリーアは気にしなくてもいいんだよ」

 慌てた様子のレイスがメイリーアの疑問を打ち消してしまおうとするように大きな声を上げた。

「ちょっとうるさいわよレイス。おだまりっ」

 アデル・メーアがぴしゃりと言ってレイスを黙らせた。

「メイリーアのそういうところわたくしも大好きなのだけれど。金色のお花は比喩よ。この国の評判のお花なんて、あなたのことに決まっているでしょう」

「えぇぇぇっ!わたし?だってわたしの髪の毛なんてお姉さまのそれに比べたら全然じゃない。くすんでいるし、お姉さまみたいに輝いていないし、どうみても金色の花って言葉はお姉さま向けだわ」

 日の光を結ったかのようにまばゆい金の髪を持つアデル・メーアに比べるとメイリーアの金髪はどちらかというとくすんでいて色が濃いのである。姉妹で並んでみるとその差は一目瞭然なのでメイリーアの密かなコンプレックスでもあった。金色の華、なんてまさに姉への言葉、メイリーアにつく冠ではない。それが正直な感想なのだ。

「そんなことないぞリィちゃん。金色の花なんて、リィちゃんにぴったりじゃないか。かわいらしくも美しく花開く初々しい淑女じゃないか。リィちゃんの可愛さはわたしだけ知っていれば問題ないんだ。大体姉上は金色の花じゃなくて、棘付きの金の薔薇とか毒を隠した金の薔薇とか、酒飲み王女とか二つ名がいろいろとあって、断じてこんなかわいらしい言葉にはならないから安心していいんだよ。金色の花なんて、リィちゃん以外この国に居ないじゃないか」

「うるさいわよっ、少し黙っていなさない。話がすすみやしない」

 ガタンと椅子から勢いよく飛びあがってメイリーアの両手を包み込み力説するレイスにアデル・メーアが叫んだ。そしてひゅっと何かが空気を裂いた。

「ひっ」

 髪の毛をほんの数本散らした、その正体はアデル・メーア愛用の小刀だった。切れ味のよいそれはアデル・メーア御自らが研いだ代物だ。酒と刃物投げが彼女の趣味なのである。

「それにしてもお姉さま、どうして隣国の王子様はこんな急にトリステリアを訪れるなんて、手紙をよこしてきたのかしら。そろそろ年末に向けて色々と忙しい時期でしょう?」

 収穫真っ盛りのこの時期は、税金の徴収だとか、予算がどうとか年末の年越し行事に向けた準備だとかでなにかと忙しい時期である。一国の王子がふらふらと隣国まで姫君の顔を見にやってくるような季節ではないはずだ。

「そうねえ、本当は数ヶ月前から何度もきていたらしいだけれど。どっかの馬鹿が握りつぶしていたようなの。で、相手も痺れを切らして早馬を飛ばしてわたくしとお父様宛てに使者を寄こして、実はもう出発しちゃったので歓迎よろしくね、と伝えてきたわけよ」

 どっかの馬鹿、のくだりでアデル・メーアはしっかりと弟王子であるレイスの方を向いた。

「てことは…」

「そう。もうそろそろ到着するんじゃないかしら。当然私もお父様もノイリス殿下のお相手はするけれど、この年末に向けて忙しいし、レイスに振ったら追い返すどころか戦でも仕掛けちゃうくらいしそうだし。そんなわけでノイリス殿下のお相手はメイリーアに任せようと思って」

 メイリーアは姉の言葉をもう一度反芻した。

 メイリーアに任せようと思って。酒を片手に世間話する内容としては重すぎる内容にメイリーアは口をぱくぱくさせた。

「えぇぇぇっ!ちょっと待って、お姉さま。わたしが御相手をするの?その、ノイ…なんとか殿下とかいう相手を。金の薔薇だか花だか棘だかと会いたいとか書いてきているって要するに、ええと、あの…」

 動揺しすぎてうっかり薔薇とか棘とか要らぬ言葉まで入れるメイリーアにアデル・メーアは首を少しだけ傾かせて優雅にほほ笑んだ。

「そうだよ姉上!今からでも遅くないから国境付近で待ち伏せて砲台からどでかいのを数発くらわせて追い返してやりましょう!メイリーアがお嫁に行くなんてまだ早い」

 弟妹二人に詰め寄られても姉は知らぬ顔だ。侍女からお代りをついでもらって呑気にグラスを仰いでいる。そろそろ一瓶空きそうなくらい先ほどから飲んでいる。「メイリーアももう十六なのだし、年が明けて春には舞踏会にも正式に出席するようになるんだから。そのくらいやりなさい」

「で、でもぉ…」

 隣国の能天気王子なんて相手にしていたら城の外に行く時間がますます減ってしまう。せっかく仕事にも慣れてきて怒られる回数も減ってきたのだ。最近やっと楽しいな、と思えるようになってきたのにここで仕事に行く回数が減ってしまうとまた雇い主のアーシュに馬鹿にされるかもしれない。

 よりにもよってこんな時にこなくてもいいのに、メイリーアはまだ顔も知らない名前もうる覚えの相手を呪いたくなった。

「そうですよ姉上。なにもリィちゃん自らなんて、そんなうらやましい」

 レイスの方は本音がダダ漏れである。

「別に四六時中一緒にいろ、なんて言っていないでしょう。適当にお茶の相手でもしておけばいいわよ。本当に性格が合わなくて無理!ってなったら精一杯悪女を演じて嫌われることね」

「えー、わたしお姉さまみたいに出来ないわよ…」

「確かに、姉上は素で悪女ですからね」

「…何か言ったかしら?」

「…いいえ…」

 お見合い失敗回数絶賛更新中の姉の言葉に、メイリーアとレイスは言葉を詰まらせたのであった。

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