A Man
stormers
現代凄惨室
何もかもあっさりとしすぎているようだと思う。私という個人の内側も外側も全部。突きつけられた事実の程度が甚だしい割には、大した影響を受けていない。
茫洋。
そして私は全てわからなくなる。頭は真っ白。
ただ、……こつん、こつん。
軽やかな音だけが狭いキッチンに響いていた。
蚊帳の外でサーカスの賑わいを聞いているような、あるいは電車で赤ん坊の泣き声を聞いているような。遠い響きを持った音。連続する。私は大量殺人鬼?
「これぁ卵を割るといいよ、うん」
数日前の会話を思い出す。白衣の中年。浅黒い禿頭。
「え?」
「アンタ、ストレス性の鬱病さ。これぁ、卵を割るのが一番効くんだ」
「卵を割って、飲むんですか?」
「違う違う。卵を割るだけ。中身は捨てるんだよ」
「はぁ。あのですね、馬鹿にしないでください。私は真面目に聞いているんですよ。わかっていますか? あのね」
「まぁ、まぁ。そう怒らないでよ。僕だって真面目にやってるんだから」
「それだからって、卵は無いでしょう。普通は薬を処方して……ああ、胃が痛くなってきた。貴方のせいですからね」
「まぁ聞きなよ。実際に精神心理学の観点から考察しても、やはり卵を割るってのはすっきりするらしいんだ。薬をやるよか、ずっとマシですよ」
「本当なんですね? 効果がなかったら貴方、訴えますからね」
「ええ、それはもう。僕だって仕事で言ってんですからね。嘘ぁつきませんよ」
「仕事って……。そりゃ仕事でしょうけれど、そういう言い方をするのはやめてくださいよ。私、病院ってメンタルケアにも気を使ってくれるって聞いたんですけど」
「へぇへぇ、やんなっちゃうね。アンタみたいな連中は、誰もが自分に過剰な優しさで接するべきだと思ってやがる。いい迷惑だよ」
「医者を変えてください! もうこの人は無理です」
結局、次にやってきた人からも、別の病院の医者からも私は卵割りを勧められた。
破壊衝動、支配感、サーカス、赤ん坊。どうやら本当に医学的根拠があるらしい。
こつん。単調な音を立てて、手の中に違和感が広がる。手の平をうまい具合に開くと、片手の中から命が落ちる。私にとっては感慨の無い存在。何度割っても、拍子抜け。
こつん、こつん。連続する。中身はシンクに捨てて、新生命を無意味に潰す。破壊衝動、支配感。古代王政に則って、私は優越感の中で、シンクに卵を流し込む。けれどシンクは下水に続き、いつまで経っても孕まない。私は大量殺人鬼。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます