第7話 俺のターン 俺と【ゴルガス帝国大幹部:サー・ゲニアス】
「【ゴルガス帝国大幹部:サー・ゲニアス】……」
「アァ? 何でテメェ俺様の名前を知ってやがる? その手に持ってるのはデッキかぁ? っつー事は召喚者かよ」
名乗ってもいないのに名前を呼ばれたゲニアスはわかりやすい殺気を纏って俺に威圧をかけてくる。
「っ! 召喚! 【忘却のゴーレム】【忘却の盾持ち】!!」
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忘却のゴーレム
オブリビオン・ソルジャーズ
コモン 光
コスト4 軽減:光2
パワー4000
効果:なし
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忘却の盾持ち
オブリビオン・ソルジャーズ
コモン 光
コスト2 軽減:光1
パワー3000
効果:このカードは攻撃できない。
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こちらに向けられた殺気に追加の戦力を投入する。
出来れば節約をしておきたかったがそんなことを言っている場合ではなくなった。
この場にいる俺の召喚者が居なくなってしまったのだから仕方ない。
敵の大幹部と言うだけあって今まで相手にしていた召喚者とは格が違う気がした。
「おーおー、一気に二体も召喚できるのか。オメェ、タダモンじゃねぇな?」
「ゴルガス帝国の大幹部が何でこんなところにいるんだよ」
「そうだなぁ、オメェが俺様に勝てたら教えてやんよ!」
言うなり肉体言語に切り替えてくる。目の前のゴーレムと盾持ちを無視して俺に突っ込んでくる。
「!? 盾持ち、ゴーレム、ガードサポート!」
「しゃらくせぇ!」
ゲニアスは振りかぶった拳を盾持ちに向けている。盾持ちは攻撃を抑えるためにグッと盾を前面に構える。
ゴンッ! と鈍い音がした。その音の出所は盾持ちの鎧からだ。ガードを主とする盾持ちの防御を超えて攻撃してくるのか!?
少しだけ盾持ちの体が浮き売られた方向とは逆に体が流される。
「ケンカ舐めんじゃねぇぞ? 鉄板を持ったくれぇでメンチ切ってるだけの奴に俺様が負けるかよぉ!」
ゴン! ゴン! ガン! とゲニアスの攻撃が盾持ちに繰り出される。
盾持ちも数発は絶えたようだが何発か良いのを貰ってしまったらしく、その場に倒れこんでしまった。
そしてそのまま撤退する。ゴーレムが横から手助けする暇もなかった。
「ッ! ゴーレム!」
「たかだか岩じゃあなぁ!? 俺様を止めることはできねぇぜっ!」
ゲニアスがゴーレムと真正面から戦闘している。どうなってるんだ? ゴーレムのパワーは【忘却の城】の効果も合わせて5000だ。そしてゲニアスのパワーは4000のはずだ。真正面から戦ったらゲニアスは撤退するハズだ。なのにどうしてゲニアスは戦えているんだ!?
「ゴーレムのパワーを受けてなんで平気なんだ!?」
「キアイよ」
「は?」
「んなもん、キアイがあればんとでもならぁ!」
の、脳筋だー!
いやいや、それでもおかしいだろ! 気合でなんとかなるなら他の召喚者達だってそうなる筈だろ!? そもそも盾持ちですら【忘却の城】の効果でパワーは4000あったはずだ。同じパワーを持つ召喚者同士なのに、一方的にやられるなんて理不尽すぎる!
「アツム様!」
ゲニアスとゴーレムが戦っているとメアリーが駆けつけて来てくれた。いくばくかの兵士も連れてきているようだ。
「あぁ? 周りが五月蠅くなってきやがったなぁ」
「アツム様、孤児院の方は鎮圧完了ですわ! あとは召喚者だけですわ!」
「そうか、だけど気を付けてくれ! こいつは怪人なんかじゃない。ゴルガス帝国の大幹部だ」
「おー、おーなんだぁ? 作戦は失敗って事かよ、しかも女のガキだ? いゃ、オメェどっかで見たことあるな?」
ゲニアスがゴーレムから距離を取り、応援に駆けつけたメアリーをギラリと睨む。その陰に隠れるように俺はメアリーにサインを出す。先ほど馬車の中で決めていた作戦の合図だ。
「ゴルガス帝国の大幹部が我が国で狼藉を働いたという事ですの? 王女としてこのままで済ます訳にはいきませんわ!」
「んだぁ? 王女ぉ? あぁ、もしかしてテメェか! 光の世界のコントラスターってのは!」
「な、なぜばれてるんですの!?」
「ちっ、やっぱりか」
「……メアリー」
「し、しまったですわ」
相手のカマ賭けにまんまと乗ってしまうメアリー。この子、基本的に優秀なのに時々ポンコツになるな。
しかしゴルガス帝国も秘匿されていたはずのメアリーの情報はつかんでいたという事か。ゲニアスの様子から確認までには至っていなかったようだが、今回の事件で明るみになってしまったな。
「コントラスターが二人か、さすがに分がワリィ。しかし、そうなるとホント兄ちゃん何もんよ?」
「さてね、それを教えると思うか?」
「ちっ! 食えねぇ野郎だ。仕方ねぇ今回は引くか」
意外とあっさりとこの場を引こうとするゲニアス。なんかイメージと違うな。大幹部だしヤンキーだから、この場で引くなんて選択するとは思わなかった。
「逃がすとお思いですの!?」
「オイオイ、俺様がガキ程度にパクれると思ってんのか? 舐めんじゃねぇよ」
ぶわっと殺気を帯びた風がゲニアスから吹き荒れる。メアリーの連れてきた何人の兵士達が膝を折る。
先程、【忘却の兵士】を退却に追い込んだ能力だ。
おかしいぞ?俺が知る限りこの能力はゲニアスが場に出た時に一回だけ使用する能力のはずだ。
「俺様と戦うだけのキアイも無いヌルイ奴らに俺様が負ける訳ねぇよ」
「無茶苦茶ですわ」
「ありがとよ」
「褒めてないですわぁ」
メアリー、禿げ上がるほど同意するぞ。何もかも無茶苦茶だ。
カードの能力だけではない何かがあるのか?
知っているルールだけでなんとかなるもんじゃなかったのか?
「で、兄ちゃんよ」
「なんだ?」
さっさとこの場を引くと思っていたゲニアスが俺に言葉を投げてくる。ゴーレムが俺の前にいるからそうそう不意打ちをしてくるとは思えないが用心するに越したことはない。
「テメェの名前を聞いてもいいか?」
「京極集、仲のいい奴は集って呼んでる。でも敵のお前は精々京極って呼びな」
「キョウゴクね、イイねぇ。面と名前覚えたぜ! 近いうちにお礼に来るぜ」
「来なくていいよ、っていうかもう来んな」
ヤンキーのお礼ってアレでしょ? 後日大量の手下連れて夜道で奇襲してくるやつでしょ?
「ツレねぇこと咬ますなよ、俺様はオメェがそこそこ気に入ったぜ? どうだ、一緒に来ねぇか?」
「行かねぇよ、なんで可愛い女の子の所からクドいヤンキーの所に行かにゃならんのだ」
まさかの勧誘、元の世界でもお近づきになりたくない人種だったのに、何が悲しくてヤンキーそれも召喚者と一緒に行かにゃならんのだ。
「おぅ誰がクドいヤンキーだコラ、ケンカか? 言い値で買うぞコラ!」
「売らねぇよ? 俺の喧嘩は非売品だから」
平和な時はプライスレス、お金で買えない価値がある。だから俺は喧嘩なんて売らない。そもそもやられたらやり返すけど自分から喧嘩売ってどうすんのさ。大体俺は喧嘩は嫌いなんだ、特に街角で起きてる君たちの意地の張り合いみたいなものは特にね。
「新しい返し方だなオイ! しかしキョウゴクお前あれか、幼女趣味何かか?」
「だ・れ・が・ロリコンか!」
「……幼女」
メアリー の せいしん に 10 の ダメージ !!
思ったより心にダメージを受けてるみたいだから本当にやめてあげてよぉ!
「こんなガキの方がイイとか、そういう事じゃねぇか」
「馬鹿、そもそも男と女天秤に賭けたら、まず女の方に傾くだろうが!」
誰だってそうする。俺だってそうする。
そもそも可愛い優秀なお姫さまと、ヤンキーで喧嘩上等な召喚者なんて天秤に乗らない。賭け皿に乗らない条件なんて検討する余地すらないだろうが!
「馬鹿っていうな馬鹿、女より漢同士の方がイイじゃねぇか!」
「馬鹿馬鹿言うな馬鹿、うわぁ、ゲニアスさんてまさかあれですか? 男色家とかホモォとか……」
まさかのカミングアウトにさすがの俺も対応を考えるわ。元々近づきたくなかったけどそんなん言われたら余計に行きたくなくなるわ。そもそも絶対に行かないけどな!
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ馬鹿! 誰がホモだ! んなわけあるか! 俺様はゴルガス帝国一の漢だ!」
「本当すみません、俺そういうの無理なんで勧誘やめてもらえますか?」
「何勘違いしてやがる! 俺は硬派なんだよ! 女とチャラチャラすんのは性に合わねぇだけだ!」
「あっ、ハイ。もうそれでいいです。それでいいんで近づかないでくれんます?」
「キョウゴクテメェ! 俺様相手にここまでコケにしてタダで済むと思ってんのか!?」
完全にこちらの煽りで冷静さを見失っているゲニアス。猪突猛進の熱血漢、故に目の前の事に集中すると周りが見えなくなる。だからこそ簡単に術中に嵌る事になる。
「アツム様! 準備が整いましたわ!」
「そうか、さてっとゲニアス。降伏とかしない? 今なら超おススメなんだけど?」
「この俺様がんなことするかボケ!」
「でもお前、もう取り囲まれてるじゃん?」
「アァ!?」
メアリーに指示したサインは兵士たちを使っての対象の包囲。しかも召喚者を相手にするために防御で固めた兵士達の配備だ。対象との間に盾でバリケードを作り、人垣で舞台を作ってしまう。召喚者の攻撃は一般人にはとても強力だが、強固な守りで固めれば耐える事ぐらい出来るとメアリーの案だ。
本当は血の通う人間に危ない事をして欲しくは無いのだがメアリー曰く「それが任務ですから」と一蹴されてしまった。
「さてさてどうするゲニアス? 今なら無料で石で出来たワンルームに三食昼寝付きでご案内できるぜ? もちろん必要なことはキリきり吐いてもらうけどな」
「あーマジか、めんどくせぇ」
「さてさてどうする? おとなしくお縄についてくれるか?」
「はっ誰が! 今回は作戦に失敗するわ、二人もコントラスターに会うわ、周り囲まれるわでいい事ねぇな」
「そんなに嫌がるなら来なきゃいいのに」
「あー、俺様にも義理があるからなぁ。それを無視する訳にゃあいかねぇよ、第一本来なら楽勝の任務だったハズなんだよなぁ」
「その任務の内容は?」
「教えるかタコ! むしろなんで計画を潰されたのか俺様の方が知りてぇわ!」
「まぁ、こっちも教えないけどな。で、そろそろ観念して捕まってくんない? お話はその後じっくりしようぜ」
「ワリィがそういう訳にもいかないんでな、帰らせてもらうぜ【帰還】!」
「あっ!」
足元の召喚陣にずぶずぶとゲニアスが消えていく。
「ハハハッ! じゃあなキョウゴク! また今度ヤろうぜ!」
「御免被る!」
こちらの返事と共にゲニアスは魔法陣の中に消えていた。
「アツム様」
「メアリーか。悪い、取り逃がした」
「こちらに被害がなかったのです。今はそれで良しと致しましょう」
「そう言ってくれると助かる」
「今回の件はゴルガス帝国の差し金という事なんでしょうか」
「多分な、裏付けは捕らえた奴らから吐かせればいいんじゃないのか?」
「それもそうですわ」
「コレでとりあえずは一件落着かな? っと」
「そうであって欲しいですわ、今回の事はあまりに振り回されましたですし」
「そうだな、念のため今回の事件のページ確認しておくか」
「それがよろしいですわ」
「コレクションブック」
俺が知る限りの事件ならこれで終わりだ。というか、ゲニアスの野郎が来ているって事の方が寝耳に水だった。
そして【ゴルガス帝国怪人:クー・タラチュニア】のページをめくる。
めくったページはその全ての文字が赤く光っていた。
「これは……」
言葉にしたのも束の間、俺の右腕から白紙のカードがゆっくりと具現化した。
白紙のカードはコレクションブックの赤い光を持つ文字をゆっくりと纏い吸収していく。
そして全ての赤く光る粒子がカードに入りきる。
カードは一瞬だけ強く閃光を放ち新たなカードに変わっていた。
【ゴルガス帝国怪人:クー・タラチュニア】
―――――――――――――――――――――――――――――――
ゴルガス帝国怪人:クー・タラチュニア
ダークブレイン
レア 闇
コスト4 軽減:闇1
パワー1000
効果:このカードが場から撤退場へ送られた時、
相手の召喚者を1体選び撤退場へ送る。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「……新しいカード」
「何故このような形で契約の証が?」
俺は宙に浮かぶカードを手に取り思考を巡らせる。確証はない、だけど思いつくことはある。
ルールブックに書かれていた『イベントによる入手する方法』だ。
もしも各カードの入手条件が、コレクションブックに書かれている事の履行だとすれば。イベントのクリア条件が、コレクションブックに書かれている内容のクリアであるなら。そして俺のコレクションブックには、イベントの現在の進捗状況が分かるのではないか。
検証は簡単だ。イベントが起きた時にコレクションブックに書かれている内容通りに事を進めればいい。
それに今だって確かめる方法はある。他の召喚者のページを確認すればいいのだ。
「メアリー、ひょっとしたらこれが俺のシンボルの能力かもしれない」
「本当ですか?」
「あぁ、そのために少し検証する。まずは【ボルネの四十八柱:メガヴォイド】」
コレクションブックにカード名を言えばそのページを開いてくれる。
結果は駄目だな、中型犬にも似たこの召喚者の内容はこの世界ではなく召喚される世界ボルネでの生活模様が書かれている。これは異世界であるボルネに行く事が出来なければ確認する事すらできないだろう。一文字も光っていないのでそもそも検証しようがない。
「次は【ボルネの六十九柱:メガザジン】」
これも駄目か、二つの尾を持つ大型の蠍である召喚者は、その尾のもつ【必殺】の威力が描写されたものだった。その威力が森の世界の住人であるエルフの村を一つ壊滅させるというエピソードだった。これも今回確認することはできないな。そういえば闇の世界とか、森の世界とかこの辺の行ききってどうなってるんだろう? 後でメアリーに聞いてみるか。
「それから【ボルネの四十六柱:メガヴァイゼ】」
こいつも駄目、身長二メートルを超える大柄の狼男であるこの召喚者は、書かれている内容から今回の事と無関係ではなさそうだ。こいつの項目に書かれている内容はこいつの召喚、契約の描写だった。そしてこいつの召喚に必要なものが清涼なる魂を持つ子供の生贄だった。
今回の孤児院の襲撃と全くの無関係ではなさそうだ。
だけど本当にこういう事の為に孤児院を襲ったのだとしたら許せない。ゲニアスから目的を聞き出せなかったのは痛いな。
「あとは【ゴルガス帝国戦闘員】」
少しだけ期待した召喚者だが一文字も光っていなかった。こいつの内容は戦闘員として怪人の下で作戦を遂行する内容だったから期待してたんだがなぁ。そもそも怪人や作戦が一致しなかったって事なのか。しかしそうなるとこの描写がされている事件が、起きる可能性があるって事でもあるのか? その辺も含めて検証しなきゃいけないし、早めに対策を取っておかなきゃいけないのか。
「最後に【ゴルガス帝国大幹部:サー・ゲニアス】」
実はゲニアスはそれほど期待していなかった。内容が闇の世界でブイブイいわせているだけだったからだ。案の定、そこの文字は光っていなかった。
しかしゲニアスは他のカードと違う意味で注目はしている。なんせパワーが同じやそれ以上の召喚者と戦っていたのに撤退しなかった。しかも奴は『気合』の一言で片づけてしまっていた。本当に精神的な事だけでなんとかなっていたのかは不明だ。
今後の戦いにおいてこいつと同じような事を起こすものがいるかもしれない。今後も要注意だな。
「……特に成果は無かったな」
「そうですか……」
「手に入ったのは【ゴルガス帝国怪人:クー・タラチュニア】だ。ここの孤児院を襲っていた怪人だな」
「結局どうして契約で来たかは分からないのですよね?」
「そうだな、あくまで推測の域を出ない」
「アツム様のシンボルに関しては追々調査いたしましょう。それでこの後は問題はなさそうですか?」
「コレクションブックに書かれている事だけなら終わってるな、そもそも書かれていないイレギュラーが来たけど」
「イレギュラー?」
「ゲニアスだよ、アイツがここに来るなんて一言たりとも書かれていなかった」
そもそも【ゴルガス帝国怪人:クー・タラチュニア】のページに書かれていたのはこのカードがやられるまでの事しか書かれていなかったのだから仕方ないのだが。
今回の騒ぎの一連の動きは恐らくこのカードに書かれていたことで間違いないのだろう。ただし事件の全貌としてはそれが全てでは無いはずだ。ゲニアスは『義理』と『計画』だと言っていた。だから少なくともゲニアスは誰かに頼まれて今回の事を起こしたのだ。そして召喚者をあれだけ使い起こした今回の『計画』は間違いなくゴルガス帝国が関わってくるのだろう。
「このシンボルも色々と検証が必要だな」
「検証ですか?」
「あぁ、分からないまま使うのは怖いからな。それにもしも予想通りならこれは強力な武器になる」
事の全てが分からないにしてもその召喚者が行う一部をあらかじめ予想できる預言書になりうるのだ。先んじて情報を得ていることの重要さはこの戦いでも結果を出した。しかも、それを忠実に再現することでカードが手に入る。
「それはすぐに必要ですか?」
「ん?」
「検証の事ですわ」
「あぁ、いや今すぐの必要はないな。それにこれが検証できるって事は今みたいな事が起きるって事だろうし」
「それは……少し時間を置きたいですわね」
「だろ?」
「はい。それでは後片付けの指示を出してまいりますわ。一段落しましたらお城へ帰りましょう」
「そうだな、了解」
トットットッと、メアリーは小走りで兵士たちの方へ駆けて行く。
緊張の糸が切れるかのように俺の口からはふぅっと溜息が出る。
「お疲れさまでした」
後ろから声をかけられ振り向くとそこにはメメルさんがいた。
「あぁ、メメルさんもお疲れ様」
「ありがとうごさいます。姫様の仰る通り優秀なコントラスターだったのですね」
「ちょこっと知識があって勘が働いただけさ。たまたま出来ただけだな」
「それでもこの街を人を守っていただいたことに変わりはないのです。誠にありがとうございました」
「どういたしまして、でいいのかな?」
「はい、正式なお礼は国から出ると思いますのでこれは私個人のお礼です」
「ん? 国から?」
「はい、キョウゴク様におかれましては国の大事を救った立役者となります。国から恩賞も出るのも当然かと」
「そんなに大したことか、コレ?」
「はい、我々の国ではコントラスターが姫様しかいらっしゃいません。それ故に召喚者の襲撃というのはそれだけで脅威なのです。そんな中姫様と共にコントラスターとして活躍されたキョウゴク様を国は放ってはおかないでしょう」
「こんな出自も分からん奴に?」
「キョウゴク様の身は姫様が保証してくださってますから。姫様の最上級の御客人というだけで最低でもこの国の公爵以上の扱いになります」
メアリーの庇護は思っていたより高いらしい。公爵って事は貴族以上って事か。公爵ってどの位置なのか分からんが少なくとも下の方ではないだろう。
「俺、こんな姿だし言葉遣いもこんなんよ?」
「私は気にいたしません。恐らく姫様もお気になさいませんでしょう。ただ、ご忠告をお許しいただけるのであれば陛下や王子殿下、貴族の皆さまを相手になさる際はある程度気を付けていただければと思います」
「そっか、わかった。気を付けるようにするよメメルさん」
「ありがとうございます」
「アツム様!」
兵達の所へ行っていたメアリーが帰ってくる。
「アツム様、終わりましたわ。メメル、ここにいたのなら手伝ってくれても良いではありませんか」
「申し訳ありません姫様、ですがキョウゴク様にお礼を申し上げておりました」
「そうですか、ならば叱る事は出来ませんわ」
「メアリーもういいのか?」
