トランスポーター~記憶、運びます~

森川 蓮二

プロローグ トランスポーターの日常

 いまだに暖かくなる気配を見せない冷たい風が小さなコンクリート片と共に肌を叩く。

 ジュリア・ベルトハインは立体駐車場の柱に体を預けて薄茶色のコートに顔を埋めた。


「なぁ、ライター持ってないか?」


 風切り音の隙間を埋めるチュンチュンという甲高い音に混じって聞こえた声のほうを向く。

 別の柱の影にいる上司――ベック・オーウェルが箱からタバコを一本出していた。


「持ってませんよ。まだ学生ですしタバコも吸いませんから」

「学生っていっても成人した身の上だろう。いまさら子供ぶるつもりか?」


 つまらなさそうに咥えたタバコを箱に戻すベックの呟きを聞き流して空を見上げる。

 灰色のコンクリートの額縁に青く、すがすがしい晴れ間はとても絵になる光景だった。


「ねぇ、ベックさん。空が綺麗ですねぇ…」

「こんな状況で話すのがよりにもよって空の話か? 銃弾の雨は降り注いでいる状況から逃避するのにはいささか話題性に欠けるな」

「……せっかく忘れたかったのに現実を突きつけないでくれます?」


 ベックの言葉にジュリアは失望を隠さず肩を落とす。

 そう。何気のない会話をしている二人はいま、柱の向こうから嵐のような銃撃を受けている真っ最中だった。


「隠れてないで出てこいやコラァッ!」

「ビビってんじゃねぇぞッ!」

「無事で済むと思ってんのかぁ! あぁ!?」


 小物臭漂うセリフを吐いてジュリアたちを銃撃しているのは街を裏から支配しようと画策するマフィア……の下っ端たち六人だ。

 彼らはフルオートにしたアサルトライフルやサブマシンガンで絶え間なく、弾幕を張っている。


 銃撃でコンクリートの柱が削れる音と鼓膜を震わせる銃撃音。そしてかすかな硝煙の匂い。

 いままで見ないようにしていた命の危険にジュリアは頭を抱えたくなった。


「逆にこの状況で軽口叩ける人のほうがおかしいでしょう? 撃たれてるんですよ!」

「いい加減に慣れろ。この仕事じゃ日常茶飯事だ。根を上げるようじゃやっていけないぞ」

「いやだぁ、まだ死にたくない……」


 半泣きで弱音を吐くジュリアにベックはため息をつく。


「ハァ……仕方ない。カウントスリーでいく。私から離れるんじゃないぞ」


 涼しい顔で呟いたベックは右手のリボルバー拳銃のシリンダーを確認し、柱から相手の様子を窺う。


「スリー、ツー、ワン、ゴーッ!」


 そしてカウントとともに銃撃の切れ目を見つけて一気に飛び出し、ジュリアも慌ててそれを追いかけた。

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