「はい、後の事は任せてまいりましたわ。詳しい事は数日以内に報告書で上げてる事にしましたわ」
「そっか、この後は城に帰るんだよな?」
「直接帰ってもよいのですが、念のため北の広場に寄ってから帰ろうかと思います」
「それもそうか」
「お付き合いいただけますか?」
「俺一人だけでか城に帰れないよ、そもそも道すらわかんないんだし」
「それもそうですわね」
コロコロと笑うメアリー、先ほどまで纏っていた空気かゆっくりと優しく剥がれるような気がした。
殺伐とした空気から、少女が本来纏う優しい空気が流れ始める。
「それでは馬車をまわします。姫様、キョウゴク様、少々お待ち下さい」
「はい」
「了解」
メメルさんが馬車を取りにこの場を去る。
すげぇなあの人、後姿を目で追ってるから見失わないけど気配の消し方が半端じゃない。
周りの人たちはまるで気が付いてないし、ここから移動する時だって騒ぎの喧騒があったとはいえ足音がまるで聞こえなかった。
「アツム様、メメルを熱心にご覧になられていましたがどうされたのですか?」
「ん? あぁ、気配の過ごし方がすごいと思ってな。目で追ってなきゃいつ景色に溶け込んだのかも分からないなーと」
「あれでも存在をアピールしている方ですわ。メメルが本気になったら目で追ったぐらいでは姿を確認できませんわ」
「え?」
「メメルはわたくしの戦闘指南役でもありますから」
メアリーのスペックもそこそこ高いとは思っていたけどメメルさんはそれこそ別次元だな。あの人本気になったら召喚者を生身でも倒せるんじゃないか?
そうこう考えている内にメメルさんが馬車を引いて戻ってきた。
「お待たせいたしました、姫様、キョウゴク様。行き先はさきの戦闘のあった北の広場でよろしいですね?」
「そうですわ」
「お願いします」
「かしこまりました、それでは馬車にお乗りください」
メアリー、俺の順番で早馬車に乗り込む。俺達が腰を落ち着けたのを確認してメメルさんが馬車の扉を閉める。その後馬車の御者席についたメメルさんから声がかかる。
「姫様、北の広場までは速歩程度でよろしいですか?」
「そうですわね、そのぐらいで馬の負担が大きければ常歩でもかまいませんわ」
「かしこまりました。それでは参ります」
行きとは違いゆっくりと馬車が動き出す。音も腰から響くような轟音ではなくパカパカ、カラカラと軽く乾いた音だ。
「はやあし? なみあし?」
「アツム様は乗馬はなさいませんか?」
「あぁ、うん。実は生きている馬を実際見るのも初めて」
「そうでしたか、速歩とは馬にとって走るのにちょうどいい速度ですわ。ただ、馬車を引いていますので走り続けるのはかなり大変なのです。また、並歩は馬がゆっくり歩くのにちょうどいい速度ですわ。この馬車の馬達はかなりのスタミナを持ちますが行きだけでもかなり無理をさせて走りましたし、召喚者の強い殺気などにあてられて強いストレスを感じております。ゆえに帰りは馬たちにストレスが無いように配慮して帰る様に指示したという訳ですわ」
「へぇなるほどな」
「この早馬車は速度を出しても壊れないように車輪が金属で出来ています。金属の車輪は木製の車輪に比べて頑丈なのですが、あまり速度を出すと道である石畳を抉り取ってしまうのですわ」
「え?石畳って抉れるの?」
「勿論ですわ、石より金属の方が強いですし、何よりこの馬車の車輪には悪路でも強いように深い溝が施されています。それが高速回転するのですから、石の硬度では簡単に削れてしまいますわ」
「はぁー、なるほどなぁ……」
「ですから道が傷まない程度の速度で進むという意味もありますが、これはオマケみたいなものですわ」
「ふーん、でも行きだけでも結構な速度でとばしてただろ? すでに石畳はかなり抉れちゃってるんじゃないか?」
「それも含めての被害調査ですわ。有事の際の石畳の破損は基本的に後日軍部が修繕いたしますわ」
「兵士ってそんなことまでやるの? 大変じゃないか」
「道を修繕する兵士は工作兵といってそれを専門で行う軍部がありますわ。最も彼らが直したり作ったりするのは道だけではありませんわ」
「ひょっとして有事の際の訓練を兼ねてる?」
「そういう一面もありますわ、普段から腕を振るわないと鈍るでしょうから」
「そっか」
行きの空気が張り詰めるような殺伐とした感じではなく、今は雑談交じりにゆっくりとした空気が流れている。
馬車自体もゆっくり走っているおかげか、身体に掛かる負担も行きに比べると雲泥の差だ。
「そういえば……」
「どうかなされましたか?」
「うん、俺ってこれからどうすればいいの?」
「どう、とは?」
「住む場所とかメアリーに対する協力体制とか、召喚されてから矢継ぎ早にこんなことになっちゃったから、そこら辺の事何にも聞いてないじゃん」
「そういうことでいたか。そうですわね、住む場所についてはここに来る前にご案内をいたしました、わたくしの客室をお使いください」
「え? あそこ?」
「はい、わたくしの執務室からも近いですし何人か側仕えもお付けいたしますわ」
「あんな豪華な部屋に居たら落ち着かないんだけど……」
「ですが安全ではありますわよ?」
「そうなのか」
「今回の事でアツム様は敵の大幹部に狙われる可能性が出てきましたから、身の安全を考えますとあそこ以上は中々無いかと思いますわ」
「あー、そういう事か。畜生変な挑発しなきゃ良かった」
半分自業自得とはいえゲニアスに対して恨みが出る。なんでここに来た初日に敵の大幹部に目をつけられなきゃならんのだ。
「それにアツム様がこの世界に留まっているのも本来ではありえない事なのですから、何かあった時の為にも人は付けさせていただきますよ?」
「……それもあったか」
本来であれば召喚し、契約したら帰る筈の召喚者。そうであったはずの俺が逆にメアリーを召喚者として契約しただけでなくこの世界に留まってしまった。しかもさきの様子を見るに俺は召喚者としてこの世界にいる訳ではない。
その証拠に俺の足元には召喚者には必ずある筈の魔法陣が無いのだ。
「それに今回の事件の全容が報告されればアツム様は国から恩賞も出ると思いますわ」
「あー、メメルさんにも同じこと言われたな」
「あら、そうでしたの」
「貰えるもんは貰っとく主義だから構わないんだけど、なんか気が乗らないな」
「何がでしょう?」
「メメルさんにもいったけどさ、俺はたまたま予備知識があって、それがたまたま当たっていただけなんだよ。有体に言えば運が良かった。それだけだからな」
「それでも救われたものがありますわ」
「救われたものか」
「そうですわ、アツム様は国の危機に適切な判断でそれを撃退しましたわ。それに対して国が恩賞を出すことは国の義務ですわ」
「そういうもんか」
「そういうものですわ、そもそもこの国でコントラスターという力を持つ者が既に特別なのですわ」
「そういえば俺がいなけりゃメアリー一人だったんだもんな」
「そうですわ、そして仮にわたくし一人だった場合、今日の騒ぎはこの程度では済まなかったでしょう」
「……」
「まず北の広場の召喚者達を抑えるのでも精いっぱいだったでしょう。いいえ、アツム様の仰ったようなパワーの持ち主だったのであればわたくしは負けていたかもしれません」
「それは……そうかもな」
「そうしてその場合、わたくしがこの光の世界から消えた場合、この国を待つのは他の世界からの召喚者の蹂躙による破滅ですわ」
「そこまでか」
「ここまでされますわ、コントラスターのいない世界など他の世界からしたらエサでしかありませんわ。だからわたくしは負ける訳にはいかない、絶対に負ける事は許されないのですわ」
最初に北の広場にたどり着いたときに感じた覚悟はこういう事なんだろう。
自分が負ければ自分たちの世界が滅ぶ。その責任をもって戦場に立っていたんだ。
戦うだけの覚悟を決めた俺の覚悟なんて本当に薄っぺらいものだったんだな。
「……だからこそアツム様には申し訳ないのですわ」
「何が?」
「この光の世界ではコントラスターはわたくし一人、本来であればわたくしが背負うはずだった責任をアツム様に押し付けてしまう形になってしまいます」
なるほど、俺達がした契約。
俺はメアリーにこの世界にいる限り力と知恵を貸す。
メアリーは俺に全てを貸す。
俺がこの世界にいる限り、メアリーはコントラスターとして俺の力を要求せざるをえないのだろう。
でも、だからどうした。
「メアリー」
「……はい」
「気にするな」
「はい?」
「俺はメアリーに呼ばれてこの世界にやってきた」
「はい」
「そして俺とメアリーはお互いに力を貸しあう契約をした」
「はい」
「だから俺の力はお前の力だ、自分の力に気を遣うんじゃない」
「え?」
「コントラスターが召喚者に気を使ってどうする? そんなことを気にしていたら戦えないぞ」
「しかし、アツム様は」
「違うか? 違わないだろう? メアリーが召喚して、メアリーと契約した男が、メアリーの都合のいい力を持っていただけだろう?」
「っ!」
メアリーの顔がこわばる。悪戯を見つかった子供のように、正論を前に何も言えない。
「でも俺たちは約束したよな。お互いに本気の時以外には契約の力を使わないって」
「契約において……ですか」
「そうだ、だから気にすることなんてない。本当に俺の力が必要ならいくらでも契約の力を使えばいい。でもな、メアリー本当に気にするなら頼ってくれよ」
「頼る、ですか?」
訳が分からないとその表情は語っている。コントラスターと召喚者なのだ。頼るのは当たり前だと思っているのだろう。
「そうだ、なんてことはない、ちょっとだけワガママを言えばいい。アツム様頼みますわってな」
「え?」
「どんな状況であれ一緒に戦うって決めたんだ。その重い荷物の半分は持ってやるよ、コントラスターの事や召喚者の事は任せとけ」
「アツム様」
「でも俺は王女様じゃないからな、そっちの荷物は持ってやれねぇ。だから頼れ、俺でもいい、メルルさんでもいい、他の信頼できる誰かでもいい。一言言ってやれ、わたくしの荷物重いですわって」
「……」
「そしたらさ、助けるよ。メアリーがするようには出来ないかもしれない。でも、メアリーが全部やる必要なんてないんだぜ?」
「わたくしは」
「王女でコントラスターのこの国のかけがえのない人だもんな。周りのプレッシャー、半端ないだろ?」
「わた、くしは……」
見てしまった、聞いてしまった、そして言葉を交わしてしまった。その上で助けたいと思ってしまった。
只のオタクが何を傲慢な、そうも思った。お前は何を言っているんだ、そう自問自答もした。
その上でたった一人の少女が周りの呪縛で自分を押し殺しているのを感じてしまった。
「だから力を貸してやる。知恵を貸してやる。平凡なこの身だけどこの世界の知識は誰よりも知っているんだ」
「わ、た、くしは……」
声にならない悲鳴が聞こえるようだった。助けてくださいと聞こえるようだった。
「俺の力を存分に使え、王女として、コントラスターとして俺を使いこなしてみろ」
「……アツム様を?」
「そうだ、たった一人の男を使いこなすだけだ。王女様のお仕事や今までコントラスターとして生きてきたプレッシャーに比べりゃ、道端の石ころみたいなもんだろう?」
「わたくしが……アツム様を……」
何かを迷っているように視線を右へ左へと移すメアリー。
「契約の主導権がどうのとかは今はどうでもいいよ。メアリーが必要とするなら俺は契約通りにメアリーに力を貸そう。そこに上や下はあるか?」
「契約の主導権に、上や下?」
「そうだ、俺が力を貸したいから力を貸す。そこに俺が上だとか、メアリーが上だとかは必要か?」
「いらないんですの?」
「いらないよ、ただ言ってくれないと分からない。だからメアリーが必要なら教えてくれ。その時は必ず力になろう」
「ありがとう……ございますわっ……」
押さえていた感情があふれるようにメアリーから涙が止まらない。
泣かせるつもりはなかった。でも、言っておきたかった。
初めての戦いを通して知ったメアリーの心。それを助けたいと思った。ただそれだけだ。
こうして本当の意味で、俺は心からメアリーと契約した。
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